サロン・セルパンタンの五百日の調教記録──亡国の花と蛇の館 作:ドン・ドナシアン
扉が乱暴に開かれた。
オクタヴィアは驚いて顔を上げた。
なにごとかと思う間もなく、開け放たれた扉からカイネウスが姿を現す。その後ろには、隻眼のアルジェと、大勢の女兵たちが控えていた。
一瞬、なにが起きたのかわからず、オクタヴィアは唖然となった。
しかし、すぐに怒りが込みあがってくる。
「ここは、わたしだけに任せると許可をもらったつもりですけど」
オクタヴィアは、その場に立ちあがりながら、むっとして言った。
せっかく誰にも邪魔されずにクラウディアを好きなように扱っていたというのに、これだけ大勢で押しかけてくるとはどういうつもりなのか。
「でも、毀していいとは言わなかったよね」
カイネウスがにこにこと笑いながら答えた。
その態度が、余計に癇に障った。
「毀すって、なにを──」
「取り押さえな」
前に出てきたアルジェが声をかける。
その途端、背後に控えていた女兵たちが、一斉に部屋の中へ雪崩れ込んできた。
「ちょっと、なにをするの──」
オクタヴィアが反応するより早く、左右から両腕を掴まれた。
振りほどこうとしたが、ひとりやふたりではない。さらに後ろから身体を押さえ込まれ、あっという間に身動きが取れなくなる。
「どういうつもりです──。離しなさい──」
オクタヴィアは声を荒らげた。
しかし、誰も答えない。
「離しなさいと言っているでしょう──」
もう一度叫んだ、そのときだった。
首筋に、ちくりとした痛みが走った。
「なにを……する……の……?」
誰かが首筋からなにかを打ち込んだ。
薬だ。
そう悟った途端、身体に異変が起きて、呂律が回らなくなった。
急速に焦点が合わなくなり、目の前にいる女兵たちの姿がにじんでいく。
さらに、脚から力が抜けた。自分で立っていることさえできなくなり、両側から腕を掴んでいる女兵たちに身体を預ける格好になる。
眠らされる。
オクタヴィアにも、それだけはわかった。
「なに……を……」
「眠ってもらうだけよ。起きたら一緒に遊びましょう」
アルジェが小さく笑った。
遊ぶ──?
その言葉の意味がわからない。
オクタヴィアは重くなっていく瞼に必死に抗おうとした。
ぼやけていく視界の向こうで、カイネウスが床に横たわっていたクラウディアのそばに屈み込んでいる。
拘束を外し、さらに目隠しまで取り去った。
そして、クラウディアの身体を、カイネウスがそっと抱き起こしている。
どうして──?
なぜ、クラウディアを解放するのだ。
なぜ、自分が取り押さえられている。
考えようとしても、頭が働かない。
視界がさらに狭くなっていく。
最後に見えたのは、カイネウスに抱きかかえられたクラウディアだった。
まだ意識も定かではないのだろう。
ぼんやりと開かれたその目が、力を失って崩れ落ちていくオクタヴィアを見上げていた。
オクタヴィアの意識は、そこで完全に途切れた。
焦点の合わないぼんやりとした視界に、溶け出すように浮かんだのは白い天井だった。ただ、黒い金属パイプが縦横に走り、フックのついた滑車が幾つも鎖で吊り下げられていた。
ひんやりとした床から身体を起こそうとして、オクタヴィアは愕然となった。
両手首がまとめられて、革枷が嵌められている。しかも、その革枷は天井から伸びる一本の鎖に繋がっていたのだ。さらに両足首にも、それぞれ鎖の繋がった革枷が嵌められていた。
「ようやく、お目覚めだね、主任矯正官殿……。いや、今日からは、六人目の特別囚かな。オクタヴィアなんて、長い名前は贅沢だ。今日から、“オク”にするか。オクと呼ばれたら返事しな」
声を掛けてきたのは、隻眼の女兵隊長のアルジェだった。
広い部屋の隅に置かれた横長のソファに腰をおろし、脚を組んでいる。ほかにも五人ほどの女兵が、木箱や床など、部屋の彼方此方に腰をおろしているのがわかった。
オクタヴィアは、まったく状況が飲み込めなかった。
だが、すぐにここが特別囚にあてがわれる矯正室であることに気がついた。
さらに、たったいまのアルジェの言葉がようやく頭に入ってくる。
怒りが込みあがった。
「特別囚──? なにを言っているのよ、お前は──。これを解きなさい」
オクタヴィアは上体だけを起こして、アルジェに向かって怒鳴った。
だが、アルジェは酷薄そうな笑みを浮かべるだけだ。
なにも答えず、平然とした態度で、ソファの上に置かれていた魔道の操作具を手に取る。
天井から、かすかな作動音が聞こえた。
オクタヴィアの両手首に繋がった鎖が、ゆっくりと巻き上げられていく。
「なっ──」
弛んでいた鎖がぴんと張りつめ、オクタヴィアの身体に緊張が走った。
いったい、どういう状況なのか──?
そこでようやく、途切れていた記憶が繋がった。
クラウディアを別棟に用意された拷問室でいたぶっていたところへ、突然、カイネウスたちがやってきた。
女兵たちに取り押さえられ、首筋にちくりとした痛みが走った。その直後から急速に身体の自由が利かなくなり、意識を失ったのだ。
あのとき打たれたのは、やはり強い薬だったのだろう。
そこまでは理解できる。
しかし、どうして捕らえられたのか。
いま、拘束されているのはどういうことなのか。
オクタヴィアにはまったく理解できなかった。
「ふふふ、いい顔だね。主任矯正官としてやって来たあんたが、サロンの女囚になる気分はどうだい? せいぜい抵抗して、お館様たちを愉しませてやっておくれ」
アルジェが嘲るように笑う。
オクタヴィアはきつく奥歯を噛みしめ、巻き上がっていく鎖に抗おうとした。
しかし、そんな抵抗には構わず、鎖は容赦なく引き上げられていく。
両腕が頭上へ伸ばされた。
さらに鎖が巻き上がる。
肘が伸びきり、ついには腰まで床から浮きあがった。
このままでは両腕だけで身体を吊り上げられてしまう。
「ああ……」
思わず声を洩らしてしまい、オクタヴィアはなんとか拘束を解こうと思ったが、それは不可能だった。
オクタヴィアは堪えきれず、よろけながら立ちあがるしかなかった。
足を床につけた状態で、オクタヴィアの身体は完全に伸びきる。
そこで、やっと鎖の引きあげが停まった。
しかし、それだけではなかった。
今度は、両足首の革枷に繋がっている鎖が、左右に床に穿たれた穴に巻き取られ始めたのだ。
開脚を強制させられる──。
やっと、自分がこのサロンの女囚同様に扱われようとしていることがわかってきた。
とにかく、オクタヴィアはきつく唇を結び、総身を揺すりたてて抗おうとしたが、両脚は確実に開いていく。
とうとう両脚は大きく左右へ開かされた。すると、両手首に繋がった鎖がほんの少しだけ巻き上がった。上へ伸びる一本と、左右へ伸びる二本。三本の鎖がぴんと張り、オクタヴィアの身体をその場に固定する。
そこで、ようやくすべての鎖が動きを止めた。
「改めて見ると、結構いい女なんだね、あんた。年齢は三十だっけ。最後に男とセックスしたのは、どのくらい前だい?」
アルジェがソファに座ったまま訊ねてきた。
オクタヴィアは、憤怒が頭に駆けあがるのがわかった。
「お前は、なにをしているのかわかっているんでしょうねえ──。この拘束をすぐに解いて、くだらない冗談をやめなさい。わたしは、あんたらの悪趣味な冗談に付き合うほど暇じゃないのよ──」
鎖を揺すりたてて叫ぶ。
しかし、伸びきっている鎖も身体も、そんなに動かない。
「冗談でこんなことするかよ。あたしはただ命令に従っているだけさ。まあ、主任矯正官をいきなり、性奴に落とすというのは、悪趣味には違いないけどね。同情するよ」
アルジェが笑う。
そして、横にいるほかの女兵たちに、顎をしゃくる。
「着ているものを脱がせろ。一度にするなよ。少しずつだ。たっぷりと辱めるんだ」
アルジェの命令を受けて、部屋の彼方此方に腰をおろしていた女兵たちが立ちあがった。
にやにやと笑いながら、オクタヴィアの周りへ集まってくる。
その姿を見て、オクタヴィアはぎょっとなった。
数人の女兵が、手に大きな裁ち鋏を持っていたのだ。
「ちょっと……。その鋏でなにをするつもりよ」
女兵たちは答えなかった。
そのとき、正面にある白い壁が一瞬、ゆらりと揺らいだ。
「なに……?」
オクタヴィアは思わず目を凝らした。
白かった壁の表面が波紋を広げるように変化していく。
次の瞬間、壁の全面が巨大な鏡へと変わった。
そこに、ひとりの女の姿が映し出される。
オクタヴィア自身だった。
両腕を頭上へ伸ばされ、両脚も左右へ開かされたまま、三本の鎖によってその場に拘束されている。
その周囲には、裁ち鋏を手にした女兵たちが取り囲むように立っていた。
自分がいま、どんな姿で立たされているのか。
鏡によって初めて、それを客観的に見せつけられた。
かっと羞恥が沸き起こった。
「なによ、これ……。こんなもの、消しなさい──」
オクタヴィアは鏡から目を逸らそうとした。
「ところで、質問の答えは?」
アルジェが言う。
「質問?」
「最後にセックスをしたのはいつかと訊ねただろうが。矯正計画を練るのに必要なんだ。さっさと言いな」
「ふ、ふざけるな──。なんでそんなことをこたえなきゃならないのよ。カイネウス殿を呼びなさい──。いえ、閣下を──。王都からバルザック元帥たちが訪問されているでしょう。直ちに呼びなさい──」
「お館様と閣下かい。そのうち、来るんじゃないのかな……。それとも、その鏡の向こうで見てたりしてね……」
その言葉に、オクタヴィアは一瞬だけ言葉を失った。
カイネウスだけではない。まさか、王都からやって来たバルザックまで自分に対するこの扱いを承知しているというのか。
そんなはずはない──。バルザック元帥は、移民であるカイネウス将軍の派閥台頭に反撥する勢力の領袖であり、その勢力の後ろ楯を受けているオクタヴィアにとっても、後援者のような存在なのだ。
反カイネウス派とも呼ぶべき派閥の重鎮だ。
オクタヴィアを売るわけがない。
そう思おうとしたが、胸の奥に生じた嫌な予感は消えてくれなかった。
「おい、始めな」
アルジェが周りの女たちに声を掛ける。
足首近くまである黒衣のスカートに鋏が入る。前後から中央に切り込みを入れられていく。さらに上衣にも鋏が入り、中衣ごと前側を切断されていく。
「やめなさい──。やめるのよ──」
オクタヴィアは叫んだ。
しかし、女兵たちの手は止まらない。
鋏が次々と布地を断ち切り、身につけていた黒衣は、あっという間に見る影もない姿へ変えられていった。
ひと繋がりになっていた衣服のうち、スカート部分は腰の括れから下をすべて切り取られた。長い黒布が床へ落ち、脚を覆っていたものがなくなる。
正面の巨大な鏡に、その姿がそのまま映し出された。
腰から下を覆っているのは、いまや白い小さな下着だけだった。
上半身も同じだった。
両腕を頭上へ拘束されているため、袖だけは腕に残されている。しかし、上衣は中衣ごと正面から大きく切り開かれ、胸元を覆っていた布当ても切り取られていた。
正面の鏡には、切り裂かれた黒衣の隙間から、布を失った乳房が半分以上も顔を出している姿が映っている。両腕には黒い袖が残り、胸の左右にも切断された布地が垂れ下がっているだけに、かえって衣服を無残に切り刻まれたことが際立って見えた。
つい先ほどまで主任矯正官の黒衣を隙なく身につけていた自分とは、まるで別人のようだった。
オクタヴィアは鏡の中の自分を見て、愕然となった。
「……さて、そろそろ、自分の立場が自覚できただろう、オク。最初の質問に戻るよ。最後にセックスをしたのは、いつだい? かなりご無沙汰なのは身体を調べてわかっているんだ。そろそろ答えなよ」
アルジェが口角をあげる。
オクタヴィアは無言のまま、アルジェを睨んだ。
ただ、少しだけ気になる言葉があった。
身体を調べた……?
「まだ、心に抵抗があるようだね。まあいい。少しずつ、性奴としての自覚をしてもらおうか……。おい、とりあえず、その女のおまんこにこれをたっぷりと塗り込んでやりな」
アルジェが足下にあった小壺を軽く足先で蹴った。
女兵のひとりが小壺を拾い、それを手にオクタヴィアのもとへ戻ってくる。
蓋が開けられ、中身はどろりとした油剤だった。
「な、なによそれ──?」
オクタヴィアは思わず身体を強張らせてしまう。
「サロン製の媚薬だよ。媚薬はたくさんあるけど、これはあんたのような三十女に塗れば、男が欲しくて堪らなくなるやつだ。自分が変わったということを自覚できるさ」
アルジェの言葉に重なるように、オクタヴィアの下着の中に、前側から油剤をたっぷりとすくった手が入れられて、股間の隅々に媚薬が塗られていく。
さらに別の女兵が後ろの穴にも媚薬を塗りだす。
「あっ、いや……」
初めて、オクタヴィアはか細い悲鳴をあげてしまった。
「それと、とりあえず、魔核で身体の感度を十倍にあげてやっとこう。泣くほど愉しめるよ」
アルジェが言い、懐から出した新たな操作具に指を触れた。
〈魔核〉──?
まさか、すでにオクタヴィアの身体に埋められているのか?
それでは、本当にこのサロンの隷奴ではないか──。
しかし、怒りに染まっていた思考が、全身を駆け抜けた強烈な感覚によって、ぷつりと途切れた。
かっとオクタヴィアの全身が熱を持ち、毛穴という毛穴から汗が噴き出す。
「ひいっ、いやあっ」
いまだに下着の中で続いている刺激を強烈に感じてしまい、オクタヴィアは身体をのけ反らすように跳ねあげてしまった。