だが——。
「——しない!」
血反吐を吐くようにお兄ちゃんは否定の言葉を絞り出した。
拘束から逃れるためにその身を起こすが、そのまま勢い余ってたたらを踏み後ろへ倒れこんでしまう。
チンコはそそり立ったまま、顔を俯かせてお兄ちゃんは気持ちを吐露し始めた。
「そうだよその通りだ! 怖いくらいにお前の言う通りだよ! ここに来るときに住んでる場所を聞いたのだってそのまま攫えるかもって一瞬考えが過ったからで……だってお前、全然警戒心を抱かないし、初対面の、しかも俺みたいな小汚い奴についてくるんだぞ——⁉」
私のこじ開けた心の扉から湯水のように言葉となって溢れ出てくる。
「——しかも馴れ馴れしい、人の前で裸になったかと思えばベタベタと触ってくる、誘ってるのかと思ったが本当に誘ってるとはな! しかも俺の好みドストライクな女児で、わざわざ電車で遠くからきているから近くに知り合いも誰もいなければここに来るまでに誰の目にも触れていない、都合が良い、良過ぎてる! ああ、お前の言う通りこれが神の思し召しっていうのなら、たまには神様もイキな計らいをするんだなって思うよ……今もお前を犯してやりたいってチンコが痛ぇくらい勃起してる……でも、そんなことしちゃだめだろ……——」
分かっていたことだが、やっぱりどこも変わっていない。お兄ちゃんは、お兄ちゃんのままだった。
兄弟愛が無くたって、持ち前の生真面目さが故に私を犯さないであろうことは、前世の事から分かり切っていた。
その生真面目さを改まって目の当たりして、それがなんだか面白くって噴き出してしまう。
「はぁ⁉ 何が可笑しいんだよ!」
「ううん、そうじゃなくて。こっちが良いって言ってるんだからそこは犯そうよ。据え膳食わぬは~って言うじゃん」
「小さいくせに良く難しい言葉を知ってるな。んで、知らないついでに教えてやるが、お前ほどの歳の子とセックスなんてしたら捕まっちまうの! 普通は、わかる⁉」
「えへへ~褒められちゃった♡」
「褒めてない! どこをどう聞き取ったらその解釈になるんだ。まったく……最近の子供ってみんなこうなのか? 全然考えていることが分からん……」
百面相を浮かべるお兄ちゃんに対して私が笑うと、さらにその表情を変えながら怒るお兄ちゃん。その様が面白くて、また笑い、お兄ちゃんもまた表情をころころ変えながらツッコミを入れてくる。繰り返されていくやり取りに笑い声が大きくなっていく。
笑いは他愛の無い会話を引き出し、さっきまで部屋の中を支配していた淫欲な空気は霧散していた。
他愛のない会話は猥談にまで発展して、すっかり打ち解けた私達は、前世のときと同じようにこの部屋の中で調教の内容について話し合うまでになっていた。
「——んでさ、喉奥でイけるまで調教するわけ」
「大きいと大変だよ? 気持ち良くなるまではずっと咥え続けて練習しとかないと」
「その時までにディルド買っとかないとな」
「そんなの必要ないない! お兄ちゃんがその立派なチンポを一日中突っ込んで教育してあげればいい話」
「ずっと咥えさせておけってか? そんなん無理無理、トイレ行きたくなったらどうするんだよ」
「その時はそのままおしっこをシちゃえば? お前は便器、便女だって言って飲ませるの。そのうち喜んで飲み干して絶頂するようになるよ。だって女の子はね、便女扱いすると喜ぶマゾ生物なんだから♡」
「お前……俺より鬼畜だろ…………」
全部お兄ちゃんに教えてもらったことなんだよ、とは言わない。
ほどなくして猥談を楽しんでいると遠くの方からピーッと機械音が鳴ったのが聞こえてくる。洗濯機の運転が終了した音だった。
私とお兄ちゃんは揃ってその場を立ち、洗濯機のある脱衣所に向かう。
洗濯機から服を出してみれば綺麗に染みは取れていた。これなら外で着ていても悪目立ちすることはない。
服を着て様子を確かめるが、濡れている以外に問題はなさそうだった。
「まだ濡れてるけど着るのかそれ、どうせなら乾くまで居てもいいぞ?」
「……ふふっ、ん~ん、いいの。歩いていたらすぐ乾くから、そろそろ行くね」
「そう、か……なら見送るよ」
本当は私もずっと居たい気持ちはあるが、今の私には帰らないといけない場所がある。だからここは心を鬼にしないといけない。
私達は連れ立って玄関へ向かう。その間に会話はなかった。
靴を履き終えた私は振り向いて、少し寂し気にするお兄ちゃんへ語り掛ける。
「ねぇお兄ちゃん。聞きたいことがあるんだけど」
「なんだよ改まって……まぁいい、言ってみろよ」
私の表情から何かを察したのだろう。寂しげに微笑んでいたお兄ちゃんの表情が、真剣な表情へと変わる。かつてと同じ、私を本当の家族のように可愛がっていた頃と同じ表情へ。
「お兄ちゃんって今幸せ?」
「幸せかって、そりゃ……恵まれてはいるんだろうけど……——」
そう思わなきゃいけないって顔に書いてあった。そうやって自分の境遇や降りかかってくる理不尽を納得させているのだと分かっている。それを分かっていて、私は質問をした。
「——あの時、家族は俺の事を悪く思ってるっていっただろ? それ合ってるよ、兄貴は俺の事を快く思ってない。親父に言われてるから俺をここに住まわせてるけど、本当は追い出したくて仕方がないんだ——」
俯きながら喋るその姿は、どこか慟哭のように見えた。
「——嫌いなんだよ、俺の事。出来損ないっていつも言われる。何か小さなことでも小言を言われるし。ほんの少し息抜きをしてたって、それを見たらそんな暇があるのかってねちねちと嫌味を言ってくる、何なんだよアイツ! 自分が優秀だからって、俺には何を言っても良いって思ってるのかよ——!」
悲痛に歪み固く握られるその拳に私はそっと手を乗せた。
昂っていたお兄ちゃんの感情が落ち着くと言動もまた冷静さを取り戻した。
「——分かってるんだ、俺は普通の家庭に比べたら幸せななほうなんだって。アルバイトをして、そのお金で予備校のお金は全部払ってるよ。でも俺が衣食住に困っていないのは、兄貴が俺の面倒を見ているからで、だから何を言われても仕方がないんだ……」
「そうじゃなくなれば幸せなの?」
鳩が豆鉄砲を食ったような表情とは今のお兄ちゃんの表情のことをいうのだろう。唖然として言葉を詰まらせたお兄ちゃんへ私は優しく諭していく。
「ほんとうにそれで幸せになるの? お兄ちゃんの望みってそんな人から離れることなの? 私が思う幸せってさ、周りがどうなのかってより、自分がナニをしたいかなんだって思うんだよね~」
私の言葉を聞いて、お兄ちゃんの険しかった表情は徐々に和らいでいく。
「あれだけ楽しく話し合ったのにお兄ちゃんの願望がその程度だなんて、私には思えないけどな~」
お兄ちゃんが変に生真面目なのは今に始まったわけではないが、ここに来てまで自分の願望に無自覚なのはナンセンスだ。無駄な良識が邪魔をするから仕方のないことかもしれないが、なっちゃいない。
確かに鬱憤はそこにあるのだろう。大部分の負の感情は、そうした境遇から発生しているのかもしれない。だが、それらが無くなったからといって幸せになるわけじゃない。
あくまでそれは負の側面が消え去るに過ぎない。マイナスが無くなったからと言って、全てがプラスに傾くことは無い。
なら幸せになるためにはどうすればいい。
少なくとも最初の一歩は、幸せへと続く自らの願望を自覚することからだろう。
「俺の望み……ってあれは妄想の中の話だからであって、現実でそんなことしたら……そりゃ……もう…………最高だとは、思うよ……」
尻窄んでいく言葉とは裏腹に、お兄ちゃんのアソコは熱くテントを張っていた。
自覚したかどうかは、勃起したアソコを見れば一目瞭然だった。
それでもあえて私は質問をした。
「お兄ちゃんはどうすれば幸せになるの?」
「俺は……お前みたいな女の子を調教して俺専用のオナホにしたいな、あの漫画本のように。毎日犯しては、イチャイチャ過せたら幸せなのかもなぁ」
「えぇ~お兄ちゃんこわーい」
「お前が言わせたんだろ!」
「でも今の世の中じゃ難しいね」
「ああ」
「生きづらいね」
「仕方ないだろ。それでいいのさ、それが普通ってやつなんだから」
そんなお兄ちゃんへ、私はもしもという態で質問をした。
「じゃあさ、もしもなんだけど。二つの世界があったとしてさ、お兄ちゃんはどっちを選ぶ?」
人差し指を立てる。
「今のまま、これまでと何も変わらない普通の世界」
中指を立てる。
「エッチなことがいーっぱい出来る世界、どっちがいい?」
もはや愚問とも言うべき質問だ。お兄ちゃんがどっちを選ぶかだなんて、もう決まり切っているのに。
「エッチなことがいーっぱい出来る世界だな」
はつらつとした、間髪入れずの返答だった。
聞きに来たのがお兄ちゃんで良かった。もしお兄ちゃん以外の人だったら、私の中にあった憂いはこうも簡単に晴れることはなかっただろう。
答えは得た。心の迷いもお兄ちゃんが晴らしてくれた。満足だ、気持ちを新たにして頑張ろう、はつらつとした笑顔で私は頷いた。
「やっぱり。それじゃ私も頑張らないとなぁ……」
「ん? 何か言ったか?」
「なにも~、それよりお兄ちゃん。ちょっとちょっと!」
頑張る前に私はお兄ちゃんへ最後の贈り物をする。
不敵な笑みを浮かべて手招きをする私。
高鳴る鼓動。これからすることを考えれば、ドキドキするなんて随分と初心な反応だなと思ってしまう。前世を含めて、あらゆる淫欲に身を浸してきた。そんな私に今更恥ずかしがったりする感情だなんて、無いに等しい。
慣れとはそういうものだ。楽しむ余裕すらある。でも、これは違う。
何時如何なる時代であっても、女がその初めてを捧げるということは、やっぱり特別な意味がある。今私は興奮と愛しい気持ちでいっぱいだ。
素直に近づいてくることから警戒心は全く抱いていない。私は内心でニヤニヤと笑みを深めながら、背丈を合わせるようにジェスチャーをする。お兄ちゃんはどっこいしょといわんばかりにしゃがみ込み、私と目線の位置が同じくらいになるまでしてくれる。
そのタイミングで私は背伸びをするように自分の体ごと突き出した。
「んぶうっ⁉」
唇に生暖かな感触が広がる。くぐもった声が聞こえてくるが、お構いなしに私は相手の顔へ両手を添えて、今しばらく唇からの感触を楽しむ。
ムードもロマンスの欠片も無い。けれど、それは紛れもないキスだった。
久々に感じる人肌の感触。その熱は暖かくて、じんわりと広がっていく熱が私を幸せな感覚へと誘ってくれる。
「んむぅ……んんっ、ぷはぁっ……って、何してくれたんだお前! ファーストキスだったんだぞ⁉」
「ンチュ……ぁ……奇遇だね、私も初めてだったよ」
名残惜しそうに指で唇をなぞり妖艶な笑みを向ける私。
あまりの衝撃に尻をついたお兄ちゃんの頭は混乱の中にあるようで、顔を真っ赤に染めて、しどろもどろになりながら何かを訴えている。
そんなお兄ちゃんを横目にして、家の玄関から出ていく前に一言告げていく。
「これはおまじない。お兄ちゃんの勉強といろいろなことが上手くいきますようにっていう、神様からのおまじない、だからきっと上手くいくよ」
お兄ちゃんからしたら明らかに根拠のない励ましであった。大きなため息がその証だった。
「……はぁ、なんの根拠も無いじゃんか。いまさらお前の行動に意味を求める様なことはしないけどさ、考えるだけで疲れるし振り回されるし」
気疲れで肩をガクっと落としたお兄ちゃんは、でも、と言って言葉を続けた。
「でも……まあ、ありがとよ、その……嬉しくなかったわけじゃなかったから。だから、なんつぅかさ……俺も頑張るよ、いろいろと」
大丈夫だよお兄ちゃん。
お兄ちゃんの頑張りは絶対に報われる。
勉強だろうと、他のヤりたいことだろうと、どんなことだってお兄ちゃんは自分の力で成し遂げられる。
だって私がこの力で祝福したんだから。
ひたむきに頑張れば道は自ずと開ける。約束された幸せが待っている。
幸せの形はお兄ちゃんが自分で決めるの。
あとはお兄ちゃんの頑張り次第。
今の私に出来ることはこれくらい。私には私のヤることがあるから。
「なあ、最後に名前きいても良いか?」
だからもし運命が重なり合って出会うことがあったのなら、その時は——
「ふふっ、ひーみつ! またね、お・じ・さん♡」
「最後の最後まで、言うに事欠いておじさんはやめてくれよな。まだそんな歳じゃねえし」
——夜通しセックスをして、愛を温め直しましょう。
◇
重々しく閉ざされた扉が、お兄ちゃんと私の関係性の終わりを暗示しているかのようだった。
知っていることとなれば性別とこの少しの間で打ち解けただけの人柄くらいのもの。他人と言って差し支えなく、こうして別れてしまえばその関係性も終わったとみるのが普通だ。
コーヒーで服を汚してしまった少女に洗濯機を貸した、その程度の関係性。
今頃お兄ちゃんはそんなことを考えているかもしれない。
でも私との前世を抜きにしても、実際の所はもう少し深い関係だと言えた。
「ふふっ、また会いに来たいけどしばらくは難しそうだなぁ……」
私は〈東雲〉と書かれた表札を触り、その横へと続く名前に指を沿わせる。ひとり、ふたり、これはここに住む夫婦の名前。確かに私を家へと迎え入れた人たちだったが、良く言えば放任主義で思い入れも何もないので名前すら覚えていないどうでもいい人たち。
その隣。武と書かれた一文字を一画ずつなぞっていく。お兄ちゃん、もとい叔父さんの名前。さっきま紡いでいた記憶を武という文字をなぞる実感と共に思い出へと焼き移していく。
目を閉じれば、私の中にある思い出という名のアルバムに今日の出来事が追加される。セックスをしていないから、もしかしたら忘れてしまうかもしれないが、今しばらくは愛しさと切なさを理由に覚え続けていられそうだ。
目を開けた時、表札に私の名前が書いてあるヴィジョンが現実の光景と重なり合う。
武という一文字の横に書いてある淫子という文字。
そこに名前が書いてあることこそが、私の原点なんだぞと言われてるみたいで。そして私もそう思わずにはいられないことが、心地よかった。川が下から上へと流れないように。人が空へと落ちていかないように。そこに名前が書いてあることが当たり前なんだぞって、そ帰巣本能へ訴えかけるような強制力がその感情にはあった。
この家に来てみて、改めて分かった。私は家族というものに飢えていた、ということが。叔父さんの居るあの部屋に戻りたい、別れないであのまま前世での幸せな関係に戻りたかった。今でもそう思えて仕方がない。
なら一からヤり直せばいい、ここからまた始めるんだ。なぜそうしないんだと私は私に自問する。
彼らの幸せがそこには無いからだと、私は答える。
私は後悔も悔いも無い人生のために生きると決めた。
そのためには人生全てを淫欲に染め上げてヤり直し、幸せになる必要があるとも言った。
そしてその中には、お兄ちゃんを含めた私と身体の関係を持っていた全ての人の幸せも入っているのだ。
前世での彼らとの時間は確かに幸せなものだったが、その最後はどれも悲惨なものばかりだった。
もちろん最初はお兄ちゃんだった。爛れた日々を送っていた私達だったが、そういつまでも関係を隠し通せるわけでもなく、ついには家主の兄に露見することになる。兄はそれを理由にお兄ちゃんを追い出すことに成功し、そして自分は残った私を好きなように犯し始めた。それが許せなかったのだろう、お兄ちゃんは自らの手で兄を殺してしまう。その後、逃げた先で一回だけしたセックスがお兄ちゃんとの最後になった。その後どうなったのか、私は知らない。
他の人も似たようなものだった。セックスしかコミュニケーション方法を知らない私は、ここから親戚中を巡ることになるのだが、その先々で誰かと関係を持ってはその家庭を崩壊させていった。淫売、毒婦、疫病神、いろいろと呼ばれた。
最後に流れ着いたのが愛護の家だった。そこでも私は相変わらず爛れた日々を過ごすことになる。性処理係としての充実した日々、それが終わったのは私が妊娠したことが切っ掛けになった。今となっては知る由も無い事だが、確かなことは私が妊娠したことが外部に漏れたことで警察の耳に入り、強制捜査の手が入ったということだった。押収されるハメ撮りのデータ、コスプレ衣装に道具の数々、証拠は十分だった。私と関係を持った職員達はほぼ全員が懲役刑を受け、愛護の家は解体。私はこの出来事で帰る場所だけでなく息子も失うこととなった。
その後は紆余曲折あってママに拾ってもらって、人として当たり前の勉学を身に着けながら水商売を始めるのだが、ここでは置いておこう。
大切なことは、彼らが不幸になったということだ。
その最後をほんの少しの理不尽に見舞われたばっかりに、彼らは私との幸せな関係だけでなく全てを失ってしまった。それはなぜか、私と身体の関係を持ったから?
それは違う。世界が私達の淫欲を許容しないからだ。
だから私は願った。
私が私でいられる世界。
私が在りのままでいられる世界を。
生前よりも性に寛容で。
もっと淫らでふしだらな営みに溢れていて。
道徳によって変態性が淘汰されない。
私が恋焦がれ色欲に彩られた日々が送れる世界を。
つまるところそれは、彼らが生きやすくなることを願ってのことでもあった。
時として身を滅ぼしかねない性欲を抱える彼らが、活き活きとしてその情欲を謳歌できる世界であれと、そう願ったはずだった。
けれど現実はどうだ。
この世界は私の望んだ世界のはず。
しかし望んだとおりの様相を呈していない。
どこもかしこも普通で満ち溢れていて、私が望んでいた淫らな行為は普通の陰に隠れているばかり。
これは一体どういう事なんだ。何かが間違っている。でないとおかしい。
何も変わっていない。世界が変わっていないということは、つまり、私がそう望んだということなのか。
私の中で明確になった疑問。お兄ちゃんたちを訪れたのは、その疑問に答えを出すためだった。
前世での結末を私は無意識の中で後悔しているのではないか、そう思う時もあった。なにせこの力で一番の願望を叶えたのだ、私と彼らの幸せを。だけど世界が変わっていないというのなら逆説的に私はそう望んでないことになる。
愛護の家を訪れた時はまだ明確でなかった疑問も、帰る時にはもやもやとした気持ちを残すほどに形となっていた。
私の後悔の念が力を通して作用した結果、彼らが不幸に行き着かないようにその在り様を歪めてしまったのではないか。それにとどまらずこの世界が変化しなかったこともそうした要因を排除した結果なのではないか、考えれば考えるほど不安は高まっていった。
そんな感情はおくびにも出さず、私はお兄ちゃんと接触した。
結果から言えば、私の懸念を全て杞憂にしてくれた。お兄ちゃんは何も変わってなどいなかった。変わらずその胸の内には大きな淫欲を秘めていたし。それを開放できる世界を望むとする真意も知ることができた。
私に後悔の念など無い。私の願いは何も間違ってなどいない。
だとしたら何が間違っているのか、という疑問が残った。
考えられることは、私が何か大きな勘違いをしているということだ。
私は心から一番に望む願望を叶えたつもりだった。
でもそうじゃなかったとしたら。力は十全に使える、今も何かをシようと思えば力は万能に応えてくれる。たとえそれが漠然としたものであっても、力は無意識の願いすら汲み取って形にしてくれる。そう、無意識にあってもだ。
もし……もしも今私が叶えたいって思っている願いが一番じゃなくて、二番だったとしたら。私ですら自覚していない、失われた記憶の向こう、私が私になる前の潜在意識に刻まれるほど強い願いがあったのだとしたら。
前世で私の名前が書いてあった場所、そして今は何も書かれていないはずの空白、そこにそっと指を沿える。私の名前を、付いたインクを拭き取る様に指で拭えば、そこにはもう何も映っていない。瞬く間に夢幻のように消え去っている。
ようやく思い出した。いや、自覚したとも言えるか。お兄ちゃんとの会話が私に気づきを与えてくれた。遠き過去からの憧憬、家族愛と呼べるべきものをどこへ向けるべきなのかを。
そう、一からではない。
全てはゼロから始めなければヤり直せない。
私の原点、願いの根源はソコにあるのだから。
確かにここは私にとって始まりの地だった。
全てを失っていた私が、お兄ちゃんからの愛を受けて新生した場所。私が今の私としての自認を初めて持ち始めた帰るべき最初の家。
生まれた家ではないのだココは。
私はなにも木の股から生まれ出てきたわけではない。私が私として淫欲の日々を送る前には、確かにあったことになる。普通の家庭というものが。家族が。当たり前の幸せというものが。
力はそれを読み取り、一分の不備も無く私の願いを叶えた。
だから世界は表向き変化していなかったのだ。
だってそれは私の一番の望みではなかったから。
気づかせてくれたお兄ちゃんには感謝してもしきれない。こんなところにも人生の空白があっただなんて、危うくまた悔いを残す所だった。それはダメだ、ほんの少しの余白も認められない。私の人生は淫欲に染め上がってないといけない。
私の幸せとは人生の全てを淫欲に染め上げて初めて完遂されるのだから。
ならば今こそ私は立ち帰らないといけない。
私が私となるそれ以前。消失した記憶、潜在意識の向こう側——両親が死んだその日へと。