サロン・セルパンタンの五百日の調教記録──亡国の花と蛇の館 作:ドン・ドナシアン
「──あぐっ……くっ」
またもや、セリアの口から苦悶の声が迸った。
股間に繋がっている紐がぴんと張り、激痛が股間を貫いたのだ。
セリアに繋がれている紐を持っているのはアンジェであり、彼女はその紐を肩に回して、大股で歩き続ける。歩幅も速度も変えない。後ろを振り返ることもない。
だが、紐の先は、セリアの陰核の根元に喰い込んだ極小の金属環に繋がれている。引かれるたび、激痛と同時に抗いようのない刺激が走り、背骨を伝って頭の奥まで突き抜ける。
「そらよ」
すると、前を歩くアルジェが左肩に掛けていた縄を無造作に右肩に置き換えた。
陰核が引っ張られて凄まじいほどの激痛が突き刺さる。
「ああっ、いやです──」
セリアは後手縛りにされている裸身を折り曲げて絶叫する。
しかし、反応したことで、体勢が崩れて身体が前に引き込まれてしまった。足が遅れる。踏み出しが間に合わない。石床に叩きつけられた足裏が滑り、上体がさらに崩れる。
転倒の恐怖が襲う。
倒れても、アンジェは容赦なく、そのまま紐を引っ張り続けるだろう。
必死に足を前に進めて、なんとか半歩早く足を出す。
だが、アンジェはさらに歩幅を広げる。
紐が張る。引かれる。
少しでも遅れれば、その分だけ張力が強くなる。
「ま、待ってください──」
セリアは必死にアルジェを追う。
だが、またしても、わずかに遅れる。
紐が張り、容赦なく肉芽が引かれる。
「はぐううっ」
喉が震える。押し殺そうとした息がそのまま声に変わる。
懸命に足を進めた。
歩幅を合わせる。
次の一歩を出す。体勢を戻す。間に合わなければ、そのまま引き上げられる。
「それなりに、歩けてるわ」
「仮にも王族なんだから、もう少しおしとやかに歩きなさいよ」
「もう隷属民よ。人間以下の家畜民だわ」
「……そうだったわね」
横から次々に嘲笑の声が落ちる。
周りを囲んでいる女兵たちだけじゃなく、その外側に集まってきた男のフィロス兵たちの揶揄だ。
全裸にされて陰核を引っ張られながら、多くのフィロス人たちの前を見世物のように歩く──。あまりもの屈辱で気が遠くなりそうでさえあった。
だが、股間を引っ張られる苦痛は、気絶さえもセリアに赦さない。
野次は続く。
視線も向けられない。顔を上げる余裕がない。
また、侍女のケイもまた、セリアと同じように全裸で男兵たちの前をセリアの後ろから歩かされている。彼女のすすり泣く声が背中からずっと聞こえている。
中庭を横切り、ついに館の中に入った。
わっと歓声があがった。
館内に入った瞬間、回廊の左右に並ぶ人影が視界に飛び込んできた。フィロス兵たちが、隙間なく並んでいる。
数多くの男たちの視線に、躊躇することさえ赦されなかった。
アンジェは紐を持ったままその真ん中を突き進んでいく。
騒ぎ立てる男たちの中を、そのまま歩かされていった。
やがて、騒ぎは次第に遠のいていった。
背後から追ってきていた野次が、ひとつ、またひとつと途切れていく。笑い声も、足音も、いつの間にか混ざらなくなる。
残るのは、石床を素足で叩く自分の足音と紐の擦れる音だけ……。
廊下の幅が狭まる。
壁が近い。灯りは等間隔に並ぶだけで、影が濃い。天井は高いのに、圧迫感がある。
そして、いよいよ人影が減った。
視界の端にいた兵の姿が消えていく。並んでいた列はいつの間にか途切れ、立っている者の数もまばらになる。
それでもアンジェは速度を落とさない。
紐は張ったままだ。
遅れれば引かれる。
「ああっ」
セリアは身体を反らせながら絶叫する。
アンジェが突然に回廊を右に曲がり、股間に刃物で刺されたかのような痛みが走ったのだ。足を止めかけたことで、さらに激痛が加わった。
「ひぎいいっ、ま、待って──待ってください──」
セリアは泣き声をあげながら、懸命に足を前に進める。
そうやって幾度も曲がりながら、館の中を進まされる。まるで迷路のように入り込んでもいる。同じような廊下の景色に、もうセリアには、どこをどうやって進んできたのかわからなくなっていた。
とにかく足を出す。合わせる。体勢を戻す。次の一段に備える──。考えるのはただただ、それだけだ。
そして、廊下の影の中に階段が現れた。
階段は上と下のそれぞれに向かっており、アンジェはセリアを階段を上に導く。
「ああ、妃殿下──」
そのとき、背後からケイの声がした。
振り返ろうとした。だが、完全には向けない。首だけがわずかに動く。
視界の端に、ケイの姿が入った。
女兵に腕を取られ、ケイは、セリアとは違って、さらに下の地下層に引かれている。
「ああ、待ってください──。ケイをどこに連れて行くのです。わたくしと一緒に──」
言い終わる前に、紐が強く引かれた。
「ひぎいいいっ」
身体が前へ引き上げられる。足が段差に乗りきらず、つま先が引っかかる。体勢が崩れる。
倒れる──。
そう思った瞬間、無理やり足を持ち上げる。
必死に段を上がる。
「んぎいっ、あんっ、ああっ」
一段ごとに遅れてしまう。
遅れた分だけ、引かれる。
繰り返し襲う激痛に、セリアは泣き声をあげるしかなかった。
「とりあえずは、あれは監禁だ。そう命令されてる」
アンジェの声が、前から落ちる。
「か、監禁……。酷いことは……ないのですよね──」
「多分な。でも、あんたの態度次第で扱いは変わるだろうさ」
アンジェは振り返らないまま、言い切った。
踊り場を三つ越えて上の階に着いた。が、アンジェはそのまま二階にセリアを導く。
歩幅は変わらない。
セリアは必死に足を進める。
二階は、さらに暗かった。
空気が変わったような気がした。
足音の響き方も変わる。
だが、それでも足は止められない。
止まる余地は、最初から与えられていない。
そのまま、石畳の階段を進まされる。
アンジェが立ち止まる。
その前に、両開きの扉があった。
見上げるしかない高さだった。厚い扉板は金属で補強され、継ぎ目には細かな意匠が刻まれている。だが、その細工を追う余裕はない。視線は途中で止まる。
扉の左右には衛士が立っていた。
だが、セリアには一瞥もくれない。
まるでそこに存在していないかのように、視線を前に固定したままだ。
「さて、じゃあ、粗相のないようにな」
アルジェが近づいてきて、歩くあいだずっと張っていた紐がやっと緩む。
張り詰めていた力が抜けて、それだけで脚が砕けそうになる。
同時に、陰核に掛かっていた負荷が突然に消えた。
すると、アンジェが拳に収まるほどの楕円形の道具を金属環が嵌まっているセリアの股間に翳した。楕円型の道具には、淡く光を帯び表面に刻まれた紋様に光が走っている。
フェリア人が開発した、魔力のない者でも魔道具を扱うための道具だと、ふと頭をよぎる。
「あっ」
次の瞬間、喰い込んでいたはずの金属環が外れた。
アンジェが外したのだとわかった。
圧迫で止められていた血がその部分に向かって、一気に流れ込んだのがわかった。甘く鈍い疼きが、そこから一気に突き上がる。思わず全身を震わせてしまった。
脚から完全に力が抜けた。
その場で崩れかける。
「おっと──」
「しっかりしなよ、妃殿下様」
両側から女兵たちに腕を掴まれ、引き起こされる。
「随分と牽引環がお気に入りだったじゃないかい。こんなに汚しちまってどうしてくれんだい?」
アンジェがまだ紐に繋がっている牽引環と呼んだ小さな環をセリアの顔の前に示した。セリアの股間から溢れた蜜でねっとりと濡れ、紐部分に糸まで引いている。
セリアは、自分の身体が起こした反応の激しさに、かっと羞恥が込みあがった。
「あっ、そんな……」
「まあいい……。待っているのはお館様だ。王族の礼法でもしておくれよ」
支えられたまま、足を揃えさせられる。
膝が震える。
だが、崩れることは許されない。
お館様──。
一体全体、誰のことなのか……。
どんな人物か。
そもそも、なぜ、セリアはこの館に連れてこられたのか……。
アンジェが扉に向けて声をかける。
内側でなにかが動く音がした。
重い音──。
軋みとともに、内側からゆっくりと扉が開き始める。
空気が変わる。
風が流れ出てきて、いつのまにか汗にまみれていたセリアの身体を冷やす。
完全に開ききる前に、内側が見えた。
黒い大理石の床──。
中の広さの見当はつかない。
光が落ちている。
上から、限られた場所だけを照らしている。周囲は暗く奥はまだ見えない。
「隷属民、セリアを連行しました──」
前に立つアルジェが中に声を掛ける。
隷属民……? セリアのことなのか……?
アンジェが進み入り、セリアも足を踏み入れる。縄で括られている両腕を女兵ふたりが支える。後ろにはさらに三人の女兵──。ほかの女兵たちは、あのときケイと一緒にどこかに消えたままだ。
室内に入ると音が変わる。
素足で踏んだ石が、遅れて響く。空間が広いのか、距離があるのか、判断がつかない。
そのまま進まされる。
正面の奥には、謁見台のように数段高くなった場所があった。そこには椅子が三脚ほど据えられている。
だが、そこには誰の姿もない。
その代わりに、広間の中央奥側に置かれた二脚の革張りのソファに、ふたりの男が腰を下ろしていた。
位置の関係で、まだ横顔しか見えない。輪郭と姿勢だけが視界に入る。
その前には低い台が置かれ、酒器や果物の載った皿が並んでいる。
背後には女たちが控えていた。
肌をほとんど覆わない軽い布を股間の前だけに垂らし、ほかには装身具だけをまとっている。身体の線を隠すというよりは、強調するための格好だ。
布は最低限の位置に留められているだけで、動くたびにわずかに揺れる。
露わになった肌には光が落ち、視線を引き寄せるように整えられている。
いずれも、無言のまま男たちの背後に立ち、杯や皿に手を伸ばし給女のように静かに動いている。
その全員の首元には、あの爆裂印の仕掛けられた見覚えのあるチョーカーが嵌められていた。
また、男たちの正面には、木製の枠が据えられている。
人の背丈を超える高さがあり、太い木材で組まれている。縦横に渡された支柱には、手首や足首を固定するためと思われる金具が取り付けられていた。
立たされたまま身体を広げて拘束することを前提にした構造であることは、一目で理解できる。
無機質な造りでありながら、その用途だけがはっきりと浮き上がって見えた。
セリアの視線がそこに止まる。
理解した瞬間、身体の奥がわずかに強張る。
セリアをそこに拘束するために、準備しているとしか思えなかった。
「おう、やっと来たな、セリア妃──。いつ見ても美しいが──今日は格別だ」
すると、片方の男が、ゆっくりと立ち上がった。
はっとした。
声だけで、その人物の正体がわかった。
「あっ、ローゼンフェルト卿──」
思わず声が出る。
同時に、胸の奥から熱が込み上げた。
抑えようとしても抑えきれない感情が、内側からせり上がる。
「おう、私のことを覚えておいでくれたか。光栄ですぞ。しかし、いまは、ローゼンフェルト卿ではなく、市民ヴェルデンとお呼びください、妃殿下。フィロスでは、姓ではなく、名に敬称を付けるのが慣習なのです」
「な、なにが、市民ヴェルデンですか──。ヴェルデン、この裏切り者──」
セリアは怒りのまま叫んだ。