サロン・セルパンタンの五百日の調教記録──亡国の花と蛇の館 作:ドン・ドナシアン
「……そういえば、そのガレス殿は、一緒ではなかったのですね」
ユーリスが浴場から姿を消してしばらくしてから、イレーヌが思い出したように言った。
「彼のことは気にしなくて大丈夫ですよ、イレーヌ殿」
すると、大理石像の向こう側からカイネウスが静かに告げた。
「気にしなくていいとは、どういう意味なのかしら、将軍?」
イレーヌはわずかに怪訝そうに眉を寄せる。
「言葉どおりの意味です。今日と明日の視察に、彼が合流することはないと思います」
「えっ?」
「視察報告については、こちらで必要な資料を揃えておきますよ。大佐には最後に確認していただいて、署名だけしてもらえば済むようにしておきます」
カイネウスは、なんでもないことのように言った。
「ちょっと待って。ますます意味がわからないんだけど」
イレーヌが首を傾げる。
だが、バルザックにはなんとなく察しがついた。
カイネウスが、このサロン──いや、なによりも王太子妃セリアという女に、異常と言っていいほど執着していることは以前から知っている。
そして、このサロンの管理を任せることも、王太子妃の身柄を事実上カイネウスへ委ねることも、共和国政府が彼に与えた褒賞のひとつだった。
もちろん、そんなことを公式の文書に残しているわけではない。
表向きには、サロン・セルパンタンは旧王国貴族を収容し、共和国による占領統治を円滑に進めるための施設である。王太子妃についても、その収容者のひとりにすぎない。
王都にある暫定政府の要員の大部分は、その表向きの面の認識しかないだろう。
だが、実態は少し違う。
共和国政府の上層部とカイネウスとのあいだには、明文化されていない取り決めがある。
この男には好きにさせておけ──。
それが、共和国政府の本音だった。
カイネウスは王国を滅ぼすにあたって最大の功績を挙げた男である。
いや、それだけではない。
もしも、この天才的な軍事能力を持つ男が共和国そのものに牙を剥けば、どれほど厄介なことになるのか。
政府上層部は、それを誰より理解していた。
そもそも、彼は移民だ。共和国に対する忠誠心も愛国心も希薄だろう。
だからこそ、与えられるものは与える。
城も、地位も、女も。
その程度のものでカイネウスが満足し、共和国に従順でいてくれるのであれば、安いものだという判断なのだ。
バルザック自身、それを否定するつもりはなかった。
軍人として見ても、カイネウスはあまりにも得難い。
少々の我儘に眼を瞑るくらいで、この男を共和国側に繋ぎ止められるのであれば、その方がよほど国益に適う。
そして──。
バルザックは、ふと思い出した。
王太子妃については、余計な口を出すな。
今回の視察に出る直前、元帥府を通じてかなり強い調子でそう申し渡されていた。
誰の意向なのかまでは聞かなかった。
だが、少なくとも元帥府よりも上から降りてきた話であることだけは間違いなかった。
昨日、ガレスはそのことを知らずに、王太子妃の管理について真正面からカイネウスを追及した。
なるほど……。バルザックは湯気の向こうにいるカイネウスを見て、僅かに口元を緩めた。
どうやら、この若い将軍は、早速なにか手を打ったらしい。
「もう湯はよいぞ。二人とも、わしの前へ並べ」
バルザックは、しばらくのあいだ自分の身体へ桶で湯を掛け続けていたミレーヌとフローラへ目を向けた。
ガレスのことは、ひとまず頭の外へ追いやる。
「はい」
二人はすぐに桶を床へ置き、バルザックの正面へ並んで正座した。
まだ息は完全には整っていない。そして、フローラの股間に生えかけていた男根は、いまは消えてしまっていた。
バルザックは、その二人の脇へ置かれている小箱へ視線を向ける。
「……箱に入れて持ってきた責め具を見せよ」
朝風呂へ同行させるにあたり、ミレーヌとフローラにはひとつ申し渡していたことがある。
それぞれ、自分がもっとも受けたくないと思う責め具をひとつ選び、小箱へ入れて自分の手でここまで運んでくること。
なにを選んだのかは、まだ確かめていない。
少し前まで貴族令嬢として暮らしていた二人が、自分自身を苦しめるための道具を選び、それを抱えてここまで運んできたのである。
さて、どんなものを選んだのか。
バルザックは愉快そうに二人を見下ろした。
「……これです……」
先に動いたのはミレーヌだった。
床へ置いていた小箱から取り出したものを両手で持ち上げて、バルザックへ差し出す。
中に入っていたのは、魔道式の胸当てだった。
左右の乳房をすっぽりと包み込むように装着する淫具である。内側には魔道によって人の手を模した動きをする仕掛けがあり、装着すると乳房全体を絶えず揉み続ける。
さらに乳首の部分には、小さな蓋のような覆いがついていた。
そこを閉じれば、内側から無数の柔らかな繊毛が生え、覆われた乳首を細かく刺激し続ける仕組みだ。
「これか」
バルザックは箱からそれを取り上げ、面白そうに眺めた。
なるほど……。
ミレーヌがこれを選んだ理由はすぐにわかった。
この娘は乳房の感覚を異常なほど鋭敏に作り替えられている。
普通の女なら多少くすぐったい程度で済む刺激でも、ミレーヌにとってはまったく意味が違う。
「これを装着して、責めてもらいたいのじゃな?」
バルザックは笑った。
「あっ……いえ……」
ミレーヌの声は、聞こえるか聞こえないかというほど小さかった。
「責めてほしくないと?」
「……はい……」
顔はもう真っ赤になっている。
バルザックは、わざと笑みを消した。
「なにを言っておる──。わしが命じたのは、自分がもっとも受けたくない責め具を選べということじゃ」
「はい……」
「ならば、一番辛い責めを受けさせてくれと、自分の口できちんと言わんか──」
大声で怒鳴りあげる。
「ひっ……」
声を強めると、ミレーヌの顔が引きつった。
使ってほしくないことくらい、最初からわかっている。
だが、その本人に、自分から使ってくれと言わせる。
その理不尽さに、どんな顔をするのか……。
バルザックが見たいのは、それだった。
「言わんか──」
「は、はいっ……。つ、使ってください……」
「もっとはっきりと言え」
「これを使って、わたしの胸を責めてください……」
ミレーヌは泣きそうな顔で言った。
「なぜ、そうして欲しい──?」
畳みかけるように怒鳴る。
「き、昨日も……それを着けられて……。痒み責めで放置されて……。とても……辛かったです……」
「なるほどな。ならば、同じようにしてやろう。絶頂はさせんぞ。いくにいけないぎりぎりの心地を彷徨うだけだ。愉しみであろう」
バルザックはほくそ笑んだ。
「……は、はい……」
ミレーヌの肩が小さく落ちた。
バルザックは胸当てを箱へ戻すと、誰もいないように見える浴場の奥へ顔を向けた。
「聞こえておるな。拘束具と掻痒剤を用意せよ」
返事はなかった。
だが、それでよい。
脱衣所には召使いたちが待機していたし、この浴場でも客の求めにはすぐ応じられるよう手配されているのだろう。
バルザックは、次にフローラを見た。
「さて、おぬしはなにを選んだ?」
「……はい」
フローラは明らかに嫌そうな顔をしながら、自分の小箱へ手を伸ばした。
蓋を開く。
中から取り出したものを見て、バルザックはすぐに思い出した。
「ほう。これか」
男性の性器用の細長い金属製の尿道栓だった。
全長は指ほどで、先端は丸く滑らかに加工されている。そこから軸に向かってわずかに細くなり、根元には抜け落ちないよう小さな円盤状の留め具がついていた。
表面には継ぎ目らしいものはなく、磨かれた金属が鈍く光っている。
そういえば昨夜も、これを使って随分と可愛がってやった。男根を生やさせてから、媚薬を塗りたくって、栓をしてから激しくしごいてやった。
だが、尿道栓をされていては、どんなに射精したくても精を放つことは不可能だ。
そのときのフローラの取り乱しようまで、鮮明に覚えている。
「おぬしは、これが一番嫌なのか?」
「……はい」
即答だった。
それがおかしくて、バルザックは笑った。
「よかろう。ならば、これも使ってやる。痒み剤をたっぷりと塗ってから、男根の先端から貫いてやろう」
「……」
フローラの顔から、目に見えて血の気が引いていく。
「どうした。自分で選んで持ってきたのであろう」
「は、はい……」
「ならば、準備をせよ。自慰をして男根を出せ。出せば地獄の始まりじゃ」
「……はい……」
フローラは泣きそうな顔になりながら、自分の胸と股間に手をやって、その場で命じられた準備を始めた。
その間に、脱衣所側の扉が静かに開いた。
さきほどの男召使いのひとりが、両手に小さな木箱を抱えて早足で現れる。
中には革帯や金具などの拘束具と、掻痒剤の入った小瓶が収められていた。
男はバルザックのそばまで来ると、箱を床へ置いて深く一礼する。
「ご用意いたしました」
「うむ。下がってよい」
「はい」
男はもう一度頭を下げ、すぐに脱衣所へ戻っていった。
バルザックは床に並んだ二つの小箱と、目の前にいるミレーヌとフローラを順に眺めた。
二人とも、自分で選んだ道具を前にして、すっかり顔を強張らせている。ミレーヌは緊張をして身体を震わせ、フローラは男根を出せば惨い仕打ちを受けるとわかっていて、自慰で男根を出すために愛撫を続けている。
その惨めそうな表情がまた、ひどく愉快だった。
「ねえ、閣下、お取り込みになる前に、今日の特別囚の視察について、希望があるんですが」
そのとき、いつの間にか湯槽から身体を出し、裸身のまま縁に腰かけて膝から下だけを湯に漬ける格好になっていたイレーヌが声を掛けてきた。
「希望? なんじゃ?」
バルザックは、目の前のふたりに伸ばしかけていた手を戻した。
「最初はレイシアがいいのです。以前に少し因縁がありまして……」
イレーヌは湯槽の縁に腰掛けたまま、薄く笑った。
「因縁じゃと?」
「ええ……。だから、あの自信に充ちた女が、このサロンで従順になったなど、まだ信じられません。昨日、遠見鏡で見せてもらいましたけれど、あれだけでは足りませんの」
「ほう。それで?」
「わたし自身の目の前で確かめたいのです」
イレーヌは少し間を置いた。
「確かめる?」
「はい。あの女が女として最後まで嫌がるようなことをさせてみたい。そのときにどんな反応をするのか。従順なのか……。それとも怒るのか……。そこまでして従順になっているというのなら、わたしも納得できます」
「なるほどのう」
「だから、最初の相手を、レイシアにしていただけませんか。できれば、わたしに任せていただきたいのです」
「それはいいが。なにをするのじゃ?」
バルザックは、イレーヌを見る。
女であるイレーヌが考える女として絶対に拒絶するような仕打ちとはなんだろうか。大いに興味が湧く。
「まずは集めたい者たちがいます。ひとりは、レイシアの妹のリネア」
イレーヌが言った。
「それは問題ないよ。リネアはリネアで、余興を仕込んでいるけど、特別囚のひとりだ。レイシアとともに最初に呼ぼう」
カイネウスが即座に応じた。
「ありがとうございます、将軍。それと見物人を三十人ほど。ユーリス少佐も、ガレス大佐もいないのではつまりませんもの。できれば、レイシアの騎士時代を知っている者がいいですね」
「レイシアの騎士時代を知る者を三十人、即座に集められるかどうかはわからないが、レイシアは女騎士としても、女戦士としても有名だ。彼女の鬼神のような戦いぶりを知る者はサロンの兵にも多い。それでよければすぐに集められる」
カイネウスが即答した。
「それで結構です。観客が集まれば、浣腸具を準備して頂けますか、将軍。レイシアを拘束して浣腸をしてやろうかと思っています。でも、レイシアは動けない。そのとき、あの女がどんな反応をするのか見てみたいのです」
イレーヌが淡々と言った。
バルザックは噴き出してしまった。
そして、再び目の前の二人に視線を戻す。
「おう、そろそろ準備はできたようじゃな」
バルザックは、淫具に手を伸ばした。
【作者より】
もなか様からいただいた「浣腸」のリクエストの入口まで、やっと辿り着きました。次話以降となります。
責め苦のリクエストがあれば、感想欄からお寄せください。必ず採用できるとはお約束できませんが、検討いたします。