サロン・セルパンタンの五百日の調教記録──亡国の花と蛇の館 作:ドン・ドナシアン
「十二……」
クラウディアは、股間に受けた電撃の苦悶に耐えて歯の隙間から数字を押し出した。しかし、自分の声は頭の中にこもって、内側に響くだけだ。本当に口から声が出ているのかどうかもよくわからない。
耳の中に入れられている遮断栓という道具がクラウディアの聴覚を完全に消失させている。
しかも、目隠しで視界も封じられている。
クラウディアは、気配さえも感じることのできない完全な暗闇のなかで、ひたすら自分の股間に加わる電撃の数をかぞえさせられていた。
連続で二十回──。
数をかぞえられれば、二十回の後に糸が緩められて休息が与えられる。
それをひたすら繰り返させられていた。
そして、次の刺激が来る。
「ひぎいっ……じゅ、十三……」
声が震えた。
身体の奥を鋭い痛みが走り、思考が一瞬だけ白くなる。
それでも、数だけは手放してはいけない。電撃の加わる時間は長いものではない。すぐに消え、一拍だけ置いてまた加わる。だから、なんとか意識を保っていられる。
しかし、それこそが地獄だった。
いっそのこと、完全に失神をしてしまいたかった。
十四。
次は十四。
クラウディアは頭の中で何度も繰り返した。
そして、クリトリスに電撃が襲う。
「……十四っ」
必死に叫ぶ。
もはや、悲鳴と同じだ。
全身の筋肉は固く強張り、大きく引きあがっている腰ががくがくと跳ねあがる。
クラウディアは、四肢を背中側へ回され、仰向けに寝かされていた。
両手と両足を背中側で曲げられて、四肢を交差するようにふたつの枷で繋がれているのだ。
しかも、おそらく、開脚させられている太腿の付け根に堅糸を結ばれ、天井から伸びている鎖に繋げられている。
また、電撃──。
「ふぐうっ──じゅ、十五おお──」
電撃が股間に迸り、クラウディアは叫ぶ。
喉が乾き、数字を口にするだけでも苦しい。
あと五つ。
そう思った瞬間、また電撃で身体が強張った。
クラウディアにわかるのは、断続的に電撃を股間に流されるあいだ、クリトリスに結んだ糸が限界まで引きあげられて、四肢を背中に回したままの身体全体を極端に弓なりにした格好を強いられるということだ。
疲労困憊であっても、限界を越えた身体が脱力していても関係ない。クリトリスを糸で引っ張られれば、腰を持ちあげるしかない。
「……っ、十……六……」
声が途切れそうになる。
いま、十六だった。
次は十七。
間違えるな。
間違えたら、また最初からだ。
「十七……」
クラウディアは必死に数字へ縋った。
痛みよりも、数を失うことの方が怖くなり始めていた。
「十八……十九……」
あとひとつ。
あとひとつだけ。
次が来た。
「……二十」
数字を言い切った瞬間、クラウディアは大きく息を吐いた。
ようやく、ひと区切りが終わった。
クリトリスにかかっていた糸の張りが消えた。
クラウディアは、砕けるように身体を脱力させる。
『ふふふ、苦しい、クラウディア?』
脱力して荒い息を繰り返すクラウディアの頭の中にオクタヴィアの声が響いた。クラウディアの耳には、「遮断栓」という特殊な耳栓が詰められており、一切の音はもちろん、気配さえも感じることができないようにされているのだが、唯一の例外が、頭に響くこのオクタヴィアの声だ。
〈伝声具〉という器具で語っているらしく、その器具を通して発せられた声のみ、クラウディアは認識することができる。
自分の声さえも、頭の中にこもって響くのを感じられるだけで、耳からは何も聞こえない。
「……」
オクタヴィアの言葉に返事はしない。声を出すことを禁止されているのだ。許されているのは、連続で電撃のときに二十までの数をかぞえることだけだ。
それ以外には口をきくことは許されていない。
「っ……」
そのとき、またもや糸が予告なしに引きあげられた。
悲鳴をあげそうになるのを耐え、痛みを緩めようと腰を思い切りあげる。自分がどんなに浅ましい格好をしているのかなど考える余裕もない。
糸の上昇が止まり、固定される。
クラウディアは歯を喰いしばって耐える。
電撃はまだ始まらない。
すぐに始まることもあれば、しばらくしてから開始されることもある。それどころか、結局電撃は始まらず、緩められることもある。
いつ始まるのかわからないこの待機時間は、電撃が開始されてからよりも、クラウディアの心を削っているかもしれない。
電撃は始まってしまえば、確実に二十回で終わるのだ。
数さえ、かぞえれば──。
そのとき、吊り上げられているクリトリスが絵筆のようなもので、突然にくすぐられたのだ。
いや、実際にはなにで刺激されたのかわからない。
ただ、予想をしていなかった悪戯に、クラウディアは思わずがくがくと痙攣をして、声をあげていた。
「ああっ、ひいっ」
『聖女──声を出すなと言ったでしょう。お前は電撃棒を失敗した罰で、連撃の懲罰中なのよ』
股間の糸が吊り上がっているまま、顔の上に薄い布を被せられた。
恐怖が走る。
しかし、容赦なく上から水がかけられた。
布が水を吸い、呼吸ができなくなる。
「んふうっ」
思わず悲鳴が出た。
『声を出すなと言ったでしょう。しばらくそのままでいなさい』
さらに水がかけ続けられる。
やがて、顔にかかる水はなくなったが布はそのまま。鼻の穴も口も呼吸は遮断される。
必死に吸うが入ってくるのは、布に染み込んでいる水だけだ。
懸命に顔を振る。
『声を出すんじゃないわよ。次に悲鳴をあげたら、気絶するまで布は取らないからね』
オクタヴィアの声──。
同じような罰を幾度か受けた。
本当に気絶するまで、濡れ布を外してもらえなかった。あの苦しさは、電撃の苦しさよりも苛酷だった。
必死に声を耐える。
「んんっ」
そのとき、いきなり一回目の電撃が開始された。
濡れ布が顔に被ったまま。
反射的に”いち”と叫んだつもりだったが、言葉にはならない。
『かぞえられなかったから、やり直しよ。もう一度、一からよ』
オクタヴィアの嘲笑が頭に響く。
「んんんっ」
だが、布が外されない限り、数をかぞえられるわけがない。
クラウディアは懸命に首を横に振る。糸で吊られているクリトリスに身体の揺れで激痛が加わるが、いまはそれよりも息が苦しい。
そのとき、二回目の電撃──。
いや、やり直しだから一回目になるのか……?
「んぐい──ひいっ」
”いち”と叫んだつもりだった。
しかし、言葉にはなっていない。
『いまのは悲鳴ね。認めないわ。罰よ』
オクタヴィアの言葉とともに、顔に水がかけられた。
そのあいだも、電撃が股間に迸った。
気が遠くなる。
頭に鉛でも入ったようにどんよりとなる。いくら待っても息が身体に入ってこない。
意識が灰色に包まれる。
『勝手に小便するじゃない。懲罰追加──』
なにかで打擲されたかのような凄まじい激痛が股間に伝わった。
だが、それがなんだったのか確かめる前に、クラウディアの意識は闇へ沈んでいく。
頭の中に、伝声具越しに、オクタヴィアの不愉快そうな舌打ちが響いた気がした。
それがクラウディアの最後の知覚となった。