サロン・セルパンタンの五百日の調教記録──亡国の花と蛇の館 作:ドン・ドナシアン
「……悪趣味だな」
レイシアは鏡に映っている自分を見て、眉間に皺を寄せながら小さく呟いた。
それ以外に表現のしようはない。
レイシアは、朝から押しかけてきたアルジェたちによって、念入りに身支度を整えられていた。
「わざわざ、探してお前の礼装を手に入れてきたんだ。感謝してくれなきゃ困るね」
支度をしている女兵たちから少し離れ、壁にもたれていたアルジェが嘲笑するような口調で言った。
「じゃあ、感謝するよ」
レイシアは吐き捨てた。
このサロンへ送られて以来、衣服らしい衣服を身につけることなどほとんどなかった。しかも、女兵たちが持ってきたのは、王宮の陥落とともに失われたと思っていた、本物のレイシア自身の礼装だった。
肩の房飾りも、襟元の金具も見覚えがある。取り違えるはずがない。許されている略章さえもそのままだ。
どうやらわざわざ手を回して見つけてきたらしい。
それを身にまとわされている。
上半身だけを見れば、王国時代の祝典に出てもおかしくないほど華美な騎士服である。白地の短い上衣には金糸の刺繍が施され、肩には房飾りが垂れている。胸元には飾緒まで掛けられ、襟もとにも金属の装飾が嵌められていた。
実戦用の騎士服ではなく、戦勝式や王宮での祝典などの見栄えを第一に仕立てられた儀礼服だ。
髪も普段とは違った。
長い黒髪は丁寧に梳かれ、背中いっぱいに波打つように下ろされている。横髪の一部だけが後ろへまとめられ、大きな飾り紐で結ばれていた。
顔には薄化粧まで施された。
「髪までこんなふうにする必要があるのか」
レイシアが訊いた。
「元帥閣下のお目に掛けるんだから、綺麗にしろって命令よ」
背後に立つ女兵は、髪の形を確かめながら答えた。
「……それで、これは誰の悪趣味なんだ? カイネウスか、それとも、元帥とやらか?」
「そこまでは知らないわね」
その女兵は鏡越しに笑う。
レイシアは小さく鼻を鳴らした。
元帥の滞在中、自分たち特別囚が接待に使われることは聞かされていた。
だから、朝から身体を洗わせられ、髪を整えられ、化粧まで施された時点で、今日がその日なのだろうとは察していた。
問題は、その先だ。
鏡に映っている自分の姿を、もう一度上から下まで見る。
華美な騎士服は腰までしかなかった。
その下に続く装いには、騎士としての格式など欠片もない。
腰には身体の股間をわずかに覆うだけの小さな赤い布が沿い、膝下には金の装飾を施した細身の長靴が履かされている。
上半身は華美な礼装で、下半身は、下着にも足りない鮮やかな赤い小布が一枚。
しかも、その赤だけが白と黒と金でまとめられた姿の中で、異様なほど目立っていた。
よくもここまで、人の尊厳を踏みにじる格好を考えつくものだ。
「……これで完成か」
「まだよ」
女兵は答えると、卓上から金属の手錠を取った。
それを見て、レイシアは鏡から目を逸らした。
「やはり付けるのか?」
「当然でしょう。手を後ろへ」
別の女兵が背後へ回った。
レイシアは黙って両腕を背中側へ回した。
いまさら抗うつもりはない。
このサロンで命令を拒めばどうなるのかは、嫌というほど思い知らされている。
手首に冷たい金属が触れた。
かちり、と小さな音が二度する。
左右の手首が背中でひとつにまとめられた。
「趣味の悪い見世物だな」
レイシアが吐き捨てた。
「似合ってるよ、レイシア」
アルジェが笑う。
「……褒め言葉には聞こえない」
「褒めてるつもりはないからね」
アルジェが楽しそうに答えた。
「さて、じゃあ移動するかい。そろそろ、閣下たちがお待ちかねだろうさ」
アルジェがレイシアの周りにいる女兵たちに声を掛ける。
レイシアは戸惑った。
「ちょっと待っておくれよ。今日の矯正訓練に入るんだったら、朝の用足しをさせておくれよ。今日はまださせてもらってないんだ」
レイシアは言った。
このサロンにおいては、排泄は許可制だ。あてがわれている自室にも排泄壷はあるのだが、勝手に使用は許されず、矯正官や女兵たちの見る前ですることを義務づけられている。
しかし、今朝は支度が優先だと許可がもらえず、ずっと放尿を我慢していた。だが、このまま日中の矯正に移行するというのであれば、一度出させてもらわなければ、途中で漏らすことも考えられる。
いや、十中八九そうなるだろう。
「却下だ。支度に思ったよりも手間取ったからね。夜まで我慢するんだ……。曳き鎖をつけな」
アルジェは、レイシアの哀願を一蹴すると、女兵たちに顎でテーブルの上を指す。
女兵のひとりが先端に小さな金属のリングをつけた細い鎖を手に取った。
「くっ……わたしは排泄さえも、させてもらえないのかい」
「いまごろ、自分の立場を理解したのかよ。ここでは、お前ら王国貴族は犬猫同然だ。せいぜい、そう扱ってやるさ」
アルジェがせせら笑った。
レイシアは歯噛みした。
テーブルから細い鎖を取った女兵が、にやにやと笑いながらレイシアの前へ回ってくる。
鎖の先端には、小さな金属の輪が付いていた。
女兵はそれを摘まみ上げると、まずレイシアの首もとへ近づけた。
レイシアの首には、いつもの首環が嵌められている。その前後には、鎖や拘束具を接続するための小さな金具が取り付けられていた。
だから当然、そこへ繋ぐのだと思った。
ところが女兵は、わざとらしく首環の金具の前で手を止めると、そのまま輪を素通りさせた。
「……?」
レイシアは眉をひそめる。
金属の輪は、白い礼装の胸元をゆっくりと下っていく。
金糸の刺繍を横切り、飾緒の下を通り、さらに腰へ……。
女兵はレイシアの反応を確かめるように、わざと時間をかけて鎖を下ろしていった。
そして、その先が鮮やかな赤い小布へ近づいてくる。
「まさか──」
レイシアは息を呑んだ。
嫌な予感がした。
「あら、気づいちゃった? 前にも使った接続リングよ。好きな場所に金具を付けられる、あれ」
女兵が楽しそうに笑った。
「や、やめろ──」
レイシアは反射的に一歩下がろうとした。
だが、背中で手錠を掛けられたままでは、すぐ後ろにいた別の女兵に肩を押さえられるだけだった。
「待て──。それを、どこへ繋ぐつもりだ?」
声が、それまでよりわずかに強張った。
壁際にいたアルジェが、その様子を眺めながら口元を歪めるのが視界に入った。
「首に曳き鎖を付けるだけじゃ、せっかくの格好が台無しだろう? その赤い布に小さな切れ込みがあるのは気がついているかい? 鎖をそこから出すためにあるのさ」
アルジェのその言葉で、レイシアは鎖をどこに繋ごうとしているかを完全に理解した。
「……どこまで悪趣味なんだ──」
レイシアは左右から押さえている女兵たちを振りほどこうと、反射的に身体を捻った。
しかし、その瞬間だった。
全身から、急に力が抜けた。
「なっ……」
膝が折れかけ、左右の女兵に支えられる。
「まだ、逆らえないって分からないの? 首の後ろに埋まっている魔核がある限り、あんたはあたしたちのお人形さんも同然なのよ」
女兵が嘲るように笑った。
左側の女兵が赤布の上から陰核の部分を指で強く押して軽く揺らす。
「あっ、くっ」
それだけで、甘い衝撃が全身を駆け巡り、腰が砕けそうになった。
はっとしてアルジェを見る。
いつの間にか、その手には魔核の操作具が握られていた。
おそらく、いま起きた身体の変化も、魔核による制御なのだろう。
「卑怯だぞ──」
「今更?」
アルジェが楽しそうに口元を歪めた。
正面の女兵が下腹部の赤布の正面に鎖の先のリングを差し込んできた。
確かに、小さな切れ込みが入っていた。そこから潜らせたリングをレイシアのクリトリスにぐっと押しつけてくる。
「ああっ、いやっ」
レイシアは身体を引こうとした。
しかし、力の抜けた身体では思うように動けない。左右の女兵に支えられ、その場から逃れることもできなかった。
クリトリスに極細のリングが貫くのがわかった。
「んぐうっ」
レイシアは腰を前に突きだして呻き声をあげた。
思わず身体を強張らせる。
女兵がリングから指を離す。
いまは、赤い布の切れ込みから細い鎖だけが伸びている状態になった。
女兵がその鎖を手に取り、具合を確かめるように布の切り込みから出ている鎖を引っ張った。
「あぎいいっ──引っ張らないでくれ──」
レイシアは歯を食いしばって耐えた。
「ふふ、しっかりと喰い込んでいるね」
女兵が手を緩める。
レイシアはたったそれだけで、すでに精根尽きたようになってしまった。クリトリスにリングを繋げられて引っ張り回される──。何度受けても、この責め苦だけは慣れるということはない。
「これで完成かい?」
アルジェが満足そうに言った。
レイシアは肩で息をしている。すでにレイシアの息はかなりあがってしまっていた。
「いや、まだかな。最後に紅を塗ってあげましょうよ。精一杯のお洒落だし」
すると、たったいまレイシアのクリトリスにリングを繋いだ女兵が、曳き鎖をアルジェに渡しながら言った。
「紅? 唇には塗ったろう。まだ塗るのかい?」
アルジェが首を傾げている。
「いえ、ここですよ、ここ。ここにも塗りましょう。裁ち鋏もあるし、礼装をくり抜いちゃいましょうよ」
その女兵がくすくすと笑いながら、レイシアの礼装の上から乳首のある場所をつんと突いた。
「うわっ、なにをする──」
レイシアは思わず声をあげた。
しかし、女兵はそれを無視して、卓上から裁ち鋏を取る。
「じっとしてなさいよ」
そう言うと、レイシアの礼装の胸元を指先で摘まみ、布地を身体から少し浮かせた。
しゃきん、と乾いた鋏の音が響く。
あっという間に、白い礼装の胸元に、丸い穴がひとつ開いた。
当然だが、レイシアは礼装の下には一枚の布すら身につけさせてもらってない。穴から乳首が露出した。
「なっ……」
レイシアが呆然としているうちに、女兵は反対側にも鋏を入れた。
しゃき、しゃき、と容赦なく布地が切り取られていく。
ほんのわずかな時間で、王国時代から大切に使っていた礼装の胸元には、左右対称の穴が二つ開けられてしまった。
「へえ。ある意味、全部脱がせるより悪趣味かもね」
「元帥閣下たちも喜ぶだろうさ」
女兵たちがどっと笑った。
その笑い声を聞いた瞬間、レイシアの頭にかっと血が上った。
自分自身を侮辱されるだけなら、まだ耐えられた。
だが、これはかつて近衛隊の一員として身につけ、王宮の式典にも出席した礼装だ。
それを目の前で玩具のように切り刻まれている。
「こんな愚弄をするくらいなら、いっそのこと全部脱がせろ──」
レイシアは堪えきれず声を張り上げた。
「ふふ。そこまで喜んでもらえるなら、わざわざ礼装を探してきた甲斐があったさ」
アルジェが股間に繋がっている鎖をぐいと強く引く。
「ああっ──」
レイシアはその場で身体を仰け反らせてがくがくと身体を激しく波打たせた。
後ろ手を拘束されたままでは身体を支えることもままならず、必死に脚を踏ん張る。
周囲から、また女兵たちの笑い声が上がった。
「なんだい、レイシア。悲鳴をあげながらも、しっかりと赤布を濡らしちまっているじゃないかい。見下げ果てた身体になったものだよ」
そのときアルジェが鎖を緩めながら大笑いした。
「……え?」
レイシアは愕然として自分の身体を見下ろした。
すると、確かに薄い赤布の股間に当たっている部分に丸い大きな染みができていた。
しばらく、言葉が出なかった。
羞恥より先に、信じられないという思いが込み上げてくる。
自分の意思とは無関係に身体だけが反応している。
それを女兵たちの前で指摘されたことが、何よりも堪えた。
顔が熱くなる。
否定する言葉さえ浮かんでこない。
「さて、仕上げね」
先ほど礼装を切った女兵が、今度は紅の入った小さな容器と細い筆を取り出した。
「まだやるつもりか……」
「ここまでやったんだから、最後まで綺麗にしないとね」
女兵は楽しそうに筆を手に取った。
筆の刺激が子宮にまで響き、しばらくのあいだレイシアは翻弄され続けた。
レイシアは唇を噛み、ひたすら耐えた。
女兵たちは時折出来栄えを確かめては、互いに何かを言い合って笑っている。
やがて作業が終わったらしく、筆が卓上へ戻された。
「うん。これなら閣下たちの前へ出しても恥ずかしくないわね」
「さあ、今度こそ準備完了だ。行くよ」
アルジェはそう言うと、身体を反転させた。
手にしていた曳き鎖を、何気ない仕草でひょいと肩へ載せ、そのまま扉へ向かって歩き出す。
「んぎいぅ、いやあっ──」
レイシアは反射的に爪先立ちになり、慌てて脚を踏み出した。
アルジェは振り返ることすらない。
「あっ、ああっ、ま、待ってくれ──」
後ろ手錠のまま、レイシアは懸命に足を前へ運ぶ。
アルジェとの間隔を少しでも開ければ、曳き鎖がすぐに張ってしまう。
だから、必死になって歩調を合わせるしかない。
だが、アルジェはそんなレイシアの事情など知ったことではないと言わんばかりに、大股で廊下に出る扉に向かっていく。
それどころか、鎖を前へ引きながら、わざと歩調を速めた。
レイシアは身体を強張らせながら、必死になってその後を追う。
「なんだい、その慌てぶりは」
「ほら、しっかりと歩きな、騎士さん」
周囲の女兵たちが、また一斉に笑い出す。
レイシアは何も言い返せなかった。
ただ歯を食いしばり、アルジェから遅れまいと脚を前へ出し続けるだけだった。
「あ、そうだ。ひとつ忘れてた」
扉の前でやっと、アルジェが足を止めた。
「……途中で余計なことを喚かれると面倒だからね。口も塞いでおこうか」
女兵のひとりが、卓上に残されていた穴あきのボールギャグを手に取る。
「……はあ、はあ……そ、それまで必要なのかよ?」
「必要だから付けるんだよ」
アルジェが笑った。
レイシアはなにか言い返そうとしたが、もうまともな言葉にはならなかった。
開いた口の中に球体の口枷が押し込められて、頭の後ろでしっかりと固定される。
「さあ、行くよ」
アルジェが肩に載せている鎖を無造作に引っ張った。
レイシアは泣き声をあげてしまった。
しばらく、アルジェに股間を引っ張られて二階の廊下を進んでいった。
少しでも歩調が遅れれば曳き鎖が張るため、口枷を噛まされたまま、必死に足を運ぶしかない。
やがて、いつもの特別囚区画から外れた場所へ入った。
同じ二階ではある。
だが、こちらまで連れてこられた記憶はなかった。
視線の先には、ひときわ大きな両開きの扉が見えている。
「着いたよ」
その前まで来たところで、ようやくアルジェが足を止めた。
レイシアは肩で息をしながら、目の前の扉を見上げた。
女兵たちが、大きな扉を左右へ開いた。
その瞬間、広い室内から歓声とも野次ともつかない声が、どっと押し寄せてくる。
緊張が全身に走った。
中には、大勢の男兵たちがいた。
三十人──いや、そんな数ではない。
五十人……いや、もっといる。
広い室内を埋め尽くすように、男兵たちがひしめいていた。どう見ても百人近い。
そのほとんどが部屋の中央を取り囲むように集まっている。
全員が立ち上がり、腕を振ったり、身を乗り出したりしているため、人垣の向こうに何があるのかは見えない。
いったい、なにを見ている──?
そう思った、そのときだった。
人垣の中心から、ひときわ甲高い笑い声が響いた。
レイシアの身体が強張る。
聞き覚えがあった。
聞き間違えるはずがない。
「んぐうううっ──」
レイシアはその場で、口枷越しに絶叫した。