サロン・セルパンタンの五百日の調教記録──亡国の花と蛇の館 作:ドン・ドナシアン
「まあ、似合うというか、なんというか……」
「いや、似合っているよ。こんなに淫靡な衣装なのに、神々しいかも」
「あんた、やっぱり妃殿下だったんだねえ」
周囲を取り囲む女兵たちが、感嘆とも呆れともつかない息を吐きながら、ドレスに身を包んだセリアを眺めている。
セリアもまた、目の前に置かれた大きな姿見へ視線を向けていた。
サロンへ収容されて以来、セリアにあてがわれている居室である。
少し前まで、セリアはレイシアとともに浴室にいた。入浴を終えて部屋へ戻ると、ほどなくして、何人もの女兵たちが衣装や化粧道具を抱えてやって来たのだ。
ただ、レイシアは一緒ではない。浴室を出たところで女兵たちに連れられ、隣の部屋で、セリアとは別に身支度を整えることになった。
いまセリアの周りにいるのは、三人の女兵だ。
彼女たちによって、着付けだけではなく、髪も結い上げられ、化粧まで施された。
考えてみれば、このサロンへ収容されて以来、こうしてまともに服を身につけさせてもらうのは初めてだった。
もっとも──これをまともな服と呼べれば、の話だが……。
「……ありがとうございます……」
姿見の中の自分をじっと見つめながら、セリアは小さく呟いた。
だが、女兵たちが感嘆するのも理解できなくはない。
衣装そのものは、見事というほかなかった。
カイネウスが個人的に準備したものと教えられたが、王国では王族しか使うことを許されていなかった紫の布地だ。使われている布は、王宮で身につけていた礼装にも劣らない上質の絹。身体の動きに合わせて柔らかく光を返し、縁を走る刺繍には金糸と銀糸が惜しげもなく使われている。
さらに、その刺繍の中には細かく砕かれた色とりどりの宝石まで編み込まれていた。
紅、蒼、翠、紫──。
姿勢をわずかに変えるだけで、小さな光が無数に瞬く。
「ところで、これ……本当に宝石だよね……」
ひとりの女兵が、いまだ信じられないという顔で刺繍を覗き込んだ。
「そうだってさ。わざわざ砕いて縫い込ませたらしいよ」
「……馬鹿じゃないの。これだけでいくらするのよ」
誰に向けたものでもない呆れ声が漏れた。
セリアも同感だ。
ただ、これほど上等な材料を使いながら、衣装の形そのものは正気とは思えない。
胸元から腰にかけて、ドレスの前は大きく開いていた。乳房を覆う布はなく、その上を数本の細い紐が交差するように渡されているだけだ。
ドレスの下には、なにも身につけさせてもらっていない。胸元にも腰まわりにも下着はなく、開いた布の隙間から素肌がそのまま覗いていた。
乳房は完全に露出している。
腰から下も同じだった。
スカートの前側は太腿の付け根近くまでしかなく、さらに中央には臍近くまで深い切れ込みが入っていた。
そのため、立っているだけでも両脚は太腿まで大きく露出し、少し足を開けば切れ込みの奥の局部まで隠しようがない。一方、腰の左右からだけは長い布が垂れ、膝より下まで優雅に流れている。
正面から見れば大胆極まりない。
それなのに横から見れば、長い裾が揺れ、奇妙なほど優美だった。
その不釣り合いさが、余計に腹立たしい。
髪は高い位置でまとめられていた。
細く編まれた髪が左右から後頭部へ回され、そのままシニヨンへ編み込まれている。首筋も耳も完全に露出していた。
だからこそ、そこに嵌められた黒革の首環が嫌でも目についた。
首環の正面からは細い鎖が垂れている。
その鎖の先を握っているのは、ほかならぬセリア自身だった。そうするように指示されたのだ。
顔には薄化粧。
唇に塗った濃い紅はなぜか、妖艶な女を印象させる。
このサロンで自分はこんな顔をしていたのだ。
改めて、この一箇月で作り変えられていった自分の姿を、セリアは姿見の中に見せつけられているような気がした。
羞恥を覚えていないわけではない。しかし、羞恥に欲情をしている自分がいることも確かだ。
鏡に映る自分の姿を見て、セリアは顔を背けることもできなかった。
これが、いまの自分だ。
そう思えてしまったことに、セリアは小さく息を吐いた。
「……でも、ただのドレスじゃないよね。ぶっ飛んだ金がかかっているのは確かじゃない?」
セリアの着付けの仕上げをしている背中側の女兵が小さく笑った。
「だから、あんたは所詮平民なんだよ。こいつみたいな王族様は衣装にかかる金なんて気にしやしないのさ」
ほかの女兵が笑う。
「あんたも平民女だろが。だけど、カイネウス様も平民じゃないの。移民だったはずだし」
「まあね。じゃあ、カイネウス様も頑張ったんだろうさ……。あんたも、上にあがったら礼くらい言いなよね」
剥き出しの乳房を横から指で突かれる。
「あっ、わ、わかっております」
セリアは慌てて言った。
たったそれだけの刺激で、腰が思わず落ちそうになるくらいの衝撃を覚えてしまう。
毎日施される淫らな性調教と媚薬漬けの日々は、セリアの肉体をどうしようもないくらいに敏感な身体に作り変えてしまっている。
それを自覚しないわけにはいかなかった。
セリアは再び姿見を見る。
唇には深い紅。
黒革の首環。
光を散らす宝石の刺繍。
そして、あまりにも大胆に作られた豪奢なドレス。
王太子妃だった頃でさえ、これほど手間と金を掛けた衣装を身につけた記憶は、そう多くない。
なのに、とても淫らな衣装──。
辱められているにもかかわらず、屈辱よりも心の妖しいざわめきを覚える自分自身──。
恥ずかしい女になったのだと思った。
「さてと。これでだいたい終わりだけど……最後の仕上げが残ってるね」
女兵のひとりがそう言うと、近くの卓上に置いてあった長方形の宝石箱を手に取った。
「最後の仕上げ……ですか?」
「そう。これもカイネウス様からだってさ。装飾品としても、魔道具としてもとんでもないものだぜ」
女兵が宝石箱の留め金を外して蓋を開く。
中には白い布が敷き詰められ、その上に真紅の指環が五個、等間隔に並べられていた。
「手、前に出しな」
言われるまま、セリアは両手を前へ差し出した。
女兵は箱から二個の環を取り出すと、左右からセリアの人差し指へひとつずつ嵌めていく。
少し緩い……?
そう思ったのも束の間だった。
環が指の根元まで届いた瞬間、きゅっと僅かに縮まり、セリアの指に隙間なく密着した。
「……え?」
思わず両手を持ち上げる。
痛くはない。
締めつけられている感覚も、ほとんどなかった。
けれど、妙だった。
環の内側から、極小の硬いものがいくつも指の肌へ触れている。
こりこりとした小さな異物感。それだけではない。指環の下から、微かな疼きにも似た奇妙な感覚が絶えず伝わってきた。
「気がついたかい?」
セリアの戸惑いに、女兵が笑う。
「これはカイネウス様の仕様だ。宝石がついているのは環の外じゃなくて内側なんだってさ。魔道紋も刻んであって、嵌めていると変な刺激があるらしい」
「内側に……宝石ですか?」
「ほら」
女兵は宝石箱に残った三個のうち、一個を摘まみ上げ、セリアの眼の前へ持ってきた。
セリアは眼を細める。
たしかに環の内側には、極小の宝石がいくつも並んでいた。
丸く磨かれた半球状の石が、環の内周を取り囲むように嵌め込まれている。
しかも、それだけではない。
「……動いてる……?」
「だろ?」
小さな石は微かに震えながら、ゆっくりと位置を変えていた。
ひとつが右へ動けば、その隣の石が左へずれる。規則性があるようでなく、環の内側を這うように、絶えず場所を変え続けている。
セリアは、思わず自分の人差し指を見る。
外から眺める限り、ただの簡素な指環にしか見えない。
だが、その内側では同じ小さな宝石が絶えず動き、指の根元へ奇妙な感覚を送り続けているのだ。
「……こんな仕掛けを指環に……?」
妖しい刺激に戸惑って訊ねたセリアに、女兵は肩を竦めた。
「呆れるだろ? 小粒の宝石は全部、金剛石だそうだ。それを極小にして丸く加工するだけで大変なのに、魔道紋まで刻んであるようだぜ。地味に見えるけど指環本体も赤白金だ」
「えっ?」
驚いて、もう一度目の前にかざされた指環を見直す。
金剛石は硬い石だ。それを丸く研磨する技術は王国にはなかった。しかも、極小の石に魔道紋まで刻んだとあれば、その加工料だけでもとんでもないことになるのは想像できる。
それが一個の指環だけで幾つあるのだろう。
しかも、表面ではなく、隠れる内側にあるのだ。奢侈に見慣れているセリアでも竦むくらいの贅沢品とわかる。
「そんな顔してていいのかい? リングはまだ、三個あるんだ。それをどこに装着するのかわかってるかい?」
目の前の女兵がくすくすと笑った。
セリアははっとした。
そのときには、もうひとりの女兵も宝石箱へ手を伸ばしていた。
残っていた三個のうち、二個がそれぞれの手に取られる。左右からセリアの両乳首にリングが迫った。
「あっ、お待ちになってください」
セリアは反射的に両手を胸元へ動かしてしまった。
「お手々が邪魔だよ、妃殿下」
しかし、背後にいた女兵がすぐにセリアの両手首を掴んで、そのまま背中側でまとめてしまう。
「きゃあっ」
思わず悲鳴が漏れた。
左右の人差し指に嵌められたリングが近づいた途端、指先へ鋭い刺激が走ったのだ。
「おっと、忘れてた」
背後の女兵が笑った。
「あっ、痛い」
指環から不快な電撃が流れ続けている。強いものではなかったが、びりびりとした衝撃は十分にセリアに苦悶を与える。
「その五個、互いに近づけると反応するんだってさ。いまみたいにね」
掴んだままの両手を左右へ少し離される。
すると、それまで指にまとわりついていた不快な刺激が、嘘のように消えた。
セリアは息を呑んだ。
「だから、自分の手で隠すこともできないってことらしいぜ。あの衣装と合わせて使うものだと、お館様が言ってたそうだ」
「……そんな……」
口にした声は、自分でも驚くほど弱かった。
正面に立つ二人の女兵が、残る二個のリングをそれぞれ手にしたまま、改めて乳首に寄せてきた。
「じっとしてな」
「すぐ終わるからさ」
セリアは思わず身を引こうとした。
だが、背後から両手首を押さえられたままでは、大きく動くこともできない。
やがて、左右の乳首に新たなリングが嵌められる。
「……つっ」
セリアは小さく息を詰めた。
指に嵌められたものと同じだ。
指環の内側では極小の宝石が絶えず動き、淫らな刺激を加えてくる。
セリアは唇を噛んだ。
残り一個……。
そう思った瞬間、視線が自然と宝石箱へ向いた。
白い布の上には、真紅のリングがひとつだけ残されている。
「さて、残りはこれだけだ」
女兵がその最後の一個を摘まみ上げる。
セリアは、唇を引き締める。
最後の一個がどこに使われるのか、考えないようにしようとしても、考えないわけにはいかない。
顔が熱くなる。
「そんなに身構えなくてもいいさ」
「さて、残り一個だけど、こっちはお豆ちゃんを大きくしないと嵌められないかな?」
「お皮ちゃんも剥き剥きしないとね」
お尻を軽く叩かれ、セリアは足を開かされる。
背後の女兵は、左右の手でセリアの両手首をそれぞれ掴んだままだ。
「脚を閉じるんじゃないよ。閉じたら手をくっつけるよ。今度は指だけじゃなく、乳首にも電撃が流れるからね」
手首を掴んでいる女兵が笑いながら言う。
一方で、最後の指環を手にした女兵が、もう片方の手をセリアのドレスのスリットへ差し入れた。
セリアの肉の突起に指先が当たり、緩やかに揉み解される。
「あっ、やっ」
思わず甘い声が迸った。
「いやらしい身体の妃殿下だ。すぐに大きくなるだろうさ」
女兵の指がセリアの股間を淫靡に撫でさする。セリアは上半身を突っ張らせてぶるりと身体を震わせてしまう。
ただ、その女兵の指先にぬるりとした感触があることに気がついた。
「あ、あの……、も、もしかして、なにか指に塗ってこられるのですか?」
セリアは思わず訊ねた。
「ああ。素直な妃殿下にご褒美だ。でも安心しな。これはそんなに痒くない。ただ、いつもより疼きの方が大きいかもね」
また媚薬──。
怪しげな油剤を局所の花芯に塗りつけられる感触に、セリアの腰は断続的にぶるぶると痙攣をする。
腰を激しく揺さぶって、淫らな指を払いのけたくなるのを必死に我慢する。
だが、すぐに異様で怪しい感覚を伴う痺れが全身を包む。抵抗する心がいつものように消えていく。
身悶えは小さくなり、その代わりに甘く切ない酔いにも似た感覚に、いつしかセリアは、口から切なげな喘ぎを漏らしていた。
「気が乗ってきたようだけど、まあこんなものだろ。皮も剥けたしな」
いつの間にか、目の前の女兵はセリアの前で屈み込み、スリットに顔を埋めるようにしていた。
次の瞬間、リングが股間に密着した。
ぎゅっと陰核が締めつけられる。
「くっ──」
セリアは歯を喰いしばって呻いた。
途端に股間から狂おしくも淫らな刺激が迸った。
「よし、終わったぜ」
目の前の女兵がスリットから顔をどけて立ちあがる。
「どら、試してみるか」
後ろの女兵が再び両手を背中側でひとつに束ねる。
「いぎいいっ」
指だけでなく、両乳首と陰核に電撃が迸った。
のけ反り、その場にひっくり返りそうになった。
「おいおい、悪戯すんじゃねえよ。衣装が汚れたら、お館様に叱られるだろうが──」
前側の女兵が後ろの女兵に文句を言った。
「ごめん、ごめん……。だって、この妃殿下、いちいち反応が面白いから、苛めがいがあんだよ」
手が離される。
電撃が止まり、なんとかセリアは体勢を戻した。
「おい、お前ら、まだ支度終わらねえのかよ」
準備をしていた居室に、外から女兵がひとり入ってきた。
レイシアを連れていった女兵のひとりだ。
「いや、いま終わったところだ。そっちの準備は終わったのかい?」
セリアのそばにいた女兵が振り返る。
「とっくだよ。試運転まで終わった。あとは連れていくだけだ」
「試運転……?」
セリアは思わず訊ねた。
だが、入ってきた女兵は答えず、意味ありげに笑っただけだった。
「まあ、見りゃわかるさ。こっちも終わったなら、そろそろ出ようぜ」
「そうだね。妃殿下、行くよ」
「……はい」
セリアは小さく返事をした。
促されるまま、首環から垂れた細い鎖を自分の手に取る。
改めて見ると、ひどく奇妙だった。
自分の首に繋がっている鎖を、自分自身で持って歩くのだ。
誰かに引かれているわけでもない。それなのに、まるで自分から己を繋いでいるように見える。
姿見の中に映っていた豪奢な姿とは、あまりにも不釣り合いだった。
「ちゃんと持ってなよ。床に引きずって傷つけるんじゃないよ」
「わかっています」
セリアは鎖を握り直した。
一歩、足を踏み出す。
その途端、身につけさせられた装身具の存在が、改めて身体へ意識を向けさせた。
「……あっ」
思わず歩みが鈍る。
「ふふ。毎日、媚薬と魔核で鍛えてやってるからね。そんなものでも気になるだろ?」
女兵が楽しそうに笑った。
「言わないでください……」
セリアは俯いた。
平然と歩こうとする。
けれど、意識すまいと思えば思うほど、身体にまとわりつく違和感が気になって仕方がない。
首の後ろに打たれている魔核の影響もあるだろう。この魔核は、セリアのあらゆる感覚や体感を制御できる。
セリアの身体は、通常の数倍も性感が敏感になるように調整されているのだ。
ほんの少し動くだけでも、リングが局部と乳首の根元を刺激し、官能の芯を抉られて下腹部に切ない疼きを覚えてしまう。
自然と歩幅が小さくなる。
「おいおい、妙な歩き方するなよ」
「せっかくの上等なドレスなんだから、汚すんじゃないよ。あれだけ金が掛かってるんだからさ」
「……わかっております」
また笑われる。
反論することはできない。たった数歩だ。それなのに、股間からつっと蜜が内腿を濡らしていくのを自覚していた。
それでも、言われるまま鎖を手に持ち、女兵たちに囲まれて歩く。
「ほら、出な」
先頭の女兵が扉を開いた。
セリアは自分の首環に繋がった鎖を握ったまま、居室の外へ出る。
廊下は静かだった。
「おい、いいぞ」
すると、先ほど入ってきた女兵が、廊下の奥へ向かって声を張った。
返事はなかった。
代わりに、少し離れたところから硬い音が響いた。
かしゃん、かしゃん──。
セリアは顔を上げる。
金属同士が触れ合うような音だった。
しかも、それは一定の間隔を置きながら、少しずつこちらへ近づいてくる。
「……?」
なんの音だろう。
セリアは廊下の先を見つめた。
女兵たちは誰も説明しない。
むしろ、なにかを待ち構えるように笑っている。
嫌な予感がした。
やがて、廊下の角からなにかが姿を現した。
「あっ……」
セリアは眼を見開いた。