サロン・セルパンタンの五百日の調教記録──亡国の花と蛇の館 作:ドン・ドナシアン
ごうん──。
「ひっ……」
長い金属棒が、再びクラウディアの脚のあいだを抜けていった。
もう、何十回目なのかわからない。もしかしたら、百回を越えているのかもしれない。大きく股を開いた脚から大量の汗が飛び散る。
最初のうちは数えていた。
二十までは覚えていたような気がする。だが、それより先は、迫ってくる棒を避けることだけで精一杯になり、いつしか回数など頭から消えていた。
「はぁ……っ、はぁ……」
クラウディアは肩で大きく息をした。
全身は汗に濡れている。
額から流れ落ちた汗が頬を伝い、乱れた髪が首筋へ貼りついていた。胸元にも細かな汗が浮かび、背中から流れた雫が肌を伝って落ちていく。
とりわけ酷いのは脚だった。
異様に踵の高い矯正靴の上で立ち続け、何度も片脚を持ち上げて金属棒を跨いだせいで、太腿から脹脛まで絶え間なく震えている。
最初のうちは、バーが迫ってくるたびに十分な高さまで脚を持ち上げる余裕があった。
だが、いまは違う。
足を持ち上げるたび、支持している反対側の膝が細かく震えた。脹脛は何度も攣りそうになり、足先だけで体重を支え続けている足裏には、焼けるような痛みさえ生じている。
それでも、動きそのものだけは身体が覚えてしまっていた。
ごうん──。
「……っ」
駆動音を聞いた瞬間には、もう脚が動いている。
片脚を上げる。
バーを逃がす。
脚を下ろし、反対側を上げる。
頭で考える必要はなくなっていた。
ただし、身体のほうが、その動きについてこなくなり始めている。
最初は余裕をもって跨いでいた金属棒が、いまでは太腿のすぐ下を掠めるほど近い。
そのうえ、脚を持ち上げるたびに、周囲の女兵たちが待ち構えていた。
「ほら、開いたよ──」
「いけえっ」
「そらそらそら」
女兵たちの羽根が一斉に向かってくる。秘裂をくすぐられ、陰核の上を掃かれ、後ろからもお尻の亀裂をまさぐられる。
「ひゃっ……や、やめ──」
軽く触れるだけだった。
だが、それが何度も、何度も繰り返される。
何度も同じことを繰り返したせいで、いまでは女兵が羽根を構えるだけで身体が強張った。
まだ触れられてもいない。
それなのに、脚を持ち上げた瞬間には、これからなにが来るのか身体のほうが先に理解してしまう。
「いや……」
クラウディアは小さく首を振った。
嫌なのは、羽根だけではない。
次になにをされるのかわかっていること自体が、すでに責め苦になっていた。
逃げようにも、片脚を上げている最中である。身を捩れば矯正靴の上で均衡を失い、すぐ横を通過する電撃棒へ触れかねない。
身体は勝手に跳ね、腹が縮まり、息が詰まる。
「やっ……やめて……っ、もう……」
声を押し殺そうとするほど苦しかった。
羽根そのものに傷つけられているわけでもない。ただ、逃げられない状態で同じ場所へ延々と刺激を加えられ続けることが、クラウディアには耐え難い責め苦になっていた。
そして、バーを跨ぎ終わったことで脚を下ろせたため、ようやく羽根が離れる。
「……はぁ……」
一瞬だけ、安堵する。
その安堵が、いまは以前とは違っていた。
苦しさが消えた直後、身体の奥から微かな甘さにも似た感覚が浮かび上がってくる。
「……っ」
クラウディアは眉を寄せた。
ふと、クラウディアは正面の直柱へ目を向けた。
その上に浮かぶ水晶球は、黄色がかった緑色に輝いている。
……まだ、緑色。
これだけ続けているのに……。
白、青、緑、黄、橙、赤、深紅、そして黒。
終わるためには、まだいくつもの色を越えなければならない。
クラウディアは絶望するように息を漏らした。
しかし、それを感じている余裕はない。
すぐに、バーが戻ってくる。
クラウディアはほとんど考えることなく右脚を持ち上げた。
棒を越える。
「ほら、股が開いたよ」
「くすぐりだ」
また羽根が前後から襲う。
極端に踵が高い矯正靴は、クラウディアに身を捩ることさえ許さない。疼きに耐え、痺れに耐え、立っている脚を入れ替えながらバーが過ぎるのを待つ。
両脚が下りると束の間だけ羽根責めがなくなるが、それはバーが戻る僅かな時間だけだ。
ほんの数瞬──。
次にバーが戻ってくるまでの、あまりにも短い休息だった。
それなのに、いまのクラウディアには、その僅かな時間が待ち遠しくなり始めていた。
苦痛が欲しいわけではない。
ただ、それが終わった直後に訪れる安堵を、身体が覚え始めている。
「ずいぶん上手になったじゃない」
すぐ横で見守っていたオクタヴィアが、愉しそうに声をかけた。
「うる……さい……」
クラウディアは息を切らしながら睨み返した。
「最初は一本跨ぐだけで必死だったのにね。もう身体が順番を覚えたみたい」
「……だから、なによ……」
クラウディアはバーを跨ぎながら応じる。
「だったら、少しくらい難しくしても大丈夫よね」
「え……」
オクタヴィアの手には、いつの間にか短槍ほどに伸ばされた白い懲罰杖が握られていた。
ごうん──。
バーが迫る。
クラウディアは反射的に片脚を持ち上げた。
残った片脚だけで、矯正靴の上に立つ。
その瞬間だった。
オクタヴィアが懲罰杖の先で、床を支えている矯正靴の細い踵を横から突いたのだ。
「あっ──」
ぐらり、と身体が傾いた。
何十回もの反復ですでに疲れ切った脚では、体勢を立て直すだけの力が残っていない。
支持脚の膝が折れかける。
そこへ、戻ってきたバーが腿へ触れた。
「ひぎゃあああっ──」
鋭い魔道電撃が全身を駆け抜けた。
クラウディアの身体が硬直する。
一瞬、脚が自分のものではなくなったように動かなくなり、身体が鎖へぶら下がるように沈みかけた。
「くっ……」
だが、バーは止まらない。
このままでは、さらに身体へ触れる。
クラウディアは痺れていうことをきかない脚を必死に引きあげた。
遅れてようやく金属棒が身体の向こう側へ抜けていく。
「はっ……はぁ……な、なにするのよ──」
思わず悪態をつく。
電撃に触れた痺れと、焼けるような痛みの名残が脚に残っている。だが、その痛みが急速に引いていくにつれて、また別の感覚が追いかけてきた。
身体から力が抜ける。
息が漏れる。
そして、苦痛から解放された安堵が、〈雌畜紋〉によって必要以上に大きなものへ変えられていく。
「……いや……」
クラウディアは小さく首を振った。
ふと正面を見る。
先ほどまで緑だった水晶球は、いつの間にか黄色を越え、やや橙色へ変わっていた。
クラウディアの顔が強張る。
電撃の苦悶にもかかわらず、肉体になにか異質なものが残ってくすぶっている気がする……。
「ほら、聖女。ぼんやりしている暇はないわよ」
バーが戻ってきた。
クラウディアは反射的に脚を持ち上げた。
だが、もう十分な高さまで上がらない。
金属棒すれすれでどうにか越え、震える脚を床へ戻す。
しかし、女兵たちの羽根が襲ってくる。
「いやああ」
クラウディアは泣き声をあげた。
「ははは、これじゃあ、王国の聖女様も形無しね。そう思うわよね、聖女?」
戻ってきたバーを跨ごうとするクラウディアの無防備な胸を、オクタヴィアの長い懲罰杖の先端が襲う。
「ああ、許して──」
羽根も煩わしいが、懲罰杖の恐ろしさは昨日一日で完全にクラウディアの身体と心に刻まれてしまった。先端が当たっただけで、肌が粟立つほどの怖気が襲う。
バーを越えても、オクタヴィアは懲罰杖による乳首への悪戯を止めない。
「うう、やめて──やめてよ……」
クラウディアは脚を持ち上げながら呻いた。
「そういう恥ずかしい格好で責めを受けていると、お前の立場がよくわかるのではないの、聖女」
「ひいっ、ひっ……」
しかし、女兵たちの羽根による執拗なくすぐりに耐えるだけで精一杯で、答えることなどできない。
バーを跨ぐために片脚を高く持ち上げたところで、前後から羽根が襲っているのだ。
羽根が股間をくすぐる。
身体が跳ねる。
避けようとすれば、今度は片脚立ちになった矯正靴がぐらりと揺れる。
「返事をおし──」
オクタヴィアの声が鋭く飛んだ。
次の瞬間、白い懲罰杖がしなったのがわかった。
短槍ほどに伸ばされた細い杖が鞭のような軌道を描き、片脚だけで踏ん張っていたクラウディアの脹脛を強く打つ。
「んぐっ──」
脚から力が抜けた。
ぐらり、と身体が傾く。
「ちょっ──」
極端に踵の高い矯正靴では、一度崩れた均衡を簡単には取り戻せない。
そこへ、半円形の軌道を進んできた金属棒が内腿へ触れた。
「んぐうううっ──」
強い魔道電撃が全身を駆け抜けた。
クラウディアは反射的に脚を上げようとした。
だが、上がらない。
何十回、あるいは百回近く同じ動きを繰り返した脚は、もはや思うように動いてくれなかった。
「脚を上げなさい。早くしないと、ずっと触れたままよ」
女兵の声が飛んでくる。
「くっ……ううっ……」
クラウディアは歯を食いしばった。
それでも脚は十分な高さまで上がらない。電撃がバーに触れている内腿に流れ続ける。
金属棒は止まらなかった。
半円形の軌道に沿って上昇しながら、避けきれないクラウディアの脚を下から押し上げていく。
そして、クラウディアの体勢が完全に崩れたため、バーの真上に股ぐらが強く押し当てられてしまった。
「あぎゃあああっ──」
獣のような雄叫びが矯正室へ響いた。
一瞬頭が白くなり、だが、電撃の激痛ですぐに覚醒させられる。
自力では持ち上げられなかった脚を、動き続ける金属棒そのものが強引に押し退けていく。
電撃はそのあいだも途切れない。
「やっ、やめ……あああっ──」
やがてバーが身体の向こう側へ抜けた。
クラウディアの両膝が大きく崩れる。
そのまま倒れることすら許されず、腕の鎖に吊られ、足が床から離れて膝が曲がっている。
「はっ……はぁ……はぁ……」
頭を垂れ、荒い呼吸だけを繰り返す。
汗が顎から床へ落ちた。
「ほら、すぐに来るわよ、聖女」
女兵のひとりが声をかける。
「……っ」
クラウディアは顔を上げた。
反対側へ抜けた金属棒が、半円軌道の端へ到達している。
束の間だけ停止する。
そして、再びこちらへ戻ってくる。
「いや……ちょっと……待って……」
しかし、待つはずがない。
クラウディアは歯を食いしばった。
震える片脚へ力を込める。
次にもう片方。
細い踵をどうにか床へ立て直した。
脚はもう笑っている。
膝も震え、脹脛には先ほど懲罰杖で打たれた感覚が鮮明に残っている。
それでも──。
ごうん──。
戻ってきた。
「くっ……」
クラウディアは気力だけで片脚を持ち上げた。
十分な高さまでは上がらない。
それでも身体を僅かに傾け、金属棒すれすれのところで、どうにか一本目の脚を逃がす。
続けて反対側。
「ほら、開いたよ」
すぐに女兵たちが動いた。
「いやあっ──」
また前後から羽根が伸び、前後からの股間へのくすぐりが始まる。
クラウディアは身を捩ろうとした。
だが、いまは片脚しか床についていない。
逃げれば倒れる。
倒れれば、次に戻ってくる電撃棒を避けられない。
「ひっ……ひいっ……もう……」
泣き声を漏らしながら、ただバーが通り過ぎるのを待つしかなかった。
ようやく金属棒が反対側へ抜けた。
クラウディアは両脚を床へ戻し、大きく息を吐いた。
「せ、せめて……脚は叩かないでよ……」
汗と涙で歪んだ視線をオクタヴィアへ向ける。
オクタヴィアは白い懲罰杖を掌の中で弄びながら笑っていた。
「なにを言っているのよ。わたしは協力してあげているのよ」
「どこがよ……」
バーが戻ってくる。
クラウディアは脚をあげて、それを避ける。
「お前は早く終わりたいのでしょう」
「ひいっ、お、おおっ、も、もう許してよお──」
会話のあいだでも、脚をあげれば、女兵たちは羽根を容赦なく向けてくる。
「ふふふ、なら、わたしが手伝ってあげるのは親切よ」
オクタヴィアは心底愉しそうに笑っている。
クラウディアは唇を噛んだ。
親切などという言葉が、これほど腹立たしく聞こえたことはない。
「はあ、はあ……そんな……やり方で……」
バーが軌道の端に到達したことで、一瞬だけ静止する。クラウディアは息を吐く。
「あら。効果はあったみたいよ」
オクタヴィアが意味ありげに微笑んで、顎で正面の軌道の上に浮かんでいる水晶球を指す。
クラウディアも、汗と涙で滲む目をそちらへ向ける。
「……あ……」
水晶球の色が変わっていた。
少し前までやっと橙になり始めた程度だったはずなのに、いまは明らかな赤色に染まっている。
「赤……」
「そうよ。いまので赤まで進んだわ」
オクタヴィアが満足そうに笑った。
ごうん──。
はっとなる。
バーが戻ってきたのだ。
脚をあげる。
「よかったじゃない。あとは深紅、それから黒よ」
クラウディアは赤く輝く水晶球を見つめた。
これほど苦しんで、ようやく赤。
まだ終わらない。
終わるのは、あれが黒くなるまで愛液が膣の中の検査具を濡らしたとき──。
まだまだ終わらないのだ。
終わりがまだ遠いことへの絶望だけではない、なにかが混じる。
「……いや……」
戻ってきたバーを脚を開いて避けながら、クラウディアは声をあげる。
自分の中に浮かびかけたものに、ぞっとした。
「なにが嫌なのかしら。ちゃんと進んでいるでしょう」
ごうん──。
金属棒の駆動音が遠ざかり、すぐに近づいてくる。
クラウディアは赤い水晶球から目を離し、震える脚へ力を込めた。
「さて、じゃあ、そろそろ、速度をあげようかねえ。今度は脚をあげておろす余裕はないよ。すぐに戻ってくるから、あげたまま、次の脚に入れ替えるしかないだろうねえ」
オクタヴィアがそう言いながら正面の直柱に触れた。
バーは勢いを増して、これまでの倍の速度で動き出す。
「ひい──無理よお──」
クラウディアは飛び跳ねるようにバーを避けながら悲鳴をあげた。
「いや、矯正靴にも慣れたようだし問題なさそうだね。何度もバーに触れていれば、そのたびに身体も素直になって、水晶球も早く黒くなるでしょう。終わりたいなら、せいぜい頑張るんだよ、聖女」
オクタヴィアの言葉に女兵たちもどっと笑い声をあげた。