サロン・セルパンタンの五百日の調教記録──亡国の花と蛇の館 作:ドン・ドナシアン
「今日は、どこで愉しませてくれるんだい?」
レイシアは、前を歩く女兵の背中に悪態交じりに声を掛けた。
サロンの建物から連れ出され、もうしばらく歩いている。
中庭を横切る石畳の道だ。建物の中とは違い、空は明るく、風が露出している肌を撫でていく。
裸足の足裏に、石畳の硬さと細かな凹凸が伝わってくる。陽射しを受けた石はほんのりと温かいが、ときおり踏みつける砂粒が痛かった。
両手首は背中側へ回され、首環の後ろにある金具に繋がれている。腕を自由に動かすことはできない。
また、身につけているのは、上下二枚の真紅の絹布だけだった。
上半身には、首から吊るされた前掛けのような短い布。柔らかな絹が胸の丸みに沿って垂れ下がっているが、丈が足りず、乳房の下端までは届いていない。背中には布がなく、細い紐が伸びているだけだった。
腰にも同じ真紅の絹布が吊られていた。こちらは腰の前面に沿って垂れ下がるだけの短い布で、左右の腰や尻は覆われていない。
しかも、レイシアへの曳き縄は、首環ではなく、クリトリスに〈リング〉で開けたクリリングに繋いだ堅糸に結んだ紐に繋がっていた。その紐に持ちあげられて、赤い布の裾は少しめくれていた。
どちらも上等な絹だ。
しかし、身体を包むように仕立てられた衣服ではない。
サロンでは、レイシアに限らず、多くの女囚が衣服の代わりにこうした布を身につけることを許されていた。裸身を隠すのではなく、羞恥と恥辱感を助長するような格好だ。
前を歩く女兵が引き紐を握り、ほかの女兵たちがレイシアの前後を歩いている。
逃げようにも、逃げられる状況ではない。
それどころか、少しでも遅れれば、股間に針でも突き刺されたような激痛が走る。レイシアは大人しくついていくしかない。
「道場だよ」
先頭の女兵が、振り返りもせずに答えた。
「道場?」
レイシアは眉をひそめた。
そんなものが、このサロンにあったとは知らなかった。
この施設に連れてこられてから、すでに一か月以上になるが、レイシアが知っているのは、収容されている建物と、これまで連れていかれた幾つかの部屋だけだった。
広い敷地の中に、ほかにどんな施設があるのかなど、知る由もない。
「……そこでなにをするんだい?」
「知らないね。あたしたちは、イレーヌ様にあんたを連れてこいって言われているだけさ」
女兵が引き紐を軽く引いた。
「くっ」
不意に股間に衝撃が貫き、レイシアは膝を崩しかけた。
辛うじて踏ん張ったが、裸足の足裏が石畳に擦れた。
「ちょっと、なにするんだい──。ちゃんと歩いているだろう──」
「だったら、余計なことを聞かずに歩きなよ」
「ちっ……」
レイシアは忌々しげに吐き捨てた。
少しでも気を抜けば、また激痛に襲われるかもしれない。そう思うだけで、自然と身体が強張ってしまう。
忌々しいことに、女兵はそれを知っているのか、平然とした顔で歩いていた。
いずれにしても、レイシアをサロンの建物から連れ出したのは、イレーヌらしい。
イレーヌ──。
バルザック元帥に同行してサロンを訪れた、共和国軍の女将校だ。
このサロンで顔を合わせたときから、妙に自分を目の敵にしているような女だ。
後になって思い返してみると、かつて王都で開かれた武闘会で、一度だけ剣を交えた相手ではなかったかと、なんとなく思い出した。
だが、それ以上の面識はないはずだ。
そもそも、あの女がなぜ自分をあれほど敵視しているのか、レイシアにはさっぱりわからなかった。
そのイレーヌが、今度は自分を道場へ連れてこいと命じたらしい。
いったい、なにを企んでいるのだろう。
すると、中庭の向こうに、ほかの建物とは少し趣の異なる大きな建物が見えてきた。
その建物の方から、男たちの声が聞こえてきた。それに混じって、身体をぶつかり合わせるような音も聞こえた。
レイシアは思わず耳を澄ませた。
おそらく、あそこが道場なのだろう……。
間近で見ると、思っていた以上に大きな建物だった。太い木の柱が高い屋根を支え、壁には採光のための細長い窓が並んでいる。正面の両開きの扉も、人が数人並んで通れるほどの幅があった。
女兵のひとりが扉を押し開いた。
途端に、男たちの話し声が大きくなった。
レイシアは思わず顔を上げた。
中は天井の高い、広々とした空間だった。磨かれた板張りの床が奥まで続き、壁際には木製の武器棚が並んでいる。剣や槍、訓練用の木剣などが整然と収められていた。
床の中央には、試合に使うのであろう四角い区画が設けられている。その周囲には、二十人ほどの男たちが集まっていた。
いずれも上半身は裸で、身につけているのは腰に巻いた下帯一枚だけだった。体格も年齢もさまざまだが、鍛えられた身体つきから、軍人であることは見て取れる。
つい先ほどまで格闘訓練をしていたのだろうか。男たちは一様に汗をかき、上気した肌を赤く染めていた。額や首筋には汗の粒が浮かび、胸や肩を伝って流れ落ちている。なかには、火照った身体から白い湯気を立ち昇らせている者までいた。
レイシアが入ってくると、男たちが一斉にこちらへ顔を向けた。
そして、にやにやしながら集まってくる。
「うわっ、なにこれ。男くさっ」
「こりゃあ、この中に放り込まれるのは、あたしでもごめんこうむるかな」
女兵たちが軽口を叩いた。
すると、奥の方から女の声が響いた。
「あら、ようやくいらっしゃったのね、レイシア様」
聞き覚えのある声だった。
男たちが左右に分かれ、その間を抜けて共和国軍の軍服姿の女が歩いてきた。
イレーヌだ。
その顔には、いかにも愉しそうな笑みが浮かんでいた。
「……なんだい、この連中は?」
「まあ、ご挨拶ね。あなたにお会いできるのを、皆さん楽しみにしていらしたのよ」
「質問に答えなよ」
「……ふん、相変わらず気が短いねえ……」
イレーヌは愉しそうに笑うと、女兵に向かって手を差し出した。
「もう結構よ。こちらへ渡してちょうだい」
女兵から引き紐を受け取ると、イレーヌはレイシアの前に立った。
なにをするつもりなのか……。
レイシアは思わず身体を強張らせた。
イレーヌの握っている引き紐が気になって仕方がなかった。布の下で股間に喰い込んでいるクリリングに繋がっているのだ。いつまた引かれるかわからない。レイシアはその手元を警戒しながら、じっと待った。
「まずは、これを外して差し上げましょうね」
しかし、イレーヌはあっさりと、クリリングの接続を外してしまった。
どういう仕掛けになっていたのかわからないが、イレーヌが金具に触れると、引き紐と糸は簡単に外れた。
レイシアは小さく息を吐いた。
だが、イレーヌはそこで大げさに声をあげた。
「あらまあ、びっしょりじゃないのよ。よく見れば、蜜が膝まで垂れているじゃないのね。そんなに、その淫具がお気に入り?」
途端に、背後からどっと笑い声があがった。
「おいおい、聞いたか」
「さすがは、あの女傑様だな」
「こりゃあ、今日は面白いものが見られそうだ」
口笛を吹く者までいた。
レイシアは、かっと頬が熱くなるのを感じた。
この女、わざとやっている。
しかも、こちらが腹を立てるのを楽しんでいるのだ。
「……いい加減にしなよ……」
「あら、なにを怒っているの? わたしは見たままのことを申し上げただけですわよ。実際、股を濡らしているのは、あんただろう。恥だと思うなら、股間を濡らさなきゃいいじゃないの」
イレーヌは、わざとらしく首を傾げた。
レイシアは歯噛みした。
このサロンで受けている被虐の日々は、レイシアの身体をどうしようもなく感じてしまう、淫乱な肉体に作り変えていっている。屈辱的な仕打ちで醜態を晒したくはないと思ってはいるのだが、どうしても身体が欲情するのはやめられない。
いまでも、締めつけられているクリトリスの刺激で、布の下の股間からはじわじわと新しい愛液が染み続けている。
八つ当たり半分で怒鳴り返してやりたかったが、そうすればイレーヌをますます喜ばせるだけだろう。
「それで、ここでなにをさせるつもりなんだい。また、こいつらに犯されればいいのかい?」
レイシアはわざと強がって言った。
だが、自分で思うほどには成功していなかった。男たちが自分を取り囲んでいる状況に、嫌な予感が拭えない。
声がわずかに上ずっていることも、自分でわかっていた。
おそらく、ここにいる男たちに輪姦されるのは間違いないのだろう。
「犯されたいの?」
「冗談じゃない──」
「そうでしょうね。男じゃなくて、女好きになったんだものね。王太子妃とは、欲をむさぼり合うお仲ですものね」
イレーヌの言葉に、男たちの間から戸惑いの声があがるとともに、また笑い声があがった。
レイシアは唇を噛んだ。
こいつ……。
サロンの矯正に屈して、レイシアとセリアが女同士で愛し合う関係にさせられたのは事実だ。しかし、それを曝露するなど……。
怒りで頭に血が昇る。
「殿下を愚弄するな──」
こちらを見て笑っている男たちも腹立たしいが、それ以上に、目の前で涼しい顔をしているイレーヌが癪に障った。
まあいい……。
「……それで、あたしになにをさせるつもりなんだい?」
「まあ、ようやく本題に興味を持ってくださったのね」
イレーヌは背後の男たちを振り返った。
「皆さん。お待たせいたしましたわ。本日の主役、レイシア様です」
それまで思い思いに騒いでいた男たちが、次第に静かになった。
イレーヌが芝居がかった仕草で片手を広げた。
歓声があがる。
レイシアは、忌々しげに男たちを睨みつけた。
だが、そのとき、前列に立っている一人の男の顔に、見覚えがあることに気づいた。
どこかで会ったことがある気がするのだ。
いや、会っただけではない。
あの男とは、確か──。
レイシアは眉をひそめた。
「レイシア、ここにいる男たちは、あなたと因縁のある者たちばかりなのよ」
イレーヌが、いかにも愉しそうに言った。
「……因縁?」
改めて男たちを見回す。
そう言われてみれば、何人かの顔には見覚えがあった。
王都防衛戦──。
城門を巡る攻防で、剣を交えた男たちではなかったか。
あのときは、共和国軍の将兵が次から次へと押し寄せてきた。ひとりひとりの顔など、いちいち覚えてはいない。
だが、目の前にいる男たちの中には、確かに見覚えのある顔が混じっている。
半裸の身体には、まだ新しい傷跡を残している者もいた。肩から胸に掛けて斜めに走る傷。脇腹に残る刀傷。腕に巻かれた包帯。
それが自分の剣によるものなのかどうかは、わからない。
しかし、レイシアの表情が変わったことに、イレーヌは気づいたらしい。
「ふふ、ようやくおわかりになったようね」
イレーヌが微笑んだ。
「……ここにいるのは、かつてあなたに敗れた男たちよ。なかには、あなたとの戦いで身内や部下を失った者もいるけれど」
「……そいつらに、復讐させるということかい?」
レイシアは鼻白んだ。
なるほど、そういうことか。
わざわざ昔の敵を集めて、自分の前に並べたというわけだ。
なんとも手の込んだ嫌がらせだ。
「復讐? とんでもない」
イレーヌは大げさに首を振った。
「皆さん、鬼神のような女武者だったあなたのことが、忘れられないという方々ばかりなのよ」
「……だから、なんだっていうんだい?」
「ですから、ぜひ稽古をつけて差し上げてほしいの。ここでね」
「稽古?」
レイシアは、思わず聞き返した。
なにを言っているんだ、この女は。
確かに、ここは道場だ。男たちも、つい先ほどまで訓練をしていたような格好をしている。
だが、自分は囚人として連れてこられたのだ。
しかも、両手首は首環の後ろに繋がれたままである。
「サロンの掟ですから、両手の拘束は外して差し上げられないけれど、レイシアなら問題ないでしょう?」
「……はあ?」
「だって、王国でも名高い女騎士だったのでしょう? この程度のこと、たいした障害にはならないはずですわ」
イレーヌは、なんでもないことのように言った。
「……なにを言って……」
「それでは、早速お願いしましょうか……。さて、どなたからいらっしゃるのかしら?」
イレーヌがレイシアの言葉を途中で遮って、男たちを振り返る。
「俺がやろう」
すぐに声があがった。
男たちの中から、ひときわ屈強そうな男が進み出た。
背が高く、肩幅も広い。太い腕には幾筋もの古傷が走り、首筋から胸に掛けて汗が光っている。
周囲から歓声があがった。
「おお、最初はお前か」
「今度こそ勝ってみせろよ」
「女騎士様の腕前を見せてもらおうじゃないか」
男は仲間たちに片手をあげると、道場の中央へ進んでいった。
レイシアは呆然とその姿を見送った。
まさか、本気なのか……?
「そら、いきな、レイシア」
女兵たちがレイシアを促す。
「ちょっと、待ちなよ。……あたしに、この格好で戦えって言うのかい?」
レイシアは足を止めた。
「あら、なにか問題でも? さっさと行きなさい──」
イレーヌが中央の区画を示した。
「問題だらけだろう。両手を縛られたまま、どうやって戦えっていうんだい」
レイシアは肩を揺すってみせた。
両手首は首環の後ろに固定されている。拳を構えることも、相手を掴むこともできない。
これでは、まともな格闘戦になるはずがなかった。
「あなたなら問題ないでしょう? 皆さん、あのときのあなたと、もう一度、是非戦ってみたいとおっしゃっているのよ」
「ふざけるんじゃないよ──」
レイシアは思わず、怒鳴り返す。
「あら、もう負けるおつもり? まだ、始まってもいませんのに」
イレーヌが微笑んだ。
男たちの間から笑い声があがった。
レイシアは歯噛みした。
この女は、最初からまともな試合をさせるつもりなどないのだ。
だが、イレーヌはそんなレイシアの怒りなど意に介さず、中央に立つ男へ視線を向けた。
「それでは、始めましょうか。勝敗は、相手が戦えなくなるか、降参したところで決めることにしましょう」
「……勝手に決めるんじゃないよ」
「まあ、まだ文句がおありなの? それとも、戦う前から降参なさる?」
イレーヌは、わざとらしくため息をついた。
レイシアは答えなかった。
降参など、したくはない。
だが、両手を拘束されたまま、あの男と戦えというのか。
目の前の男は、すでに中央で待ち構えている。
下帯一枚で……。
しかし、抵抗は無意味だ。
レイシアは追いたてられるように、道場の中央に進まされた。
そのときだった。
「……もちろん、女戦士が戦場で負ければ、男に犯されるのは当然ね。その覚悟はおありでしょう?」
イレーヌが平然とそう声を掛けた。