サロン・セルパンタンの五百日の調教記録──亡国の花と蛇の館 作:ドン・ドナシアン
083 朝風呂【第31日】
あてがわれている客室において朝食を終えたバルザックは、カイネウスとユーリスを誘い、二階の大浴場へ向かっている。
朝の廊下には、東側の窓から柔らかな陽光が差し込んでいた。磨かれた石床の上に細長い光の帯が伸び、三人が歩くたびに靴音が静かな廊下へ響く。
まだ一日の仕事が本格的に始まる前なのだろう。行き交う者の姿は少なく、ときおり女兵や使用人が足を止め、一行へ頭を下げる程度だ。
「朝からひと風呂浴びるのも悪くなかろう。どうせ今日は長くなる」
バルザックが言った。
「元帥が昨日の予定を潰したからでしょう」
右隣を歩いているカイネウスが苦笑する。
「潰したとは人聞きが悪いのう。少し予定が延びただけじゃ」
「本来は、特別囚の視察を昨日の午後から始める予定だったんですよ」
「まあまあ、将軍。閣下があの五人を気に入ったんだから仕方ないでしょう。ご満足したみたいですよ。朝から入浴が必要なくらいにね」
後ろを歩くユーリスが笑った。
「おぬしには言われたくないのう。一般囚のいる地下層に朝まで入り浸りだったのだろう」
バルザックは鼻を鳴らした。
実際そうなのだ。ユーリスは、視察と称して昨日一日、地下層に向かってそれっきりだったらしい。カイネウスを誘って朝風呂で汗を流そうと向かう直前に、ユーリスがあてがわれていた自分の客室に入ろうとしたのを偶然に出くわしたのである。
そのときに、ずっと地下層で一般囚の令嬢たちを相手に奉仕をさせていたと、悪びれることなく告げられて呆れてしまった。
もっとも、批判するつもりはない。
バルザック自身が似たようなことで、初日を潰したのは同じだからだ。
昨日、カイネウスが用意した五人の令嬢は、予想していた以上に面白かった。魔核や魔工具については頭がおかしいあのエリナの施したことは抜群だった。
乳房が馬鹿みたいに敏感で、絶頂とともに母乳を噴出するミレーヌ──。全身性感帯の肉体改造をされたリディ──。四肢を取り外しできる義手と義足に変えられているノエラ──。魔核調整により許可なく絶頂できず快感を蓄積する体質のエステル──。性的欲情によりクリトリスが偽勃起した男根と変わり射精までするフローラ──。
ほんの短時間相手をするつもりだったものが、そのまま夕刻を過ぎ、結局、バルザック自身の体力が尽きる深夜まで遊戯に及んだ。
相手をする五人の疲労困憊については推して知るべしだ。
自分に一晩付き合わされ、くたくたになっている姿まで含めて愉快だった。
今朝も、起き抜けとともに相手をさせ、さすがに汗を流そうと思って、とりあえず、ミレーヌとフローラに同行を命じて、客室に備付けの浴室ではなく、大浴場とやらに向かうことにした。
カイネウスについては、それで誘ったのだ。
なんだかんだで、昨日はほとんど話をしていない。
ミレーヌとフローラの二人は、バルザックとカイネウス、そして、途中で拾ったユーリスの三人の少し後ろを、裸足で付き従っていた。
両手首には金属製の腕環を嵌められているが、拘束はされていない。その手には、それぞれ取っ手付きの箱を持たせていた。中身はこのふたり自身に選ばせた責め具だ。なにを選んだのかは確かめていない。
だが、一番辛い責め具を選ぶよう命じていた。自分が責められる責め具を自分で選び、自分の手で運ぶ。仮にも少し前までは貴族令嬢だったふたりにとって、それもまた恥辱に違いない。
果たして、彼女たちが選んだものはなにか。愉しみだ。
そして、ふたりの首には昨日と同じ首環が嵌められている。そこから細い鎖が垂れ、その先端を二人とも自分の口に咥えさせていた。
そのため口を開くことはできず、ただ黙って三人のあとを歩いている。
バルザックは、振り返った。
ミレーヌと眼が合う。
すると娘は、顔を赤らめながら、咥えている鎖を落とさないまま小さく頭を下げた。
「すっかりと従順じゃないですか」
ユーリスが軽口を言った。
「五人とも気に入ったが、この二人は特に面白いぞ」
「だから朝風呂まで連れてきたんですか」
ユーリスが後ろを振り返った。
「そういうことじゃ。ほかの三人も連れてきたかったがな」
バルザックは上機嫌に答えた。
「残り三人が嫉妬しますよ」
「なあに。朝から悪戯をしておったら、やり過ぎてな。他の三人はいまだに腰を抜かしておるわ。比較的ましなふたりを連れてきた」
「さすがの絶倫ですね」
ユーリスが阿るように言った。
しばらく、そのまま長い廊下を進んでいく。
このサロンには幾つか大浴場があるらしいが、いま向かっているのは、二階の西側奥にあるかつて城主一族が使っていた大浴場らしい。
「とりあえずは、今日は特別囚じゃな」
バルザックは、カイネウスをちらりと見る。
「そのつもりです」
カイネウスが短く答えた。
「全員見せてもらえるんじゃろうな」
「もちろんです。好きなように扱って頂いて構いません。もっとも、まだ手配が進んでおらず、数は少ないですけど」
「王太子妃についてもか?」
「……ええ」
カイネウスの返事は、僅かに短かった。
バルザックは横目でその顔を見る。
昨日の会議でもそうだった。王太子妃の話になると、この男は少しだけ変わる。
それが執着なのか、それとも別のなにかなのか。
今日、それも見極めてやろう。
そう思いながら廊下の角を曲がったところで、前方から人影が現れた。
短い金髪。
背の高い女だった。
「おや」
バルザックは足を止めた。
向こうも一行に気づき、立ち止まる。
イレーヌ=ベルク中佐だった。今回の視察団の一員であり、バルザックの護衛役の彼女がそこにいた。
「皆さん、どちらに?」
イレーヌが声を掛けた。
「たまたま、朝風呂に行こうということになってな」
ユーリスが応じる。
「将軍もご一緒にですか」
イレーヌは、バルザック、カイネウス、ユーリス、そして、その後ろを付き従っているミレーヌとフローラへ順に視線を向けている。
「今日の視察の段取りのこともあるしな。将軍に同行を頼んだのじゃ」
バルザックは言った。
「浴場で?」
「寛ぎながらな」
バルザックは応じる。
「……今日の段取りですか……」
すると、イレーヌは少し考えるように首を傾げた。
「どうだ。イレーヌも一緒に?」
ユーリスが横から冗談めかして言った。
「はあ? まさか、あんたの相手をわたしにさせるつもり?」
イレーヌは後ろについてきているミレーヌとフローラをちらりと見たあと、ユーリスへ胡散臭げな視線を向けた。
「冗談言うなよ。手は出さねえよ。純粋に手間を惜しんでいるだけだ。今日の視察の予定について、閣下と将軍が浴場で話して、それをあとでお前さんに伝え直すのも無駄だろう。それだけだ」
ユーリスが焦ったように言う。
すると、イレーヌは肩を竦めた。
「そういうことなら、いいわ。同行しましょう」
「えっ、ほんとに? 男女別じゃないらしいぞ」
今度はユーリスの方が驚いた。
「誘っておいてなによ……。それに、今日の視察のことであれば、わたしにも希望があるの」
イレーヌは言った。
「ほう。希望とな?」
バルザックは訊ねる。
「ええ。それについては、浴場でお話しします」
「そうか。では一緒に来るがいい。話は湯に浸かりながらすればよかろう」
バルザックは言った。
「ええ、お言葉に甘えて同行させていただきます」
イレーヌはそう答えると、そのまま一行に加わった。
やがて一行は、二階の西側奥にある大浴場へ辿り着いた。
重い扉の中に入ると、広い脱衣所の入口に、五人ほどの男が並んで平伏していた。
身につけているものは、革の腰帯に近い簡素な下履きだけである。全員の首には、幅広の革製の首環が嵌められていた。
「湯のご準備はできております」
向かって左端の男が、平伏したまま告げた。
「おっ、なんだ、こいつら?」
ユーリスが戸惑った声をあげる。
「サロンで使っている男の召使いたちですよ。目立たないようにさせていますので、あまり表には出ませんが、五十人ほどが働いています」
カイネウスが淡々と言った。
「男奴隷までいるのか? 知らなかったな」
ユーリスは驚いたように五人を見回した。
「奴隷ではないよ。召使いたちだ。ただ、余計な間違いが起きないように、男性としての性的な機能は魔核で抑えてある。その影響で、少し見た目が女性的になるみたいだね」
カイネウスはそう説明しながら、自分の身につけているものを脱ぎ始めた。
バルザックの方には、すでにミレーヌとフローラが寄ってきている。
二人は自分たちの衣服を素早く脱ぎ捨て、そのままバルザックの上衣へ手を掛け、甲斐甲斐しく脱衣を手伝い始めていた。
バルザックは二人に身を任せながら、改めて召使いたちへ眼を向けた。
五人はすでに身体を起こし、正座したまま指示を待っている。
なるほど、カイネウスの言う意味が少しわかった。
髪を除けば、身体にはほとんど体毛がない。
肌は白く、身体つきも細い。肩や腰の線にもどこか丸みがあり、男としての逞しさより、中性的な柔らかさの方が目についた。
まだ若い者が多いせいもあるのだろう。
乳房がないことを除けば、一見しただけでは女と見間違えてもおかしくない者さえいる。肌に体毛はないが,髪の毛は逆に豊かだ。女性のように長い者までいる。
「男性機能がないというのは、去勢ということ?」
イレーヌが訊いた。
そのまま二人の召使いへ指を向け、自分の脱衣を手伝うよう合図する。
五人のうちのその二人が弾かれたように立ち上がり、すぐにイレーヌの左右へ回った。
「去勢はしてないよ。魔核で、男として欲情しないようにしてあるだけだ」
カイネウスが答える。
「本人たちは、それを承知で?」
「もちろん。むしろ人気の仕事だよ。賃金はかなり高いからね。募集を出せば、王都市民から応募が殺到する。選ぶ方が大変なくらいだ」
「へえ……。首環まで嵌めているのに? 完全に奴隷扱いじゃないの」
イレーヌは少し意外そうな顔をした。
「仕事中の反抗や暴力を防ぐためだよ。一般囚に使っているものと同系統だけど、扱いはまったく別だ。契約して働いて、給金も受け取る。嫌なら応募しなければいい」
カイネウスはそう言って肩を竦めた。
「一般囚の女奴隷にはさせないの?」
「家事はさせるけど、あれは自分たちの身の回りだけだよ。矯正の一環でもある。逆に、このサロンには女の召使いはいない。召使いは全員が男だ」
「なにか理由があるのかしら」
イレーヌがカイネウスを見る。
彼女は、すでに下着以外の衣服を二人の男召使いに手伝わせて脱ぎ終えていた。その下着も自ら脱ぎ捨て、あっという間に全裸になった。
金色の薄目の陰毛が露わになっているが、恥ずかしがる様子はまるでない。
バルザックは、そんなイレーヌの裸身をしげしげと眺めた。
鍛えられた身体だった。腕や脚には無駄な肉がなく、ところどころに古傷らしき痕も残っている。それでも、女らしい身体の線まで失われているわけではない。むしろ武人らしい逞しさと、女性としての美しさが同居しているように見えた。
「収容している囚人のほとんどが女性だからね。その差別化の意味もあるかな」
カイネウスが答えた。
そのカイネウスも、すでに全裸だ。
精悍な長身に浅黒い肌。鍛え上げられた身体つきは、いかにも長く戦場に身を置いてきた武人らしい。ただし、顔と同じように、背中や腹にも古い斬り疵が幾筋も残っている。
「差別化ねえ。まあ、確かに必要かもね」
イレーヌが呟くように言った。
「……ところで、身体を洗わせたり、入浴の世話をさせるなら、その二人はそのまま連れていけばいいよ」
カイネウスがイレーヌに告げた。
「こいつらに、あたしの入浴の世話を? あなたでも冗談を言うのね、将軍」
イレーヌが一瞬きょとんとしたあと、相好を崩した。
「冗談を言った覚えはないけどね。じゃあ、下げるか」
カイネウスが軽く手を振った。
五人は頭を下げたまま数歩後退すると、静かに立ち上がり、そのまま脱衣所の奥へ下がっていった。
「……元帥、なにか道具が必要であれば、浴室内でただ口にしてください。その五人が運んできます」
カイネウスがバルザックに向かって言った。
バルザックは頷き、脱衣の世話をしていたふたりを見る。
「では行くか.お前たちは、その小箱をそのまま持ってこい」
バルザックは、ミレーヌとフローラに告げた。二人はいまだに自分たちの首環に繋がっている鎖を口に咥えたままだ。二人が頷く。
その彼女たちがバルザックたちの前に進み出て,浴場の扉を左右に開いた。
湯気がたちこめる大きな浴槽のある浴室が現れた。
「おっ?」
バルザックは、その浴室に現れたものを見て,思わず声をあげてしまった。