「お姉ちゃん、他人に視てもらわないと
「……? はあ……」
「だからケンくん、投薬治療の3日間だけでいいからお姉ちゃんのこと監視してほしいんだ」
「ああ……そう……なんだ……? 大変だね」
「うん。あっ24時間よろしく」
主に俺が大変だな。
──数年ぶりに再開した姉は、清楚でお洒落な女子大生になっていた。
志藤
ちなみに、俺が志藤
高校に入ったあたりで上京した彼女のウザさは残念ながら少しの衰えもなかったようだ。いい大学にも行ったんだから丸くなっててくれよマジで。
「……とりあえず24時間つったって、寝る時どうすんの?」
「うーん、お姉ちゃんのことはとりあえず信じてくれるのは良いところだよね。でもダメだよケンくん、私自身しんじらんないような現象が起きちゃってるのよ……根掘り葉掘り聞いてくれないと逆に不安だわ」
「去年姉ちゃんが論文出してた|無意識への規則的な記号入力による有意運動の外的制御《いわゆるさいみんじゅつ》を自分に試して失敗したとかだろ?」「
「えっ正解」
「今時間を割くべきなのは、症状の共有と対策だろ」
「待って話が早すぎる。
ここからは話が長くなりそうだった。
で、お茶をいれようという話になり。
立ち上がった姉に目線で
──姉が借りているのは少し広めの1LDK。
間仕切りがしっかりしているので、リビングからキッチンに行くまでは遮蔽で区切られている。
俺は、この椅子から動くつもりはない。
いやあ座り心地いいですね。
「いや……その……。見られてないと、お姉ちゃんあられもない姿になっちゃうなーっ」
「おう。とっととイけよ、お茶くみにさ」
「いやいやいや」
なにをもたついているのか。
「どうせ遠地の
「ギク……」
「最終的には全部知ることになるんだし、話し合いの前にどの程度か知っておく必要があるだろ」
えーとかあーとか言う姉。
覚悟ができてないとかまだちょっとぶちまけるには勢いが足りてないとか要らん言い訳をしているが知らん知らん。
「じゃあ俺がお茶汲んでくるけど、いいよね?」
「いっ……よくないです……」
そうだよな。
姉ちゃんと違って俺は何年もこの部屋に住んでないから、コップを探すのも
湯を沸かすのも茶葉を分けるのも、目を離してキッチンを汚しては姉に忍びない。
「幸いキッチンからリビングが見える構造になってるから、姉ちゃんが作業してる間もみてられる。噂の『見られていないと絶頂』も、壁一枚のほんの1メートル区間だ」
「うう……お茶ってきます……」
数年見てない間にケン君が鬼畜王子様になってる~~とか、わけのわからんことを喚かないでくれ。
──動じてないフリをしてるけど、久々の
……頼む、せめて痴態はまともであってくれ。最悪人に見せられるものであれ。
「じゃあ……ギリギリ、ギリギリまで見ててね?」
「おう、わかってる」
「すぐに! すぐに見つめてね! 目を逸らしちゃだめだからね!?」
「はよせい」
「はい」
立ち上がる姉。部屋着らしく軽やかなズボンとシャツなので、目に毒な要素はいまのところない。
柔らかな生地を押し上げる、ずっしりとした下半身。
──7年か。そりゃ、記憶よりも逞しくなられたようで。
「……なに?」
「なんにも」
後姿をジッと見つめ過ぎたらしい。女性は視線に敏感とかいうからな。
「ふぅん……」
それきり彼女の後姿は少し小さく、縮こまったような印象を覚えた。
怯えている……正確に解釈するなら照れてるのか。姉らしくない。
サッ、サッ。
チク、タク。
微かな音がやけに聞こえるな。
────他人に視てもらわないと絶頂する体質になっちゃったの────
今、彼女は壁の前で、壁そのものを睨んでいる。それは間もなく、俺の視線を
ちらりとこちらを見て、俺の顔から何を見たのか、またすぐ目を逸らした。
「……っ!」
無言で一歩を踏み出す。
まず足、そして手の指先が見えなくなる。そもそも机の上で面と向かっていた時から見えてなかった部位だ、やはり末端は無関係のようだ。
それから腰、肩へと死角へ入る。まだ姉の様子に異変はない。
恨めしそうに仰け反る姉と目が合ってから────。
俺の視界から、姉が完全に隠れた。
「……」
「……………………」
ふむ。
思ったより静かだな。
ダンッ!
「~~~~~゛ッ、──゛ッ」
「あっだめそうこれ」
ダン、ダンダンダン、ダンッ──!!
激情を発したようなけたたましい地団駄が鳴り響く。下の階の人に怒られる……。
「大丈夫か?」
瞬きの間に、よろよろと姉が現れた。こじゃれた衣服の女性が赤い顔してフラついているの、酔っ払いみたいだなこれ。
長い髪の毛がふらふらと触れている。膝が笑ってるなコレ。
「フーッ、フーッ。ふう……ふう……」
「
「ふぅ……ちょっと、たんま……」
落ち着くためか、逆に慌て切っているのか──姉はそのまま茶葉を取り出しはじめた。
カウンターの奥で息を荒げた美女が黙々と湯を沸かす姿はちょっとおもしろい。
急須に茶をいれ熱湯を注ぎ、抽出する間に乾燥機からとりだした自分のカップを並べる。
そのまま彼女は足元にあるっぽい来客用のコップをとりだそうと屈みおいおいおいおいおい!?!?
────椅子を跳ね飛ばしながら姉の方に
「ちょ──待てっ!!」
「ふえ?」
ふえじゃないよ。萌えの歳とキャラじゃないだろ。
キッチンの上、コップと電気ポッドがこけないように、衝突の勢いは全部カウンターにぶつけて殺した。
強く打った胸がちょっと痛え。
「な……なにっ??」
そんな、突然飛び出してきた弟をまんまるな目で見つめてくる。
俺は一先ず
「あのさ……このキッチン、足元が透けるわけでもないだろ。アクメ暴れしたら、危ないだろ」
「あ……そ、そっか。ごめん」
「はあ……。そもそも俺が焚きつけたんだ。姉ちゃんもパニくってるよな。こっちこそーーごめんなさい」
お互いに頭を下げる。
幸い食器も何も壊れなかったし、今後気を付けていけばいいだろう。
姉の体質の検証は人一人が
「──えとね、ケンくん」
「ん」
「ありがとね、────えへへっ」
「────……相変わらずやんちゃ。そそっかっしいんだよ、姉ちゃんは」
ずいぶんと。
会ってなかったというのに────ふにゃっとした笑顔は、まったく変わっていなかった。
「ちなみに視線無いときの絶頂は見てもらうとすぐに収まるけど、余韻は消えないからしんどいよ」
「それは見てれば分かる」
「あとさっきのは結構ちゃんと我慢してたけど声が漏れちゃったヤツね!」
「口閉じてくれる?」
このポンコツ具合は治っててほしかったなあ。