サロン・セルパンタンの五百日の調教記録──亡国の花と蛇の館 作:ドン・ドナシアン
かつんかつんという靴音と、ぺたんぺたんという足裏が石段を踏む音が響いていた。
先頭を歩くローランは、片手に燭台を掲げている。
階段の壁に並ぶ魔道灯はすでに消えていて、頼りになるのはその小さな炎だけだった。燭台の火が揺れるたび、長く伸びた人影が石壁の上で揺らめいている。
かなり夜も更けているのだろう。地下層を横切ってきたときには、いつもなら夜まで続いている女囚たちの矯正も、すでに終わっていた。
廊下を行き交う兵の姿もほかになく、あたりは妙に静まり返っていた。
先頭のローランの少し後ろを、ヤンたちに首環に繋がっている鎖を引かれているアルトが歩いていた。リネアは、今日の矯正に途中から加わったザラとニアという女兵たちにより、やはり首環を引かれて、さらに後ろを進んでいる。
リネアにしても、アルトにしても、一糸も許されない素っ裸だ。
しかし、身体を隠す方法もない。リネアにもアルトにも首環の前に手錠があり、両手首はその手錠によって首の前に固定されているのだ。さらにアルトについては、両足首に短い鎖で繋がれた足枷まで嵌められていた。
リネアは一日の矯正で疲れ果てていた。
だが、アルトはもっと疲れているだろう。性交のときに、精を受けるだけでいい女とは異なり、アルトは何度も何度も射精をさせられていた。
出なくなれば媚薬で強制的に射精させられ、水を飲まされ、栄養薬を無理矢理に服用させられて、それでも休むことを許されずに、延々とリネアとの性愛行為を繰り替えさせられていた。
いまでも、腰がふらふらと安定しない感じだ。
そのうえ、短い足枷を付けられたままなのだ。それでは、階段を昇ることは容易ではないのだろう。
アルトは一段ごとに足元を確かめながら、ゆっくりと脚を上げている。
しゃらり。
ちゃりん。
前でアルトの足枷の鎖が鳴る音が続く。
「ほら、坊ちゃん。遅いぜ」
後ろからヤンが声を掛けた。
アルトの首環の鎖を取っているのは、ヤンとともにいる二人の男兵のうちのひとりだ。ヤンとひとりの男兵は、アルトの脇と後ろについている。
「早く階段を昇らねえか、後ろが詰まってんだよ」
「しょうがないかもしれませんぜ、ヤン。俺らが合流した午後だけでも十五発も出したんだ。それに、午前中にザラたちが搾り取った数が加わるだけでしょう」
「十発だよ──。あたしたちが搾り取ったのは」
リネアを引っ張っているザラが笑いながら答えた。
「じゃあ、二十五発じゃねえか。そんなこと可能なのかよ。夜になってからは発情薬の助けを借りたとはいえ、すげえなあ。大した絶倫だ。さすがは王国の騎士様だ」
男兵のひとりが笑った。
「いや、午後から夜にかけての十五のうちの十発くらいは、空射ちだったけどな。薬物の力を借りながらだ。時間もかかった。まあ、いい経験になったろう」
ヤンが下品に笑った。
「どら、気合いをいれてやるぜ」
後ろを歩いている男兵が、アルトの剥き出しになっている尻穴付近を手にしていた長い棒の先で突いたのだ。
「あんっ」
次の瞬間、アルトの身体が小さく跳ねた。
「ははは、すっかりと女みたいな悲鳴を出すようになったじゃねえか」
ヤンが大笑いする。
後ろからでも、アルトの首が真っ赤に染まったのがわかった。
リネアは歯噛みした。
口惜しいのだろう。辛いのだろう。でも、リネアにはなにもできない。ただ黙々とついていく。
「ちゃんと感じる尻になったじゃないか」
「おい、勃起してねえか見てくれよ。後ろからじゃわからなくてな」
後ろの男兵が前を進む兵に声をかけて笑った。
「残念ながら静かなもんだ。さすがにもう勃たねえさ。いくら、この坊ちゃんが被虐癖でもな」
「わかんねえぞ」
後ろの男兵が今度は、腰に提げていた鳥の羽根を棒の先に装着した。簡単に取り付けられるようになっているようだ。その鳥の羽根で、アルトの尻たぶの亀裂を上下にくすぐっている。
「くっ……」
アルトは腰を捩り、少しだけ身体を逃がした。
けれど、それだけだった。
振り返らない。
睨みつけもしない。
悪態もつかない。
足元へ視線を落としたまま、また次の一段へ足を掛ける。
しゃらり。ちゃりん。
鎖の音だけが響いた。
「なんだよ。ずいぶんと大人しくなったな。つまんねえなあ。昼はもっと威勢がよかっただろ」
ヤンが満足そうに後ろから言っている。
「一日で疲れたんじゃないですか」
ヤンの横の兵が応じている。
だが、反応がないのがヤンは面白くなさそうだ。
「坊ちゃん、聞こえてるか──? 返事しねえと、恋人を折檻すんぜ」
ヤンが怒鳴るように言った。
「……聞こえて……いる……」
縄尻を少し引かれているアルトが、ようやく小さく言った。
「なんだ、聞こえてたのかよ。だったら、教えてくれよ。騎士見習いとはいえ、騎士様だ。その騎士さまが恋人と一緒に、隠すことも許されずに、一物をぶらぶらとさせて歩く感想をな」
ヤンがげらげらと笑う。
後ろからそれを聞いているしかないリネアは、辛さにぐっと奥歯を噛みしめた。
「あんたら、ほどほどにしなさいよ。可哀想でしょ」
ザラが笑いながら声を掛けた。
「わかってるって。だが、こいつのせいで、妙な気分なんだ。俺は女しか興味なかったはずなんだ。だが、こいつの股をいじったり、尻に悪戯とかしていると、妙な気分になるんだよ。反応が可愛くてな」
「なんだい、そりゃあ」
ヤンの惚けた物言いに、ザラだけでなく、全員が一斉に笑っている。先頭を歩くローランもだ。無反応なのは、リネアとアルトだけだ。
アルトの肩は悲しそうに震えていた。それでもなにも言葉を発しはしなかった。
階段を昇りきると、石床ではなく赤い絨毯が敷き詰めてある廊下に着いた。二階らしいが、途中に一階へ出る場所はなく、地下層から直接この階へ繋がっていた。
二階の廊下にも誰もいない。
天井には豪華なシャンデリアがあったが地下層から続く階段と同じように灯が落とされ、壁際に一定の間隔で置かれている燭台だけが、長い廊下をぼんやりと照らしている。
先頭のローランが迷う様子もなく廊下を進んでいく。
リネアは、少し前を歩くアルトの背中を見ながら、そのあとをついていった。
二階は地下層とはずいぶん雰囲気が違っていた。
石造りなのは同じだが、絨毯の敷き詰められている廊下の幅は広く、壁や床もきれいに整えられている。並んでいる扉も地下の収容室とは違い、分厚い鉄扉ではなく、装飾の施された木製の扉だった。
「ここよ」
ローランが足を止めた。
いくつも並んでいる扉のひとつを開く。
中へ入った。
リネアは思わず周囲を見回した。
床は平らな石造りで、壁際には革帯や鎖を掛けるための金具が整然と並んでいる。天井からも何本もの滑車と鎖が下がり、部屋の片隅には高さの違う台や細長い寝台、可動式の拘束架らしいものが並べられていた。
壁には棚もある。
そこには用途のわからない器具や薬瓶、布、革帯などが几帳面に収められている。ここもまた、矯正室であることは明白だ。
リネアの目を引いたのは、部屋の中央だった。
小さな鉄格子の檻が置かれている。
「……あの檻が、今夜のあなたたちの寝室よ」
ローランがわずかに口角をあげる。
「寝室?」
リネアの口から思わず声が漏れた。
寝室どころか、狭くて横になることは不可能だ。人ひとりがしゃがみ込んだらそれ以上の空間はない。高さも奥行きも幅も、それくらいのぎりぎりしかない。
二人で入るにはどう見ても狭い。
「原則として、特別囚はひとりずつ収容することになっているわ。でも、あんたたちはつがい隷奴だから例外よ。これからは、ここで一緒に暮らしてもらうわ」
ローランがそう言って、リネアとアルトを順番に見る。
「一緒に……ここで?」
リネアは訊いた。
本当に一緒に収容されるとは予想していなかった。
今日一日、つがい隷奴だと何度も言われてきた。けれど、それは矯正のあいだだけの話で、夜になれば、またそれぞれ別の収容室へ戻されるものだと考えていた。
戸惑いと同時に、胸の奥にはほんの少しだけ安堵が広がった。
「そうよ。この部屋だけじゃないわ。奥には居住区画もある。寝る場所も、湯を使う場所も、排泄する場所もね。特別囚用の個室は、そういうものを全部まとめて作ってあるの」
ローランは平然と答えた。
リネアは奥の扉を見た。
「じゃあ……アルトとずっと一緒に?」
「当面はね」
「……当面とはなんだ……?」
アルトがぼそりと口を挟む。声にはまだ力がない。
すると、ローランが唇の端を上げた。
「カイネウス様のご判断で、つがいを解消されるまでね」
「つがいを……解消……?」
リネアの顔が強張る。
「そうなれば、また離されるわ。二度と会えなくなるかもしれないわ」
ローランは淡々と言った。
「そ、そんな……」
リネアは鼻白んだ。
「だから、そうならないように励むのよ。リネアは、またほかの男たちの相手をする日々に戻るでしょうし、お坊ちゃんは……そうね。女囚用に回されるかもしれないし、衆道に興味のある男兵たちに預けられるかもしれない」
ローランは淡々と言う。
リネアは、なにも言えなかった。
横にいるアルトも黙っている。
「……特別囚とはどういう意味なんだ?」
アルトが呟くように言った。
「下にいる有象無象の女囚とは違う、特別待遇の囚人ってことだ。王太子妃殿下もいる。レイシアもいる。そのうち顔を合わせることもあるだろうさ」
ヤンが横から答えた。
「お姉ちゃん……」
リネアは息を呑んだ。
姉がこのサロンにいることは教えられていた。
けれど、いまだに顔を合わせてはいない。
「……僕の姉上も、ここにいるのか?」
アルトが小さく訊ねた。
ローランが首を横に振る。
「彼女はまだ別棟よ」
「別棟?」
「そのうち、こちらへ合流することになるんじゃないかしら。詳しいことまでは、あたしも知らないわね」
ローランが肩を竦める。
アルトはそれ以上、なにも訊かなかった。
ローランが両手を軽く叩いた。
「さて、じゃあ、二人とも檻に入ってもらう準備をするわよ。快適な空間が与えられるのは、明後日の元帥閣下の接待以降よ。失敗すれば、つがいは取り消し。肝に銘じなさい」
その言葉を合図にするように、リネアにはザラとニアが寄ってきて、アルトにはヤンたちが向かう。部屋の端と端に引き離され、リネアの前に、ニアが部屋の棚に準備していたらしい木桶を持ってきた。
「あんたらの専属矯正官のローランの命令よ。今日の夜は、あんたには
ニアが木桶に入っているぬるま湯に浸かっている植物の繊維を縒り合わせて編んだような細長い紐を見せながら笑った。リネアは、さすがに眉間に皺を寄せてしまう。
蛇萬縄のおぞましい効力については、リネアはすでに骨身に染みるほどに味わわされていた。
リネアのこのサロンにおける日々は、日に何人もの男性兵士の性の相手をすることだったが、そのあいだに膣を締めたり開いたりしたり、快楽を受ける場所を開発されたりという矯正を繰り返しやっている。その苛酷な矯正の少し前に、決まって蛇萬縄の股縄を股間に締めさせられた。
性感があがり、肉層が柔らかくなり、矯正に都合がいいのだそうだ。
それを施されると、すぐに切なさが伴うむず痒さが襲いかかり、七転八倒したくなる苦悶が襲いかかる。しかも、動けば股間から染み出す愛液でさらに縄が湿り、痒さが増大する。
そんな責め縄なのである。
「あっ、なにをする。なんだ、その縄は?」
アルトが狼狽している声が聞こえる。
「大人しくしねえか。お前も恋人も、今夜は蛇萬縄を締めてもらうそうだ。お前には、さらに射精管理具を装着してもらうからな。それでしっかりと、このサロンの隷奴というのはどういう意味が身体に刻み込みやがれ」
「そういうことだ、射精したくてもできねえのは辛いだろうが、それがこのサロンの囚人だ。もっとも、二十五発も出してりゃあ、もう勃ちしねえだろうが」
アルトを取り囲んでいるヤンたちが揶揄うように喋っているのが聞こえる。
リネアは耳にしていられず、顔を深く俯かせてしまう。
「さあ、準備ができたよ。じゃあ、この蛇萬縄の股縄を締めつけるからね」
さっきの湯通しをした縄に、大小三個の縄瘤ができあがっていた。
「待ちなよ。掻痒剤の件があったろう。どうするんだい?」
すると、ニアが小声でザラにささやいたのが聞こえた。
「掻痒剤?」
リネアは思わず口にする。
「いやあ、あのローランが矯正の一環として、あんたとあの坊やが施される股縄に、さらに掻痒剤を塗れっていうのさ。だけど、この蛇萬縄に、さらに掻痒剤だろう。あんたらが大変なことになるのは間違いない。それで、どっちかが相手の分まで引き受ければ、片方は蛇萬縄だけでいいということになっていてね。どうする? これは向こうに黙って押しつけてこようか?」
ザラがアルトたちには聞こえない小さな声で言った。
さらに、ニアは小皿に山盛りにされた掻痒剤の油剤をことりと床に置く。
リネアが驚愕した。
「そんな。すぐにアルトのところにある油剤を持ってきてください。全部、あたしに塗って構いません。お願いです」
慌てて言う。
「やめときなよ。掻痒剤の苦しさも、蛇萬縄の辛さも、あんたは知っているだろう。向こうは男だ。任せとけばいいさ。あんたが押しつけたって教えないからさあ」
「冗談じゃありません。あたしが引き受けます。アルトはなに言わなくていいです」
リネアはきっぱりと言った。
蛇萬縄の股縄を締めつけられる上に、縄瘤に大量の掻痒剤を塗られる。想像しただけで下腹部がむず痒くなるが、これ以上の責め苦をアルトに与えたくない。
ましてや、自分の分を推しつけるなど……。
「いい覚悟さ。じゃあ、向こうの分をもらってくるよ」
リネアの前にしゃがんでいたニアが立ちあがり、ヤンたちが集まっているアルトのところに駆け寄っていった。