サロン・セルパンタンの五百日の調教記録──亡国の花と蛇の館 作:ドン・ドナシアン
121 セルパンタン派と特別囚管理【第36日】
「……失礼しますね、お館様」
アルジェは、返事を受けて、カイネウスの執務室に入った。
執務室の机は、さまざまな書類で溢れかえっていた。
王都の暫定統治機構に潜入させている諜報組織〈ネムリア〉からの報告書。十二商家から届けられた書簡。共和国軍の将校たちからの私信。さらには、各地の占領軍司令官から寄せられた私的報告書まである。
それらが執務机の上に無造作に積み上げられ、いくつかは脇の小卓にまで溢れていた。書類を積み上げたのは、アルジェ自身だが、ようやく眼を通す気になったみたいだ。
その書類の山に埋もれるようにして、カイネウスが椅子に腰掛けている。
素肌にガウンを羽織っただけの格好だ。
髪も整えておらず、ガウンの合わせ目からは、胸元が覗いている。
椅子の背に身体を預け、手にした書類に眼を落としているが、その表情はどことなく退屈そうだ。
アルジェは、思わずくすりと笑ってしまった。
王国を征服した英雄が、いまはこうして、だらしない格好で書類の山に埋もれている。それがなんとなくおかしかった。
強大にして悪辣な宗主国を打ち倒し、共和国を解放した救国の英雄──。
しかし、共和国の政治主流派からすれば、移民出身でありながら軍功によって成りあがった、目障りな異端児──。
かつて王国の支配下にあった他の属国からすれば、突如として現れ、無敵を誇った王国軍を打ち破った軍事的天才にして、謎多き風雲児──。
そして、滅ぼされた旧王国の人々からすれば、祖国を踏みにじった征服将軍であり、憎むべき鬼将──。
だが、その当人は昔から変わらない。いまも髪も整えず、ガウンを羽織っただけの格好で、退屈そうに書類を眺めている。
「お館様、ネムリアから新しい報告が届いていますよ」
アルジェは手にしていた書類を軽く掲げた。
〈ネムリア〉というのは、カイネウスが個人的に保有する諜報組織の名称だった。
共和国政府にも、王都の暫定統治機構にも属していない。カイネウスの命令だけで動く、完全に独立した組織である。
その構成員の多くは、移民や貧民、孤児などの出身者だった。カイネウスは、そうした者たちの中から素質のある人材を見出し、諜報員として育てあげてきたのだ。
現在は王都の暫定統治機構をはじめ、共和国の政界や軍部、旧王国領の各地にも情報網を張り巡らせている。
最高責任者はカイネウス自身だが、実際の運営を任されているのはアルジェだった。サロンの女兵部隊を指揮する一方で、彼女はネムリアの諜報活動全般を統括している。
その任務は、カイネウスの利益と安全を守ることに尽きる。共和国のためでも、暫定政府のためでもない。あくまでも、カイネウス個人のために存在する組織なのだ。
「どんな?」
カイネウスは書類から眼を離さずに応じた。
「アドリアン司政官が、また取り締まりを強化したようです。王都の処刑台もしばらく使われていませんでしたからね。新しい生け贄が欲しくなったんでしょう」
「しばらくと言っても、せいぜい二か月ほどだろう? まだ王国の血を流し足りないのかなあ。今度の標的はどこだい?」
「王国貴族と癒着して、旧属国から富を奪っていた商家群らしいですよ。新たな調査で罪が確定すれば、全財産を没収したうえで、三族を処刑する方針だそうです」
「それは困ったねえ……。いまはもう、血を流す時期じゃないと思うんだけどね。そろそろ新しい秩序を築くことを考えるべきだろうに」
カイネウスは、読みかけていた書類を机の上にばさりと落とす。
アルジェに向けられたカイネウスの目尻は、少し困ったようにさがっていた。
「アドリアン司政官は、そうは考えていないんでしょうね。彼にとっては、解放の理想を守るためなら、どれほど血を流しても正義なんですよ」
「王国を滅ぼしただけでは足りなかったのかなあ……。旧王族と上級貴族の処刑をけしかけたのは、確かに僕だったけど、いくらなんでも、そろそろ殺しすぎじゃないかなあ。宗主国の統治時代に恩恵を受けていた商人なんかを処刑の対象にしたら、この王国から商人がいなくなってしまうよ」
「それどころか、いまの王都では、解放に反対する者だけでなく、共和国への忠誠を疑われた者まで処刑台に送られかねません。誰もが自分の身を守るために、ほかの誰かを告発する。そんな有様になりつつあります。以前は、王国の王族や上級貴族で埋まっていた王都の牢は、いまは半分以上が最高統治司政官のアドリアンの政敵で埋まってますから」
「困ったものだね。でも、名門ケルディ家の宗主様だ、手は出せないか」
アドリアン=ケルディ──。
フィロス共和国の名門ケルディ家を率いる宗主にして、王都の暫定統治機構の最高責任者だった。
年齢は四十歳。独身だが性欲を満たすための愛人が複数人いる。子もいるようだ。
共和国の解放理念を誰よりも重んじ、旧王国の支配体制を徹底して一掃することを主張している人物であり、王国を征服しただけでは解放は成し遂げられず、むしろ、それはまだ始まりに過ぎないと常々主張している。
旧王国の影響を残す者だけでなく、共和国への忠誠が疑わしい者まで排除すべきだと公言してやまないのだ。
その強硬な姿勢に反発する者は少なくない。
だが、共和国の名門家門を率いるだけでなく、暫定統治機構の実権まで握っているアドリアンに、正面から異を唱えられる者は限られていた。
「手は出せますよ。お館様の命令さえあれば、〈ネムリア〉は動きます」
アルジェは真顔で言った。
しかし、カイネウスは首を横に振る。
「……いまはやめておこう」
「いまは……ですね。承知いたしました」
アルジェは頷いた。
「いずれにしても、いまの処刑路線を作った僕が言うのもおかしいけど、そろそろなんとかしたいね。少なくとも商家に手を出されるのは困る。いまや、王国内にあった中小商会や職人ギルドのほとんどは、十二商家の影響下に組み入れられているからね」
十二商家──。
フィロス共和国を代表する十二の有力商家の総称だった。
カイネウスが王国征服に乗り出したとき、彼はこの十二商家を軍に同行させていた。軍需物資の調達や輸送、兵站を担わせる一方、占領した土地の商業や流通を次々と掌握させていた。
そのため、カイネウスの軍は占領地で略奪をほとんど行わずに済んだ。商人や職人たちも従来どおり商売を続けることができ、王国の経済活動は大きく損なわれることなく維持されたのだ。
王都陥落後には、王族や上級貴族が支配していた大商会は処分され、鉱山なども接収された一方、中小商会や職人ギルドは十二商家の管理下に組み込まれ、王国の経済活動は比較的円滑に維持された。
こうして、旧王国の商業や流通を支配していた者たちは、ほとんど十二商家に取って代わられたのである。
現在、十二商家そのものは、暫定統治機構の統治体制に組み込まれている。
しかし、十二商家とカイネウスとの結びつきはいまも強い。彼らが王国征服によって得た莫大な利益の一部は、献金という形でカイネウスのもとへ届けられていた。
カイネウス自身も、幾つかの商会を保有しているが、それらの資金こそが、〈ネムリア〉をはじめとする、カイネウスの私的な活動を支えているのだ。
もっとも、十二商家も慈善事業をしているわけではない。カイネウスとの関係を維持することが、自分たちの利益にもなると承知しているのである。
「息のかかっている高官を動かしますか? 彼らを通じて、王都の商家活動を妨害することにより、市場が縮小する懸念を訴えさせましょうか。王族貴族を処刑しても、王都市民は怒りませんが、物流が滞って飢えが発生すれば暴動も起きかねないと」
「そういう正論が通じればいいんだけどねえ。ちょっと偏執狂的なところもあるし、処刑を止めろと言っても聞かない気もするな。仕方がないから、隠れ蓑になる商家を十軒ほど生け贄になってもらおうか。十二商家の支配に抵抗していたり、抵抗派閥に両属の商家があるだろう。それをアドリアンに差し出そう」
「承知しました。彼らが自然なかたちで告発されるように処置します。宗主国時代に、王国と癒着していた証拠も作っておきます」
「そうだね。あと、三族処刑だと、処刑対象も多くなるだろう。貴族ではないけど、サロン入りに適するような夫人や子女がいれば、先に捕獲しておこう。少年でもいい。サロンに男娼部をつくってもいい」
「わかりました」
アルジェは頷いた。
「商家の生け贄が処分されたら、十二商家には王都への物資の供給を少し絞ってもらおうか。ほかの商人たちが、次は自分の番かもしれないと怯えているように見せればいい。アドリアンの処刑が商業を萎縮させたということになるからね」
「手配します。エドガル殿と話し合って、具体的なものを進めます。お任せください」
アルジェは言った。
エドガルは、十二商家団の代表であり、カイネウスとは昵懇の間柄だった。その関係は表向きには知られていないが、旧王国領のみならず、共和国の物流にも大きな影響力を持つ、商業界の重鎮中の重鎮だった。
「その時点で、アドリアンの政敵に彼の責任を糾弾させよう。アドリアンに近い商家に大きなダメージを与えて、政敵たちには利益を配分しよう。力関係が近くなるようにね」
「アドリアン司政官に敵対する人選は任せていただいてよろしいですか?」
「うん」
カイネウスが微笑んだまま頷いた。
アルジェの頭には、すでに幾人かの候補が浮かんでいた。
暫定統治機構の高官たちが、誰も彼もカイネウスを成りあがり者として蔑視しているわけではない。王国征服における圧倒的な軍功だけでなく、征服後の経済と流通を安定させた手腕を高く評価する者も少なくなかった。
とりわけ軍部には、カイネウスを英雄視する者が多い。実戦を経験した将校ほど、その軍事的才能に畏敬の念を抱いているようだった。
そうした者たちの中から、アドリアンに対抗できる人物を選び出すことは、さほど難しくないだろう。
「物流に影響が出始めたら、酒場や市場で、その責任がアドリアンの施策にあるという噂を徹底的に広めてくれるかい。ああいう育ちのいい者は軽視しがちだけど、世評というのは馬鹿にならない力を持つからね。二級市民と貶めたところで、世評の力は変わらない」
さらに、カイネウスが言った。
「大丈夫です。ネムリアの得意技です」
アルジェは微笑んだ。
「あーあ、だけど、いろいろと面倒だねえ。こういういざこざが面倒で、権力闘争から身を引いて、サロン主を任されたのに、アルジェがこうやって、世間の煩わしいものを運んでくる」
カイネウスがわざとらしく、大袈裟な素振りで肩を竦めた。
「仕方ありません。お館様の功績は絶大です。お館様にその気が無くても、共和国の主流派たちは、勝手にお館様を目の敵にしますから。これも、あれも、お館様の理想を実現するためです」
「僕の理想? そんなものあったかな」
カイネウスが首を傾げる。
「セリアという女を、このサロンで自分のものにすることでは? そのために、この王国まで滅ぼしてみせたのでしょう?」
アルジェは微笑んだ。
すると、カイネウスが噴き出した。
「あはははっ。アルジェ、君にはかなわないねえ」
やがて、カイネウスはひとしきり笑うと、椅子の背に身体を預け直した。
「でも、もう目的は果たしたんだ。あとは、のんびり暮らさせてもらいたいものだねえ」
「でしたら、なおさら、王都の面倒事は片づけておかなければなりませんね。あの女は唯一残った王族です。生きている限り、権力争いの火種になりかねません。お館様が権力から完全に離れるわけにはいかないのですよ」
「まったくだ。困ったものだねえ」
カイネウスは、いかにも迷惑そうにため息をついた。
「……ところで、そのセリアですが、いまはどうしているのですか?」
アルジェはふと訊ねた。
このカイネウスが、王太子妃だったセリアに執着しているのは、よく知っている。
だから、アルジェは、そのために力を尽くしている。
カイネウスの望みを実現することが、アルジェの生きる意味なのだ。
自分はカイネウスのために生きている。アルジェはそう自負している。そのためなら、どんなことでもする。殺人でも、拷問でも、なんでもだ。
死ねと命じられれば、喜んで死ぬだろう。いや、それこそが、アルジェにとって至上の幸福なのかもしれない。
「ああ、奥にいるよ。昨日は、久しぶりに痒み責めで追い詰めたんだけど、ちょっとやり過ぎてね。実際には昨日というよりは、今朝までだけど」
カイネウスが口元を綻ばせた。
セリアをこの執務室に隣接する特別矯正室に連れ込んだカイネウスとふたりきりとなり、気絶するまで痒み責めで苦悶するという厳しい矯正を行ったことは、アルジェも知っていた。
やはり、掻痒に狂うセリアを、カイネウスは気絶することさえ許さずに、朝まで苛め抜いたようだ。
「それはよかったですね。でも、専属隷奴でありながら、お館様を放って眠りこけるなど、気合いが足りません。以前も同じようなことがありましたけど、あたしたちの方で矯正し直しときましょうか?」
アルジェは言った。
しかし、カイネウスは首を振る。
「いや、それには及ばない。罰は僕が与える。どんな罰にしようか、趣向を考えているんだ。それに、そろそろ、クラウディアも覚醒する。セリアには、その世話もさせるつもりだ」
「クラウディアですか」
クラウディア──。
かつての王国において、抵抗勢力の象徴となっていた〈聖女〉だった。
すでに軍を退いてサロン主となっていたカイネウスが、特別囚を充実させるために急遽共和国軍に加わり、王国残党軍を蹴散らして捕らえてきた女だ。この一件によって、カイネウスの軍功はさらに積み重ねられることになった。
しかし、そのクラウディアを、主任矯正官だったオクタヴィアが狂信的なまでに責め続け、心身を壊しかけてしまった。魔核によって身体が保護されていたにもかかわらずにである。
そのオクタヴィアも、カイネウスとバルザック、そして新たに主任矯正官となったカリンの思惑によって、いまでは特別囚のひとりに転落している。
一方、クラウディアは心身の回復と魔核の調整のため、意図的な昏睡状態に置かれていた。
そろそろ、目覚める頃だった。
「うん、クラウディアの矯正計画は、一から見直しだ。魔核の設定もやり直しにした。だけど、それにセリーを使うのも面白いと思ってね」
「セリアをですか? 使うとは?」
アルジェは首を傾げた。
「セリーとクラウディアには、王国時代に面識があるようでね。クラウディアは王太子妃だったセリアを崇拝していたようなんだ。だから、クラウディアの矯正をセリーにやらせようと思うんだ。崇拝していた相手に、性的嗜虐を受ける。面白い矯正になると思うんだけどね」
カイネウスが白い歯を見せた。
「それは面白そうですけど、うまくいきますか? セリアに矯正役を強要しても、手を抜きませんか」
アルジェは指摘した。
「手を抜けば、もっと酷い仕置きをクラウディアに加えるから、セリーは手を抜けない。それに、セリーは僕の命令に逆らわなくなっている。そろそろ、その段階にも進みたいんだ」
「承知しました。でもさじ加減が難しそうですね。どの矯正官をあてがいましょう」
一般囚とは異なり、特別囚には専属矯正官がつけられ、個別の管理のもとに矯正が進められている。
セリアの専属矯正官はカイネウス自身であり、レイシアは本来はヴァルデンだが、いまは一時的にヤン。リネアとアルトはローランが受け持っている。新たに特別囚となったオクタヴィアについては、後任の主任矯正官であるカリンが直接担当することになっていた。
もっとも、矯正の内容によっては、別の矯正官が担当することもある。セリアとレイシアを組ませた百合愛の訓練については、アルジェたちが直接指導しているのがその一例だ。
ただ、オクタヴィアが担当していたクラウディアについては、まだ後任が決まっていなかった。
「オルガという五十代の女性が矯正官として赴任することが決まっている。明後日には到着するだろう。彼女に任せようと思っている。クラウディアの面倒もね」
「オルガ……ですか。明後日ですね。でも、急な話ですね」
アルジェは言った。
だが、アルジェの頭に入っている共和国の要人の中に、その名前はない。
「元帥の紹介でね。本物の調教師だ。下賎の娼婦を相手にするようなね。でも、腕はいいらしい。君に事前に情報を入れなくてごめん。本当に、急に決まったんだ」
カイネウスが手元の書類の中をしばらく探してから、一枚の書類をアルジェに差し出してきた。
そのオルガという女の簡単な経歴だ。概ね、カイネウスがさっき口に出したようなことが書かれている。
「明後日にですね」
アルジェは言った。
そうであれば、〈ネムリア〉に調査をさせる時間は一日しかないということだ。カイネウスがどう考えようと、元帥の紹介だとしても、アルジェはまったく信用するつもりはない。
調査の結果、カイネウスに害となる女ならば、カイネウスに知られないように事前に排除しないとならないし、そうでなくても、弱みのようなものも作っておきたい。
まあいいだろう。
なんとかなる。
「オルガには、特別囚全体の監督もしてもらうつもりだ。矯正というよりは、娼婦としての技と心構えを全員に叩き込んでもらう。そろそろ、サロンの娼館事業も本格的に展開しないとならないしね。カリンの承諾も取っている」
「そっちの方ですか。なるほど、その面については、まだ全体に不十分かもしれませんね。一般囚の方が進んでいるくらいです」
一般囚には、男兵が中心となって、性技や奉仕のやり方を教えるようなこともやっている。それに比べれば、特別囚については、被虐を快感とする心身の作り変えに特化しすぎているかもしれない。
オルガという女の役割は、確かに必要かもしれない。
「ある程度、娼館事業が軌道に乗れば、まずは、十二商家たちを招待したいね。精一杯にもてなして、サロンの顧客になってもらおう。アドリアンの政敵になる者たちもね」
「それはいいですね。主流派に対抗するお館様の派閥──セルパンタン派になりましょう。それはいいことです」
アルジェは大きく頷いた。
このサロンに呼び込んでしまえば、いくらでも工作のしようがある。普段は権威や体面を取り繕っている者たちも、欲望を剥き出しにさせてしまえば、弱みはいくらでも作れる。その秘密を握ってしまえば、あとは逆らえないようにすることなど造作もない。
媚薬、記録魔道具、退廃と堕落の享楽の中毒性──。このサロンにはなんでも揃っている。
「……アルジェ、僕は派閥なんか作るつもりはないんだけどねえ」
「お館様が望まれなくても、自然とそうなるものですよ」
「あーあ、ますます面倒になりそうだ」
カイネウスが困ったように頭を掻いた。
「そういえば、お耳に入れておきたいことがありました」
アルジェは思い出して言った。
「なんだい?」
「イレーネ女史です。今朝、レイシアを連れ出しました。例の王都からの集団にレイシアをけしかけさせてます。模擬試合とか言ってますけど、要は集団強姦ですね」
「なんだか、レイシアに執着してたからねえ。君もそうだけど、女性はときに残酷だよ」
カイネウスは笑った。
「ただ、同行の女兵を通じて、レイシアだけでなく、リネアとアルトも連れ込みたいと要求してるみたいです。レイシアへの嫌がらせでしょうけど。許可しますか?」
「リネアとアルトか。ローランはなんて?」
「気に入らないようですね。矯正官でもない客人に、矯正計画をかき回されるのは」
「じゃあ、だめだ。イレーネ殿には、レイシアの貸し出しで我慢してもらおう」
「了解です」
アルジェは頷いた。
「いずれにしても、特別囚の人数は、いまの倍にはしたいね。娼館としての活動を始めれば、どうしても、特別囚に需要が集まる。セリーは出さないから、どうしても人数が足りない」
「とりあえず、例の母娘が入荷しますよ。地方都市に隠れていたのをやっと見つけました。ただ、姉は十五なんですが、実は妹がいました。そっちは十歳なんです。どうします?」
「十歳か。初潮は?」
「調査ではまだです。やめときますか?」
「うーん、上級貴族の子女だし、その手の特殊な需要もあるんだろうけどねえ……。その童女は母と姉と切り離しても、生きていけそう?」
「それは彼女次第ですね。父親は統治政府が処刑済です。連座対象で手配されてますが、母が市井の女に身をやつして、地方都市で隠れて生活していたようなので、置いておけば、孤児になるしかないでしょう。まあ、そういう子も大勢います」
「じゃあ、一緒に保護しよう。仕方ないね。サロンの隷女として、妹も加わってもらおう。一応は特別囚だ。アドリアンに先に見つかれば、子どもでも処刑しかねない」
「では、そのようにいたします」
アルジェは軽く頭を下げて、カイネウスの執務室を退出しようとした。
しかし、カイネウスに呼び止められて、扉の前で振り返った。
「なにか?」
「いや、ちょっと気になってね。そう言えば、王都では大勢の上級貴族が処刑されていったよね。さっきのような幼い子女はどうなっているのかと思ってね。サロンに適する子女はここに集めたけど」
「千差万別ですよ。引き取り手がいるのは多くはないですね。浮浪者となって餓死するか、運が良ければ孤児集団で生きれるかです。闇奴隷狩りも横行してますし」
アルジェは説明した。
処刑を免れたとしても、上級貴族の子どもが生きる方法など多くはない。ほとんどが野垂れ死ぬか、貴族狩りに遭って奴隷にされる。
身寄りのない子どもなど、そんなものだ。王国貴族出身だからといって特別ではない。
「なら、十人ほど集めてくれるかい。その妹とやらも、ひとりでは淋しいだろう。ほかにネムリア要員として育成してもいいし。孤児の全員を救うつもりはないけど、見込みがあれば育ててもいい。元上級貴族の血となれば、それだけで娼婦の需要はある。野垂れ死ぬよりもいいさ」
「よい考えだと思います。担当の人選に入ります」
アルジェは一礼をして、今度こそカイネウスの前から退出した。