サロン・セルパンタンの五百日の調教記録──亡国の花と蛇の館 作:ドン・ドナシアン
「ほら、見な」
階段を降ろされていたセリアは、不意に鎖を引かれて足を止めた。
「……っ」
「あれが、一般隷奴たちだ」
顎で示される。
特別囚区画から下へ続く大階段は、途中から吹き抜け構造になっていた。
その手摺りの隙間から、下層の広間が見下ろせた。
「……っ」
セリアの喉が震えた。
広かった。
巨大な石造りのホールだ。
高い天井の途中のあちこちに横梁があり、そこから幾筋もの鉄鎖と滑車が渡されて、壁際には燭台が並んでいる。赤い火が揺れるたび、石壁へ女たちの影が無数に伸び縮みしていた。
熱気が上がってくる。
汗の臭い。
酒の臭気。
香油の甘ったるい匂い。
そして、女たちの嬌声と泣き声。
そこには、四十人……いや、もっと多い若い女たちがいた。
だが、その姿はばらばらだった。
全裸の娘もいる。
下着姿のまま床へ座り込んでいる娘もいる。
破れた夜着をまとった令嬢──。
そして、中には、高級な室内ドレスを着せられている娘さえいた。
淡い絹地のドレス。
真珠飾りの残る胸元。
乱れてはいるが、丁寧に結われた髪。
しかし、その全員が裸足だった。
また、首輪を嵌められ──。
鎖で繋がれ──。
あるいは、周囲の兵たちに囲まれている。
そこでは、大勢の若い令嬢たちが、男たちと女兵たちに囲まれながら、狂気じみた宴へ組み込まれていた──。
「いやっ……やめ……」
広間の一角で、深紅の室内ドレスを着せられた娘が長椅子へ押し倒されていた。
ふたりの男兵が笑いながら、その裾をたくし上げている。
娘は羞恥に耐えるように、必死に前手錠が掛けられた手で、必死にスカート部分を押さえていたが、通りがかった女兵がその手を掴み、無理やり引き剥がした。
「犯されるときも、淑女っぽくだ──」
「娼婦じゃないんだ。ちゃんと脚を閉じて耐えてみな。だが、抵抗をしすぎるな。客が興醒めする」
周囲で笑い声が起きる。
別の場所では、二人の令嬢が抱き合わされていた。
どちらも薄い寝間着姿だった。
首環はあるが、拘束はなく、女兵たちに囲まれている。
「ほら、拒むな。先に達した方が今夜の懲罰だよ」
「負けるんじゃないよ。こっちは賭けもしてるからね」
女兵が髪を掴み、顔を近づけさせている。
娘たちは泣きながら互いへ縋りついていた。
さらに奥では、両手首を高く吊られた娘が狂ったように笑っていた。
「あはっ──あははははっ──や、やめっ──」
下着だけを着せられた栗色の髪の娘だった。
十人近い令嬢たちが、その脇腹や足裏へ一斉に指を這わせている。
責めている側の女たちまで涙を流していた。
背後には白い棒杖を持った女兵が数名立っている。
「止めるなよ」
「手を抜いたら、反省房だ──」
吊られた娘は、涙と涎を流しながら壊れたように嗤い続けていた。
ほかの場所では、四つん這いに並ばされた女たちの背後へ男兵たちが立ち、後ろから彼女たちを抱いている。だが、十回ほど腰を打ちつけると、兵はすぐに隣の娘へ移っていく。
別の床では、拘束された全裸の娘が男の脚へ縋りつき、なにかを懇願している。
その横では、やはり後ろ手錠の豪奢な刺繍入りのドレスを着せられた娘が、顔を真っ赤にして震えていた。
娘の肩が大きく震えた。
理由もわからぬまま、周囲から歓声と嘲笑が広がっている。
「いやあっ……」
「や、やめてえ……」
泣き声が上がる。
だが、そのすぐ横では別の女たちが笑っていた。
「背筋を伸ばせ」
「ほら、淑女らしくしな」
「次はお前だ」
男兵と女兵の怒声が、広間のあちこちから飛んでいた。
そのたびに、幾人もの女たちの肩が震えた。
一方で、広間の隅には毛布が積まれ、水桶や洗濯籠まで置かれていた。
そこで隠れるように眠っている娘もいる。
セリアの牢に食事を運んできてくれたあの子爵令嬢のように、布一枚だけを股間に垂らした格好で、食器を運んでいる女もいる。
ここでは、この狂気が日常なのだ。
「……ぁ……」
セリアの喉から声が漏れた。
かつて舞踏会で見かけた令嬢たちがいたのだ。
絹を纏い、香油を使い、貴族として生きていた娘たちが、いまでは、首輪を嵌められ、この空間で笑われ、命令され、辱められ、そして犯されている。
「……さあ、行くよ」
背後でアルジェが鎖を引いた。
「がぁっ、あがっ……」
鼻輪と股間の金具が引かれて、激痛にセリアの身体が震える。
一瞬忘れていた、お尻の痒さが蘇る。
狂ったような掻痒感に、セリアはすぐに腰を激しく振っていた。
階段を降り終わって広間に足をつけた。
その瞬間だった──。
下層にいた数人の女たちがこちらを見た。
「あれ……?」
「新入りさん?」
「綺麗……。だけど……。あの格好……」
ひそひそと声が広がる。
セリアの背筋にぞわりと悪寒が走った。
「なんだ、新入りかぁ?」
不意に、下卑た声が近くから響いた。
近くにいた男兵のひとりが、酒瓶を片手にこちらへ歩いてくる。
明らかに酔っていた。
上半身は裸で、汗に濡れた肌が燭火にぎらついている。下半身だけ乱暴にズボンを穿いていた。
「こりゃ、まだ頂いてねえ顔だなぁ──」
男がにやつく。
その視線が、鼻輪と股間の鎖で繋がれたセリアの姿を舐め回した。
「がぁっ、がっ……」
アルジェが鎖を軽く引いた。
「勝手に触るなよ。そいつは特別囚だ」
「へえぇ?」
男兵が面白そうに目を細める。
「だが、面白い飾りをつけてるじゃねえか」
男が笑いながら、セリアの尻へ突き出された小旗へ手を伸ばす。
次の瞬間だった。
鈍い破裂音のような衝撃が響く。
男兵の身体が横へ吹き飛んだ。
「──っ?」
セリアは目を見開く。
なにが起きたのか理解するより先に、吹き飛ばされた男兵の身体が広間脇の鉄格子へ激突した。
脳天を強く打ったらしく、そのままずるりと崩れ落ちる。
アルジェが足を下ろした。
凄まじい回し蹴りだったのだと、そこでようやく理解する。
「くそが──。お館様のお気に入りの特別囚だよ」
アルジェが吐き捨てる。
「……と言いたいけど、伸びてるかい」
苦笑のような声だった。
いつの間にか、ホールは静まりかえっていた。
「おいおい、いきなり騒ぎを起こさんでくれや、アルジェ」
ざわついた人垣をかき分けるようにして、今度は別の男が近づいてきた。
大柄な男だった。
先ほどの酔っぱらいとは違って、今度は上半身へ軍装を羽織っている。だが、逆に下半身には何も身につけていなかった。
股間では、体液に濡れた男根が露骨に勃起している。
「ちっ、ダン──。話しかけるなら、せめて股ぐらを隠しな」
アルジェが舌打ちする。
「そう言うな。どうせ、すぐに脱ぐんだ。今夜は集団性宴の演練でな。実演矯正中だ」
ダンと呼ばれた男が肩を竦めた。
「よく言うよ。お前らが愉しみたいだけだろ」
アルジェが鼻を鳴らす。
「ところで、その鼻汁と愛汁を垂れ流した女は? お前らが連れてくるってことは……まさか、例の特別囚なのか?」
ダンの視線がセリアへ向いた。覗き込むように顔を寄せる。
「あぁがっ……」
セリアの喉から潰れた声が漏れた。
前屈みの姿勢──。
鼻輪──。
股間の鎖──。
そして、尻へ突き出された小旗。
その姿を間近から眺められ、血が沸騰するような羞恥が全身を駆け巡り、思わず顔を背けようとしたことで、アルジェの握る鎖が引かれたのだ。
「がぁっ……」
鼻と股間へ激痛が走る。
同時に、尻の奥の掻痒感がまたぶり返した。
「ひっ、ぁ……」
アルジェとダンが話し込んでいるせいで、セリアはその場へ止まるしかない。
だが、痒みは耐えられない。
セリアはいつの間にか、その場で小刻みに足踏みするように脚を動かしていた。
その様子を見て、周囲からくすくすと笑い声が広がった。
「もしかして、王国の王太子妃殿下か? 初めましてだな。一般囚の管理責任者のダン少尉であります。以後、お見知りおきを」
すると、ダンがわざとらしく姿勢を正すと、前屈の体勢のセリアに敬礼をした。
「ばーか──。一物をしまえって、言ってんだろ」
アルジェが呆れたような口調で言った。
「ところで、特別囚のセリア妃を、どうしてこっちに連れて来たんだ?」
姿勢を崩したダンがアルジェに訊ねた。
「反省房を使おうと思ってな。空いてるかい?」
「空いてはいないな。いつもいっぱいでな。しかし、必要なら開けるぞ」
「なら、開けな。明日まで使う」
「わかった」
ダンが連れてきていた部下らしき男に指示を出す。
すぐに、その男が掛け去って行く。
一方で、アルジェとダンが、“王太子妃”だと口にしたことで、ざわめきが広間に一斉に広まっていく。
あちこちで、ささやき声が響き始める。
セリアにかっと羞恥が襲う。
「そういうわけだから、準備ができるまで、練り歩くかい」
アルジェが鎖を握ったまま無造作に歩き出す。
「あがあっ──」
鼻輪と陰核が思い切り引っ張られて、セリアは泣き声とともに、慌てて脚を前に出した。