サロン・セルパンタンの五百日の調教記録──亡国の花と蛇の館 作:ドン・ドナシアン
裁ち鋏──。
はっとしたときには、アルジェたち三人が逆海老吊りのクラウディアに集まって、身につけていたものを鋏で切り刻み始めていた。
胸元へ鋏が走る。縦に裂かれ、さらに左右へ切り開かれた。
ズボンもベルトを断たれ、腰の両脇から布が切り裂かれていく。
「あぐうっ」
女としての羞恥を嫌でも自覚させられて、クラウディアは口枷の下から呻き声を上げた。
あっという間に、身につけていた物が布切れに変わって、床に落ちていった。
「二日間も荷馬車に乗せられて、身を清めることもできなかったからね。体臭が酷いよ、聖女様」
アルジェが嘲笑の口調で揶揄う。
クラウディアは、ぐっと口枷を噛みしめた。
すでに下着だけの格好だ。
下着は、王侯貴族の令嬢が身につけるような華美なものではない。
戦場では着替えや洗濯の機会も限られる。そのため、身につけているのは実用一点張りの軍用下着だった。
腰には、小さな布で前後を覆い、左右を紐で結ぶだけの簡素な紐下着──。
胸には、乳房を包むように巻き、前で紐を結んで固定する胸布だ。
どちらも丈夫な白布で仕立てられ、飾りなどひとつもない。
動きを妨げず、洗濯もしやすいように隠す部分も最低限のものだ。兵として戦場を生き抜くための装備である。
だからこそ、ほとんどの部分が露出しており、肌に外気が触れる感覚が羞恥を誘う。
「ついでだ。洗浄油を使ってあげるといい……。ああ、でも、そうすると、下着も脱がさないとならないか。どうする、聖女様?」
カイネウスが肘を椅子の手摺りに置いたまま、クラウディアに声をかける。
その軽い口調が忌々しい。
クラウディアは、小さく首を横に振る。
「へえ、その臭い下着を脱がないのかい。それが一番臭いんだけどね」
アルジェが笑う。
わかり易い挑発に表情は崩さない。
反応すれば、この連中を満足させるだけだ。
衣服は奪われても、自分が歩んできた歳月までは奪えないのだ。
そう心の中で繰り返しながら、クラウディアはゆっくりと息を整えた。
「下着を剥がされたくなければ、顔を伏せないことだ。この場限りのルールだね」
カイネウスが声を掛ける。
クラウディアは、静かに顔をあげ直す。
女兵たちは隅に積まれた箱から小壺を取り出し、中の油剤をクラウディアの肌へ塗り始めた。
肩に触れる手から伝わる油剤の感触に、クラウディアは目を閉じそうなったが、必死に耐える。
肩へ塗り広げられた油剤は、想像していたようなべたつきを残さなかった。
むしろ、肌へ馴染んだ途端、すっと冷気が走る。
次の瞬間には、その冷たさも消え、身体の表面から薄い膜が蒸発するような感覚だけが残った。
思わず目を見開く。
まとわりついていた汗の不快感が消えていく。
二日間、荷馬車の中で積もり続けた埃や汗が、一緒に拭い去られていくようだった。
肩から腕へ、首筋から背中へ。
女兵たちの手が油剤を塗り広げるたび、重苦しかった肌が少しずつ軽くなっていく。
──魔道の油か。
清水で洗い流したような爽快感とは違う。
水を一滴も使わず、それでいて肌だけが澄み切っていく奇妙な感覚だった。
しかし、屈辱的な状況であることに変わりはない。
それでも、この油剤そのものが優れた魔道油であることだけは、認めざるを得なかった。
しかし、首を上げるだけの動作が、思った以上に重かった。
肩から背中へかけて張りつめていた筋肉が悲鳴を上げる。
わずかに顎を持ち上げただけで、呼吸が乱れ、肺が空気を求めるように上下した。
それでも歯を食いしばる。
姿勢を保つだけで体力が削られていくことはわかっていたが、弱さを見せる理由にはならない。
ゆっくりと息を整え、口枷が小さく軋むほど顎へ力を込めた。
その口枷の穴からは、クラウディアの意思とは無関係に涎が溢れ、顎の尖端にねっとりと滴り続けている。
今更だが、目の前のカイネウスが、なぜこれをクラウディアに嵌めさせたのかがわかる。
穴の開いた口枷を嵌めることで、顎を開かせ、涎を垂らさせる。
そういう惨めな思いを味わわせることで、クラウディアの心を少しずつ折ろうとしているのだろう。
だが、わかっていても、唾液を呑み込むことはできず、唾液は止めどなく溢れるしかない。
屈辱に心が潰されていく。
しかし、クラウディアは、このときになって、自分の身体の異変に気付いた。
身体が異常なほどに熱いのだ。
肩から首筋へと広がっていく熱が、ゆっくりと身体の内側を巡り始める。
思わず息を止めた。
──なんだ、これは?
すぐに、さっき塗られた洗浄油の影響だと悟る。
おそらく、あれは効果だけではなかったのだ。
そう直感した瞬間、胸の奥へ冷たいものが走る。
なにかの魔道薬──?
その直感が頭をよぎる。
クラウディアは呼吸を整えようとした。
しかし、身体の感覚は、すでに変わり続けている。
皮膚が妙に熱を帯び、下着の衣擦れや空気の流れまで、先ほどより鮮明に伝わってくる。
熱は次第に全身へ広がり、理性では説明できない違和感へ変わっていく。
やがて、肉体が甘く疼き、次第に刺激を求めて苦しくなってきた気がした。
すでに、洗浄油を塗る手は離れているので、いまはただ放置されている状況だ。
じっとしていられなくなり、気がつくとクラウディアは、逆海老に吊られて開脚させられている両腿をわずかに閉じたり開いたりする動作を繰り返していた。
「どうしたんだい、聖女様? 急に腰を動かし始めたね? 洗浄油で希釈したものだけど、サロンの女囚たち用に特別に調合された媚薬が混じっているからね」
クラウディアの横にあるアルジェが笑う。
媚薬──?
冗談じゃない。
しかし、この身体の異常なまでの火照りは、確かにそうだと認めざるを得ない。
「んぐううっ」
かっとなり、思わず声をあげる。
だが、これは制御できない。
肉体の疼きのようなものが、どんどんと拡大していく。
「おや、怒ったのかい? でも、あんたがこれから入るサロンでは、それは日常的に使われるものだ。覚悟しな」
アルジェたちが笑う。
すると、カイネウスが続いて口を開く。
「うん、そうだね。洗浄油だけじゃない。飲み物、食べ物、すべてに混ざっている。息を吸う空気にもね。だから早く慣れるといい」
カイネウスの言葉に唖然となる。
飲食物だけでなく、空気にも──?
まさか──。
そんな環境で、どうやって正気でいられるというのか。
「……サロンの媚薬は、君たちを楽にするためにある。僕たちには効かないけど、首の後ろに魔核を打たれている君たちには、媚薬が活性化されてしまうんだ」
カイネウスがさらに言った。
クラウディアは怪訝に思った。
首の後ろの魔核──?
「おや、気がついてなかったかい、聖女様? あんたの首には、とっくの昔に、特別に調律した魔核が打ち込んである。作動はさせてなかったからわかりにくかったかもね」
アルジェが声を掛け、内ポケットから楕円球のものを取り出した。
クラウディアに向ける。
眼を大きく見開く。
なにかが全身に一気に拡がり、それが固定された。すぐに魔力が封印されたとわかった。
しかし、魔核──?
いつの間に、そんなものを──。全く気がつかなかった……。
「……さて、じゃあ、もう口枷は外していいだろう。少しだけ話をしようか、聖女」
カイネウスが言った。
アルジェがクラウディアの口枷を外した。
大量の涎が一気に口の外にこぼれ出ていった。
「くっ」
クラウディアは反射的に、口を閉じて顔を伏せた。
「顔を伏せたね、聖女。じゃあ、罰だね……」
カイネウスが笑う。
しまった──。
クラウディアは弾かれるように、顔をあげ直す。
顔を上げ直しただけで、肩から背中へ鋭い疲労が走る。すでに身体は限界へ近づいていた。
全身を駆け巡る媚薬もまた、クラウディアをゆっくりと蝕んでいる。呼吸を整えようとしても集中できない。思考をまとめようとするたび、身体の異変が意識を乱した。
「ま、待って──。交渉しましょう──。なにが狙いなの──。条件を言って──」
それでも、クラウディアは、必死にカイネウスを留めようとした。
この男は、なにかの目的を持っている。だから、こうやってクラウディアを追い詰めるようなやり方を取るのだろう。
しかし、目的がある以上、交渉の余地も残されているはずだ。
「アルジェ、下着を剥ぎ取って、さっきの洗浄油を胸と股間にも塗ってあげてよ。その後に媚薬だ。希釈されてない原液をね」
しかし、カイネウスは、クラウディアを完全に無視した。