サロン・セルパンタンの五百日の調教記録──亡国の花と蛇の館 作:ドン・ドナシアン
「んああっ」
オクタヴィアは、声をあげてしまった。
またもや、筆責めが始まったのだ。
絵筆が脇腹を左右から襲い、火のような快美感を引き起こす。身体を捻って絵筆を避けようとするが、両腕と両脚を三方向から思い切り引き延ばされており、オクタヴィアの裸身はほとんど逃げる余地がない。
そのうえ、必ず逃げた方向に別の筆が待ち構えていて、新たな刺激を加えてくるのだ。
「んくっ、くふうっ」
今度は右乳首の尖端と、左の内腿の付け根だった。
それを避けようとすると、動いたところに絵筆が舞っていて脇の下をくすぐられる。
「いやあっ──もうやめて──」
左右には逃げられず、本能的に爪先立ちになって絵筆を避けようとする。しかし、背中を上から下にすっと絵筆を落とされる。
「ひいいっ」
身体を弓なりにするようにしながら、上から下に背中をなぞる筆に導かれるように、動く余地のない中でわずかに腰を落とす。
すると、股間に下から待ち構えていた絵筆が当たって、クリトリスをくすぐられてしまう。
「あああっ」
オクタヴィアは、横にも上にも下にも身体を逃がすことができず、ただ身体を硬直させるしかなかった。
四人がかりの執拗な筆による刺激は、オクタヴィアの身体の官能を完全に目覚めさせてしまっていた。なによりも、目隠しをされて一切の視界がないことが、オクタヴィアが筆に備えることを完全に不可能にしているのだ。
ねちっこく筆が肌を這うたびに、峻烈な愉悦が全身を駆け巡るのだ。
しかも、筆による刺激が弱すぎて、〈魔核〉と媚薬にただれているオクタヴィアをして、快感を極めるような強さを与えてくれない。濃密な快感であるにもかかわらず、ぎりぎりのもどかしい刺激があるだけだ。
オクタヴィアは、全身を硬直させて、手首に繋がっている鎖を握り絞めていた。
だが、全身同様に汗みどろの手のひらはぬるぬると滑り、それが官能の泥沼から逃げられないオクタヴィア自身の苦悶を表しているかのような気がした。
「ぱんぱんに張って重そうね、オク」
左右から突然に乳房が掴まれて、揉まれ始める。
「あっ、や、やめなさい──」
しかも、左右から別々の人間の手だ──。
そのことがオクタヴィアの屈辱感と汚辱感を煽り、それが名状しがたい被虐の快感を刃物のように突きたててくる。
オクタヴィアは、顔をしかめて身体をくねらせる。
だが、知らず、オクタヴィアは自ら乳房を突き出すようにしていた。それに気がつき、慌てて身体を引っ込める。しかし、なにもしなければ、胸の刺激に全身が冒されそうになる。
「ふふ、こうなってしまうと、怖い主任矯正官も可愛いわね」
誰かの手が股間に当てられて、身体を軽く持ちあげられた。
それだけで、オクタヴィアは愉悦が四肢に響き渡って、全身を震わせてしまう。
凄まじいほどの快感が、身体を貫く。
「いきそうなの、オク?」
指の刺激が股間を襲う。さらに、アナルの入口も別の指がくすぐるように揉みほぐしてくる。
左右の乳房と股間とアナル──。
四箇所への責めに、オクタヴィアは身体の芯が痺れたようになり、身体を弓なりにして硬直させる。
「おおおっ」
こんなの耐えられるわけがない。
オクタヴィアはがくがくと身体を揺すって、快感を飛翔させた。
「いまよ──」
女兵のひとりが掛け声を響かせた。
全身の刺激が一斉に引く。
昂ぶるだけ昂ぶらされながら、またもや行き場を失った大きな快感の塊が肉体をふつふつと蝕む。
オクタヴィアは拘束されている身体をがくりと脱力させてしまう。
筆責めとともに、時折受ける女兵たちの直接の愛撫──。そして、それは必ず絶頂寸前でやめられてしまう。これもまた、ずっと繰り返されている責めだ。
「ああ、やめないで──。やめてはだめよ──」
オクタヴィアは泣くような声を放っていた。
だが、思わず口走ったことに愕然となり、慌てて口を引き結ぶ。
周りの女たちだけでなく、離れて見守っている気配のあるアルジェたちからも、くすくすと笑い声が起きる。
だが、自分の身体がいまだに小刻みに震えているのがわかる。
〈魔核〉で性感をあげられたうえに、媚薬に苛まれている身体は、まるで沸騰しているかのように熱かった。それでいて、責め続ける四人の女たちは、筆で繊細な刺激を送り込むだけで発散をさせてくれない。
いや、時々、忘れた頃に、さっきのように決定的な刺激を送り込んでくれることもある。
だが、我を忘れてオクタヴィアが快感を極めそうになると、ぎりぎりで寸止めをして愛撫を引きあげてしまうのだ。
だからといって、触らないでくれと口にすることも、オクタヴィアにはもうできない。
刺激を止められると、いまのように、媚薬で熟れきった肉体が焦燥感で頭がおかしくなりそうになるのだ。
だから、オクタヴィアは歯を喰いしばって、ただ耐えるしかなかった。
「そろそろ、張形で股間を抉ってほしくなったんじゃないのかい、オク? 質問を覚えてるかい? 男ひでりは何年だい? 口にすれば、女たちをけしかけてやるよ」
アルジェが声をかけてくる。
「じょ、冗談じゃないわ」
オクタヴィアは声を引きつらせて返す。
「そうかい。そのわりには、腰を振っているじゃないかい。散々に焦らし責めにされて、身体を静止できないんだろう? 口惜しければ、じっとしてみな」
アルジェだけでなく、ほかの女たちも笑う。
「くっ」
オクタヴィアは腰を静止させた。
だが、それは束の間だ。
すぐに、我慢できなくなって、腰を揺すってしまう。
アルジェたちがどっと湧く。
「やせ我慢しないのよ、矯正官様。五号媚薬の恐ろしさはわかっているんでしょう。それを塗って、もう一刻以上も責められたんだから、誰もあんたを悪く言わないわ。頑張ったじゃない」
二本の絵筆が股間の亀裂と後ろの穴に前後から襲いかかってきたのだ。
「ああああっ──」
オクタヴィアは背中をのけ反らせて、激しく身体をおののかせた。
しかし、さっと筆が引かれる。
オクタヴィアは、またしても全身を脱力して、鎖に身体を預けたようになってしまった。
「すごい濡れ方じゃない。あんたも、矯正官だったんだからわかるでしょう? 意地を張るなんて無意味なのよ。あんたを屈服させる手段なんて、いくらでもあるんだから」
「そうね。そもそも、屈服しても、しなくてもやられることは同じ。身体を淫らに開発されて、苛め抜かれなければ生きられない被虐癖に染められる。そして、このサロンで接待婦として幸せに暮らすことになるのよ」
「なら、めでたし、めでたしね。ほら、もう諦めて屈服しちゃおう」
取り囲んでいる女兵たちが交互に耳元でささやいてくる。
その耳に息が吹き掛かる刺激だけで、反応しそうになるのだ。オクタヴィアは歯を喰いしばって耐える。
すると、いきなり背後から左右の乳房に十本の指を食い込まされた。
「はうんっ」
脳の中心から足先まで響くような鋭い快感に、オクタヴィアはあられもなく叫んでいた。
技巧のこもった愛撫ではない。ただ、右、左、右と交互に力を込めているだけだ。本来であれば、こんなものでここまで感じることはあり得ない。
だが、いまのオクタヴィアには、ありがたい玩弄だった。
媚薬で広がっている疼きと焦燥感が、乳房を揉まれることで癒やされ、さらに歓喜のざわめきを奮起してくれる。
だが、なにかが足りない。
オクタヴィアは、女兵が激しく乳房を揉みながらも、乳首に全く指を触れさせていないことに気がついた。乳輪までは触れているのに、指は乳首のぎりぎりに置かれている。
「あ、ああっ」
本能的に身体を捩って、指に乳首を当てようとした。
「あら、自分から動いちゃ駄目よ。ここから先は、アルジェ隊長に謝罪してからね」
女兵はさっと手を離してしまう。
またしても引きあげられる愛撫に、強い焦燥感が襲いかかる。
「ああ、もうやめてっ」
オクタヴィアは激しく首を左右に振っていた。
これはまさに性の拷問だった。
〈魔核〉で性感を狂わされ、媚薬で肉欲を爛れさせられて、快感を追いあげるだけ追いあげて、あとひと息というところで責めをやめる。
女責めに卓越した女兵たちならではの淫靡な拷問といえるだろう。
謝罪なんてするものか──。
オクタヴィアは反論しようとした。
だが、言葉が出てこない。
女兵たちの言っていることが、ただの脅しではないと知っているからだ。
これまで主任矯正官として、このサロンで、なにが行われているのかを見てきた。
人の心を折る方法も、そのために用意された道具も、薬も魔道も知っている。そしてなにより、それらを扱う者たちが、どれほど人間の反応を知り尽くしているのかも。
もしもサロンが本気で自分を隷奴に堕とすと決めたのなら──逃げ切れるのだろうか。
抵抗の意思を保ち続けられるだろうか……。
オクタヴィアは答えを探した。
だが、どれほど考えても、自分だけが耐え抜けるという根拠はひとつも浮かんでこなかった。
むしろ逆だ。
知っているからこそ、わかってしまう。
ここには、人を屈服させるための手段も、それを使いこなす技巧も、嫌というほど揃っている。
ならば、自分はいったいなんのために抵抗しているのだろう。
その疑問が胸に浮かんだ瞬間、これまで必死に支えていたものが、音もなく崩れ始めた気がした。
「……八年よ……」
気がつくと、そう口にしていた。
「……なにか言ったかい、オク?」
アルジェの声が離れたソファから聞こえる。
「だから、八年よ──。夫が殺されてから、誰ともやってない──。これでいいでしょう──。もういい加減にして、最後までやって──」
オクタヴィアは半ば自棄になって大声をあげた。
「へえ、思った以上に長いね。でもそれだけの身体だ。男なしじゃあ、もたないだろう? オナニーはどのくらいの頻度だい? それを教えてくれたら気持ちよくしてやるよ」
アルジェが笑う。
オクタヴィアはかっと頭に血が昇った。
「な、なに言っているのよ──。約束が違うわ──」
「約束は守るさ。おい、張形も解禁だ。ただし、寸止めだ。絶対に絶頂させるんじゃないよ。自慰の回数を白状する気になるまで、苛めてやりな」
アルジェの指示に、周りの女たちが動き出す気配がした。
両脚を左右へ引いていた枷が外される。
同時に、両手首を頭上へ吊りあげていた鎖も緩められ、オクタヴィアの身体が前のめりに崩れかけた。
「あっ……」
思わず声を漏らす。
だが、手首の枷そのものが外されたわけではない。
鎖が伸ばされただけだ。
頭上にあった両手が胸のあたりまで落ち、そこから先は鎖に支えられている。逃げることなどできない。
「さあ、主任の好きな張形の準備ができましたよ」
「あら、主任じゃないでしょう。ただのオクよ」
「そうだったわね。それより、八年も男ひでりじゃあ、処女も同じなんじゃない?」
女兵たちが周囲で楽しげに言葉を交わしている。
「気にすることないわよ。潤滑油代わりに媚薬も塗っておけば……。三号でいいよね」
その言葉に、オクタヴィアは眉をひそめた。
すぐに、つんと鼻を刺すような刺激臭が漂ってくる。
自分の顔が蒼褪めるのがわかった。
三号媚薬──?
サロンで使用される掻痒剤の中でも、もっとも作用の強いものだった。
そして、三号には厳格な禁止事項がある。
五号媚薬との併用だ。
掻痒剤は収容者の身体を損なわないよう、作用が半日以上持続しないように調合されている。しかし、もともと長時間の持続を目的としている五号媚薬と重ねて使用すると、その作用が互いに干渉し、激しい掻痒感が数日にわたって残ることがある。
発狂の恐れもあり、そのため、カイネウスが五号との併用を禁じる通達を出していた。
「待ちなさい──。さっき五号を塗ったでしょう。三号を使うなら、まず中和剤を塗って──」
オクタヴィアは慌てて叫んだ。
「あら、怖いの? だったら教えて。自慰はどのくらいするの? 一日に何回? いつもどうしてるの?」
女兵の声が耳元で弾んだ。
「うふっ。全部教えてくれたら、三号はやめて、普通の潤滑剤にしてあげるわ」
さらに別の女兵が反対の耳に追い打ちをささやく。
「な、なんで、そんなことまで言わないとならないのよ──」
さすがにオクタヴィアは抗議の声をあげた。
女兵たちがくすくすと笑い合う。
「じゃあ、三号ね」
「大丈夫よ。ほんの少しだから」
刺激臭がさらに近づいてきた。
「待って──」
オクタヴィアは思わず身を引いた。
だが、手首から伸びる鎖が鳴っただけだった。
さらに両側から腰を掴まれた。
背中に冷たいものが流れる。
三号と五号を併用した場合のことを考えると怖ろしかった──。
知っているからこそ、平静ではいられない。
「さあ、オク。どうする?」
女兵が楽しそうに訊いてきた。
「このまま三号を使う? それとも、ちゃんと答える?」
「くっ……」
オクタヴィアは唇を噛んだ。
「三号ね」
正面に立っていた女兵が、オクタヴィアの太腿に両手を置いた。
「な、なに……」
オクタヴィアはびくりと身体を強張らせた。
目隠しをされているため、なにを準備しているのかは見えない。
だが、わかってしまう。
女兵のひとりが張形をオクタヴィアの股間に挿入しようとしている気配が近づいてくる。
「待って……」
オクタヴィアは怯えたように身を引いた。
じゃらり、と両手首から伸びる鎖が鳴る。
逃げられない──。身体は両側から押さえられている。
正面の女兵が逃がさないとでもいうように太腿へ置いた手に力を込めた。
「待って──。月に数回よ。指で──」
オクタヴィアは声をあげた。
「嘘だね。突っ込んでやりな」
アルジェの声が響いた。
張形がずぶずぶと股間に埋められていく。潤滑油の助けを借りて、一気に奥まで貫かれる。
「はあああっ」
オクタヴィアは顔をのけ反らせて、出したことのないような悲鳴を迸らせていた。
身体の内側を抉られるような苦悶でありながら、しかし、鮮やかなほどの快美の感覚が脳天に向かって駆けあがっていった。