リビングで本を読んでいる私の耳元に鍵を開ける音が届いてくる。
この時間帯で家に帰ってくる人なんて父と母以外にいない。
帰ってきた二人を出迎えるために私は読んでいた本を閉じて、玄関へと向かう。
玄関には、丁度ドアから入ってきて靴を脱ぎ終わっている父と母の姿があった。一人ひとつ持つビニール袋が、スーパーに寄ってから帰ってきたんだと分かる。
「パパ、ママおかえりー!」
出迎えの言葉と共に軽い助走をつけて飛び込む私を父と母は難なく抱き止めてくれる。
「ただいまインコ」
「ただいま~、ごめんね遅くなっちゃって。直ぐにご飯用意するから」
「ううん、ぜんぜん遅くないよママ」
今の時間帯は夕方を過ぎて夜の初め頃。母は遅くなったというが、共働きの両親がいる家庭ならこうした時間になるのも無理はない。周りと比べることに意味なんてないけど、むしろ人によっては早いとすら思われる時間帯だ。遅いだなんてとんでもない、空腹なら幾らでも我慢できる。
嘘なんかじゃない。腹の底からお腹が空くとお腹が空いただとか、痛いとか通り越して全てが苦痛に感じ始めることを私は知ってる。水をいくら飲んでも満たされず、腹は鳴り続け、ただひたすら飢えと苦しみが腹の底からぎゅうぎゅうと湧き上がってくる。
一時でも苦しみから逃れようと早く寝ようとするけど、苦しすぎて一向に眠れない。苦しみで目が冴えてしまって、疲れ果ててようやく眠れる。気絶に近い睡眠。けど体力が無いからすぐに起きてしまって、また空腹という名の苦しみに陥る。
愛護の家が無くなって彷徨っていたあの頃、あの飢えと苦しみに比べたら一日や二日食べないなんて大したことない。
そしてたとえそんな経験がなかったとしても疲れを滲ませる両親に向かって、お腹が空いた、早くして、なんて心無い言葉を吐くことなどしたくはない。それがたとえ無邪気からくるものだったとしても。
そういう意味では、今の私の成熟した精神というのは都合がいい。
なにせこうして父と母を心から思いやれるのだから。
「僕も手伝うよ。野菜を切れば良いかな」
「私も手伝う! 今日のご飯はなになに?」
手に持つビニール袋を覗き込んでみれば、色鮮やかな野菜がまっさきに目に留まる。ネギに白菜、人参、キノコであるしめじ、豆腐、ここまでくれば何の料理なのかも分かってくる。そして残っているのは鶏ひき肉にレンコンと紫蘇の葉。具材を土鍋の中に並べていけば、私の頭の中で湯気が立つ美味しそうな料理が出来上がる。
「今日のご飯は紫蘇つくね鍋でーす。具材を切って入れるだけだから二人は手伝わなくても大丈夫。それより先にお風呂に入っといてくれた方が助かるかな~」
これもまた好都合かもしれない。
無邪気な笑顔の下で笑みを深める。
切るだけというけれど、食材を切って鍋に入れるだけでもそれなりの時間を要する。それにつくねを捏ねて形を作り鍋に入れるのにも時間は掛かる。それだけのことをしていたら、母の意識は当然、鍋に向かうこととなる。決して長くはないが、少しでも鍋に意識が釘付けになってくれるのなら計画を進めやすくなる。
私がうんうんと頷いていると、父がとんでもない事を言い出した。
「それなら僕が代わりにやっておくから、インコと一緒にお風呂に入ってきちゃいなよ」
それはいけない。いけないけど、父の言う事はもっともだった。
我が家において、今日のように両親が帰ってくる時間が遅くなった日には、時間短縮や節水なんかの理由で私と一緒にお風呂に入る習慣があったりする。
その時の組み合わせは基本的に女性同士である母と私だった。たまに父と一緒に入ることもあるが、それは母の帰宅が極端に遅かったりしたときの話。
だから父の提案はこの上なく自然なことで、もっともなことと言えた。
けれど今日に限ってそれは困ってしまう。
「なら私、今日はパパと一緒に入りたい!」
軌道修正を図る。母が反応するよりも早く、私は父の足へと抱きついた。
あくまでも自然にそれでいて愛嬌のある感じで。一生のお願いをする子供のように。抱きついた場所から上目遣いで無言の主張を行う。
私の隠された思惑を知る由もなく、私を見つめる二人は顔を見合わせて微笑んだ。
「だって、言われてるよパパさん」
「それならインコ一緒に入ろうか」
父は手に持っていたビニール袋を母へ手渡しながらそう言う。
思惑通りに事が進んだ嬉しさもあって、私はその喜びを前面に出しながらお風呂場へ父を引っ張っていく。
「うん! やったパパとおふろおっふろ♪」
騙すのは少し心苦しいけれど、最後にはきっと父と母も分かってくれる。
これが家族皆の幸せのために必要なことだったんだって。
幸せ家族計画、その最初の一歩をここで踏み出す。
父を連れ立って洗面室へと入る。父と服を脱ぎながら、これから起こる事、するべきこと、起こった先に広がる未来への展望、その全ての起点となる湯気立ち昇るその場所へ思いを馳せる。
その場所こそが、幸せ家族計画を進める上で、私が考えた父と二人っきりになれる場所それが——お風呂場——だった。
仰々しく聞こえるかもしれないが、ここ以外に適した場所はないと断言できる。
「ここでなら邪魔は入らないもんね」
「ん? インコ何か言ったかい?」
「ん~ん、何も言ってないよ」
お風呂場から母の居る部屋までは幾つかの部屋と壁が存在する。お風呂場のすぐ横の洗面室、廊下を挟み、母の居るリビングダイニングとなる。それだけの部屋、壁を挟んでいればまず間違いなく音は届かない。音が届かず、視線も物理的に遮れるとなれば母が不審に思う可能性は、限りなく低くなると考えて良い。
それでも絶対じゃないのが頭痛の種なのだけど、贅沢は無しだ。
それに建前もある。父と一緒にお風呂に入るという建前は私と父を一緒に居させることを正当化させる。その前提がある限り、母が率先して様子を見に来ることはないだろう。
音の心配も無い、視線も遮られてる、完全な密室で二人っきり。しかも私と父は全裸。これほどおあつらえ向きな状況はない。
「ふふふ、いっちば~ん!」
服を脱ぎ終わってドアを開ければ、お風呂から立ち昇る蒸気が洗面室の空気を入れ替わるように立ち込めてくる。
素肌を撫でる暖かな空気に包まれながら、私はいの一番にお風呂へ入ってドアを閉める。
ユニットバスのお風呂場はシックなデザインと二人で入るには十分に広いところが気に入っている。もしかしたら私がシックなインテリアが好きなのもこういった生活の名残りから影響を受けていたのかもしれないと、今更ながらに思ってしまう。
モルタル調の光を吸収するような鈍い材質で、壁が黒一色に統一されていて、継ぎ目を残す黒一色の壁と重厚感のあるステンレスで作られたシャワーヘッドや水栓器具も相まって、大人な雰囲気を演出している。
前世の大理石調なお風呂も好きだけど、これもまたいい。
鏡の前に立つ。位置の関係で下半身の膝から下が見切れてしまうが、立てばほぼ全身が映りこむ長方形の鏡がお風呂場に取り付けられている。
湯気で曇った鏡を手で拭ってみれば、そこには心底楽しそうな微笑みでこっちを見つめ返してきている私が見える。
無邪気ではつらつとした微笑み。きっと、父からして見たら一緒に入れることを楽しんでいるくらいにしか思わないだろう。確かにそれも嬉しいし、今というこの時を楽しんでいるのも私の本心。
けれど、本心の大部分を占めるのはやっぱり別の事。
鏡に映る私の頬が上気したのは気のせいじゃない。ましてやお風呂の湯気のせいでもない。瞳は潤み、微笑みが笑みへと深まるその様は、明らかな興奮を示していた。
自らの淫猥さを童心で偽り、これから父を篭絡するという行為について思いを馳せるだけで、胸を占める思いは父への歪な愛一色に染まっていく。
舌なめずりが止められない。ヤると決めたその時から私の中で父は父であるのと同時に一人の男となった。
親子愛は私の中で深まり、恋慕の火で煮詰まることでその在り様を変えていく。確かな親愛の情は上澄みとして残り、その下には煮詰まり粘度を増した歪愛が横たえる。
両立し得ない、相反する愛の背徳感。それがたまらなく自分の中の雌を疼かせる。
「あぁ……だめよ、こんな顔パパに見られたら引かれちゃう……♡」
こんな淫らに発情しきった顔を父に見られるわけにはいかない。今はまだ、この本心は秘めたる想いにしておかないといけない。コレを見せるのは最後の最後。
レバーを捻り、温かいお湯を頭から被っていく。意識を変えなければいけない。仕事から帰ってきて、お風呂場でメイクを落とすように淫乱な表情を濯ぎ落す。仕事から日常へ、そうすれば意識の切り替えは完了する。
レバーを捻り、水を止めて顔に付着している水滴を落す。目を開けて見てみれば鏡に映る表情もさっきと同じ無邪気で溌溂とした微笑み戻っている。
「これでよし」
まずは望む展開にするためにも取っ掛かりを作ろう。横へ視線を向けずに父の様子を確認する。布の擦れる音の後に飛び跳ねるような音、靴下を脱いでるのだろう。だとすればもうすぐ入ってくる。
思考は一瞬。手始めに私はそのまま湯船に浸かろうとする。タイミングは申し分ない。片足を湯船に入れた所でお風呂のドアの開く音が後ろから聞こえてくる。そのまま入ってきた父は私の姿見るや否や湯船に入ろうとするのを止めてくる。
「ちょっと待って、入る前にはまず身体を洗わないと」
「えー先にあったまろうよ~」
「だめだよ。ママが次に入る時汚かったらいやな思いしちゃうでしょ?」
「はーい……」
思いやりの深い父の事だからそう言うことは予想できた。
目当ての言葉を引き出せた私は、渋々といった感じで浸けていた片足を湯船から引き上げていく。頬を膨らませることで可愛げを演出して、私不満がありますよってお風呂場に入ってきた父へ言外に語り掛ける。
そしてそれを受ける父と言えば、目一杯の親愛にほんの少しの呆れを含んだ微笑みを浮かべるだけ。まさしくやれやれだと言った感じで。
そんな父には私の機嫌を取るためのチャンスを与えてあげよう。
「じゃあさ、パパが洗って私の身体♪」
「高学年になったのにまだまだ甘えん坊なんだねインコは」
「そうだよ。それに言ったのはパパだよ、身体を洗ってからじゃないとお風呂に入っちゃいけないって。だから今日はパパの仕事なの、ほら早く洗ってよ~」
「わかったよ。それじゃ洗おうか」
親子の信頼の上に胡坐をかくかのような語り、感情で物事を押し通すことのなんと子供らしく楽なことなのだろうか。
子供の癇癪に理由は必要ない。別々の事象を感情で結び付ければ、少なくとも当人の中では因果関係が成立していることになるのだから。
注意されて不機嫌になった、だから父は機嫌を取るために私の身体を洗わないといけない。なんて綺麗な論理なのか、一部の隙も無い。
父も親として子供という存在をよぉく理解している。
損ねた機嫌が身体を洗うだけで直るというのなら安いもの。
それが蜘蛛の糸で作られた罠だと気づきもしないで、父という虫は飛び込んでくる。そうして私という蜘蛛に絡め取られていく。
父の手首を掴んで引き寄せて、さらに抱き込むようにして腕を絡め取る。
「ちょっとインコ、あっ、の、そんなに引っ張らなくても」
「だって早くパパと一緒にお風呂入りたいんだもん」
身体を押し付ける私に対して、露骨に狼狽え始める父。
その戸惑いこそが、父性という殻に風穴を開ける。
わかるよ、まだまだ私のこと子供だと思ってたもんね。でも子供の成長なんてあっという間なんだよ。こうして押し付ければおっぱいの感触があるように、私も女として成長してきているんだよ。
そんな女の部分に反応しちゃう自分の雄の部分が嫌になるんだよね。狼狽えるってことはそういうこと。
親としての父性は私の成長に喜びを感じている。
反面、まだまだ子供だと思っていた所に伝わってきた女性らしい感触。柔らかさ、匂い、日々の欲求不満 はそんな微かなものであっても雄としての衝動を感じてしまう。子供に感じるべきではない性欲、いきり立とうとする自らの雄の部分に父は戸惑いが隠せない。
「そう、だね……パパも早く湯船に浸かりたいよ」
膨らみ始めている私の胸の感触に父の溜め込んだ性欲が反応するが、自らの父性を総動員してその感触から必死に目を逸らそうとしている。張り付けたかのような笑みがそれを物語っている。
その笑顔の裏で罪悪感が渦巻いているのが見て取れる。そんなの感じる必要もないのに。だって仕方がないじゃない、夜な夜な五回も射精してもまだ足りないくらい欲求不満なんだから。それを満たさないことには、どうしようもない。
だから父が罪悪感を抱く必要などどこにもない。
全ての元凶は不幸なすれ違いによるセックスレス、そこに尽きる。
やっぱりこの計画は進めて正解だったと、私は思いを新たにする。
でも、不謹慎なのかもしれないけれど、その必死さが可愛らしくてもっと悪戯をしてあげたくなってしまう。
この父の反応だけでも初日としては十分かな。
手を引いて椅子に座らせたら、私もそれより小さな椅子を引っ張って、父の前に座る。
まずは頭を洗おうとする父は鏡の横に設置されたラックへ手を伸ばして、シャンプーの入ったボトルを探すのだが、迷っているようだった。
三段に分かれたラックにはラベルの貼られていない似たボトルが六本、それより小さなボトルのメイク落とし二本、シェービングクリーム一本と置かれている。私達家族は三人で女性二人に男性一人、消去法的に父が使わない物は全部私と母の物と考えることが出来る。
鏡に映る父の顔からそう考えていることが分かる。自分の使わないボトルを三つほど手に取ったのだが、そこからが分からないようだった。透明なボトルに入った液体は、三つの内のひとつが薄橙色、残り二つが真っ白とどれがボディーソープでシャンプーでコンディショナー・リンスなのかが、ぱっと見ただけじゃ判別できない。
「シャンプーとリンスは、っと」
「これがシャンプーで、これがリンスだよパパ」
手に持って判別できない父に代わって、私が父から二つのボトルを手から取ってカウンターに置いてあげる。薄橙色がシャンプー、白く粘度の高い方がコンディショナーと分かるように。
「ありがとう。それじゃ洗っていくから目を瞑って」
「はーい、お願いしまーす♪」
言われた通りに目を瞑る。ほどなくして父は泡立てたシャンプーで私の頭を洗い始めてくれる。
静かで穏やかな時間が流れる。
「痒い所はありませんかー?」
「ありませーん」
女性の髪を扱うという点では、いろいろと言いたいことはあるが、ここでそれを言うのは野暮というもの。
「力は強くない? これくらいでいいかな?」
「うん、パパの手丁度いいよ」
実際父の慣れていない手付きは、髪を巻き込んだり、力が強すぎたりして、おせじにも上手いとは言えない。だけどそんな慣れていない手付きが、心地いいと思ってしまう。
「はぁ~……♡」
思わず、吐き出す吐息に艶が乗ってしまう。
いけないと自分を自制する。ここで父を襲ってしまうのはまだ早い、段階を踏んで様子を見ていかないと、そう思っていてもこの胸に湧き上がってくる父への感情を抑え込むことは出来そうになかった。
父よ、愛おしい私のパパ。どうしてこんなにも愛おしく感じてしまうのか。そんなの分かり切っている。
私の中の親愛を司る童心と情欲を司る性が、ぴったりと二つの本心が揃って、父へその愛を向けているからだ。
つまりは、今の私はどうしようもなく父を愛してしまっているということ。
親愛という意味でも、歪愛という形であっても。愛しているのだ。
ただ髪を洗われているだけなのに喜喜として私は声を弾ませる。一緒に過ごす時間はただただ楽しく、思い出となってもその喜色が薄れることはない。記憶を取り戻した今では、失われた時間を取り戻すことはセックスの次に価値のあること。
それと同時にこの人を堕すと決めたその日から、私は父の全てに夢中になっている。
父の手は大好きだ。華奢だけど大人なんだと感じさせる大きな手。その大きな手が私の身体を触れると、どうしようもない感情が湧き上がってきて、女としての私がゾクゾクと反応してしまう。頭を撫でられて、愛を囁かれた日は身体から火照りが取り除けなくて困った。抱きつかれて、頬にキスをされた日は 学校のトイレから一時間は出てこれなかった。
大切な人からの愛を感じると、どうしようもなくこの身体は火照って仕方が無くなる。
とってつけたような言い草だが、母にされたって同じになる。もう少し大人しめではあるが。
だからきっと父に身体なんて洗われた日には、どうなってしまうのか自分でもわからない。
その気持ちがある一方で。その親愛が、歪愛が私の中で大きくなっていくにつれて、失うことへの恐怖が育っていく。
それは日々大きくなっていって、どうすることも出来ず、幸せを実感するほど私は焦燥感にも似た恐怖に駆り立てられる。
だから私は、その恐怖から逃れるよう貪欲に失わない繋がりを求めてしまうのかもしれない。
過去を思い出した弊害とでもいうべきなのか。失うことへの恐怖が、より一層強くなったように思える。
どうしても考えてしまう、あの別離を。人の身では避けようのない理不尽な死を。その先に広がる後悔と絶望、喪失の虚無感を、思い出してしまう。
そして今度は父と母だ。セックスレスで離婚に至ろうとしている二人。
離婚となればこの暖かな幸せも失われる。どっちに付いて行ったとしても片方からの愛は遠く離れていくことになる。
もしかしたら離婚調停が拗れて、もう片方には会わせないなんて永遠の別離もありえるかもしれない、前世での家族たちのように。
もうあんな悲惨な別れは二度と経験したくはない。そのためにヤり直すと決めたのだ。