それは極々一般的な家庭の朝の一幕。
平日の朝は特に忙しない。共働きの両親は起床して直ぐにスーツに着替えて、朝食の準備をし始めるのが、この家庭での日常だ。
母は朝食を。父はコーヒーを作りながらテーブルの上へお皿を並べて準備する。
阿吽の呼吸は熟年夫婦だからこそ成せる事であり、いつもと変わらず順調に朝食の準備が整っていく。
ほどなくして、一人娘が起きてくる。育ち盛りの可愛らしいパジャマに身を包んだ女の子は、いつもなら元気な挨拶をしながらリビングへ入ってくるのだが、その時は様子が違った。
唖然とした表情を浮かべながらドアを開けて佇む娘。様子がおかしい事に気が付いた父は、様子を確かめるように話しかけた。そこで母も様子がおかしいことに気が付いて、手元のベーコンの焼き加減に気を付けながら見守っていた。
起き抜けだからと言うには歩き方はぎこちない。時折その踏み出しが大股になることで体制を崩してしまうことで異様なふらつきを見せる。崩れた姿勢を戻そうとして、さらに足を踏み出すが上手く出来ない。倒れそうになって壁に手を着いて難を逃れようとするが、その手は目算を誤り、より手前で掲げてしまい空を切って少女は倒れてしまった。
まるで小さな体でより大きな体での動きをしようとしているようだった。
心配する父に対して、少女は目の前の光景に驚いて咄嗟に言葉を返すことが出来なかった。言葉に詰まったことで、二人がより心配を掛けたのを女の子は感じ取っていた。気を取り直して、女の子は屈託のない笑顔でなんでもないと否定して、取り繕うかのように顔を洗ってくると言い残して洗面所へ何とか駆け込む。
ドアを開け、足りない身長を補うための折り畳み式の台座の上へ乗れば、女の子は自分の顔を鏡越しに見ることになる。
驚愕している自分の顔。顔を触り、掴んで伸ばして、抓る。女の子の顔の形が変わるだけで何も起こりはしない。その仕草は年相応に可愛らしいと言える。
「ふふっ……ふふふっくっくっく——」
だが明確な変化が現れる。純粋無垢な女の子が、笑いながら口角を上げて笑みを深めていく。頬を染め熱に浮かされる恍惚とした笑み。妖艶な笑みを浮かべこの世の色欲を知り尽くした魔女の様相へと変貌していく。
笑いが高まると外に漏れないよう我慢して、くつくつと喉を鳴らす。お腹を押さえて、目じりに涙を浮かべながら笑う。静かに、高らかに少女の皮を被った魔女は自分を嘲笑う。
笑いの波が引いた少女は、鏡を触り自分の顔を見つめながらつぶやいた。
「楽しくなりそう」
こうして私——東雲淫子——は世界に降り立った。
これでプロローグは終了になります。
次からは本編に入りますので楽しんでいただけたら嬉しいです。
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