水輝の中に巣くっていた過去の亡霊に宝珠を食われて消滅しかけ、その亡霊との戦いで力を使い果たして消滅しかけ、さらに水輝の子供を新たに身籠もって、子に食われてしまうから堕胎しろと言われて逆らって消滅しかけ……。佑が指折りながら自分が滅しかけた話を並べ立てるのを聞いて蒼藍はぴくりと頬を引きつらせた。
「つまり、佑さんはぼくの片親が原因で何度も死にかけたと」
「いや、違うわ。わたしが無茶で無謀だっただけで、水輝さんには責任は無いわ」
きっぱりと否定した佑を見つめて蒼藍は小さなため息を吐いた。
「それで? 佑さんは何度死にかけても死なない、不死身に近い存在だというお話ですか?」
それだけならさして珍しくもない。龍神という存在そのものが元々、死ににくい性質をしているのだ。
「結局、誰かに救ってもらってるだけだから。それが必然だったとしても、わたしが不死身だとか、そういうことじゃないわ……」
「なるほど。確かに佑さんは人とは少し違う時間を通られたみたいですね」
だからもしかしたら佑は、普通と言われる平凡な人生を歩んでいる生徒たちが羨ましかったのだろうか。賑やかにはしゃぐ女子生徒たちに囲まれ、困惑しつつも周囲に合わせようとしていた佑のことを思い出して蒼藍は眉を寄せた。
「結局、理子を産んでもわたしは消滅しなかったわ。水輝さんが情けをかけて、自分が待避するために作った小世界に、わたしも連れていってくれたの」
訥々と話を続ける佑を見つめて蒼藍は苛立ちを覚えていた。佑が水輝を好きで結婚し、子供が生まれたということは判る。理性では判るのだが感情的に許せないものを感じてしまう。蒼藍は話に耳を傾けながらちらりと自分の股間に目を落とした。一番許せないのは、こんな時にもこうなってしまう自分の身体だ。
「その小世界で、わたし、水輝さんに告白されたの。わたしは信じられなくて、何度も問い返したわ。本当にわたしでいいのかって、そうしたら、愛してるって、綺麗だとか、可愛いとか、セクシーでそそるとか、言ってくれて、わたし……」
じんわりと佑の目に涙が浮かぶ。やがて佑はぽろぽろと涙を零し始めた。蒼藍は黙って立ち上がり、着替えの入った箱を探って新しいタオルを取り出した。どうぞ、と差し出すと佑がタオルを受け取って顔にあてがう。蒼藍はしばし迷ってから佑の傍に座った。
「すみません。泣かせるつもりはなかったんです」
蒼藍はタオルに顔を埋めて泣く佑の頭を撫でようと伸ばした手を止めた。佑は身を縮めて悲しそうに泣いている。じっと佑を見つめてから蒼藍は伸ばしていた手を引っ込めた。
「辛いのならもういいですよ。話さなくても」
「聞いて、お願い!」
タオルから顔を上げ、泣きながら佑が上目遣いで蒼藍を見つめる。間近に見つめられた蒼藍は唇を引き結んで目を逸らした。落ち着け、と自分に言い聞かせてから息を吐く。
「判りました。続きがあればどうぞ」
「のぼせあがってたのよ。水輝さんを振り向かせたと勘違いして、子供扱いして。本当は、お情けで、結局、優一郎の、本物の佑の身代わりでしかなかったのに」
しゃくり上げながら佑が懸命に言葉を継ぐ。蒼藍は俯いてあぐらをかいた自分の足首を握りしめた。落ち着け、と何度も自分に言い聞かせる。佑がしているのは過ぎ去った時の話であって、今の話ではない。
「とにかく……泣きながら喋るのは苦しいでしょう? ほら、これを飲んで」
蒼藍は手つかずのままに置かれていたテーブルのコップを取り上げて差し出した。佑が震える手でコップをつかみ、中に入っていた水を一気に飲み干す。空になったコップをテーブルに戻して佑は深く息を吐いた。
「その小世界から出た後も、わたしは勘違いしたまま分もわきまえずに、水輝さんの妻の立場に当然のように座っていたわ。でも、その立場から追われるには、ほんの一週間あれば充分だった」
そう前置きしてから佑はここに来る前に何があったのかを話し始めた。佑がある仕事で水輝の傍を離れていた一週間の間に、状況は大きく変化したのだという。そして水輝は戻ってきた佑を突き放した。
「そこで、勘違いしたわたしは、またまた消滅しかけたり、お馬鹿なこともしたりしたんだけど」
そう言葉を挟んでから、佑は妖精の間に伝わる伝承を勘違いし、危うく消滅しかけたと言った。それを聞いた蒼藍は少し眉を寄せて腕組みをした。
「妖精族の伝承ならこの世界にもありますよ。ちょっと内容が違うようですけど」
「そうなんだ、教えて」
どうやら少しは気が楽になったのか、佑は泣きやんでいる。蒼藍はちらりと横目に佑を見つめて頷いた。
「後半部分がかなり違うようですね。妖精の姫はある騎士に救われ、そこからやっと自分の道を歩き始めるんですよ」
タイラードの王宮からラスティが運んできた書物の中に、その伝承が記されたものがあった。そう説明すると佑が不思議そうな顔をする。
「そういえば、一号が何か言ってたような……」
「一号? ああ……」
佑の呟くような声を聞いて蒼藍は思い出した。ラスティの家に佑と一緒に転がり込んできた機械仕掛けの身体をした女性のことだ。桂という名の彼女の身体を動かす機能を司るのが一号と呼ばれる者らしい。
「少し、すっきりしましたか?」
「そうだ! 話は脱線したけど、わたしは、まともな龍神じゃないの。ある意味、人形と言っても問題無い存在なの。紛いモノなのよ」
力強く頷き、タオルを握りしめて佑が力説する。蒼藍は疲れたため息を吐いて佑をまじまじと見つめた。
「それがどうかしましたか」
出来れば離れた方がいいと思いながらも、蒼藍は佑の傍に座っていた。佑の傍にいると自然と身体が反応してしまうのだが、傍に居たいという気持ちの方がどうしても強くて離れがたいのだ。
「だから、蒼藍みたいな将来有望な龍神が、わたしなんかに関わるべきじゃないのよ。水輝さんも、わたしのせいで要らぬ回り道をさせられたわけだし……」
「ぼくはその要らぬ回り道とやらのおかげで生まれることが出来たので」
蒼藍は呻くような低い声でそう切り返した。佑が驚いたような顔をする。蒼藍は苛立ちのままに言葉を継いだ。
「それに、人を好きになるのに相手が龍神だからとかいちいち気にしませんけど?」
「蒼藍、今、わたしの事が好きっていうのは真実なのね?」
「そうですよ」
苛立ちが頂点に達し、蒼藍は荒い声で答えた。佑が悲しんでいるあらゆる事象が揃って初めて自分は生まれることが出来たのだろう。子は単に性交すれば出来るというものではない。
「わかったわ。蒼藍。その言葉を信じるわ。わたし、蒼藍のものになってあげる」
そう言って佑がにっこりと笑う。蒼藍は驚きに息を飲んで佑を見つめた。
「一年経っていませんよ?」
「一年後には、わたしなんか見向きもしなくなってるわよ」
佑がにっこりと笑ったままで言う。蒼藍はため息を吐いて首を傾げた。
「そんなことはありませんよ。ぼくの目にはあなたしか女性に見えないんですから」
これまでどんな女を見てもそんな気にはならなかった。考えるうちに蒼藍の怒りはどんどん増していった。佑が水輝に惚れていたのは判る。だから佑は水輝を中心にしてしかものを考えられないのだろう。自分に水輝の影を見ていたのも知っている。
くっつかれると困るし、前の男の話をされても困るし!
というのが、蒼藍の本音かと……。