サロン・セルパンタンの五百日の調教記録──亡国の花と蛇の館 作:ドン・ドナシアン
094 満たされない渇き【第32日】
三日も続ければ、もう少し満たされるものだと思っていた。
オクタヴィアは木箱に腰をおろして、床に仰向けにされたクラウディアを見下ろしながら、そんなことを考えていた。
右手首と左足首、左手首と右足首。
四肢は背中側で交差するように束ねられ、伯爵令嬢の身体からは、ほとんど自由が奪われている。一糸まとわぬ素っ裸。昨日の昼頃までは全身が汗にまみれていたが、いまは下腹部に焼印で刻んでやった〈雌畜紋〉の少し下の──女性器だけが止めどない涎を垂らすかのように、愛液を流すほかは、肌の汗もすっかりと干上がっている。
なにしろ、ほとんど水も飲ませてないからだ。
睡眠も許してない。
気絶はするが、すぐに電撃で覚醒をさせている。
呼吸も、三日前とは違っていた。
浅く、速い。
短い息を何度か繰り返したかと思えば、突然、足りなくなった空気を取り戻そうとするように大きく吸い込む。そのたびに胸が大きく上下し、乾いた唇の隙間から、かすかな息が漏れていた。
この三日間、オクタヴィアとクラウディアとの、つきっきりの拷問が続いていた。
それでも、まだ折れてはいない。
そこが、気に入らなかった。
いや──。
オクタヴィアは、自分の胸の内に浮かんだ言葉を、すぐに打ち消した。
気に入らないというだけではない。
三日前までは、もっと単純だった。
王国貴族が憎かった。
かつて自分たちの上に立ち、属国の人間を人とも思わず、その身分と権力を当然のものとして享受していた連中。そのひとりであるクラウディア=フォルクスが、自分の前で誇りを失っていく姿を見届けたかった。
そのはずだった。
だが、三日間、こうしてクラウディアだけを見続けているうちに、それだけでは説明できないものが胸の内に生まれていた。
もっと見たい。
もっと自分を意識させたい。
もっと、目の前のクラウディアを、オクタヴィアだけで埋め尽くしたい。
次になにをされるのか。
いつ終わるのか。
どうすれば許されるのか。
クラウディアの頭の中を、そんな問いだけにしてやりたかった。
抵抗することも、憎悪することも、恐怖することもできない、ただの〈もの〉になりさげる。
そして、その答えを与えられる人間を、自分ひとりにする。
オクタヴィアは、その感情にまだ名前をつけていなかった。
「……聖女、辛いわよねえ。なにをして欲しい?」
目の前に転がっている女体の裸に向かって声を掛ける。
昨日の朝までは、刺激を遮断する〈遮断栓〉を耳に装着させて、一切の音を伝声具越しの言葉のみにしていたが、いまはさせてない。
この部屋にいるのは、目の前のクラウディアとオクタヴィアだけだ。ほかに音は存在しない。〈遮断栓〉の意味はないからだ。
ただし、目隠しはさせたままだ。
クラウディアにさせた布は、ずっと装着をさせて一度も外させてない。クラウディアはこの三日、一切の光を感じていない。
「……水が飲みたい? 眠りたい? それとも、わたしを殺したいかしら?」
答えはないが、クラウディアがわずかに身じろぎをした。
口を開くことはできるが、喋ることは許してない。喋れば懲罰だ。いろいろと試したが、呼吸を遮断するのが一番堪えるようなのでそうしている。呻き声ひとつでも漏らせば、薄布を顔に被せて上から水をかけるのだ。
そして、窒息寸前まで放置する。
水は飲ませてないが、そのときだけは、水を吸い取ることはできる。最小限以下だが、クラウディアは水分を吸収して、まだ苦悶の時間が長引くことになるというわけだ。
「でも、希望があるということは生きているということよねえ。わたしは、聖女のあなたが、生きながら死ぬのを見たいの。希望さえも心に抱くことができなくなって、苦痛だけを待ち望む〈
オクタヴィアは、床に置いていた操作具を拾い、クラウディアのクリトリスに喰い込んでいるクリリングに繋がっている鎖を引きあげた。
「……っ」
クラウディアの口からは悲鳴は洩れなかった。
ただ必死に歯を喰いしばる表情だけがある。
もっとも、初日のときには同じことをすれば、クラウディアは激痛に呻きながら、必死に股間を宙に持ちあげて激痛をかわそうともがいたものだ。
いまは腰は全く動かない。
激痛が加わっても、持ちあげる体力さえないのだ。
その代わり、呼吸だけが怖ろしく速くなる。
クリリングを引きあげれば、電撃の合図だ。
正確に二十回、自動的に連続で股間に電撃を続ける。そのときに、呻きをほんの少しでも漏らせば「懲罰」だ。
オクタヴィアはそのまましばらく待つ。手の中にある操作具にある魔道紋のひとつに触れれば、電撃が連続で開始する。おそらく、クラウディアもそれを待っているはずだ。
電撃さえ始まれば、二十回で苦悶が終わるのだ。
しかし、オクタヴィアはすぐには、押してやらない。
苦悶を待つ時間──。それを限界まで……いや、限界を越えようとも、伸ばしてやる。そうすれば、クラウディアはやがて、電撃の苦悶がないことよりも、苦悶が始まることを心から待ち望むようになる。
そして、すでにそうなりつつある。
クラウディアの股間から、また愛液が滴り始めた。
〈雌畜紋〉により、この苦悶を快楽に変えられているのだ。
もはや、クラウディアは、自分が苦しんでいるのか、悦んでいるかさえ、曖昧に違いない。
オクタヴィアは、操作具を握っている手の親指を、魔道紋のひとつに触れさせた。
もう操作具を見る必要すらない。
三日も繰り返していれば、どこになにがあるのか、指の方が覚えてしまっている。
クラウディアの身体が、わずかに弾けた。
一度──。
二度──。
三度──。
そのたびに、クラウディアの鼻から強い息が噴き出す。
しかし、口から呻き声は漏れない。
耐えている……。
オクタヴィアは、クラウディアの様子をじっと眺め続けた。
十回を越えたところで、傍らに用意していた長い棒を手に取る。その先端には、柔らかな羽根が取りつけられていた。
これまで、こうしたくすぐりを混ぜたことはない。
クラウディアは、どういう反応をするだろうか。
オクタヴィアは興味を覚えながら、棒の先をゆっくりと近づけた。
羽根の先で、惨いほどに吊り上げられているクリトリスをくすぐってやる。
「んぐううっ」
クラウディアの身体が、面白いほど大きく弾けた。
それだけでなく、まとまった愛液を数射吹き飛ばした。
潮か──?
オクタヴィアは思わず目を細めた。
この期に及んで、まだそんな反応をするだけの余力が残っていることの方が意外だった。
これもまた、魔核と〈雌畜紋〉の力なのだろうか。
そのあいだも、股間への電撃は続いている。
クラウディアは耐えられなくなったかのように、甘い苦悶の呻きを電撃のたびに繰り返し、絶頂のような仕草を繰り返した。本当に気をやったのかどうかはわからない。
そんな体力が残っていることさえ、いまのクラウディアを見ていると信じ難かった。
やがて、決めていた二十回が終わった。
クラウディアの表情から、ほんのわずかに力が抜ける。
安堵した。
オクタヴィアには、そう見えた。
「声を出せば懲罰と言ったはずよ」
オクタヴィアは、クラウディアの顔に薄い布を被せて、横にある水差しで水をかけた。口のところが膨らんだり、縮んだりするが息は吸えてないだろう。
一方で、ちゅうちゅうと布から水を吸い取ろうとしている音も始まる。
これは意思ではない。
極限まで追い詰められた身体の乾きが、本人の意思とは関係なく起こしている反応なのだろう。
「声を出すなと言ったはずよ。水を吸う音もね」
オクタヴィアは濡れた布で息を止めさせたまま、再び操作盤に指を触れさせて股間への電撃を再開した。
電撃が始まると、クラウディアは身体を弾かせ始める。
今度も十回を過ぎたところで羽根で股間をくすぐる。
今度は、クラウディアは声を出さなかった。
だが、女性器だけが別の意思を持っているかのように、痙攣をしながら愛液を噴きこぼす。
オクタヴィアはその反応には呆れるとともに、驚いてしまった。
そして、二十回の電撃が終わる。
オクタヴィアは、顔の布を外した。股間を吊り上げている鎖も緩める。
クラウディアが盛大に呼吸を始めた。
だが、すぐに布を被せ直して、水をかけ直した。
口のところの布が生きもののように動き出す。しばらくしてから、布を取る。しかし、呼吸を許す前にすぐに布を被せる。
息が吸えるという希望を潰すのだ。
同じことを十数回繰り返した。
やっと完全に布を外してやる。
クラウディアはすぐに息をしなかった。しかし、間があって盛大に息を始めた。
「苦しいわよね。でも、大丈夫よ。この苦悶にお前は順応しているもの。やがて、苦しみもなくなるわ……。苦しみを自覚できなくなるの。そして、完全に毀れてしまった、かつて聖女と呼ばれたこともある生きた屍がそこにあるだけ……」
オクタヴィアは、クラウディアに話しかけた。
そのときだった。
クラウディアの唇がわずかに動いたと思った。
「……殺して……」
かすかな声……。
「喋るなと言ったはずよ。言葉は許してない」
オクタヴィアは布を顔の上に戻すために、持ちあげ直す。
「……殺して……。お願い……」
また、クラウディアの唇が震える。
「じゃあ、死んでみるのね」
布を顔に被せて水をかける。
再び、布が動き出す。息は吸えてない。
クリリングを引きあげて、すぐさま電撃を開始した。
クラウディアの股間が弾けるように動きだす。
呻きはない。
相変わらず、布を吸う音だけが響く。
オクタヴィアは、途中で水をかけ直す。布は外さない。
やがて、二十回の連続電撃が終わった。
すぐに、操作具で二十回の電撃を再開する。
二度目の二十回が終わった──。
クラウディアがもがきだす。
布は外さない。
そのまま、連続三度目の二十回を始める。
「んぐうっ、ぐうっ」
クラウディアが大きく呻いた。
この呻きはもはや、意思の外だろう。
クラウディアの裸身ががくがくと激しく震えだす。
それでも布は外さない。
その代わりに、水をかける。
濡れている限り、息はできない。
クラウディアの身体が、三度目の二十回の途中で動かなくなる。
オクタヴィアは、やっと布を外した。
クラウディアの激しい息が復活する。
しかし、まだ意識が戻った気配はない。
完全に失神していた。
それでも、息は吸っている。
魔核の力だ──。クラウディアの首の後ろに埋められている魔核は、死ぬことさえ容易にはできない。
それを見下ろしながら、オクタヴィアはしばらく黙っていた。
これを見たかったはずだった。
三日前にはまだ、自分に向かって憎悪を見せ、必死になって抗っていた女が、いまはこうして目の前に転がっている。
ついには、死ぬことさえ哀れに望んだ。
なのに──なにかが足りない。
胸の奥に、奇妙な渇きがあった。
水を欲しがるような身体の渇きではない。
もっと深いところに開いた穴が、なにを注ぎ込んでも満たされないような感覚だった。
クラウディアを苦しめれば、それが埋まると思っていた。
誇りを奪えば──。
希望を奪えば──。
自分のことしか考えられなくしてしまえば──。
そうすれば、いつか満足できると思っていた。
だが、足りない。
まだ足りない。
そのことが、無性に腹立たしかった。
そして、ふと奇妙な考えが頭をよぎった。
もし、そこに転がっているのが自分だったら──。
そこまで考えて、オクタヴィアは眉をひそめた。
馬鹿馬鹿しい……。
それなのに、いまの一瞬の想像はなんだったのだろう。
しかし、胸の奥に残った奇妙なざわめきだけが消えてくれない。
嫌悪とも違う。
愉悦とも違う。
その正体がわからないことが、ひどく不愉快だった。
「……どうしてよ」
オクタヴィアは小さく呟いた。
意識のないクラウディアからは、当然、答えはない。
布を掛けることなく、クラウディアの顔に水をかけた。
クラウディアがわずかに身じろぎした。
「どうやら、死ねなかったようね。残念だわ。じゃあ続きを始めようかしら」
この女はもうすぐ毀れる。
オクタヴィアには確信があった。
おそらく、もう毀れかけている。
しかし、この女が毀れた後に、なにが残るのか……。
不愉快な心の渇きが、オクタヴィアの中で大きくなる。
「あ、ああ……ああ……」
クラウディアが全身を小刻みに震わせながら、失禁を始めた。
ろくに水も飲んでないのに、放尿ができるのが不思議だったが、驚いたことに、さらに大便まで垂れ流し始めた。ほとんど水便ですぐに終わったが、クラウディアには、自分が排泄をしてしまった自覚がないように思えた。
終わったところで、クラウディアの身体に水をかけて流し、床の汚物も流す。
もともと、拷問部屋であるここには、排便や血を洗い流す機能が床にあるのだ。
「あなたが完全に毀れるまで、もう少しね、聖女」
オクタヴィアは木箱に座り直した。
そのとき、突然に部屋の扉が外から乱暴に開かれた。