サロン・セルパンタンの五百日の調教記録──亡国の花と蛇の館 作:ドン・ドナシアン
こんこん──。
静かなノックの音が響いた。
「入れ」
カイネウスは短く答えた。
扉が開き、アルジェが部屋へ入ってくる。
革靴の音が静かに止まった。
アルジェの視線が、寝台のセリアへ向けられている。
寝台にうつ伏せに横たわっているセリア──。
彼女の銀髪は汗で乱れ、白い背中へ張り付いていた。先ほど塗った薬液の匂いも、まだ微かに残っている。
両手首は、縄ではなく革帯へ替えていた。
痕が残り過ぎないよう、拘束位置も調整してある。
吊り責めに使っていた脚も、いまは力なく寝台へ投げ出されていた。
呼吸は荒いが、規則的だった。
セリアは、いまだに完全に意識を失っている。
アルジェはしばらく黙ってその姿を見ていた。
「……もしかして、矯正の途中で失神を?」
低い声が落ちる。
「そうだね……。だらしないことだね」
カイネウスはくすりと小さく笑い、裸身へ掛けていたガウンを整え直す。
そのまま寝台から離れ、ソファへ腰を下ろした。
「長い責めに耐えられるよう、持久力を身につけさせる必要がありますね。明日からは運動も加えます。簡単に失神へ逃げるようでは問題があります」
アルジェが真剣な表情で言う。
「任せるけど、一応は事前に予定を確認させてね」
「夜までに、計画を提出します」
アルジェは淡々と答えた。
「ところで、セリーの護衛隊長のレイシアの方はどう? 矯正は進んでる?」
「……少しずつですね。まだまだです。いまは羞恥を嫌がりながら、その羞恥そのものへ依存させる方向で進めています。兆しはあります。すでに、以前のままではありません」
「そっちは順調ということだね」
カイネウスは小さく笑った。
「……こちらの王太子妃の方はどうですか?」
「そうだねえ……。まあ、セリーは頑張ってるよ」
カイネウスは穏やかに笑う。
アルジェが一瞬だけ黙った。
「ですが、まだ不十分です。お館様に相応しい牝へ仕上げてみせます。お任せください」
アルジェは知っている。
カイネウスが、セリアだけを特別視していることを……。
ほかの矯正対象とは違う目で見ていることを……。
責めながら、同時に守ろうとしていることを……。
サロンの女兵たちの中でも、そこまで理解しているのはアルジェだけだ。
それでも、アルジェはなにも言わない。余計な忠告を繰り返すことも、この感情を否定することもない。
アルジェが忠誠を誓っている相手は、共和国ではない。
カイネウス自身だ。
宗主国だったテレオロスからの解放戦争を通して、アルジェはずっとそうだった。
命令だから従っているわけではない。
理念へ心酔しているわけでもない。
ただ、カイネウスだから従う。
それだけだ。
共和国がカイネウスへ死を命じれば、アルジェは共和国を裏切るだろう。躊躇なく、カイネウスのために剣を抜く。
必要なら、そのまま命を捨てることも厭わない。
それほどの忠誠を、アルジェは最初から向け続けている。
カイネウスもまた、アルジェを疑わない。
だからこそ、カイネウスはアルジェには自分の心を曝け出している。
セリアへの執着も──。
このサロンの本当の目的も──。
アルジェには隠す必要がない。
カイネウスはソファへ深く背を預けた。
すると、アルジェは、寝台で意識を失っているセリアへ視線を向けたまま、静かに口を開く。
「……かなり、お気に入りですね」
アルジェの声に、カイネウスは小さく笑った。
「そうだね……。否定はしないよ。責めている最中のセリーを見ると、すごく昂ぶるんだ。痛みに泣いて……。羞恥に耐え切れなくなって……。それでも、快楽へ縋り始めてる……。ああいう顔を見るたびに、もっと壊したくなる」
「セリアの矯正はかなり進んでいます。すでに、セリアは変わりつつあります」
アルジェは淡々と答えた。
「僕も同じだよ。変わりつつある……。セリーの股を開かせて、羞恥で泣かせて……。惨めに許しを求めさせると、どうしようもなく興奮してしまうんだよね……」
「誇りが高い女を羞恥で泣かせるのは、楽しいものです。それが王国の高貴な女なら尚更です」
アルジェの隻眼が細く歪む。
「ふふ……。君の王国嫌いは相変わらずだね……。僕は、セリーを助けるつもりだったんだ。なのに、いまは、この子を泣かせるたびに興奮してる……。本当に、酷い男だよ」
カイネウスは自嘲気味に笑った。
「……ところで、報告があります」
アルジェが姿勢を正しながら口調を切り替えた。
カイネウスも笑みを消す。
ソファへ背を預けたまま、視線だけをアルジェへ向けた。
「バルザック元帥が、十日後に視察へ来られます」
「そう」
短く答える。
フィロス共和国元帥──バルザック──。
解放戦争のずっと以前から共和国政界と軍部に強い影響力を持つ重鎮であり、現在もテレオロスの暫定統治機構へ深く食い込んでいる男だ。
解放戦争の英雄は、間違いなくカイネウスであり、属国連合軍をまとめあげ、王都を陥落させ、テレオロス王国を滅ぼした最大の功労者は自分だ。
だが、それでも共和国内部では、カイネウスは新参者に過ぎない。
古くから共和国を支えてきた政治家や軍人たちにとって、バルザックの発言力はいまだ絶大だった。
年齢も倍以上に違い、さすがにカイネウスもバルザックには頭はあがらない。
「それと……こちらにつけている手の者から報せがありました」
アルジェは続ける。
「……どんな?」
「元帥は、セリアの扱いについて不満を抱いておられるようです」
「不満?」
カイネウスは、かすかに眉をひそめた。
「王族を生かしていること自体が危険だと。叛乱の旗頭にされる可能性があると考えておられます」
アルジェが静かに告げる。
カイネウスは、寝台で意識を失っているセリアへ視線を向けて嘆息した。
「彼女は僕専用の隷奴だ。共和国も、それを認めたはずだ。僕は、そのために功績のすべてを差し出した」
「はい。ですが、元帥は旧王国の血統が残ること自体を快く思っておられません。それに……」
「それに?」
「……加えて、閣下は……ああいう高貴な女を好まれます……。陵辱して辱めることを……」
アルジェは淡々と続けた。
カイネウスは、小さく息を吐く。
バルザックは危険な男だ。
国粋主義者と言っていい。
だが、その奥底には、王国への憎悪と嗜虐趣味が渦巻いている。
もしも、セリアに興味を持たれれば厄介だった。
短い沈黙のあと、アルジェが静かに口を開く。
「……必要なら、あたしがあれを排除しますが?」
「その必要はないよ……。まだね……」
カイネウスは首を横に振る。
「……まだ……と?」
「まだだ。元帥は、僕と共和国との約束については認識している。疎かにはできない……。それに、確かに彼はとても好色だ」
「はい」
アルジェがまっすぐにカイネウスを見る。
「そう。元帥は、女を壊していく過程そのものを好む人だ。根底はそれだ。高貴な女や誇り高い女への嗜虐欲だ……。だから、興味を逸らした方がいい。もし、セリーへ執着されたら厄介だ。この子は、あくまで僕のものだからね」
カイネウスは、寝台のセリアへ視線を向け続けている。
「興味を逸らす材料を準備するということですか?」
「アルジェは敏いね。レイシアの妹の話があったよね。ヤンが、レイシアを脅す材料として使った娘だ」
「リネアですね。薬師見習いの娘です」
アルジェが静かに答えた。
「うん。本当にサロンへ招くのも悪くないかな。レイシアの爵位自体は高くないけど、王太子妃付き護衛隊長だ。王国の象徴であるセリーのすぐ側にいた女でもある。レイシアをその妹と並べて辱める。いかにも元帥が喜びそうだと思わない?」
カイネウスは小さく笑った。
「……確かに、閣下は好まれるでしょう。姉妹で互いの無様な姿を見せ合う構図は、あの方の趣味に合っています」
アルジェは少し考え込むように頷く。
「うん。セリー以外へ興味を向けさせるには、ちょうどいい。姉としての誇り。騎士としての矜持。妹を守ろうとする感情。そういうものを少しずつ崩していくのを、元帥には愉しんでもらおう」
カイネウスはソファへ深く背を預けた。
「レイシアは、まだ折れていません。丁度いいかもしれません」
アルジェが静かに言った。
「だからこそ価値があるんだよ。折れない女が、少しずつ変わっていくところを見るのは、本当に愉快だからね……」
カイネウスは愉快そうに笑った。
「わかりました」
アルジェが頷く。
「うん。ヤンと一緒にアルジェが行ってきてよ。細部は任せるけど、できるだけ無垢な状態で収穫してほしいかな……」
カイネウスは小さく笑った。
「単に誘拐してくる……という話ではないのですね?」
「そうだね。最後は彼女自身の口でサロン行きを求めさせて。リネアは平民だ。だから、求めに応じて招いたという体裁だけは整えておきたい」
「わかりました。リネア確保の手配を進めます」
アルジェが静かに頷く。
「うん、よろしくね。ただし、レイシアには、元帥の来訪まで秘密で。彼女を任せているヴェルデン殿やヤンにも徹底しておいて」
「任せてください」
「……あと、今回の来訪には間に合わないかもしれないけど、元帥の興味を引ける女は、もう少し増やしておきたいね」
カイネウスはソファへ深く背を預けた。
「レイシア姉妹以外にも、視線を向けさせる相手を用意するということですね?」
「そう。セリーだけを見られるのは困る。だから、元帥が喜びそうな女を、ほかにも揃えておきたい」
カイネウスは小さく笑った。
「候補はありますか?」
アルジェが訊ねた。
「まずは、聖女クラウディアかな。フォルクス伯爵家の令嬢。“聖女”なんて呼ばれてる女だ。地方の抵抗運動を精神的に支えている」
カイネウスは愉快そうに目を細めた。
「王国に残存している抵抗勢力の象徴ですね」
アルジェが頷く。
「うん。清廉で、慈悲深くて、希望の象徴……。そういう女が、羞恥に泣きながら快楽へ堕ちていく姿は、元帥も気に入るかな。残党狩りには興味がないから放っておいたけど、軍を動かすよ」
カイネウスは笑った。
「そのクラウディアの弟は、さっきのリネアの恋人ですよ。王都で騎士見習いをしていて、まだ王都内に潜伏してます。レイシアの妹を守るために」
アルジェが淡々と続ける。
「へえ、そうなの? じゃあ、そっちも調達してしまおうか。聖女、その弟。さらに、愛し合う恋人たちを並べて矯正する。そして、女騎士と妹か……。元帥が興味を逸らすには十分そうだね。元帥は若い男にも興味はあったはずだ」
「なら、都合がいいですね」
「ほかに、いい素材に心当たりはあるかい、アルジェ?」
「高級文官の夫人がいますよ。旧王国時代、王宮へ頻繁に出入りしていた女です」
アルジェが静かに答える。
「人妻か」
カイネウスが小さく笑った。
「はい。夫への貞節や、気品ある上流家庭を象徴する存在として使えます。娘もいますし」
アルジェは続ける。
「王国の高貴な身分の母娘を合わせてか。それはまた、元帥が喜びそうだね」
カイネウスは噴き出した。
「娘は十八になりますが、ほとんど男を知らずに育てられています」
「無垢な箱入り娘か。高貴な母娘を並べて壊していくのも、元帥は好きそうだね」
カイネウスは愉快そうに言った。
「母親の前で娘を辱めるのも、その逆も、あの方は好まれます」
アルジェの口元が歪む。
「なるほど」
「あと、セリアの元侍女長も面白いと思います。王宮礼法と秩序を仕切っていた女が、自分から股を開くようになる……。王国そのものが崩れていく感じがします。王都からは脱出してますが、潜伏先は掴んでます」
「いいねえ。だいぶ“サロン”らしくなってくる」
カイネウスは満足した。
「手配を進めます」
「うん……。ただ、今回の元帥の来訪に間に合うのは、リネアくらいかな……」
カイネウスは小さく息を吐いた。
「クラウディアの弟だけは、王都内にいますが? かなりの美青年です。あとは、王都から逃げているので、さすがに十日では難しいですね」
「うーん……。でも、弟君は、姉と一緒がいいかな」
「では、見張りだけにしておきます」
「今回については、レイシア姉妹のほかにも、趣向が必要かな。セリーを差し出す気はないけど、レイシアと愛し合わせる場くらいは用意してもいいかもしれない。主従で互いを慰め合いながら堕ちていく……。元帥は、そういうのも好みそうだ」
「……よろしいのですか?」
「セリアを見せるのは構わないよ。ただし、セリーを躾けるのは僕だけの役目だ。それと、アルジェたち。それは譲れない。元帥でもね」
カイネウスは穏やかに笑った。
「では、十日以内に、セリアとレイシアを、互いを求め合う牝へ仕上げます」
「いや、元帥が来たときには、まだできあがってないくらいがいいかな。まだ抵抗はある。だけど、無理矢理に愛し合わされる。元帥にお見せするのは、その段階にしよう」
「調整いたします」
「うん、頼むね……。だけど、君がレイシアの妹に取り組んでいる間については僕がやるよ。君の部下を少し貸してくれるかい?」
「わかりました」
アルジェが頷く。
「それにしても、セリアは、もっと徹底的に躾ける必要がありますね。いまだに失神から目を覚ましません」
アルジェがまた、寝台のセリアに視線を向ける。
「そうだね……。じゃあ、牢へ戻したあとに、ちゃんと教えてあげて。失神して逃げても、終わらないってことをね」
カイネウスとセリアを見た。
うつ伏せに拘束された白い裸身は、いまも小さく呼吸を繰り返している。
汗に濡れた銀髪が背中へ張り付き、ときおり苦しげに肩が震えた。
「……反省房を使います。任せてください」
「それと、レイシアと愛し合わせるためのセリーの矯正プランの修正についてもよろしく」
「もちろんです。厳しいプランを準備します」
「愉しみにしているね」
カイネウスは静かに微笑んだ。
そのまま、ソファ脇の小卓へ手を伸ばす。
そこには、小さな黒箱が置かれていた。
カイネウスが蓋を開く。
中に収められていたのは、小さな金属環だ。
銀色の輪には細かな魔道刻印が走っている。
さらに、その横には共和国の紋章が刻まれた薄い円形の金属板まで入っていた。
「……それを使うのですか?」
珍しく、少し驚いたような声だった。
カイネウスは、小さく笑う。
「少し早いかもしれないけどね」
指先で金属環を摘み上げながら、寝台で意識を失っているセリアへ視線を向けた。
「今日の罰として、これを装着してやって」
「……よろしいのですか?」
アルジェが静かに問い返す。
「ああ、大丈夫だよ。僕は、どんなに壊れても、セリーに執着してるから」
カイネウスは迷わなかった。
すると、アルジェが穏やかそうな笑みを浮かべた。
「だったら、もっと徹底的に躾けても問題ないですね」
アルジェが言う。
「もちろん」
カイネウスは微笑んだ。