サロン・セルパンタンの五百日の調教記録──亡国の花と蛇の館 作:ドン・ドナシアン
「あっ……」
セリアは眼を見開いた。
廊下の向こうから、奇妙なものが近づいてきていた。
先頭にいるのは、俯いたまま四つん這いになった裸の女だった。
その背にはひとりの女兵が胡座をかいて腰を下ろし、さらに女の身体から後方へ伸びた牽引具には、小さな二輪の車体が繋がれていた。
一瞬、セリアにはそれが、なんなのかわからなかった。
人が人を背中に乗せたまま進み、さらに車まで引いているのだ。
その異様な姿が近づいてくるにつれ、細部が見えてきた。
四つん這いの女は、頭全体を黒い革の覆面で包まれている。眼の部分まで完全に覆われ、顔立ちはまるでわからない。視界も封じられている。
頭頂には獣の耳を模したような尖った飾りまでついていた。
けれど、その身体をセリアが見間違えるはずがなかった。
「……レイシア──」
声が漏れた。
レイシアは全身を汗で濡らしていた。
肩も背も腕も脚も赤く火照り、四つん這いの身体は歩みを重ねるたびに大きく上下している。
背中には女兵の重みがあり、そのうえ後ろの小車まで引かなければならないのだ。
さすがのレイシアも、見るからに息も絶え絶えだ。
しかも、ずいぶん長いこと歩かされているのだろう。
全身が汗でどっぷりと濡れ、四つん這いの身体に装着された革の馬具が水分を吸って黒く変色している。
覆面から外へ出ているのは口だけだ。
口は開かされたままで、突き出された舌の先から唾液が垂れている。顎から首筋まで濡れ、レイシアはその口で苦しそうに何度も息をしていた。
「おお、来た来た」
「じゃあ妃殿下、あんたの乗り物だ。これに乗っていくからね」
セリアの周囲にいた女兵たちが、楽しげに声を上げた。
周りには、レイシアの支度組の女兵たちもいる。
考えるまでもない。
セリアが支度を終えるまでのあいだ、かなり長い時間、レイシアはああやって、車を曳いて四つん這いで歩かされていたに違いない。
「ああ、レイシア──」
セリアは、かなり近くまでやって来た彼女に、もう一度呼びかけた。
しかし、レイシアはなんの反応も示さなかった。
顔を上げることさえない。
「無駄だよ。聞こえないよ」
隣に立っていた女兵が教えた。
「えっ?」
その女兵に顔を向ける。
「視界がないだけじゃない。耳にも遮断用の魔道具を入れてある。音も気配も拾えない。今夜は余計なことを考えず、完全に犬の役目だけ果たしてもらうことになっている」
女兵の言葉に、セリアは言葉を失った。
やがて、レイシアがセリアのすぐ傍までやって来た。
「よーし、停止だ」
その背に腰を下ろしていた女兵が、片手に持っていた細い乗馬鞭を持ち上げる。
そして、半身を後ろに回して、レイシアの左右の尻たぶを軽く一度ずつ叩く。レイシアのお尻には、黒い房毛の尾が取り付けられていた。尾となる房毛の柄の部分は、レイシアのお尻の中を深々と貫いている気配だ。
「ん……」
レイシアが小さく呻き、四つん這いのまま歩みを止めた。
さっきの乗馬鞭による打擲が、決められた合図なのだろうか。
女兵は慣れた様子で鞭を膝の上へ戻す。
ふと見ると、レイシアのお尻には無数の鞭痕がついていた。お尻だけじゃない。よく見れば肩にもあるし、背中にも赤い筋がたくさん入っている。
それだけで、彼女がしばらく苛酷な仕打ちを受け続けていたということがわかる。
「よし、じゃあ、伏せだな」
馭者役の女兵の声はレイシアには届いていないだろう。
彼女は動かない。
すると、その女兵が後ろに手を回して、黒い房毛を力強く握る。
「んぐうっ」
レイシアが四つん這いのまま身体を弓なりにした。
その女兵が尻尾を握った途端に、尻尾全体が激しく振動したのだ。柄が貫いている部分がぶるぶると強く震えだしたのが、セリアにははっきりと見えた。
レイシアが慌てたように、腕を畳んで顔を床につけるようにする。
彼女の身体全体が沈むとともに、後方の車体が前へ斜めに傾いた。
女兵が尻尾から手を離して、レイシアから降りる。
レイシアがほっとしたように、身体を脱力させた。
「ちゃんと言うこときくじゃねえか。このお犬様は」
セリアの隣に立つ女兵がレイシアから降りた女兵に言葉をかけた。
「いやあ、先に遮断栓で耳を塞いじまったから、合図をレイシアに教え込むのに手がかかったよ。先に教えてから遮断栓をすれば早かったけどね」
「だから、レイシアの尻が真っ赤になってんかよ。叩きすぎだろ」
隣の女兵がけらけらと笑う。
「別にいいだろう。今日だけは鞭打ち解禁なんだ。言葉のわからねえ犬に動作を教えるのは、叩いて教えるしかないさ」
「そりゃあ、お前らが先に耳を塞いじまったからだろうが。あとで治療薬塗ってやれよ。明日からの矯正に影響するからな」
「わかってるさ」
女兵たちが軽口を言い合うあいだ、セリアは目の前の疲労困憊のレイシアを見ていた。
セリアにはなにもできない。できるのは、こうやって見るだけだ。言葉を掛けても、いまのレイシアに伝わらないのだ。
そして、こうして間近で見ると、遠目にはわからなかった細部まで嫌というほど眼に入ってくる。
まず、レイシアの背中には、小さな座が胴体に革帯で固定されており、そこへひとりの人間を乗せたうえで、後ろの車体まで曳かされていたようだ。
黒い革の覆面は、額から頬、顎の近くまで頭部をほとんど覆い尽くし、顔らしいものを完全に消している。髪の毛も覆面の内側だ。
頭頂から突き出した二つの尖った作りものの耳だけが、不自然なほど愛嬌のある犬の形を作っていた。
人の顔を隠して、代わりに獣の輪郭だけを与えている。
セリアには、そんなふうに見えた。
口元だけは覆面の外へ露出している。
口に棒を噛まされており、さらに舌が口の中に入れられないように細工がされてあった。開かされた口から舌が垂れ、荒い呼吸のたびに唾液が糸を引いている。
顎も首筋もすっかり濡れていた。
また、胸から腹、腰にかけては、何本もの黒革の帯が回されていた。
それらが牽引用の馬具なのだろう。
汗を吸った革は艶を失って黒ずみ、身体へきつく沿っている。
その左右からは二本の細い轅が後方へ伸び、後ろの小車へ繋がっていた。
レイシアの腕も脚も細かく震えていた。
肩は息をするたび大きく上下し、膝も床へつくたび頼りなく揺れている。
それでも、レイシアは、伏せの格好から身じろぎらしい動きもしない。
「さあ、乗りな、妃殿下。あんたのために準備した車だ」
馭者役の女兵が左肘を出して、エスコートの姿勢をする。
「そんな、歩いて行きます。あんなに疲れているのに……」
セリアは思わず言った。
「ああ、そうかい。じゃあ仕方ねえな」
馭者役の女兵は、意外なほどあっさりと答えた。
セリアへ差し出していた左肘も、そのまま引っ込めてしまう。
「……え?」
思わず女兵の顔を見る。
セリアが命令に逆らえば、その代わりにレイシアへ懲罰が加えられる。
それが、このサロンへ来てから何度となく思い知らされてきた決まりだった。
だから、拒んだ瞬間、セリアは身を強張らせていた。
けれど女兵は怒るでもなく、レイシアへ鞭を振るうでもない。
ほんの少しだけ、胸を撫で下ろした。
だが、その安堵はすぐに消えた。
女兵が腰に吊していた革袋へ手を入れ、奇妙なものを取り出したからだ。
犬の口吻を思わせる、黒革で作られた型枠だった。
「な、なにを……」
セリアが訊ねるより先に、女兵は伏せているレイシアの前へ回り込んだ。
そして、その革製の口枠を、覆面から露出しているレイシアの口元へ押し当てる。
かちり、と小さな音がした。
どういう仕掛けなのか、口枠はそのまま黒革の覆面へ吸いつくように固定された。
頭頂の尖った耳と相まって、レイシアの頭部はとうとう完全に犬を模した形になった。
「あがっ……」
直後、レイシアが激しく身を震わせた。
それまで命じられた姿勢を守っていた両腕が崩れる。
床へついていた手を慌てて顔へ持っていき、取りつけられた口枠を外そうとする。
「んぐ……んぐうっ……」
首を何度も振る。
レイシアがもがくたびに、牽引具で繋がれた後ろの小車までががたがたと揺れた。
「レイシア……?」
セリアは息を呑んだ。
なにかがおかしい。
さっきまで荒いながらも繰り返されていた呼吸が、聞こえなくなっている。
「まさか……」
セリアの顔から血の気が引いた。
「暴れんじゃねえよ」
馭者の女兵がレイシアの肩を乗馬鞭で叩いた。
しかし、レイシアは、口吻の部分を掴んでもがくのをやめない。
「ああ、そんな……外してあげてください──」
思わず叫ぶ。
多分、レイシアはあの口枷を嵌められたことで息ができなくなったのだ。
女兵は、ようやくセリアを振り返った。
「あんた、まだわからねえのかよ」
呆れたように言う。
「えっ?」
「あんたが逆らえば、罰を受けるのはレイシアだ。それが約束だったろう?」
「わ、わかっています。わかっていますから──。許してください。逆らいません。だから、レイシアを……」
セリアは縋るように首を振った。
言葉が続かなかった。
レイシアはまだ、自分の顔へ取りつけられたものを必死に外そうとしている。
「だったら、さっさと乗りな。あんたが素直に乗れば、それで終わりだ」
女兵が後ろの小車を顎で示す。
「乗ります。乗りますから、レイシアを許して──」
セリアはほとんど駆け寄るようにして車体へ向かった。女兵が再びエスコートで肘を出したが無視する。
自分の首環に繋がっている鎖を持ったまま、両手でドレスの裾を持ち上げ、用意されていた座席へ慌てて腰を下ろす。リングが身体を刺激するがそんなことを気にする場合ではない。
「これで……これでいいでしょう。だから早く──」
「はいはい」
女兵はようやくレイシアの前へ戻った。
革の口枠へ手を掛けて外す。
「ふはっ──。はっ、はっ、はっ」
レイシアの身体が大きく震えた。
伏せたまま、開かされた口で何度も荒く息を繰り返している。棒が口に嵌っているため、呼吸さえもままならず、まだ苦しそうだった。
セリアは車上から、その姿を見つめ続けた。
「レイシア、ごめんなさい……」
もう一度、名前を呼ぶ。
もちろん返事はない。
視界も、音も、周囲の気配も奪われたレイシアには、セリアがすぐ後ろの車へ乗ったことすらわからないのだ。
それでも、苦しそうに上下する背中を見て、セリアはようやく僅かに息を吐いた。
自分が乗ることで、少なくとも今はこれ以上苦しめられずに済む。
そう思うしかなかった。
「じゃあ、出発だ」
さっきの女兵がレイシアの背中に乗り直して胡座をかく。
「くっ……」
レイシアが身体を強張らせた。
「ほら、立て」
女兵がレイシアの両肩を一度ずつ打つ。
レイシアがゆっくりと両腕を伸ばした。その腕は震えている。セリアの乗った車体も持ち上がる。
「歩きな──」
再びレイシアの尻たぶに一度ずつ鞭──。
レイシアが四つん這いで歩き出し、車体がゆっくりと進みだした。
車体についている車輪がかしゃんかしゃんと金属音を鳴らす。
かなり重いのだろう。
レイシアが必死に引っ張っているのは、苦しそうな彼女の裸身を見るだけでわかる。
新しい汗がレイシアの肌から一斉に噴き出している。
「おう、じゃあ、こいつら頼むな」
「カイネウス様の特別室がどんなだったか、土産話をしてくれよ」
「ああ、じゃあ行ってくる」
残っている女兵たちの言葉に、レイシアの上の女兵が乗馬鞭を持つ手を振った。
どうやら、一緒に行くのは、彼女だけのようだ。
レイシアの引っ張る車は、セリアを揺らしながらサロンの広い廊下を進み動いていく。
レイシアの曳く小車は、そのまましばらく廊下を進んでいった。
車輪が石床の継ぎ目を越えるたび、かしゃん、かしゃん、と小さな金属音が響く。
セリアの身体も、そのたびに僅かに揺れた。
「よーし、次は左だぞ」
馭者役の女兵が馬にでも語りかけるような声を出した。
もちろん、その言葉がレイシアに届いていないことは女兵自身がよくわかっている。
女兵が乗馬鞭を振るう。
ぱしん、と乾いた音が響き、レイシアの脇腹が打たれた。
「……っ」
セリアは思わず眉を寄せた。
革が裸身を叩く音を耳にするだけで、胸の奥が痛む。
レイシアは身体の向きを変え、左へ曲がっていく。
その動きに合わせて二本の轅がゆっくりと角度を変え、後ろの小車も大きな弧を描いて廊下の角を回った。
それから、さらにしばらく進んだ。
やがて廊下は突き当たりになり、そこだけが小さな広間のように大きく開けていた。
「あれは……」
セリアは車上から床を見る。
広間の中央には、大きな円形の魔道紋が刻まれていた。 複雑な線と文字が幾重にも重なり合い、淡い光を帯びている。
「よーし。回れ、回れ──」
女兵が楽しげに声を掛ける。
今度はレイシアの右脇腹へ、乗馬鞭が続けて振るわれた。
レイシアがゆっくりと向きを変え始める。
ただ進むだけでもかなりの負担なのだろう。
まして背中にひとりを乗せ、そのうえセリアまで乗った車体を引いたまま、その場で大きく方向を変えるのは容易ではないらしい。
レイシアの腕がさらに震えた。
それでも、彼女は命じられた合図どおり、少しずつ円の中心へ車体を回していく。
「そうそう。そのまま、そのまま──」
やがて小車まで魔道紋の内側へ収まった。
「よーし、止まれ」
ぱしん、ぱしん、とレイシアの左右のお尻への停止の合図が入る。
レイシアが動きを止めた。
「お願いしまーす」
馭者役の女兵が間延びした声を張る。
次の瞬間だった。
「っ……」
一瞬だけ、身体が床から離れたような浮遊感があった。
同時に、腹の奥を軽く捻られるような奇妙な感覚が走る。
跳躍魔道だ──。
そう気づいたときには、すでに周囲の景色が変わっていた。
「……ここは?」
セリアは眼を瞬かせた。
先ほどまでいた石造りの廊下は跡形もない。
そこは広大な書斎だった。
四方の壁すべてが、天井まで届く巨大な本棚で埋め尽くされている。
びっしりと並べられた書籍の背表紙が、魔道灯の穏やかな光を受けて鈍く光っていた。
そして、その部屋にいた人間はただひとりだった。
「よく来たね、セリー」
黒い礼装に身を包んだカイネウスだった。
「カイネウス様……」
セリアは小さく息を呑んだ。
いつもの姿とはまるで印象が違う。
黒を基調とした礼装は簡素ながら仕立てがよく、長身のカイネウスによく似合っていた。
ただ、その腰に細い乗馬鞭が一本吊られていた。
カイネウスが小車へ歩み寄り、セリアへ右手を差し出す。
「おいで」
セリアは首環から伸びた鎖を左手へ持ち替えた。
そして、右手でカイネウスの手を取る。
車から降りた。
「犬は車から外して、あとで連れてきてくれ」
カイネウスはセリアの右手を自分の左肘に促しながら、レイシアの背に乗る女兵へ告げた。
「了解です」
女兵が応じる。
カイネウスはそのまま歩き始めた。
セリアも慌てて足を出す。
「あっ……」
しかし、一歩踏み出しただけで、身体に取りつけられた装具が動きに合わせて刺激を与えた。
思わず脚が止まりかける。しかし、耐える。
「よく似合ってるよ、セリー。とても綺麗で……すごく卑猥だ」
隣を歩くカイネウスが、セリアを横目に見て微笑んだ。
「……あ、あの」
セリアは困ったように視線を落とした。
「……ドレスを……ありがとうございます、カイネウス様」
とりあえず、そう答える。
するとカイネウスが声を出して笑った。
「礼は要らないよ。そう思ってないだろう?」
「え?」
「そんな服に礼なんか言いたくないだろうということさ。馬鹿みたいなドレスだろう?」
「それは……」
なんと応じていいか迷う。
「それと、カインでいい」
カイネウスは歩きながら続ける。
「えっ?」
セリアは思わず顔を上げた。
「様も要らない。そう呼んでくれ……。昔のようにね」
カイネウスが穏やかに笑う。
「昔……?」
セリアは戸惑った。
けれど、それ以上訊ねる暇はなかった。
カイネウスが一つの巨大な本棚の前で立ち止まったからだ。
低い作動音が響きだす。
「え……?」
目の前の本棚が僅かに後方へ沈み、続いて中央から二つに分かれて、そのまま左右へゆっくりと移動していった。
その奥に、さらに広い部屋が現れた。
そして入口の先には、四人の女が横一列に並んでいた。
全員が黒い正装を身につけ、深く頭を下げている。
ただし──。
セリアは眼を丸くした。
正装と呼べるのは上半身だけだった。
仕立てのよい黒い上衣を着ている一方で、腰から下にはまともなスカートもズボンもない。
腰紐式の白い下着だけが露出している。脚は全部剥き出しだ。
素足でもある。
どうして彼女たちがそんな奇妙な格好をしているのか理解できなかった。
「顔を上げて。挨拶だ」
カイネウスが四人の前で立ち止まった。
女たちが一斉に顔を上げる。
「あれっ?」
セリアの口から、思わず戸惑いの声が漏れた。
四人とも知っている。
今日の午前中まで、セリアとレイシアの訓練についていた女兵たちだった。
「どうして……?」
セリアには意味がわからなかった。
つい数刻前まで自分たちへ指示を出していた女兵たちが、なぜこんな格好でカイネウスの前に並んでいるのか。
そのときだった。
カイネウスが腰へ手を伸ばした。
細い乗馬鞭を抜く。
前触れもなく、中央に立つ女兵の腿へ軽く振るった。
「……つっ」
その女兵が一瞬だけ顔をしかめる。
「カイネウス様?」
セリアは唖然として彼を見る。
「カインだ」
カイネウスはそれだけを口にして、セリアの手を肘から離した。
そして、手にしていた乗馬鞭をセリアへ差し出す。
「持って」
「……え?」
意味がわからないまま、セリアは反射的にそれを受け取った。
細い革の柄が掌へ収まる。
「せっかくだから、なにか贈り物をしようかとも思ったんだけどね。いまの君に宝石や服を贈っても、あまり意味がない」
カイネウスが四人の女兵へ視線を向ける。
それから、セリアを見た。
「だから代わりに、今夜だけ君に権利を贈ろう」
「権利……?」
「この四人を、好きなだけ鞭で打っていい」
「……え?」
セリアは自分の手にある乗馬鞭を見下ろした。
「遠慮はいらないよ。君たちを散々扱ってきた連中だ。大丈夫、よく言い聞かせてある」
カイネウスは平然としている。
そこで少し考えるように視線を動かした。
「……ああ、四人じゃなかったな。あとでレイシアを連れてくる馭者も加えて五人だ」
カイネウスが笑う。
「……」
「いまこの場だけ、この五人を鞭打つ権利を君に与えよう。僕からの贈り物だよ、セリー」
カイネウスは穏やかに微笑んだ。
セリアは、ただ唖然と彼を見つめるしかなかった。