「そんなことありませんよ。可愛いと思いますよ」
さらりと言って蒼藍がちらりと佑を見る。佑は弱々しく首を振り、蒼藍の視線から目を背けた。
「何がそんなに不安なんですか? ぼくで良ければ悩みを聞きますよ」
淡々と料理を口に運びつつ、蒼藍が言う。佑はスカートの上でハンカチをぎゅっと握りしめた。
「あなたの、女性を見る目よ」
心配顔をして佑は蒼藍に言った。すると蒼藍がぴたりと食事をする手を止めて、読みかけの本を閉じてテーブルに置く。
「自己卑下するの、楽しいですか?」
やけに低い声で蒼藍が呻くように言う。佑は困惑して蒼藍をちらりと伺った。蒼藍はじっと佑を見つめている。
「自己卑下って、だって、わたしはあなたの言うとおり、何の魅力も無い年増ばばあよ。蓼食う虫も好き好きと言うけれど。限度があると思う」
小声で答えて佑はうんうんと一人で頷いた。蒼藍がしばし黙ってから疲れたようにため息を吐く。
「ぼくは年増とは言いましたが、魅力がないとはひと言も言っていないと思うんですけどね?」
「だって、客観的に考えてみればわかるわ。破壊神とか粗忽者とか言われたことはあるけど、可愛いって言ってくれるのはあなただけだもの。そう言ってくれるのは凄く嬉しいの。だけど……」
緊張に身を強ばらせて佑は小声で言った。ふむ、と呟いて蒼藍が腕組みをする。
「魅力を測る物差しは人それぞれですからね。ぼくの価値観を全面的に否定されても困るんですが」
きっぱりと言ってから蒼藍は佑の前にある皿を指差した。
「それ、冷めると味が落ちますよ」
「ごめんなさい。せっかくわたしのためにわざわざ持ってきてくれたのに……」
佑はしょんぼりと肩を落として小声で詫びた。すると蒼藍がひょいとスプーンを取り上げ、佑の皿の中身をすくって差し出す。
「はい。あーんして」
まるで子供にするようにスプーンを口許に向けられ、佑は驚きに目を見張った。
「もう、子供扱いして……」
怒った口調で言いつつ、佑は目を閉じて口を開いた。その隙に蒼藍が左手に握っていた別のスプーンを佑の口に入れる。急に口の中に辛い味が広がり、佑は目を白黒させて口許を手で覆った。あはは、と蒼藍が慌てる佑を見て笑う。
「そうやって、笑ってくれたほうがまだマシよね」
テーブルに置かれたグラスの水を飲み干してから、佑はしみじみと呟いた。蒼藍が横目に佑を見ながらさっきのあの辛い料理を口に運ぶ。
「元気になってくださいよ。ぼくは佑さんが笑っている方が好きですよ」
静かな声音で言ってから蒼藍がにこりと微笑む。佑は何となくつられて微笑んでから慌てて蒼藍から目を逸らして正面を向いた。
「さっきは姑息な真似をしようとしてごめんなさい。わたしなんかがお姫様のふりをしようだなんて、よく考えてみれば無理に決まってるのに。本当に愚かよね……」
「いいえ。みんなそう信じたようですよ。さっきのあの人たち、お姫様を泣かせてしまったってぼくを呼びにきましたから」
何となくスプーンを取り上げて食事を再開した佑は、蒼藍が言うのを聞いて驚いてそちらを見た。蒼藍はまた本をテーブルに広げて読んでいる最中だ。
「だって、あなたは一目で見破ったじゃない!」
「ぼくはほら。佑さんが好きで仕方がないので、判ったんじゃないですかね」
しごく当たり前の顔をして蒼藍がさらりと言う。佑は食事を口に運びながらちらりと蒼藍を伺った。相変わらず蒼藍は淡々と食事をしている。
「蒼藍、ごめんね。わたしが普通の女の子だったら良かったのに」
こんなおかしなのにひっかかっちゃって……。食事の手を止めて佑は気弱な声で言った。すると蒼藍が食べ終えた皿をずい、と横に退けて肘杖をついて下から佑の顔を覗き込む。
「佑さんを責めるようで言いたくないんですが、それってぼくのことを遠回しに馬鹿にしているって気が付いてますか?」
少し困ったような顔をして蒼藍が言う。佑は驚きに目を丸くして蒼藍をついつい凝視してしまった。
「蒼藍。わたし解らない。だから教えて」
真剣な表情をして佑は問い掛けた。すると蒼藍が仕方ないですね、と呟いてから椅子に深く寄りかかる。
「佑さんがわたしなんか、とか、おかしなの、とか言いますよね? それはつまり、ぼくの目がおかしいということですか? 要するにぼくがあなたを好きなのは、ぼくの間違った物差しが為せる技なんでしょうかね?」
すらすらと言ってから蒼藍がため息を吐く。
「馬鹿にしてるつもりはないわ! 蒼藍は本当に非の打ち所が無いくらいしっかりしてるし。それでも、欠点は誰にでも存在するものだと思うの」
「ああ、何となく判りました」
懸命な面持ちで告げた佑をちらりと見てから蒼藍が背もたれから身を起こす。
「佑さん、ぼくが怖いんですね」
にこりと笑って蒼藍が言う。それを聞いた佑は眉を寄せた。
「あなたが、怖い?」
「ぼくのあり方を認めると、あなたにとって都合の悪いことがある。違いますか?」
そう言って蒼藍が本を開いてぱらぱらとページをめくる。佑はそんな蒼藍を見つめて考えを巡らせた。
「わたしにとって都合の悪いこと……」
蒼藍の言うとおり、自分が魅力的だとして、都合が悪いことがあるのだろうか……。佑は難しい顔をして懸命に考えてみた。蒼藍が考え込む佑をちらりと伺う。だが佑は考えに没頭していて蒼藍の視線に気が付かなかった。
「それにぼくは非の打ち所がないなんてことはありませんよ。本当はどろどろとした欲に塗れたくだらない生き物だと思います。佑さんの目にそう見えるのは、ぼくが単に見栄を張っているからです」
すらすらと語る蒼藍の声にはっとして佑は考えるのを中断した。ぱたん、と本を閉じた蒼藍がにっこりと佑に笑みかける。
「蒼藍! そんな風に自分を卑下するのは良くな……」
そこまで言って佑は気まずさを感じて口を噤んだ。蒼藍がくすりと笑って佑の前に置かれた皿に視線を向ける。
「早く食べないと午後の授業が始まりますよ」
指摘されて佑ははっとして慌てて残った料理を食べ始めた。蒼藍の言う通り、ぬるくなってしまった料理は若干、味が落ちたような気はするが、それでも美味しいと感じられる範囲だ。
「午後は実習よね?」
食べる合間にそう言って佑はにっこりと笑った。そうですね、と蒼藍が頷く。
「あまり無茶をしないでくださいね。生徒との模擬戦で本気を出しては駄目ですよ?」
少し声を落として蒼藍が言う。
「鍛錬はあくまで鍛錬よ。相手の実力を量って相手の実力を伸ばすように対応ができなければ、剣術を教える資格はないわ」
真面目な表情で佑が言うと、蒼藍が降参、と手を上げる。
「すみません。余計なお世話でしたね。それじゃあ、そろそろ行きましょう」
そう言って蒼藍が立ち上がる。佑は慌てて残った料理を口に運び、空になった食器を急いで調理場に運んだ。蒼藍と揃って食堂を出たところで午後の鐘が鳴る。
「蒼藍。きちんと自分の中でもう一度整理して考え直してみるから」
あなたの言うとおり、わたしに非があるのかもしれない。慌ただしく廊下を駆けながら佑は隣を走る蒼藍に言った。すると蒼藍が判りましたと頷く。二人は教室に戻った。
蒼藍が頑張って口説いてるのに佑はまったくなびきませんw