共働きの両親はとっても忙しかった。繁忙期ともなれば時間に追われる毎日で帰ってくる時間も遅く、全く顔を合わせない日があることも珍しくは無かった。
仕方のないことではあったが、朝の時間しか顔を合わせないという生活は、子供心ながらに寂しいと思う気持ちがあったのは、間違いない。
そんな家庭環境だったこともあって、家族三人で過ごせた時間はどれも特別な思い出だった。毎年、それぞれの誕生日を祝うパーティー。体育祭や文化祭といった学校行事。たまたま長期休暇が重なり合った時期に行う旅行。寂しい思いはしていたけれど、それをあってないように出来るくらい楽しい思い出があったから、寂しいのも我慢出来ていた。
両親が死んだ日もそんな特別な日の一日だった。
たまたま長期休暇が重なり合った私たちは、年末に旅行を計画していた。
療養を目的とした三泊四日の温泉旅行。
「温泉はやく入りた~い!」
「ここは温泉が人気で、色んな効能があるんだって。肩こり、冷え性なんかにも効くし。肌艶も良くなるんだって」
「夜ご飯が今から楽しみね。地酒も色々飲めるっていうし、久々にゆっくり出来そう」
「ほどほどにね?」
「ねぇねぇ今回は旅行先で何かするの?」
「今回の旅行はね、色々と目星をつけてあるんだよ。こことか陶芸が体験できて——」
久々の休みで羽が伸ばせることに高揚が隠せない両親は、少ない合間を縫って旅行雑誌を開いては、色々と情報収集をしていた。家族皆が楽しめるようにと計画を練っていたし、私はベッドの中で小さなカレンダーを見つめながら、旅行の日までを指折り数えて楽しみにしていた。
家族皆が楽しみにしている旅行に暗雲が立ち込めているだなんて、知る由もなかった。
そしてその日はやってきた。
旅行当日。私達は父が運転する車に乗って、目的地である温泉宿に出発した。
その日は良く晴れた日で、私達を乗せた車は鬱蒼とした山岳道路を走っていた。
木々の隙間から差し込む日の光が、窓を通って車内をキラキラと照らして、その一瞬一瞬に模様が移り変わっていく様子が、昔覗いた万華鏡のようで印象的だった。
それが私の認識していた最後のまともな光景だった。
「あぶない!」
誰かの叫び声が聞こえてきた。力で思い出した私には、その声が母のものだと分かるが、当時の私には それが誰の声なのかを判別する余裕はなかった。
衝撃、悲鳴、車を襲った衝撃は凄まじく、突然の嵐がこの車を襲ったのかと思った。左右に揺れる車、それに振り回される私達、一刻も早くこの嵐が過ぎ去ってほしいと願い目を瞑って耐える。真っ暗闇の中、 遠心力によって身体がより一層強く振られた後に訪れたのは、これまた何かに強くぶつかった衝撃と浮遊感だった。もう目を瞑っていた私には何も分からなくなっていた。ただ脳内にあった光景は、昔家族で乗ったことのあるジェットコースターだった。それも記憶に残っているソレよりも遥かに激しいものだった。私の三半規管は地面を見失い、世界はぐるぐると回って回り続けて、そのまま私の意識は闇に飲み込まれていった。
気がついた時にはベッドの上だった。
正確に言えば目覚めたと言った方がいいかもしれない。
家族を失い、記憶をも失って、全てを無くした私としての最初の目覚め。
目覚めた時、私の心は凪いだ海のように静かだった。夜に寝て、朝起きる、ただ当たり前の起床のように私は目覚めた。
「貴女にも分かりやすく言うとしたら、記憶喪失ということになります」
「ふーん、そうなんだ」
「怖くはないですか、不安も感じたりしない?」
「別に。そうなんだ~くらいにしか」
先生から自分が記憶喪失であることを宣告されても特に思い悩むなんてこともなく、そんなものか、と自分の中で区切りをつけて納得していた。その一歩引いたような心模様が、見るモノ聞くモノ全てを他人事のように感じさせていた。
それは事故と両親に関わる話であっても同じだった。自分は事故から唯一助かった生存者であること。事故の直接的な原因は判明していないが、乗っていた車がガードレールを突き破って谷底に転落したこと。 私の両親が死んだこと。その両親は即死ではなく、もう少し通報が早ければ生き残っていた可能性が十分にあったこと。
確かに悲しい話なんだろう。痛ましい限りだ。けど、何の実感も湧いては来ない。実感も思い出も無い両 親という記号に感傷など抱けるはずもなく、心の機敏は全くといっていいほど反応しなかった。
そんな私であっても孤独の冷たさには酷く堪えた。全てを失い、自分が誰なのかも見失って、生きる意味も意義もないまま孤独に苛まれながらただ生きている。寂しかったし、苦しかった。
そんな時だ、お兄ちゃんと出会ったのは。
お兄ちゃんと出会い、沢山の愛を注いでもらった。そのお陰で私は孤独じゃなくなったのだ。愛という名のセックスは私に全てを与えてくれた。孤独から解放されるための暖かさを、自分がエッチ大好きな快楽狂いの雌なんだって自認を。エッチなことこそが私の生きる意味であり、意義であると。
お兄ちゃんとの出会いが、私に存在意義を与えてくれた。
もしもそれが無かったら、今の私のように過去に立ち返って両親について思いを馳せたのかもしれない。 そして記憶を取り戻して、普通の女の子として生活するなんていう、酷くつまらない可能性もあったかもしれない。
そう考えるとゾっとしない話だ。想像も出来ない。エッチが好きじゃない私だなんて、そんなの私じゃない。生きている意味も、意義も無い。それを与えてくれたお兄ちゃん、ありがとう、愛してる。
お兄ちゃんのお陰で孤独を克服した私は、その後の人生で両親の事について考えることはなかった。
お兄ちゃんに始まり、パパたち、愛護の家の職員、セフレの皆、私に愛を注いでくれた沢山の人たち。その皆のお陰で私は両親を思い出す必要がないくらい愛に囲まれて生きていくことが出来た。そんな彼らこそが、前世の私にとっての家族になる。
かくして私はたくさんの愛に囲まれながら、事故で死ぬという最後を迎えた。
私の人生の顛末。そんな愛に囲まれた最後でも私は最後に大きな悔いを残すことになった。
もっとセックスがしたかった。
絶頂という名の幸せにもっと至りたかった。
この世のありとあらゆる快楽を味わい尽くしたかった。
語りだしたらきりがない。まだまだヤり足りない、ヤり残しがあったから後悔などという情念が湧き上がってくる。その苦悩が、切なさが、欲求不満が、死に際の狂おしいほどの切望を、誰が理解できるというのだろうか。きっと誰にも分かりっこない。
だからこそ私は、自らの人生を淫らな色で染め上げたいと思う。
人生に空いたヤり残しを埋めて、この先の未来の全てを淫らに染め上げて、今度こそ人生に悔いというものを残さないために。
そのためならどんなことも厭わない。
だが、その理屈でいうのならば、だ。
私が私に成る以前、失われた記憶の空白であっても淫らに染め上がっていなければいけないことになる。ヤり残した過去は大きな後悔を生む。
過去を思い出した今では、より強くそう思うのだ。
◇
夜も更けて子供も完全に寝静まった頃。
今日も仕事を終えた東雲紗妃と東雲直人は、自分たちの寝室でベッドに入ろうとしていた。疲れた様子を見せながらクイーンサイズのベッドに入る紗妃とは対照的に、直人は何か意を決したかのような様子を見せていた。
「紗妃さん……」
含みのある声色、何かを期待するように囁きながら身を寄せていく直人。そんなあからさまな様子に紗妃は夫である直人が何をシたいのかを察する。
抱きつく直人。密着することで人肌に心地よさを感じる紗妃だが、一部から伝わってくる硬く熱い何かに辟易とした感情も湧き上がってくる。
紗妃は直人が何を言いたいのかを察しながら返事を返した。
「なにアナタ?」
「今日はその……できるかな?」
できるかな、その言葉に含まれた意味はたったひとつだった。
愛し合う二人が、夜、ベッドでスることと言えばセックス以外ない。
こうして直人が意を決して喋り出すのも、もう何度目になるのか。直人自身ももう既に回数なんて忘れているし。それを聞く紗妃も辟易と思う分だけ返事を返してきた。
思い悩む素振りを見せる紗妃だが、その内心、答えは決まっていた。
「……ごめんなさい。仕事も忙しくて、そんな気分じゃないの」
「いや良いんだ。俺の方こそ忙しいこと知ってるのに……ごめん」
やっぱりという落胆を表情にだして、直人は残念がる。
残念がる直人を見ているとやっぱり申し訳なく思ってしまって、紗妃は愛が確かなものなんだと証明するかのようにその唇を差し出す。
「もう、アナタったら。ンゥ」
「紗妃……ン」
そして決まって二人はキスを交わし合う。
セックスだけが関係を深める行為じゃないと自分に言い訳をしながら。
そのキスという行為に縋る様に時間を重ねていく。
「愛してるわアナタ」
「俺も……好きだよ」
どっちの言葉も酷く空虚な響きだった。
相手に伝えるというよりはまるで自分へ言い聞かせる様な、そんな言葉。
その言葉を最後に紗妃はベッドに入り眠りについてしまう。直人も続いてベッドに入っていく。キスを交わし互いの想いを確認し合って、二人は就寝する。それがここ数年の夫婦の営みの姿だった。
◇
「あぁ……可哀そうなパパとママ」
そんな夫婦の営みの様子を扉越しに見ていた私の胸中は、悲しみの感情でいっぱいだった。
あんなにも愛し合っているのにどうして、と思わずにはいられない。
一般的な観点からして、仲睦まじい家族というものがどういうものを指すのかを私はよく知りはしないが、少なくともその逆は知っている。家の中で疎外され、関心を持たれず、ただ人肌恋しくて震える環境。その反対が仲睦まじいと称されるのであれば、私達家族は確かに仲睦まじく上手くやっていたと言えるだろう。
家の中は常に笑顔があった。他愛の無い会話で笑い合い、それが小さな出来事であっても家族の言う事なら耳を傾けて一喜一憂する。
食事は出来る限り一緒にとる。何よりも同じ時間を過ごすことを大切にし、誰かの晴れ舞台があるのなら家族総出でそれを応援しに行く。それは主に私の学校行事のことではあったが、家族全員で共通する思い出というのは、それだけ多くの時間を一緒に過ごしてきたという証でもあるのだ。
恋に始まり、愛を育み私が生まれ、家族として思い出という名の歴史を積み重ねてきた。その重さはきっと、仲睦まじいと言っても差し支えないはずだ。
それが今ではあんな空虚な言葉を吐き出すまでに冷え込んでしまっている。
原因は明白だった。セックスレス、本人たちが気づいているかはともかく、それが夫婦仲を冷え込ませている原因だった。
本来の歴史なら、そんな冷え込んだ夫婦仲を温め直すために計画していたのがあの旅行だった。だがその旅行も事故によってご破算。
今世では旅行そのものが計画されなかったことで、二人の間で共有されたセックスレスへの問題意識も共 有されずにそのまま時が経過。夫婦仲の冷え込みはさらに加速する事態に陥ってしまっている。
「無自覚なママはともかく、そろそろ限界なのはパパね」
私は廊下の陰に隠れるようにその身を隠す。時間からしてそろそろのはずだった。
しばらくもしないうちに両親の眠る寝室から誰かが出てくる。
足音を立てないように出てきたのは、父だった。
毎夜のように父は母が寝静まったタイミングを見計らって、部屋の外に出てくるのだ。
出てきた父は、まさか廊下の陰に娘が隠れているなんてつゆにも思っておらず、真っすぐと廊下を進んでいく。
父の向かう先がどこなのかを分かっている私は、廊下の陰から顔だけを出して父の後ろ姿を眺める。
扉を開けて、父が入った後に電気がつく。そこはトイレだった。
力を使って廊下の陰から聞き耳を立てる私のもとへ音が届いてくる。
布が擦れる音、便座が軋む音、断続的に何かをシュッシュッと擦る音は徐々に粘着性のある水気を帯び始めた音へと変わり、父の出す吐息もまた徐々に苦しそうなモノへ変わり始める。
「はぁ……はぁっ……ウウゥっ、でるっ、くぅっ!」
切羽詰まった声の後にびゅるびゅると濃厚な音が出てくる。
なにをシているのかは明白だった。父はトイレに籠ってオナニーをしていた。
それも毎夜のように。母が寝静まったことを確認したら、決まってトイレに籠って自家発電に勤しんでいた。
それも一度や二度じゃ済まない。
「紗妃……さきぃっ……出すよ、受け止めてくれっ、おおっ……はぁ……はぁ、はぁっ、ああ紗妃ぃ……もっと、もっとしよう……愛してるんだ、おおっでるっ!」
かなりのハイペースで性を吐き出し続けている。今やトイレの中はどうなってしまっているのか。濃厚な精臭が充満していて、耐性の無い雌が入ったりしたらそれだけで妊娠してしまうのではないだろうか。
既に四度目の射精を終えて、五度目のオナニーに突入していた。
それだけ欲求不満が溜まっているということの表れでもあった。
本当はセックスがしたい、そんな自分の心を押し殺して、どっちもその性欲を持て余してしまっている。片方は自覚して。もう片方は無自覚のまま。もっと素直になってお互いを求め合えば全部解決するのに致命的にすれ違ってしまっていることが、事態をより悪化させている。
「パパはまだ自覚がある分マシだけど——」
東雲直人はまだ自分の状態を客観視出来ている。
力を使えば裏付けも簡単だった。
自分がどれだけ大きな性欲を持っていて、それを持て余してしまっているのかを分かっている。分かっていて、現状ではどうにもできないことにストレスを感じている。
愛しているのだ東雲紗妃を。いわゆるそういう店に行って性欲を発散することは直人にとって裏切り行為のなにものでもなかった。愛している人を裏切ることはできない、一度でも裏切ってしまえばもう自分は 自分を許すことができない。そう考えて、思い悩んで発散できない性欲がその身に溜まり続けて苦しんでいる。
さながらその姿は破裂寸前の風船のようだった。
オナニーで発散しようにも仕事で忙しくする父にそんな暇も無ければ、家に帰っても愛娘もいて気軽にすることもできない。唯一の時間は、皆が寝静まる深夜の時間帯だけ。
疲れた体に乗っかる射精後の疲労感と脱力感。
寝る間も削って一人寂しくトイレの中でする自家発電が、父の心の中の不平不満を際立たせる。
こんなことなら——その呟きは誰にも届くはずのないものだったが、私には聞こえてしまう。父の気持ちが、その慟哭が、苦しいと泣き叫ぶ心の声を拾えてしまう。
小さな不満が降り積もっていけばやがて大きな不満へと肥大化していく。セックスレスという大きな不満が負の感受性を増大させて、ささいな不満をも情動へと変える。
そうなったらもう止められない。高まっていく不満の螺旋は最後の最後に爆発するまで不満を溜め込んでいくだろう。
離婚という文字が浮かび上がるまで。
セックスレスとは離婚するには十分な理由になるのだ。
「それはダメね……それじゃ私の願いは果たされない」
廊下の陰から出た私はトイレへと進んでいく。
そうすれば父と鉢合わせることになるが、それでいい。
私は寝ぼけた風に装い目を擦りながら近づいていく。父は洗面台で丁度手を洗い終わって出てくる所だった。
まさか私が居るとは思っていなかったのだろう。飛び上がるんじゃないかというほど驚いた様子で、父はしどろもどろに話しかけてきた。
「い、インコか。どうしたんだこんな夜遅くに。早く寝ないと明日起きられなくなっちゃうぞ?」
「トイレぇ……」
「トイレ、ああトイレか。そっか起きてくる理由なんてそれ以外ないもんな」
「パパ大丈夫?」
「大丈夫、ってパパがかい? えと、なにかヘンな臭いでもするかな?」
執拗に鼻を鳴らして自分の臭いを嗅ぐ父だが、訝しむ様子から嗅ぎ分けられていないのが分かる。個室で十回近くも出せば鼻もマヒするのは無理もない。こうして離れていてもその残り香が漂ってくる。
でも今はそんな話はどうても良くて。
「ううんそうじゃなくてね、辛そうな顔してるから……」
純粋に娘として心配がしたかった。
この人は私の父で、大人で、いくら気丈に振舞っていたとしても、中身は一人の男で。我慢強くはあってもその我慢には限界がある、やっぱりただの男の人なのだ。
私の経験上、そして実体験を含めた話。親密的なセックスでストレスケアをしている人は、意外と心根が脆い。というよりはそれだけ性欲というものが劇薬であるという話でもある。
時として性欲はその使い方次第で薬にも毒にもなる。
日々の鬱憤も不調も愛する者との親密なセックスは、心身に大きな影響を与える。それをストレスケアとしている男性は実際のところ多い。セックス後の幸福感は、そうした鬱憤や精神の不調を洗い流すくらい力強い。
私のセフレたちもセックスを通じて精神の不調を整えていた。
父もその例に漏れない。だって愛しい人たちと同じ匂いがするから。母との親密な交わり、セックスを含めた行為が父にとっての大きな原動力になっているんだ。
「お仕事忙しいのパパ?」
「……そうだね、ちょっとお仕事で疲れちゃったかもしれない」
「元気ないの?」
「ちょっとだけね」
「じゃあ元気分けてあげる」
私の意図を汲んだ父はその場でしゃがんでくれて、私からの抱擁を受け取ってくれた。ぎゅっと力強く父の首もとへと抱きつく。
こんなことは根本的な解決にならない、そんなことは重々承知している。でも普通の娘ならきっとこうするんだと思うから。
離れ際に頬へとキスをして離れる。
心なしか父の表情も晴れやかになっていた。
「それじゃインコも早く寝るんだぞ」
「はーい、お休みパパ」
「おやすみ」
そう言って、父は母の眠る寝室へと戻っていた。
扉が閉まるのを確認してから私はトイレへと入る。
入ったとたんに私は濃厚な臭いに包まれた。
「これじゃそう遠くないうちに離婚するわね」
その確信はトイレに入ったことでより深まった。トイレに充満する自慰の残り香、密閉空間に漂う濃厚な臭いはサウナのような閉塞感を生み出している。
まるでスメルの洪水だ。新鮮な空気なんてどこにも存在しない、呼吸する度に私の肺は白濁とした空気に汚染される。それがたまらなく美味い。
もっとこの臭いを楽しむために私は便座に座り、嗜好品の煙草を吸うように父の出した残り香を肺へ取り込んでいく。
深く息を吸って、芳醇なこの臭いを肺に取り込んでいく行為が、私の本能に火をつける。
どうしようもなく引っ張られる。私の中でぐつぐつと煮えたぎっている欲求不満の性欲が、父の性欲に引っ張られてさらけ出されようとしている。
この重厚な臭い、父の抱え込んでいる欲求不満は相当のもの。
まさに好都合だと言えた。
「すぅ……はぁ……ねぇパパ、ママ——」
ずぅっと考えていた。
どうしたら本当の家族になれるのかって。血の繋がりじゃない、もっと深くて淫らな繋がり。ただの家族なんかじゃなくて、背徳の行為を繰り返して至る愛に溢れた家族。
私が望む幸せ、淫美な絆で紡がれる幸せの形。その幸せを以て、人生の空白とも呼べる悔いを淫らな色で染め上げるのが、前世から思い描く私の理想、そして私の存在理由。
「——幸せってなんだろうね——」
私は幸せになりたい、絶頂という幸せの頂に昇り続けたい。だから私が希う幸せの形に今世からの家族もなってほしいってずっと考えていた。
今にして思えば、すぐに行動に移さなかったのも記憶を無くす前の私の想いが残っていたからだって思える。
たった十数日間のことだった。
和気藹々とした団欒が織りなす何気ない日常が、私の凝り固まった一辺倒の考えを絆すのに掛かった時間は。
目から鱗ってこういうことを言うんだなって思った。まさか自分がセックス以外で幸せを感じる日が来るだなんて、まったく想像すらしていなかった。
その無償の愛はお菓子のように甘くて、出来立てのように温かくて、毒のように心にしみわたってきた。
「——セックスだけでいいって思ってきた……気持ち良ければそれで幸せだって。でもパパとママから普通に愛されて、ちょっと考えが変わったの。というより改めて家族の良さを再認識した、って感じなのかも——」
あらゆる事柄はセックスを盛り立てるためのスパイス、だからセックス以外の全ては些事だという考えの下で生きる私の存在理由を揺るがした。
それが不快で、シたいことも出来ないことが忌々しくて、なのにどこまでも愛おしかった。
考えてみれば相反する気持ちが同居するのにも納得だ。だって私の中には私と、記憶を失う前の私の想いがあるのだから。私が無自覚に家族というものに固執していたのもきっとそれが理由だった。
淫らな繋がりによって構成される幸せの形を私は家族と呼び。
血の繋がった家族と過ごす何気ない日常を幸せだと感じる私。
相反してなどいなかった。私にとって、その本質は同じモノ。繋がりによって幸せが生まれるのではない。血でも淫欲であっても関係ない、繋がりによって紡がれる形こそが私にとっての幸せ。
それが〝家族〟なんだと私は気づいた。
「——いいわよね家族って、愛によって大きくなっていく共同体……お兄ちゃん、パパたち、愛護の家の人、セフレの皆……全員私の大切な家族。そして今はパパとママが私の家族、好きよ、大好き……でもね——」
家族で無くなるというのなら話は別。
それは幸せの崩壊を意味する。記憶を取り戻した私にとって、パパとママとの家族とは前世での大きな悔いそのものだ。それがまた、前世と同じ悲惨な別れが繰り返されようとしている。それはダメだ、全く容認できない。
ゼロからヤり直すと決めたのだ。
私の原初の悔い。その象徴、私に家族への執着を植え付けた忌むべき家族。親愛を抱き、心から愛しているからこそ、その悔いを清算しなければ私は本当の意味で前に進めない。
死んだ家族と再会して、家族として幸せであり続ける。なにもせずともそうあり続けられるのであればそれで良かった。だが幸せの形が崩れるというのなら、また別の繋がりでその形を維持するだけだ。
「——だから安心してねパパ、ママ——」
私は私のヤり方でパパとママとの幸せを守ってみせる。
「——私達はずっと……どうあっても家族だから……♡」
何気ない日々はこれにて終わりになります。
次の章から本格的にヤっていきますので、楽しんでいただけたら幸いです。
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