サロン・セルパンタンの五百日の調教記録──亡国の花と蛇の館 作:ドン・ドナシアン
カイネウスたちは、新入囚受入区域を出ると、騎士見習いアルトが収容されている反省室へ向かった。
途中、ローランの準備のために性具倉庫へ立ち寄っている。さらに、囚人用の厨房も経由してきたので、少しばかり時間がかかった。
ローランはいま、二台の台車を並べて押していた。一台には革帯や性具と幾つもの小瓶が載せられ、もう一台には給餌用の丸皿、水差し、桶が積まれている。小さな車輪が石床の継ぎ目を越えるたび、載せられた金具がかちゃかちゃと音を立てる。
「ずいぶん持ってきたね」
カイネウスが台車へ眼を向ける。
「初めてお相手する坊やですもの。なにが必要になるかわからないでしょう」
ローランは楽しそうに答えた。
「張り切ってるじゃねえか」
先頭を歩いていたダンが肩越しに振り返る。
「そりゃあ、張り切るわよ。あたし好みの美少年だったもの。股間がおっ勃つわ」
「おっ勃つって……。お前、つくものはついてたのかよ」
「失礼ねえ。あたしはれっきとした男よ」
ローランが声をあげて笑った。
やがて、回廊の両側に鉄扉が並ぶ一角へ辿り着いた。ダンがそのひとつの前で足を止める。
『第三反省室』──。
「彼をここに入れているのかい」
カイネウスは訊ねた。
「とりあえず、ほかの一般囚から遮断するためですね。こいつのせいで、三個しかねえ反省室のひとつが塞がっています。できれば、さっさと二階へ引き取ってもらいたいんですがね」
ダンが笑った。
「そうだね。姉のクラウディアを預ける別棟の準備が整えば、彼女はオクタヴィアに任せる。そのタイミングで、アルトを二階へ移そうか」
カイネウスが言うと、ダンの笑みが僅かに引いた。
「本当に、あれに聖女を任せるんですか」
「彼女は優秀な矯正官だよ」
「そういう意味じゃありませんよ。さっき、相当頭に血が昇ったまま帰ったでしょう。せっかくの獲物を、腹立ち紛れに毀しやしねえかと思いましてね」
「それは、クラウディアには気の毒なことになるね」
カイネウスは穏やかに笑った。
ダンは呆れたように鼻から息を吐き、腰の鍵束へ手を伸ばした。
鉄扉の錠が外される。
重い扉が、低い音を立てながら内側へ開いた。
ダンに続いてカイネウスが室内に入る。最後にローランが二台の台車を押しながら扉をくぐった。
反省室は、石壁に囲まれた広い部屋だ。
部屋の隅には排水溝が走り、壁際には拘束具を繋ぐための鉄環が幾つも埋め込まれている。天井の滑車から一本の鎖が下がり、その先が三本に分かれて、アルトの左右の二の腕に嵌められている革枷と、背中側で両腕を包む拘束具へ繋がっていた。
アルト=フォルクス──。
聖女と呼ばれて叛乱軍に参加していたクラウディアの異母弟であり、女騎士レイシアの妹であるリネアの恋人だ。
衣服は身につけていない。
騎士見習いとして鍛えられた身体には、細身ながらも引き締まった筋肉がついている。しかし、肩や胸の線には、まだ兵士として完成し切っていない若さが残っていた。
整った顔立ちだが、成人したばかりらしい幼さの面影がある。
アルトは、寝てはおらず、部屋の中央で脚を前に出して座っていた。
両足首には一本の棒枷が嵌められており、開脚した脚を閉じられなくする処置が取られている。そのため、股間では男根が隠れることなく、陰毛の中から垂れ下がっていた。
両腕は背中側で水平に揃えられ、肘の近くから手首までを幅広い帯状の拘束具でひとまとめに包まれている。両の拳も厚い布袋に収められ、指先すら使えない。
両腕から伸びた鎖は天井へ繋がっているが、鎖はいまは十分に緩められており、床へ座ることも、横になることもできる。
さらに、頭には両眼を覆う幅広い革帯が巻かれ、視界を完全に封じられている。
「僕たちが入ってきたことにも、気がついてないのかい?」
視界がなくても気配でわかるのではないかと思ったが、アルトはカイネウスたちの入室に対しても無反応だ。
「両耳に遮音栓を入れてあります。そこにある伝声球を通した声しか聞こえません。周りの音だけじゃなく気配すら、すべて遮断されてまさあ」
ダンがくすくすと笑った。
カイネウスは、ダンが示した入口の扉の横を見る。壁に小さな棚があり、皿に載せた白い球体がひとつ置いてある。その隣には魔道操作具があるが、おそらく、天井からの鎖の長さを調整するものだろう。
「もしかして、三日間あのまま?」
カイネウスは訊ねた。
「食事と水、それと用便のとき以外は放置してますよ」
ダンが壁の棚にある伝声球を手に取り、自分の口に持っていく。
「おい、水を持ってきたぜ、坊や」
ダンが伝声球へ呼びかけると、アルトがびくりと身体を震わせた。
「あ、ああ……」
アルトは大人しく、脚を前へ投げ出した姿勢のまま、目隠しに覆われた顔を上へ向けて口を開いた。
「素直なもんでしょう。これでも最初は、水を飲むことさえ拒みやがったんですぜ」
ダンが伝声球を口元から離し、カイネウスへ笑いかけた。
「そのときはどうしたんだい?」
カイネウスは訊ねた。
「当番の男兵どもが、漏斗を鼻へ突っ込んで、そっちから水を飲ませようとしたそうです。こいつが涙を流して、口から飲むからやめてくれって哀願したんで、すぐにやめたらしいですけどね。それ以来、水の時間だけは素直なもんでさあ」
ダンが大きな笑い声をあげた。
アルトには、確かに、その笑いもカイネウスとの会話も聞こえていないようだ。ダンの声はかなり大きなものだが、全く反応しない。
ただ、口を開いたまま、次の命令を待っている。
カイネウスは、その姿を眺める。
「恐怖は、確かによく効くみたいだね。オクタヴィアの言葉も正しいんだけどね」
「なんの話です?」
「こっちの話だよ」
カイネウスは微笑んだ。
ダンはそれ以上は訊ねず、再び伝声球を口元へ持っていく。
「その前に、小便を済ませておくか? 今日は朝からしてねえって報告を受けてるぜ」
アルトが、目隠しの下で僅かに顔をしかめる。
「ち、違う──」
掠れた声を、慌てたように張り上げる。
「違うって、なんだ?」
「朝には、桶じゃなくて、食事の入った皿を置かれたんだ。小便をするなら、それに混ぜて食べろって言われて……」
アルトは口惜しそうに口元を歪ませた。
「ちっ、誰だ、朝の当番は……。余計なことはするなって言っておいたのに……」
ダンの表情から笑みが消え、伝声球を口元から離して、苛立たしげに舌を打つ。
「君の指示ではなかったのかい?」
「違いますよ。食事も用便もちゃんとさせてます。俺が命じてもいねえことを、勝手にやりやがったんでしょう」
ダンは不機嫌そうに扉の方へ顔を向けた。
「あとで当番表を確認します。囚人を甘やかすつもりはありませんが、勝手な真似をされちゃあ、こっちの管理が成り立ちませんからね」
「そうだね。それはきちんと叱っておいた方がいい」
カイネウスは穏やかに応じた。
アルトは、自分の訴えがどのように受け取られたのかもわからないまま、目隠しをされた顔を上げる姿勢に戻った。
カイネウスは、ダンから伝声球を受け取って、自分の口に持っていく。
「……今度は意地悪はなしだよ。脚のあいだに桶を置いてやる。それに済ますといい。そのあと水だ」
「だ、誰か、ほかにもいるのか?」
アルトが顔を動かしている。しかし、やはり気配を感じることはできないのだろう。不安そうにしている。
「三人よ。桶を置くわね」
ローランが伝声球を受け取って声を掛け、二台の台車をアルトの前に持っていった。そして、台車から出した桶を投げ出しているアルトの脚のあいだに置く。
ただ、アルトは動かない。桶を置く気配さえもわからないのだろう。
「ほら、置いたわよ。あんたの目の前よ」
ローランがアルトの前で伝声球を使って言う。
「えっ、どこ……?」
アルトが身じろぎする。すると、アルトの太腿が桶に触れた。
「あ、うわっ」
アルトが反射的に声をあげ、身体を跳ねあげる。
「そんなに怖がらなくていいでしょう。ほら、せめて膝立ちになりなさい。おしっこさせてあげるから」
「な、なんで今日は三人なんだ……? いつもはひとりだけなのに」
アルトが不安そうに言う。
「あんたの様子を見に来たのよ。それよりもおしっこしないの、するの?」
ローランが伝声球に声をかける。
「する……。するけど、せめて脚を自由にしてくれ……。もう抵抗しない……」
「あら、抵抗するなら、抵抗していいのよ。せいぜい、派手に抵抗してちょうだい。その代わり、おしっこを勝手に漏らしたら、鼻の穴から水を飲まされるくらいじゃすまないわよ。あんたのここに栓をするわ。尿道を棒で塞ぐの」
ローランが身体を屈めて、アルトの男根を軽く指先で突いた。
「うわっ、なにをする──」
その瞬間、アルトが拘束されている裸身を弾かせるように後退りさせて狼狽した。
「なら、身体を起こしなさい。桶の場所は身体の前。手足が使えないなら、顔で探るのよ。棒で桶を蹴らないように気をつけなさい」
ローランが叱咤するような口調で言う。
アルトは一瞬身体を強張らせたが、すぐに諦めたように膝立ちになった。その拍子に、引き寄せられた棒枷が、こんと木桶へ触れる。
しかし、遮音栓を入れられているアルトには、その音さえ聞こえない。木桶が後ろへずれていく。ローランは桶を掴み、再び棒枷の前へ置き直した。
アルトが身体を前へ曲げ、顔で必死に桶の位置を探り始める。
やがて、額が桶の縁へ当たった。
「あっ」
たったそれだけなのに、面白いくらいにアルトはびくりと身体を震わせる。
「場所がわかったわね。じゃあ、しなさい……。ただし、桶にできなかったら尿道栓よ」
ローランが言う。
アルトが口惜しそうに顔を伏せる。
棒枷に繋がれた脚をそろそろと動かして、桶の位置を確かめるように膝を僅かにずらす。
見えないため、自分の身体が桶の上へ正しく収まっているのかもわからないのだろう。
「早くしなさい。いつまで待たせるつもり?」
ローランの声が再び届く。
「わ、わかってる……」
アルトは掠れた声で答えた。
再び姿勢を整え、目隠しに覆われた顔を伏せる。
しばらく腰をもぞもぞと動かし、やっと桶の縁に男根を載せることに成功した。
アルトが下腹部へ力を込めるように身体を強張らせた。
すぐに、桶の内側へ水音が落ち始める。
その音さえ、アルト自身には聞こえていない。
ただ、身体を固くしたまま、終わるまで動こうとはしなかった。
カイネウスたちは、なにも知らずに従っている青年の姿を黙って眺めていた。
しばらくして、やっと放尿が終わる。溜まっていたのか、かなりの勢いと量があった。
「終わったわ。ちゃんと桶に入ったわよ」
ローランが伝声球を通して告げると、アルトは目に見えて安堵した。強張っていた口元が僅かに緩み、浅く息を吐く。
「じゃあ、次は水ね」
ローランは木桶を引き寄せ、代わりに給餌用の丸皿を同じ位置へ置いた。水差しを傾けると皿の中へ水が注がれていく。
「水は、いつも口へ入れてくれていたのに……」
まだ膝立ちのままのアルトが不安そうに呟いた。
「今日からは自分で飲むのよ。さっき桶があった場所に丸い皿を置いたわ」
「皿……?」
「そうよ。全部飲めたら、目隠しも耳栓も外してあげる」
その言葉に、アルトの顔が僅かに上がった。
「本当に……?」
「ちゃんと飲めたらね……」
すると、ローランは台車から小瓶を取り出し、皿へ中身を加えた。指先で水を軽くかき混ぜる。
「あちゃあ。ローランのやつ、あれを全部入れやがった」
見守っていたダンが、カイネウスの隣で面白そうに声を漏らした。
「あれは、媚薬かい?」
「無色無臭、味もねえですけど、効き目はすげえやつです。あの坊や、明日の朝まで勃起が収まらないかもしれませんぜ。ローランのやつ、どうやら長丁場にするつもりらしい」
ダンがくすくすと笑う。
もちろん、この会話も、ローランのしたことも、アルトはわかっていない。
「皿は、さっき桶があった場所よ。身体を前へ倒して探しなさい」
ローランが伝声球を通して命じた。
アルトはすぐには動かなかった。
「手が使えない……」
「舌で探せばいいでしょう」
アルトの口元が強張った。
「舌?」
「そうよ。そこまで離れていないわ。早くしなさい」
アルトは躊躇いながらも、棒枷に繋がれた脚を少しずつ後ろに移動させながら、上体を前へ折り曲げた。
なにも見えないまま、恐る恐る顔を床へ近づけていく。
やがて、小さく口を開き、言われたとおりに舌を出した。
探るように顔を左右へ動かし、皿の位置を探している。
アルトは、棒枷により脚を大きく開かされたまま、腰だけを高く突き出すような不格好な姿勢だ。羞恥も屈辱もすでに麻痺しているのか、それとも懸命に耐えているだけなのか、カイネウスにはわからない。
ただ、アルトは命じられた姿勢を崩そうともせず、抵抗らしい抵抗を見せることもなかった。
「結構、素直だね」
カイネウスは、命じられるまま身体を屈めているアルトを眺めながら言った。
「三日でここまで言うことを聞くなら、もともと従順な気質なのかもしれませんな。視覚と聴覚を遮断しているのが効果あるんですかねえ」
ダンが愉快そうに応じる。
「それとも、逆らったあとの結果を覚えるのが早いだけかもしれない」
「まあ、どっちにしても、扱いやすそうな坊やみてえだ」
二人で笑い合う。
アルトは、自分がそんな評価を受けているとも知らず、懸命に皿を探し続けていた。
やがて舌先が皿の縁へ触れたようだ。
「あっ、あった……」
アルトが僅かに顔を引いた。
「見つけたわね。そこから飲みなさい」
ローランの声が、再び耳の奥へ届いた。
アルトが顔を丸皿へ近づけ、縁を確かめるように舌先を伸ばす。
そして、水に口をつけると、音を立てながら飲み始めた。最初こそ慎重だったが、よほど喉が渇いていたのだろう。すぐに迷いはなくなり、皿の水が目に見えて減っていった。
「あの姿勢でも、慣れているみたいだね」
カイネウスは言った。
「水はいつも口へ入れてやってますが、食事は毎回あの格好ですからね」
「食事も、あのままなのかい?」
カイネウスは、水を飲み続けるアルトへ視線を向けたまま訊ねた。
「喉に詰まらねえように、粥状にしたものを与えてます。一日一回だけですが、薬草も魔道薬も混ぜてますし、栄養だけは足りるようにしてあります」
ダンは口元を歪める。
「下手な意地を張らないのはいいね。見込みがある」
「まあ、意地については、初日は張って、飯に手をつけなかったみてえですがね。二日目には空腹に負けて、ああやって食べ始めたそうです」
「ふうん」
カイネウスは短く応じた。
アルトは丸皿へ顔を伏せたまま水を飲み続けている。
しかし、水面が皿の底近くまで下がったころ、飲む勢いが不意に鈍った。
アルトの肩が小さく上下し始めた。
一度、顔を上げかけたが、まだ水が残っていることを思い出したように、再び口をつけた。
しかし、すぐにまた動きが止まる。
アルトの肌には、すでに異変が現れている。
最初に赤みが差したのは頬だった。やがて、その色は耳へ移り、首筋を伝い、胸元へとゆっくり広がっていく。
「……熱い……」
アルトが掠れた声を漏らした。
呼吸は速くなり、肩が浅く上下する。赤く染まった肌には細かな汗が浮かび、それは瞬く間に大粒の汗へ変わった。
額から流れ落ちた汗が頬を伝い、顎先から床へ落ちる。首筋にも幾筋もの汗が走り、胸や脇腹には湿った光が広がっていった。
それでも熱は収まらないらしい。
股間では、放尿を終えて萎えていた男根が赤黒く変色をして、いまは隆々と勃起している。
「な、なんだ……。どうして、こんな……」
アルトが顔を上げ、目隠しに覆われた顔を不安そうに巡らせた。
「まだ残っているわよ」
ローランが伝声球を通して告げる。
「待ってくれ……。身体がおかしいんだ……。なにかを水に入れていただろう──?」
「知らないわね。そうやって、犬みたいに水を飲むのが昂奮するんじゃないの。そういう被虐体質って、珍しくないのよ」
「そ、そんなわけあるか──。こ、こんな……身体が……」
「いいから、文句は飲み終わってからにしなさい。勝手に顔を上げないの」
ローランが伝声球を通して、アルトを叱る。
だが、アルトは戻ろうとしなかった。
息を乱し、なにが起きているのかわからないまま、目隠しの下で顔を左右へ動かしている。
ローランは呆れたように息を吐くと、アルトの背後へ回った。
「最後まで飲みなさい──」
ローランがアルトの肩へ手を添え、逃げるように上げられた上体を再び丸皿の前へ戻していく。
「や、やめてくれ……。本当に、なにか変なんだ」
「だから、全部飲めば外してあげると言ったでしょう。目隠しも耳の栓もね」
ローランがアルトの頭に手を置き換えた。その手に力がこもっていくのがわかる。
「あっ、や、やめろ……」
荒い息を吐きながら、アルトは再び皿へ顔を近づけていく。
「んぐう」
ついに、完全に顔を皿に押しつけられた。
「全部、飲みなさい。窒息したくなければね」
ローランがアルトの顔を丸皿に押しつけたまま、伝声球に声をかける。
アルトはしばらくもがいていたが、やがて観念したのか、丸皿へ顔を伏せたまま、残っていた水を必死に飲み始めた。
息を継ぐ余裕もないらしい。皿の底へ僅かに残っていた水を追いかけるように口を動かし、最後の一滴まで飲み干そうとしている。
やっと、ローランがアルトの頭から手を離した。
「くっ……。な、なにをするんだ──っ」
アルトは勢いよく顔を上げた。
口元から水が滴り、顎を伝って床へ落ちている。一方で、呼吸は荒く、肩が大きく上下していた。自分に暴力を振るった相手が誰なのか探ろうとしているのか、目隠しに覆われた顔を懸命に左右へ巡らせている。
ローランがカイネウスたちのいる場所へ戻ってきた。
壁際の棚から魔道操作具を手に取って僅かに指を動かす。がらがらと天井の滑車が低い音を立てて鎖を巻き上げ始めた。
「な、なんだよ……」
背中側で拘束された両腕が持ち上げられ、アルトの上体が否応なく引き起こされる。
膝立ちの姿勢から腰が浮き、棒枷に繋がれた脚で床を探ろうとした。だが、脚を大きく開かされたままでは、うまく均衡を取ることができない。
身体を左右へ揺らしながら、アルトはどうにか立ち上がった。
アルトの裸身が完全に立ちあがったところで、ローランは鎖の引きあげを止めた。
「もう、いい加減にしてくれ……。今度は、なにをさせるつもりなんだ──」
声には怒りが残っていたが、それ以上に不安が滲んでいた。
目隠しの下で顔を歪め、泣き出すのを堪えるように唇を噛んでいる。
「とりあえず、耳の栓だけは外してあげましょうか」
ローランは操作具を棚へ戻すと、アルトのそばへ歩み寄った。
耳を覆う固定具へ手をかけ、片方ずつ外していく。その奥に押し込まれていた遮音栓も、ゆっくりと引き抜いた。
長く奪われていた音が戻ったのか、アルトは驚いたように顔を動かした。
「さあ、あたしの声が聞こえるわね?」
ローランが正面へ立って告げた。
「き、聞こえる……。誰だ、お前は──? 約束しただろう。目隠しも外せ──」
アルトはローランに顔を向けている。
怒鳴ってはいるものの、声は掠れていた。
「いいわよ。外してあげる」
ローランは穏やかに応じた。
しかし、目隠しへ手を伸ばさない。
アルトの周囲をゆっくりと歩き、拘束された姿を確かめるように眺めている。
「だったら、早くしろ……」
「あら、そんなに慌てなくてもいいでしょう」
ローランが足を止めた。
自分の身体がすぐそばで見られている気配を感じたのか、アルトの身体が強張る。
「なにをするつもりだ……」
「少し落ち着いてもらおうと思っているだけよ」
「落ち着けるわけがないだろう。身体がおかしいんだ。熱くて……息も苦しくて……」
アルトは訴えながら、股間をローランのいる方向から隠すように、拘束されている身体を捻った。自分の男根がしっかりと勃起しているのがわかるのだろう。
媚薬の影響なのか、羞恥のためか、その顔は真っ赤だ。
しかし、両腕を鎖で吊られ、脚を棒枷で繋がれた状態では、身を引くことさえできない。
ローランはその様子を見て、楽しそうに微笑んだ。
「自分の身体が言うことを聞かなくなるのは、怖い?」
「当たり前だ──。お前がなにかしたんだろう」
「そうかもしれないわね」
ローランは曖昧に答えた。
「目隠しを外せ。せめて、誰がいるのか見せろ──」
否定されなかったことで、アルトの表情がさらに強張る。
「それは、もう少しあとよ」
「約束が違う──」
アルトが声を張り上げる。
その声は石壁に反響し、反省室の中へ響いた。
「ねえ、坊や」
ローランが耳元に近い場所から呼びかけた。
「ひあっ──な、なんだ──?」
アルトがびくりと肩を揺らす。
「ここからが、本当の始まりよ」
ローランの言葉に、アルトは息を呑んでいる。
すると、ローランは台車の上にあった陶器の壺の蓋を開けた。つんとする刺激臭が部屋にたちこめる。
カイネウスは苦笑した。
壺の中に入っているのは、間違いなく掻痒性の油剤だ。カイネウスも多用するからよくわかる。ローランはその中に自分の両拳を突っ込み、たっぷりと油剤に浸した。
その手を壺から出すと、アルトの股間をゆっくりとしごき始めたのだ。
「ああ、なにをするか──」
アルトが悲鳴に近い声で喚き出す。
「可愛いわね。さっき飲んだ媚薬に加えて、この塗り薬まで使われれば、効果満点よ。大丈夫。明日の朝まで付き合ってあげるから」
ローランがもう一方の手をアルトの臀部に伸ばして、尻の穴に油剤を塗りつけ始める。そのあいだも、油のついた手で股間を弄り続けている。
「うわああっ、やめてくれ──やめないか──ああっ」
アルトは泣き叫び始めた。
カイネウスは、アルトに近づき、その正面に立った。
「アルト君、僕の言葉が聞こえるね?」
アルトに呼び掛けた。
だが、ローランの油剤がべっとりとついた手は、アルトの股間とお尻の穴で動き続けている。
「だ、誰だ──? あっ、ああっ、止めてくれ──。頼む──」
アルトが声をあげる。
「ふふ、元気がよさそうじゃないか」
カイネウスは、アルトの股間を見ながら小さく笑う。
「ち、畜生──。一体、お前たちは誰だ──。なんのために、ここに僕を連れてきた──?」
アルトが気力を振り絞るようにして叫ぶ。
「それは簡単だよ。君にはこのサロンの男娼隷奴になってもらおうと思ってね……。まずは三日後だ。余興としてこのサロンの隷奴と公開性行為をしてもらう。姉と恋人……。君はどっちと性交をしてくれる?」
カイネウスは訊ねた。