ラクタート中央魔法学院で流行しているらしい、激辛林檎入りパスタを根性で食べ終えたためか、胃が妙にむかむかする。蒼藍は教師の指示通りに校庭に並びながら体操着の上から腹を押さえた。
あれは発汗を促す効果があるのだが、刺激が強いために内臓に負担がかかるのが欠点なのだ。特に食べつけていないとてきめんに胃が悪くなる。蒼藍は列の端についてこっそりと横を向いて息を吐いた。生徒の並ぶ列の前に立つ女教師がこれから行う模擬戦についての説明をしている。ちなみに女子の列は男子の前なので、こうして腹を押さえていても佑には気付かれることはない。
なんだかなあ、と心の底で呟いて蒼藍はため息を吐いた。あんまり佑がむきになって自分に魅力がないと力説するので、ついつい対抗心を燃やしてこちらもむきになってしまった。
まずは準備運動と教師が全員に剣の素振りを命じる。蒼藍は重い身体を動かして言われた通りに素振りを始めた。ちなみに生徒たちが使っている剣は実技用に支給されたもので、形や重さは剣そのものなのだが実際に切れたりはしない。蒼藍は陰鬱な面持ちで適当に剣を振り回した。
模擬戦は勝ち抜き戦だった。蒼藍は適当にしていたにもかかわらず、順当に勝ち上がってしまい、女子の中で勝ち抜いた者と模擬戦を行うことになった。敗れた生徒たちが観戦する中、蒼藍は疲れた顔で佑と向き合っていた。
「あの、不戦敗というのはなしですか」
蒼藍は青白い顔で教師に問い掛けた。だが教師が難しい顔をして首を振る。対する佑は待ちに待った実技の授業だからなのか、やけに張り切っている。
「蒼藍と剣を交えるのは、そういえば初めてね」
そう言って佑が満足そうに頷く。気分の悪さを堪えて蒼藍はにこりと佑に笑みかけた。
「そういえばそうですね」
佑はどうやらやる気満々のようだ。これまで佑は何度も蒼藍に剣の稽古をつけてあげると言ってはきた。が、その度に蒼藍は何とかしてそれを避けてきたのだ。
「不戦敗っていうことでどうですか。佑さんの方が強いのは明らかですし」
蒼藍はこっそりと佑に耳打ちをした。すると佑が眉を寄せて渋い顔をする。
「蒼藍、これがもし実戦なら、敵は待ってはくれないし、あなたの体調を慮ることもないわ」
「い、いえ、そういうつもりでは……判りました」
疲れたため息を吐いて蒼藍は渋々と指定された場所に向かった。校庭につけられた印のところで足を止めて振り返る。佑は蒼藍のいる場所から少し離れたところにある印のところに歩いて振り返った。
「これより佑さん対蒼藍さんの一本勝負を行います。それでは、始め!」
教師が号令をかける。仕方ないな、と心の中で呟いて蒼藍は地面を蹴った。佑も同時に蒼藍に迫り、鋭い気を放って抜刀する。蒼藍は剣先を見据えて佑の剣を剣で止めた。二人の剣がぶつかり合った瞬間に剣圧で風が起こり、周囲にいた生徒たちが泡を食って後退する。
互いの剣を圧し払って飛び退いた後、佑が表情を消して両手に握った剣を正眼の位置に構える。蒼藍は地面に身を屈めて自分から流れる気を殺した。どうやら佑はこちらが仕掛けるのを待っているらしい。蒼藍は静かに息を吸って、鋭く息を吐いて一瞬で佑の懐に飛び込んだ。打ち上げた剣を佑の剣が受け止める。蒼藍はすぐさま剣を弾き、身を捻って剣の柄を打ち出した。柄の先を佑が素早く払いのける。
強く踏み込んで脇腹を狙って剣を揮う。咄嗟に蒼藍の打ち込みを剣で押さえた佑がすぐに間を取って構え直す。その表情は少し嬉しそうに緩んでいる。だが蒼藍は佑の表情を見る前に動いていた。いったん、飛び離れて間をとってから、鋭い呼気を吐いて地面を蹴り、一瞬で佑との間を詰めながら剣を逆手に握り変える。姿勢を低くした状態で蒼藍は剣を佑の首目掛けて揮った。剣で蒼藍の剣を捌いた佑の身体が僅かに傾ぐ。その隙に蒼藍は佑に足払いを掛けた。後ろにステップを踏んで佑が蒼藍の足を避ける。蒼藍は空いた片手を地面について強引に身体を捻り、足に剣を握る佑の手を挟んで地面に叩きつけた。
周囲は凍り付いたように静まり返っている。地面に倒された佑の手からは剣が離れていた。
「そ、そこまで!」
慌てたように教師が声を張り上げる。蒼藍ははっと我に返って慌てて佑を見た。
「やっぱり、蒼藍には敵わないわ」
感情のこもらない声で言う佑を蒼藍は静かに引き起こした。
「わざと手加減したでしょう?」
周囲に聞こえない程度の声で蒼藍はぼそぼそと言った。周囲にいた生徒はやけに大きな声で賑やかに話をし始めている。蒼藍は疲れた息を吐いて佑の手を離した。転がっていた剣を佑の手に押しつける。
「手加減って、わたしは今日はずっと本気だったわよ」
「身体のサイズが違うから感覚がずれているか、本気で稽古をつけるつもりだったでしょう?」
小声の佑に合わせて蒼藍もぼそぼそと小さな声で言った。周囲にいる生徒たちはまだ賑やかに騒いでいる。
「感覚の修正はこの身体になってすぐに常磐さんに頼んで相手してもらって終わってるわよ。ほんの少しのリーチの違いでこれほど違うものなんだって実感したわ」
「手足の長さの違いは大きいですからね」
小声で蒼藍が答えた時、ちょうど午後の授業終了を報せる鐘が鳴った。教師の号令で片付けが始まる。蒼藍は佑の剣と自分のそれを一緒に道具箱に放り込んでから寮に向かって歩き出した。汗で張り付いた運動着を歩きながら脱ぐ。後を追ってきた佑が上半身裸になった蒼藍を咎めるような目で見る。
「蒼藍! レディの前ではしたないわよ」
「気持ち悪いんだから仕方がないでしょう。それにほら。ぼくだけじゃないですよ」
淡々と返して蒼藍はまばらに寮に向かう男子生徒を指差した。佑がつられたように蒼藍が指し示した男子生徒たちを見てから、慌てて目を戻す。寮に向かう生徒たちの中にはさっさと体操着を脱いでいる者も多い。
「ほ、他の人がそうしてるからって、あなたもそうしていいっていう理由にはならないわ」
真っ赤な顔をして佑が言う。蒼藍は困った顔で汗に濡れた体操着を見下ろした。一度、脱いでしまった汗まみれのものをまた着る気にはなれない。
「汗でべたべたするんですよ。それにたかが子供で、しかも男ですよ? 上半身が剥き出しになったからって、別に……」
気持ちの悪さを堪えながら蒼藍はそう答えた。急に動いたせいなのか、さっきより具合が悪くなった気がする。だが蒼藍はそれを表には出さず、平然とした態度で佑を見つめた。佑はどうしても気になるのか、ちらちらと蒼藍を伺っては恥ずかしそうに俯いてしまう。
「わたしの感覚がずれてるのかしら? やっぱり、年増ばばあだから?」
「だから、その件は謝ったでしょう? ぼくの失言でしたって」
しょんぼりとする佑に蒼藍は口早に答えた。自然と歩く足が速くなる。佑はそんな蒼藍に文句を言うでもなく、小走りに近い歩き方でついてくる。蒼藍はちらりと佑を見てから、そっと佑の手を握った。
「気になるなら着ますよ。だからそんなに悲しそうな顔、しないでください」
「これ着て」
そう言って佑が繋いでいた手を解き、長袖の上衣を脱いで差し出す。蒼藍は困惑の目で佑と差し出された上衣を見比べた。戸惑っている蒼藍をどう思ったのか、佑が少し眉を寄せて上衣を蒼藍の胸に押しつける。
「あ、ありがとう、ございます」
せっかく渡されたものを突っ返すことも出来ず、蒼藍はぎこちなく佑の上衣を着た。感じていた気持ちの悪さを上回る、言いようのない熱がこみ上げてくる。蒼藍は素知らぬ顔で汗まみれになった自分の体操着をつかんで歩き出した。
体育というか打ち合いですけども!w
佑はめちゃくちゃ強いので……。
毎日、更新していたのにやはり穴が空いてしまった……(泣)
私用であれこれしてるので、すみません。