サロン・セルパンタンの五百日の調教記録──亡国の花と蛇の館 作:ドン・ドナシアン
セリアは、長い晩餐卓の前に座っていた。
十人でも二十人でも余裕をもって座れそうなほど長い食卓だったが、今夜そこに座っているのは、カイネウスとセリアの二人だけだった。
しかも向かい側ではない。
広大な長卓の同じ側に二人分の席だけが並べられ、真横にはカイネウスがいる。
テーブルの白い卓布の上には、磨き上げられた銀器と白磁の皿が整然と並んでいる。
細い脚の硝子杯も数種類用意され、それぞれに異なる飲み物が注がれていた。
そして二人の前には、すでに最初の料理が置かれている。
薄く切った燻製魚に香草を添え、淡い色の果実を合わせた冷製の前菜だ。
「両手を手摺りの上に置くんだ」
カイネウスが命じた。
セリアは一瞬だけ隣を見たが、なにも言わず、左右の手を椅子の手摺りへ置く。
すると、後方に控えていた女兵のうち二人が左右から進み出て、細い革紐でセリアの両手首をそれぞれ椅子の手摺りへ縛りつけていく。
「……これでは食べられませんわ」
セリアは両手を左右の手摺りへ固定されたまま、眼の前の前菜へ視線を戻した。
「食べられるさ。口があるだろう」
カイネウスがくすくすと笑う。
セリアは、ぐっと唇を噛んだ。
やはり、普通に食事をして終わる晩餐ではないのだ。
ここまで来るにも、ひどく神経を使わされた。
四肢と身体に嵌められた七つの赤い環は、そのうちひと組でも互いに近づけば、すべてから一斉に強い電撃が流れるよう仕掛けられている。そのためセリアは、脚を肩幅以上に開き、腕も身体へ寄せすぎないよう注意しながら歩かなければならなかった。
そして今も、その姿勢のままだ。
椅子へ腰を下ろしても、両脚を閉じることはできない。
しかも、身体の敏感な箇所に嵌められた環の内側には別の仕掛けまで施されており、じっとしていても、ときおり微かな疼きが身体へ伝わってくる。
耐えられないほどではない。
だが、忘れることもできない。
このサロンへ収容されて、そろそろ一箇月が過ぎようとしている。毎日のように受けてきた淫らな矯正によって、セリアの身体は以前とは比べものにならないほど敏感になっていた。
なんら愛撫らしい愛撫を受けているわけでもない。それでも身体の奥には、消えきらない熾火のような熱が残り、微かな刺激ひとつでその存在を意識させられる。
もちろん、そんな豪奢な晩餐卓についているセリア自身もまた、まともな姿ではない。
自分の身体を覆っているのは、衣装と呼ぶにはあまりにも露出の多い紫のドレスだった。
布そのものは上質だ。
金銀の糸による刺繍が施され、無数の宝石まで散りばめられている。素材だけを見れば、王侯の夜会服にも見える。
だが、その形はまともな礼装とはほど遠い。
胸元は大きく開き、前後のスカート部分も極端に短い。さらに中央には深い切れ込みが入り、左右にだけ残された長い布が、座ったいまは椅子の脇へ垂れている。
その開いた両脚のあいだにはレイシアがいた。
裸身のまま四つん這いとなり、顔全体を黒革の覆面で包まれている。口の部分だけが開き、目も顔立ちも完全に隠されていた。
さらに両耳には特殊な遮断栓まで嵌められているらしい。
それは聴覚だけでなく、周囲の気配を感じ取ることさえ妨げる道具だそうだ。
いまのレイシアには、なにも見えず、なにも聞こえない。
ここがどこなのか……。
誰がそばにいるのか……。
それを知る手段さえ奪われている。
いま自分が晩餐卓の下で、セリアの両脚のあいだに四つん這いで置かれていることすら、レイシアにはわかっていないかもしれない。
ここまで来るあいだ、セリアが握っていた首環の鎖は、いまは椅子の手摺りへ結びつけられている。
少し視線を落とせば、開いた自分の脚。
そのあいだに、四つん這いのまま顔を前へ向けているレイシアの姿がある。
豪奢な食卓と半裸同然の給仕。
開いた脚のあいだに、四つん這いで置かれた裸の女騎士。
そして自分自身もまた、王侯の衣装を思わせる豪奢な布で飾られながら、まともに脚さえ閉じることのできない姿で座っている。
それが、今夜の晩餐だった。
豪華なのに、ひどく淫靡──。
格式ばかりを完璧に整え、その中身だけを意図的に堕落させたような晩餐。
この館らしい……。
セリアは、そう思わずにはいられなかった。
両腕が手摺りに完全に繋げられて女兵たちがさがった。
革紐そのものは細いが、手首と手摺りとの隙間はほとんどない。
試しに腕を動かしてみても、手をわずかに浮かせることさえできなかった。
「……口だけで食べるのですか?」
セリアは両腕を拘束されたまま、顔をカイネウスに向ける。
「いや、今夜は僕が面倒をみてあげるよ。まずは飲み物はどうする? 赤と白の葡萄酒、果実水、鉱泉水も揃えた。ただの水もあるよ」
「鉱泉水を」
セリアは短く言った。もともと酒には強くない。王宮の晩餐でも、代わりに微かに泡を立てる冷たい鉱泉水を好んで口にしていた。
カイネウスがセリアの前からそのグラスを手に取ると、セリアの眼の前で小さな錠剤を飲み物の中に放り込んだ。
あっという間に薬剤が鉱泉水に溶けていく。
「えっ、なにを……?」
カイネウスにそのグラスを口に持ってこられて、思わずたじろぐ。
「ただの媚薬だ。害はない。飲めば身体が疼いて堪らなくなる」
カイネウスがセリアの眼の前にグラスを差し出したまま答えた。
媚薬──。
その言葉だけで、胸の奥がざわつく。
「そ、そんなものを……わたしに飲ませるつもりなのですか」
両手は縛られ、グラスを払いのけることもできない。
セリアは眉を寄せたまま、目の前の鉱泉水から視線を逸らした。
「拒絶するならしてもいいよ。ただし、君の食べ残しと飲み残しは、全部君の犬に与える。それと付け加えておくけど、君の食事にはたっぷりと媚薬が混ぜてある。かなり強力なものだ」
カイネウスがくすくすと笑う。
セリアは歯噛みした。
「……わたしへの罰は、レイシアには与えない約束ですわ」
食事の前にカイネウスと交わした約束がそれだった。
セリアは媚薬を拒絶することで、レイシアが苦しめられるなら話が違うと思った。
「これは罰じゃない。犬の食事は主人の食べ残しと昔から決まっている。今夜のレイシアは君の飼い犬だ。それでどうするだい?」
カイネウスがグラスをセリアの口元にさらに近づけて迫る。
セリアは覚悟を決めて小さく息を吐く。
「飲みます」
セリアは言った。
グラスがセリアの唇へ当てられ、ゆっくりと傾けられる。セリアは口に流れ込んでくる鉱泉水を、黙って喉へ飲み下していった。
飲み始めてすぐだった。
「……っ」
セリアの肩が小さく震えた。
それまで身体の奥に燻っていた微かな疼きが、突然、熱を帯びて膨れ上がってきたのだ。
喉を通ったばかりだというのに、身体の内側へ一気に火を投げ込まれたような感覚が広がっていく。
「受虐癖が強ければ強いほど、効き目が早くなるのかもしれないね」
カイネウスがグラスを一度外した。
「……そ、そんなはずありませんわ──」
思わず声をあげる。
しかし、あまりにも早い。
セリアは眉を寄せ、縛られた両手に力を込めた。
先ほどまでなら意識すれば耐えられた程度の刺激が、もう無視できないほど強く存在を主張している。
「なら、耐えることだね。さあ、残りはまだ半分以上ある」
カイネウスが再びグラスをセリアの口につけて傾けた。
セリアは懸命に飲み干していく。飲み残せば、テーブルの下のレイシアに与えられるとなれば、セリアが全部飲み尽くすしかない。
やっとグラスが空になった。
グラスが離れたときには、セリアはすでに息があがっていた。全身が熱い。先ほどまで燻っていた熱が、もう無視できないほどに膨れあがっている。
陰部がまるで自分の意思とは裏腹に、びくびくと震えてとろりと蜜が外に出ていくのを感じる。
乳房も疼きもすごかった。
膨らみの裾野から、リングの嵌まっている乳首にかけて、びりびりと小さな電流が流れ出す錯覚さえ覚える。
まだ、口にした媚薬は少量だろう。
これから食事が進めばどうなってしまうのか……。
考えるだけで怖ろしい。
「さあ、前菜から行こうか。媚薬入りのね」
カイネウスがセリアの眼の前にある前菜をフォークでまとめると、セリアの口の前に差しだした。
飲み物だけで、かなり追い詰められている。それなのに、これから口にする料理にも媚薬がたっぷりと混ぜられているに違いない。
危険だ──。
これ以上口にすれば、自分がどうなるのか。考えたくもなかった。
しかし食べるしかない。
セリアは差し出された前菜を黙って口にした。
食事が進んでいく。
料理も食器も、王宮の晩餐へ出されてもおかしくないほど上等なものだとわかる。
前菜のあとには、澄んだ琥珀色のスープが運ばれ、さらに白身魚へと皿が替わっていた。
どの料理も手が込んでおり、味だけなら王宮の晩餐にも劣らない。
だが、そのころにはもう、セリアに料理を味わう余裕などほとんど残っていなかった。
最初の鉱泉水を口にしたときとは比べものにならない。
料理とともに媚薬を重ねて飲み込むうち、身体の内側に燻っていた熱は際限なく膨れあがり、いまでは全身を内側から焼かれているようだった。
息はすっかり荒くなっている。
それでも両手は椅子の手摺りへ縛りつけられたまま。
脚を閉じることもできない。
じっとしていることさえ、もう苦痛だった。
なにかに縋りたい。
身体を動かしたい。
このどうしようもない熱を、ほんの少しでも逃がしたい。
そんな衝動ばかりが、繰り返し意識へ押し寄せてくる。
セリアは何度も歯を食いしばって耐えていた。
まだ理性はある。
けれど、このまま食事が続けば、それさえいつまで保てるのかわからない。
目の前の皿が替わるたび、次はどれだけ自分を追い詰めるのかと思うだけで、息が詰まりそうだった。
「ふふふ、妃殿下、辛そうじゃないかい」
女兵のひとりが、カイネウスとセリアの前から空になった魚料理の皿を下げながら声をかけてきた。
食卓には、四人の女兵が控えている。
普段ならセリアたちの矯正にあたっている女たちだが、今夜は兵装ではない。
白いシャツに黒い上着──。
腰から上だけを見れば、格式ある館に仕える給仕そのものだった。
だが、その下にまともな服はない。
腰から下に身につけているのは、脇を紐で結ぶだけのごく細い下着だけだ。
それでも女兵たちは、大人しく給仕役を務めていた。
「随分と汗びっしょりになったね……」
カイネウスが女兵に声を掛けた。
だが、頭が霞んで、言葉の最後まで聞き取れない。
すでにかなりの媚薬を口にしてしまったはずだ。いつの間にか、セリアは脂汗で全身を濡らしていた。
ぼたぼたと顔から落ちる汗がテーブルの上を叩いている。
「……セリー、聞いてないのかい?」
そのとき、突然に耳元でカイネウスに声を掛けられた。
はっとなる。
ちょっとぼうっとしていたらしい。
「は、はい」
慌てて、カイネウスを見る。
すると、いつの間にか運ばせていたらしい白い球体をカイネウスは手に持っていた。
「……その調子だと、聞こえてなかったようだね。わかった。もう一度説明するよ。これは伝声具だ」
カイネウスがその白い球体をセリアの視線に入れながら言った。
「……伝声具……ですか」
「ああ、君の脚のあいだにいるレイシアには、一切の声は聞こえない。例外はこれだ。これに魔力を通して発した声だけはレイシアにも聞こえる。魔力を魔核で封じられているセリーたちには使えないけどね」
カイネウスが笑った。
セリアもレイシアもそうだが、このサロンに入ったときに、首の後ろに小さな魔核を埋められた。
それは、逃亡と自傷を防ぎ、魔力を封じて生活魔道でさえ使えなくする。それだけではない。カイネウスたちは魔核を通してセリアたちの身体へ干渉し、感覚を変化させたり、一時的に身体を麻痺させたりもできる。
「……それとさっき伝えたのは、君の魔核と、レイシアに事前に装着させていた淫具を使って、食事の直前に、ある細工をさせておいたということだ」
カイネウスが言った。
「細工……?」
不穏な言葉の響きに、セリアは思わず顔をしかめてしまった。
「……セリーがいい気持ちになって快感を極めると、レイシアの身体に強い電撃が流れる。そろそろ、教えておこうと思ってね」
カイネウスが事も無げに言った。
頭がはっきりしておらず、言葉の意味を受け入れるのに、少しの時間が必要だった。
「え?」
ようやく意味を理解して思わず声が出た。
「だから、気をつけてね……」
カイネウスがくすくすと笑い、球体の伝声具を自分の口元に持っていく。
「……レイシア、君に試練だ。目の前には君の大切なセリーの股間がある。舐めて気をさせるんだ。セリーはいま、ある状況に置かれている。セリーを助けたければ、彼女を絶頂させ続けるといい」
カイネウスが伝声具にそう言葉を流すと、伝声具をテーブルの上の空の皿に置いた。
セリアは驚愕した。
「な、なんてことを──」
唖然として声をあげる。
だが、すでにセリアは媚薬で完全に追い詰められている。その状態で股間をレイシアに舐められれば、あっという間に達してしまうのは間違いない。
でも、そうすれば、レイシアに電撃が──。
「大丈夫よ。あんたが我慢すればいいんでしょう。それよりも、あんまり可哀想だから汗を拭いてあげるわね」
いつの間にか、女兵のひとりがカイネウスの反対側の真横に立っていた。
柔らかそうな布を持っていて、それで乳房を押し潰すかのように掴んだ。
「あっ、いやっ」
衝撃が胸から全身に迸り、セリアは身体を突っ伏させた。
すると、テーブルの下でレイシアの顔が開脚しているセリアの股間に密着した。舌がセリアの股間全体を揺さぶるかのように激しく動く。
「ひあああっ、レ、レイシア──やめてええ──」
セリアは身体をのた打たせて叫ぶ。
しかし、セリアの言葉はレイシアには伝わらない。レイシアは、セリアが彼女の舌責めに負けて快感を極めれば、レイシア自身に電撃が加わることは知らないのだ。
「さあ、食事だよ。全部食べ終わらないと、この状況がいつまでも続くからね」
いつの間にか、細かく切られている肉料理が目の前に置かれていた。それをフォークで刺して、カイネウスがセリアの口元に持ってくる。
そのあいだも、汗を拭く素振りで胸が揉まれ、股間にレイシアの舌が這う。
「ひいっ、ひいいっ」
セリアは狂乱して椅子に拘束されている身体を身悶えさせた。
「食事だよ。口を開けるんだ」
カイネウスが愉しそうな口調で、悲鳴をあげているセリアの口の中に肉を押し込んできた。