サロン・セルパンタンの五百日の調教記録──亡国の花と蛇の館 作:ドン・ドナシアン
「気分はどうかしら、聖女。今朝もずいぶん素直だったと報告は受けたわよ」
忘れようのない声に、クラウディアは顔を上げた。
矯正室の扉の前に、オクタヴィアが立っていた。身体の線を端正に包む黒衣に身を固め、唇の端にはいつもの冷ややかな笑みを浮かべている。もはや笑っているというより、それがこの女の平常の表情だった。
また、クラウディアはすでに室内中央へ固定されていた。
両腕はひとつの革製の拘束具にまとめられ、その先端から伸びた鎖が天井へ続いていた。肘ごと革覆いに包まれているため肘を曲げることができなくされている。革覆いの先端に繋がっている鎖は頭上の滑車を通り、天井に敷かれた金属製のレールへ繋がっていた。
強く巻き上げられた鎖によって、両腕は限界近くまで上へ引かれている。
そして、足には、昨日まで履いたことのない奇妙な金属製の靴を履かされていた。
女兵たちが「矯正靴」と呼んだ靴だ。
金属製であり、踵が異様なほど高い。手首から指先までほどの高さがある細い金属支柱によって踵を持ち上げられ、体重のほとんどを足先で支えなければならない形になっていた。それを脱ぐことができないように、足首と足の甲に金具で留められている。
少しでも膝を曲げれば、頭上の鎖が両腕をさらに引いた。
かといって身体を伸ばして腕への牽引を緩めようとすれば、今度は異様に高い矯正靴の上で、足先だけに近い状態で体重を支え続けなければならない。
どちらへ逃げても楽にはならない。
「……ずいぶんと楽しそうね。慣れれば、その矯正靴でも走れるようになるわよ」
オクタヴィアが扉からクラウディアの姿を眺めながら微笑んでいる。
「愉しそうに見えるの?」
クラウディアは吐き捨てた。
オクタヴィアは、すぐには応じずに、笑いながら近づいてくる。
それに合わせるように、クラウディアの周りにいた四人の女兵たちが距離を取るように、クラウディアから少し離れた。
「朝の世話は問題なかったそうね。小便混じりの食事も食べた。命令にも従った。排泄も大便まで大人しく済ませた。昨日よりずっと扱いやすかったと聞いたわ」
オクタヴィアはクラウディアの正面で足を止めた。
「無駄な抵抗をしなかっただけよ」
「それを素直になったと言うのよ。いい傾向よ。心で抵抗していても、行動が従順なら、いずれ心もそれが当たり前の日常だと認識するようになるわ」
「わたしは、そうはならないわ。無駄な抵抗はしないけど、大人しくなったと考えないことね。心のなかでは、あんたのこと百回はもう殺したわ」
「ひと晩経てば、元気も取り戻したようね。陰毛を一本ずつ毛抜きで抜いてやったときには、お願いだから剃刀で剃ってくれと泣きべそかいたのに」
オクタヴィアの視線がゆっくりと下腹部へ落ちる。
クラウディアもつられるように自分の身体を見下ろした。
オクタヴィアが満足気に見つめるのはクラウディアの股間だ。昨日はあった茂みが、いまは全くの無毛になっている。
昨日、〈雌畜紋〉を刻まれて意識を失ったあと、目を覚ましたクラウディアを待っていたのが、苛酷な矯正だった。懲罰杖や電撃杖を使った玩弄が続き、最後には女兵たちの手で下腹部の毛まで剃り落とされた。
いや、最初は毛抜きで抜かれたのだ。あまりもの激痛に、クラウディアは泣いて剃刀を使ってくれと哀願したが、思い出すといまでも自分自身に腹が立つ。
どうして、もっと耐えなかったのか──。
「うるさいっ──」
口惜しさで声をあげる。気がつくと、視界にいつの間にか涙が滲んでいた。
「あら、泣いてるの? まだ、今日の矯正は始まってもいないのよ。いい子ちゃんだから泣かないでね」
オクタヴィアがまるで子供に話しかけるような口調で、指でクラウディアの目元の涙を払う。
「やめて」
クラウディアは顔を振って、その手を振り払う。
オクタヴィアが声をあげて笑った。
「毛抜きを使ったのは悪かったけど、あれは仕方がないの。その刻印を少しでも早く定着させるためなんだから。苦痛を受ければ受けるほど、お前は被虐癖に近づくのよ。たった一日で、それなりに進行したじゃないのよ。毛抜きのときはちょっとよがってたしねえ」
「そんなことあるわけないでしょう──」
クラウディアは反射的に抗議の声をあげた。
「そうかしら。まあ、少しずつ被虐が身体に浸透していくから覚悟するのね」
オクタヴィアがクラウディアのへその下を指で円を描くように撫でる。
「くっ」
避けようとしたが、異常なほどに踵が高い靴が動きを阻む。されるがままになるしかなく、クラウディアはくすぐったさに奥歯を噛みしめた。
オクタヴィアが触れているのは、昨日、赤熱した刻印具を押し当てられた場所だ。
へその下には、もう消えることのない〈雌畜紋〉が残されている。
〈雌畜紋〉は、苦痛を受けた直後に生じる快楽素を強制的に増幅し、その反応を感覚路へ焼きつける。そして、それを繰り返すたびに感覚路そのものを強くしていくというものだ。
それにより、いずれは、強い苦痛でなくても身体が勝手に同じ反応を起こすようになる。
頭では嫌がっていても、身体だけが苦痛のあとに訪れる安堵と陶酔を求めるようになる──。
これが、昨日、自分の腹へ刻まれた〈雌畜紋〉だった。
「今日から毎日、どれだけお前の被虐癖が浸透したかを点検していくわ。今日はどうかしら」
すると、オクタヴィアの指がクラウディアの下腹部に伸びて股間の亀裂に触れてきた。さらに指を奥に挿入されて、外側からあてがった指とともに、内側と外側から陰核を挟み込み、思い切り押し潰してきた。
「いぎいっ、痛いっ──」
クラウディアは悲鳴をあげた。
しかし、手を払おうにも腕は限界まで引きあげられ、矯正靴のためほとんど満足に身体を動かすこともできない。
「ふふ、いまのところ、クリトリスを抓られて流れるのは、お湿り程度というところね。それが今日からの矯正で、どれくらい蜜が流れるようになるか愉しみよ」
オクタヴィアが股間から手を離した。
脱力しそうになる身体をクラウディアは必死に、足を踏ん張って支えた。
だが、じわじわと熱い疼きが股間に広がってくる。敏感な場所を抓られた苦痛よりも、それがなくなった焦燥感に似た感覚がじわりと込みあがってくる気がする。
クラウディアは歯噛みした。
「運んできなさい」
すると、オクタヴィアがクラウディアから離れ、女兵たちへ視線を向けた。
周りで待機していた女兵たちが、一度部屋の外に出ていき、すぐに奇妙な器具を押して入ってきた。
二本の細い金属柱であり、それぞれの柱の上端に半円を描いた細い金属製の軌道が取りつけられたものだ。
それが、クラウディアの前へ間隔を空けて立てられる。
軌道の内側には深い溝が刻まれているようであり、その左右の溝を繋ぐように、直柱と直柱のあいだに一本の長い金属棒が渡される。
さらに、正面の直柱の上に透明の水晶球が持ってこられる。宙に浮いてそれが固定されたようになる。
「なによ、それ……」
クラウディアは眉をひそめた。
見ただけでは用途がわからない。
オクタヴィアは答えず、腰から小さな魔道操作具を取り出した。
「見ていればわかるわ」
オクタヴィアが指先で操作具に触れる。
ぶうんと魔道が加わる小さな音がした。
直後、左右の軌道に淡い光が走る。
金属棒が動き始める。
「……え?」
クラウディアは目を見開いた。
棒の両端が、左右それぞれの半円形の溝に沿って滑っていく。
一本の棒は水平な姿勢を保ったまま持ち上がり、そのまま大きな弧を描いて軌道の反対側まで移動した。すると、動きが反転する。今度は同じ軌道を辿って戻ってくる。
ごうん。
ごうん。
一定の間隔で、長い金属棒が弧を描きながら往復を繰り返す。
棒全体が大きく持ち上がり、弧を描いて移動し、反対側へ落ちていく。その動きを左右の半円形の軌道が正確に導くのだ。
オクタヴィアが操作具へもう一度触れる。
動きがかなり速くなった。
ごうん、ごうん、ごうん──。
規則正しく金属棒が往復する。
クラウディアは黙ってそれを見つめた。
嫌な予感しかしなかった。
「仕組みはわかったかしら」
オクタヴィアが操作具を止めた。
金属棒が軌道の端で静止する。
「……それを、どうするつもりよ」
「これから説明するわ」
オクタヴィアは微笑んだ。
そして女兵たちへ手を振る。
直柱のあいだの金属棒が一度外され、先ほどまで左右に置かれていた二本の直柱が、今度はクラウディアを挟むように前後へ配置され直した。あいだに金属棒が設置され、クラウディアはそれを両脚で跨ぐ形になった。
金属棒の高さは、クラウディアの太腿の中間付近だ。
「腕を少し緩めるけど、しっかりと立っているのよ。それと金属棒を動かしても、跨ぐことはできるわね?」
オクタヴィアがクラウディアを一瞥する。
すると、クラウディアの返事を待たず、両腕を包む革製の拘束具から伸びた鎖が、ゆっくりと緩められていった。
それまで限界近くまで頭上へ引かれていた両腕が下がっていく。
肘を固定する革覆いはそのままだったが、腕全体の位置は胸の高さ近くまで下げられた。
「……っ」
途端に、クラウディアの身体が大きく揺れた。
腕を引き上げられていたときには、それが身体を支える助けにもなっていたのだ。
だが、鎖が緩められたことで、今度は異様に踵の高い矯正靴だけで体勢を保たなければならなくなった。
ぐらり、と身体が傾く。
クラウディアは慌てて足先へ力を込めた。
少しでも油断すれば、そのまま体勢を崩して足首を捻ってしまいそうだった。
「返事は?」
オクタヴィアがクラウディアを見た。
「えっ」
「バーを跨いで、反対側へ脚を移せるかと訊ねたのよ」
バーと、オクタヴィアが呼んだのは、先ほど半円形の軌道を往復していた金属棒のことらしい。
「……できるかもしれないけど……」
クラウディアは目の前の棒を見下ろした。
戦場へ出ていたこともあり、馬にも乗る。貴族令嬢として育ちはしたものの、身体はそれなりに鍛えている。身体の柔軟さにも多少は自信があった。
片脚ずつ高く持ち上げれば、棒を越えて反対側へ移すこと自体は不可能ではないだろう。
もっとも、そのためには、かなり大きく脚を開いて秘部をはしたなく自ら晒さなければならない。
「できなくてもするのよ。まず脚にバーを当ててごらんなさい」
オクタヴィアがクラウディアの横へ回ってきて片脚を押した。クラウディアの内腿が金属棒へ触れる。
「ひぎっ──」
全身が跳ねた。
触れた瞬間、強い魔道電撃が身体を走り抜けたのだ。
クラウディアは大きく体勢を崩した。
「くっ……」
そのまま倒れ込めば、股間で金属棒に乗ってしまう──。
恐怖でクラウディアは反射的に肩を持ち上げ、拘束された両腕と鎖へ身体を預けるようにして、どうにか姿勢を立て直した。
矯正靴の細い支柱が床の上で僅かに揺れる。
クラウディアは荒く息を吐いた。
とにかく、いまので、ひとつだけはっきりした。
この金属棒には、魔道電撃が流されているのだ。
オクタヴィアが女兵のひとりへ手を差し出した。
すぐに、その掌へ親指ほどの大きさの楕円形の器具が載せられる。
真っ白な色をした小さな器具だった。
表面には細かな突起が無数に並んでいる。
「今度はなによ、それ……」
クラウディアが警戒するように眉をひそめた。
オクタヴィアは答えず、その器具を一度だけ強く握った。
手を開く。
ぶるぶる、と楕円形の器具が細かく震え始めた。
「これは検査球よ」
オクタヴィアが白い楕円球を指先で摘まみながら言った。
「検査球?」
クラウディアは顔をしかめた。
「お前の身体がどれだけ反応しているかを測るためのもの。反応が強くなるほど色が変わるわ。あの水晶球と連動しているから、お前にもよく見えるでしょう」
クラウディアは正面の水晶球を睨んだ。
「……そんなものを使って、なにを調べるつもりよ」
「言ったでしょう。〈雌畜紋〉がお前の身体にどれくらい浸透しているかよ」
オクタヴィアはそう答えると、いきなり指でクラウディアの股間の中に、その楕円球を押しこんできた。
「あっ……」
クラウディアは小さく声を漏らした。
器具そのものの振動は強くない。
それなのに、身体の奥へ細かな震えが伝わるたび、朝から消えずに残っていた妙な熱が刺激される。
「……くっ」
クラウディアは奥歯を噛みしめた。
その様子を見ながら、オクタヴィアが僅かに笑う。
「あら。さっきより反応が強くなっているわね。いつの間にか、検査球を抵抗なく飲み込めるくらいには濡れていたわ。雌畜紋は、苦痛だけでなく、羞恥や恥辱にも反応するから馴染んできたのかしら」
オクタヴィアが嘲笑する。
「そ、それは……あなたたちが食事に媚薬を混ぜているからでしょう──」
クラウディアはすぐに言い返した。
「媚薬? あら、今朝の飲食には服用させていないわよ」
「……え?」
クラウディアは一瞬、言葉の意味を理解できなかった。
「だって、〈雌畜紋〉の効果を調べるのに、媚薬なんて飲ませたら正確な反応がわからないでしょう。今日は最初から一滴も使わせていないわ。しばらくは、媚薬は使わないから安心しなさい」
「……嘘……」
「嘘をつく必要があるかしら」
オクタヴィアが冷ややかに笑った。
クラウディアはなにも言えなかった。
媚薬を飲まされていない──?
その言葉が、頭の中で何度も繰り返された。
なら、朝からずっと身体の奥に残っていた、この妙な熱はなんなのだ。
媚薬を飲まされているのであれば、薬で身体を狂わされているだけだと考えることができた。
だが、もしも違うのであれば、なにも飲まされていないのに、身体が反応をしていることになる。
「……そんな……」
クラウディアは呆然と呟いた。
「見なさい」
オクタヴィアの声に促され、クラウディアは正面の水晶球へ視線を向けた。
「……え……」
先ほどまで白かった光が変わっていた。
淡い緑色に染まっている。
「緑……」
「そうね。お前が流す愛液の量に応じて、白、青、緑、黄、橙、赤、深紅。そして最後は黒。身体の反応が強くなるほど、あの水晶球の色も変わっていくわ。すでに、青を越して緑なんて、雌畜紋が定着してきている証拠よ。よかったわね」
オクタヴィアが満足そうに頷いた。
クラウディアは緑色の水晶球を見つめたまま動かなかった。
そのあいだも、楕円球の検査球がは淫らな振動を続け、微弱な刺激を股間に加えてくる。クラウディアは甘い声が出そうになるのを必死に我慢した。
じわじわと切ない焦燥感も全身に広がってくる気がする。
「あれを黒くするまで矯正を続けるから、そのつもりでいなさい」
「なっ……なに言っているのよ──」
思わず声をあげる。
「頑張りなさい。早く黒くできれば、それだけ早く終われるわ。それと、検査球は落とさないように、必死に膣を締めつけなさい。もし途中で落としたら、仕方ないから尻穴に懲罰杖を突き刺して気絶するまで受けてもらいましょうか」
オクタヴィアはそう告げると、クラウディアから数歩離れた。
「待って──」
クラウディアは必死に呼び止めようとしたが、オクタヴィアは足を止めずに離れてしまう。
すぐにバーが動き出す。
「……っ」
クラウディアは慌てて脚を大きくあげて、なんとかバーを身体の反対側にやりすごした。
できるなら、跳躍するように越えたかったが、錐のように長い踵の矯正靴を履かされていてはそれができなかった。そして、すぐにバーが戻ってくる。
クラウディアは片脚を真横まであげてバーをやり過ごし、すぐに脚をおろして反対側の脚をあげて外に逃がす。
「なかなかやるじゃないの。さすがは聖女ね。じゃあ、お前たち、次からこの聖女が脚を開くたびに、股間をくすぐってやりなさい。被虐が少しでも肉体に浸透するようにね」
オクタヴィアが女兵たちへ命じた。
「やめて、いやよ──」
クラウディアは叫びながら、戻ってきたバーを必死に跨いで避けた。
その瞬間、周囲の女兵たちが一斉に動いた。
いつの間に用意していたのか、その手には長い柄の先に羽根を取りつけた細い棒が握られている。
それらが、バーを跨ぐために大きく開かれたクラウディアの股間へ一斉に差し向けられた。