サロン・セルパンタンの五百日の調教記録──亡国の花と蛇の館 作:ドン・ドナシアン
「おい、どけっ──」
アルジェが男たちの集まりの後ろから一喝した。
中央を取り囲んでいた男兵たちが気がつき、後ろ側から一角が左右へ割れ始める。
人垣の向こうが見えた。
レイシアは目を見開いた。
やはり、妹のリネアだった。
このサロンに囚われていることは知っていた。だが、姿を見るのは初めてだ。改めて、リネアの存在を目の当たりにすると、愕然とした感情に包まれる。
リネアは二本の鉄柱のあいだに、両腕と両脚を大きく開いた姿勢で固定されていた。一糸もまとっていない全裸だ。
その周囲を、五人の男兵が取り囲んでいた。
一人が脇腹へ指を走らせる。
一人は長い鳥の羽根を手にしていた。
別の男は足元へ屈み込み、羽根の先を忙しなく内腿で動かしている。
五人がかりで男たちがリネアの身体をくすぐり続けているのだ。
かなり前から続けられているのだろう。
リネアは全身を汗に濡らしていた。
額から流れた汗が頬を伝い、顎の先から床へ落ちる。首筋にも汗が浮かび、身体を激しく捩るたびに細かな滴が飛んだ。
涙も止まっていない。
目尻から流れ続けた涙で、頬はすっかり濡れている。
「あはっ……あははははっ──ひっ、ひぃっ──」
笑い声まで掠れていた。
長く声をあげ続けたせいなのか、甲高い笑いの途中に、乾いた息だけが漏れる瞬間がある。
口元からは唾液が垂れ、顎を濡らしていた。
リネアは必死に息を吸おうとする。
大きく口を開き、ようやく空気を吸い込んだ直後だった。
「あはははははっ──」
また笑い声が弾ける。
肩が跳ねる。
身体が大きく捩れる。
そして、すぐにまた息を求める。
「もう……やめ……あははははっ──」
懇願すら最後まで続かない。
胸は激しく上下し、脚も震えていた。
笑っているのではない。
笑わされ続けている。
それも、ほんの数分ではない。
枯れかけた声。
途切れ途切れの呼吸。
おそらく、自分たちがここへ来るずっと前から続いている──。
「んぐっ……」
口枷の奥で、低い声が漏れた。
怒りより先に、寒気が走った。
いったい、どれだけ長く。
そう考えた瞬間、レイシアは憤怒でまともに息ができなくなった。
「あはっ、あはははははっ──や、やめっ、あははははははっ──」
リネアの笑い声が弾け続ける。
楽しげな笑いではない。
逃れようとして身体を捩り、肩を震わせ、頭を左右へ振っている。
それでも、固定された四肢はほとんど動かせない。
「そこだ」
「もう少し頑張れよ──。今夜の酒代がかかってんだ──」
「止めるな、続けろ──。出せ。小便しろ──」
周囲から声が飛ぶ。
そのたびに、男たちの指と羽根が動いた。
「あはははははっ、ひっ、ひぃっ──もう、やめっ、あはははははっ──」
リネアはなおも必死に身体を捩っていた。
だが、四肢を固定された姿勢では逃げることも、身体を縮めることもできない。
「んぐうううっ──」
レイシアは口枷を噛んだ。
前へ出ようとした。
その瞬間、股間に繋がった鎖が強く引かれた。
「どこに行くんだよ。しばらく見学だよ」
身体が止まる。
前に立っていたアルジェを追い越す直前に、クリトリスに繋がっている鎖が逆に引っ張られて、激痛が股間に迸った。
「んんっ、んんんんっ──」
腰が砕けてその場にしゃがみそうになるのを辛うじて脚を踏ん張って耐える。
そのときだった。
リネアが顔を上げた。
涙に濡れた目が、まっすぐこちらを向く。
視線が重なった。
リネアの表情が変わった。
「おね──」
“お姉ちゃん”を呼ぼうとしたのだろう。
しかし、その声も途中で途切れた。
「あはははははははっ──」
再び笑い声が室内へ響いた。
男兵たちから歓声があがる。
「ああ、そろそろ終わるぜ。頼む、小便してくれ──」
「ふざけるな。耐えろよ──。俺は三巡目に賭けてんだ」
歓声のなかから、そんな野次を耳に捉えた。
はっとなる。
よく見れば、リネアの足元には木桶が置かれ、その周囲の床までかなり濡れている。そばのテーブルには、砂を落とし続けている砂時計と、たくさんの水差しが並んでいた。
胸の奥で、なにかが音を立てて切れた。
ここにいる男たちは、リネアをくすぐり責めにして苦しめているだけでなく、水を飲ませ、いつ失禁するかを賭けの対象にしているのだ──。
リネアがこのサロンでどんな目に遭っているのかは知らない。
だが、たったいまの光景に触れただけで、それがどんなに苛酷で、屈辱的なものなのかは悟れる。精も根も尽きたと思っていたレイシアの中に、凄まじいほどの怒りが込みあがってきた。
「んぐううっ」
レイシアは駆け寄ろうとした。
抵抗する手段のない若い娘に対する目の前の男たちの仕打ちがどうしても許せなかった。
アルジェが握っている鎖でクリトリスが引かれて、気が遠くなるような激痛が股間を貫く。それでも無理やりに前に出た。身体を捩って、強引に鎖を引っ張る。
「うわっ、なんだ、こいつ──」
アルジェが戸惑った声をあげた。
鎖がするりと、アルジェの手から抜ける。
だが、駆け寄ろうとしたところを足をかけられて、転ばされた。跪いた身体を強引に押さえつけられた。
「あはっ、あはははははっ──ひっ、ひぃっ、あはははははははっ──」
リネアの笑い声が、もはや悲鳴と区別のつかないものになっていた。
息を吸おうとしても、身体がまた跳ねる。
頭を振り、必死に身体を捩る。
やがて、リネアの表情が変わった。
「ひひゃはははは──あはははあ──いや……だ……あはははは──」
掠れた声が、かろうじて漏れた。
次の瞬間、身体から急に力が抜けた。
「あはっ……あはは……は……」
それまで激しく響いていた笑い声が細くなり、リネアは項垂れた。
足元に向かって、股間からじょろじょろと放尿が落ち始める。
「よっしゃ──。今度は砂時計二回目だ──」
「くそったれが──。もう少し頑張らねえかよ──」
「かああっ──今度こそだ──。おい、また水飲ませろ──。ちゃんと利尿剤混ぜとけよ──」
男たちのくすぐりが中断するとともに、周囲からもどっと声があがった。
リネアは、笑いの発作から解放され、肩で息をしながら呆然となっている。涙に濡れた顔を伏せたまま、唇を震わせている。その一方で股間からは激しい放尿が迸り続けている。
「ああ……いやあ……」
その小さな声だけは、今度は笑いに消されなかった。
レイシアは目を見開いた。
男たちの歓声など、もう耳に入らなかった。
頭の中が真っ白になった。
「いや、時間切れだ。余興は終わりじゃ。主役が到着したようじゃ」
そのとき、部屋にひとりの男の声が鳴り響いた。
歓声を上げていた男たちが一瞬にして黙り込み、しんとなる。
「……行くよ」
アルジェが声を掛けて、レイシアはその場に立たされた。
リネアが拘束されている中央に連行される。
そこには、リネアを挟んでいる二本の金属柱と同じものが、その隣にも一組、床から天井まで伸びていた。
柱には、手首と足首を固定するための枷が取り付けられている。
レイシアはそこまで連れていかれると、縄を一度解かれて、リネアと同じように両腕と両脚を大きく開かされ、そのまま四肢を枷で固定された。
両手首と両足首が動かなくなる。
身体を捩ってみても、金属の柱はびくともしない。
「ああ、お姉ちゃん……」
隣から、掠れた声がした。
レイシアは顔を向けた。
リネアが涙に濡れた顔で、こちらを見ている。すでに失禁は止まっているが、股間を拭いてくれる者もなく、まだ雫がポタポタと落ちている。
「本当に……お姉ちゃんだ……」
「んんっ……」
レイシアは口枷越しに声を返した。
言いたいこともある……。聞きたいこともある……。
しかし、いまこの瞬間は名前を呼ぶことさえできない。
「会いたかった……」
リネアの目から、また涙が零れた。
レイシアは、必死に何度も頷く。
また、それまで中央を取り囲んでいた男兵たちは、いつの間にか左右へ分かれていた。
正面が大きく開けている。
そこには三つのソファが並べられ、それぞれにひとりずつ男女が腰掛けていた。
向かって右側にいるのは、カイネウスだった。
中央の年配の男には見覚えがなかった。
体格のいい男だった。
ただ腰掛けてこちらを見ているだけなのに、周囲の兵たちとは明らかに雰囲気が違う。
そして、左端に座っているのは三十前後の女だった。
こちらも名前は思い出せない。
ただ、どこかで見たことがある気はした。
しかし、記憶を辿ろうとしたが、どうしても思い出せない。
だが、それ以上にレイシアの目を引くものがあった。
中央の年配の男の後ろに、二人の若い娘が立っている。
身体には、胸元と腰元を隠す小さな赤布を垂らしているだけだった。
ひとりはすぐにわかった。
ノエラ──。
かつて騎士見習いだった娘だ。
もうひとりには直接の面識はなかったが、それでも、顔には覚えがあった。
たしか、リネラ男爵家の令嬢だったはずだ。
名前は……リディ。
そうだったと思う。
レイシアは二人を見つめた。
この娘たちまで捕らえられていたのか。
そんな思いが胸をよぎる。
「もしかして、わたしのこと覚えてない?」
不意に、左端の女が口を開いた。
どこか不愉快そうに鼻を鳴らしながら、レイシアを見ている。
レイシアは女へ視線を戻した。
やはり、見覚えはある。
だが、名前が出てこない。
「ちょっと、やる気になったわ……。元帥、このふたりの浣腸ショーを始めましょう……。リネア、さっきも言ったけど、レイシアが来たから、早速開始するわよ」
女の眉間に皺が寄った。
それはともかく、“かんちょう”……?
そう言った?
「ああ、いやです、お許しを──」
リネアが泣き叫びだした。
レイシアは眉をひそめた。
どうやらリネアは、これからなにをされるかわかっているようだ。
そして、その女が中央の男を元帥と呼んだことで、やっとその男がサロンを訪問すると教えられていた重要な客人であることがわかる。
「ふふ、怪訝に思うことはないわ。聞いたところによると、あんたも妹も、アナルセックスの経験は、まだのようじゃない。だから、どっちかひとりにやってもらおうと思っているの。この場でね」
すると、立ちあがったその女がレイシアの前にやって来て、冷笑を向けた。
レイシアは一瞬呆然となってしまったが、すぐに、顔から血の気が引いた。
「んんっ──」
すぐに激しく首を横に振る。
冗談ではない。
自分がやるのも、リネアにやらせるのも、どちらも受け入れるつもりはなかった。
「……ああ、アルト……」
そのとき、リネアの口からほんのかすかに、小さな呟きが聞こえた。
アルト……?
しかし、すぐにその名に思い当たる。
リネアが恋をしている騎士見習いの青年の名前だった。レイシアは騎士団から離れて近衛団に所属していたし、リネアとは意図的に距離を取っていたので、面識はないが、アルトの存在は知っていた。
横を見ると、リネアの顔色は真っ蒼だ。恐怖で小さく震えてもいる。
レイシアは、覚悟を決めた。
「んっ、んんっ」
目の前の女の顔を見て、繰り返し頷く。
リネアにはやらせない。
すべての責め苦は、自分が受けよう。そう決めた──。
「おっ、なにか言いたいことがあるのかい?」
アルジェが寄ってきて、頭の後ろの留め具を外して、レイシアの口からボールギャグを外した。大量の涎とともに、それが引き抜かれる。
「はあ、はあ……。わたしが……わたしが受けると……。リネアはもういいだろう……。部屋に戻してやっておくれ」
レイシアは言った。
「……ああ、お姉ちゃん……」
リネアが泣きそうな顔でレイシアに視線を向けた。
すると、さっきから敵意のある視線でレイシアを見ている正面の女が面白くなさそうな顔で鼻を鳴らす。
「ふん、悟りきった態度は気に入らないわね……。ところで、さっきから腰を落ち着かなく動かしているみたいだけど、どうかしたのかしら?」
女がレイシアの顔を覗き込むように見る。
「ふふ、レイシアは小便がしたいのさ。朝の支度に手間取っちまってね。仕方なく小便は我慢してもらったというわけさ。アナルセックスを教え込むのもいいけど、先に小便をさせてやってくれるかい」
レイシアの少し後ろにいるアルジェが言った。
口惜しさで奥歯を噛みしめる。だが、アルジェの言葉の通りだった。普段なら朝にさせてもらっていた放尿をさせてもらえなかったことで、かなり尿意が込みあがっていた。
それをどうやって、訴えればいいか困っていたのだ。
「ああ、そういうことなのね。だったら、早く言えばいいのに……。その妹がさんざんに失禁した木桶でいいんじゃない。それを誰かあてがってやってよ」
女が女兵を見る。
アルジェと一緒に来た女兵は動き出す気配がした。
「いや、待て、イレーヌ──」
そのとき、ソファに腰かけている元帥が声をかけてきた。
「どうしました?」
女──イレーヌ──が後ろを振り返る。
元帥がカイネウスになにかをささやいた。すると、カイネウスが女兵のひとりを呼び、すぐにその女兵が部屋の外に駆け出していく。
「今度、王都で大規模な戦勝の宴が開かれることになっておってな。旧王国の属国だった国々からも、大使どもを招くそうじゃ。ちょうど、その余興をどうするか考えておったところじゃ。その格好なら都合がいい」
元帥はソファに腰掛けたまま、レイシアの姿を眺めた。
「……なに?」
レイシアは眉をひそめた。
「名のある近衛将校だったそなたが、王国の旗を汚すところを映録球に収める。それを宴席で再生してやれば、なかなか愉快な見世物になるじゃろう」
レイシアは呆然となった。
一瞬、言われた意味が理解できなかった。
だが、すぐに我に返る。
憤怒で、頭に血が昇るのを感じた。
そのとき、さっき部屋の外へ出ていった女兵が戻ってきた。
腕には折り畳まれた大きな布を抱え、もう片方の手には水晶具を持っている。
女兵はレイシアの前まで来ると、その布を床へ広げた。
王国の旗だった──。
「なっ──」
レイシアの目が大きく見開かれる。
旗は、そのまま拘束されているレイシアの足元へ敷かれた。
さらに正面には三脚が立てられ、その上に水晶具が据えつけられる。
レイシアもその道具は知っていた。
映録球──。
魔道によってその場の光景を記録し、あとから立体的な映像として再生するための、ごく一般的な記録具だ。
元帥が言ったことが、ようやく完全な形で理解できた。
「ふ、ふざけるな──。馬鹿にするのも大概にするがいい。わたしをどこまで愚弄すれば気が済むのだ」
レイシアは激昂のまま怒鳴った。
胸の奥から込みあげる怒りを抑えることができなかった。
王国の旗を前にして、それを辱める姿を記録される。
しかも、それを王都の宴席で、かつて王国に従っていた国々の使節の前に晒すという。このふざけた近衛将校の礼装さえも、その嘲笑の材料になるのだろう。
到底、受け入れられる話ではなかった。
「いやか?」
元帥がレイシアを見る。
「断る。そんな真似をするくらいなら、なにをされても構わない」
レイシアは元帥を睨みつけた。
元帥はしばらく黙ってその顔を眺めていたが、やがてわざとらしく眉を寄せ、小さく首を横に振った。
「……仕方ないのう……。では、姉がその気になるまで、妹のくすぐりを再開してやれ」
そして、視線をリネアの方へ向ける。
一瞬の静寂──。
その直後、周囲の男兵たちから、わっと歓声があがった。
さっきまでリネアを取り囲んでいた男たちが、慌ただしく動き始める。
「ああ、いやです──。お姉ちゃん──」
リネアが悲痛な声をあげた。
レイシアの顔から、一瞬にして怒りが消えた。