※この作品はR-18です。

「F1・ピットクルー」:0.1秒を削る究極のピット作業   作:坂本太郎

10 / 29
第10章:摩耗テスト(マイクロ・ストローク)

「愛撫」という甘美な概念は、このピットガレージのどこを探しても存在しない。

彼女たちの指先とデバイスが行っているのは、過酷な爆発圧力にさらされるピストンリングの気密性を確認するような、極めて微細で高速な振動刺激――「マイクロ・ストローク」に他ならなかった。

 

高周波振動:50Hzの破壊衝動

「周波数、50Hz。振幅、2mm。定格負荷に達しました。これより粘膜の摩擦係数(フリクション・ロス)の変化をリアルタイムでモニターします」

 

チーフ・エンジニアの冷淡なオペレーション信号とともに、私の最も敏感なカリ首の稜線へ、超高速で精密に微振動する特注のシリコン製ヘッドが容赦なく押し当てられた。

 

ジ、ジジジジジジジジ――ッ!!!

 

鼓膜ではなく、私の脳の髄に直接突き刺さるような、高周波の駆動音がピットに響く。

1秒間に50回。人間の指では絶対に不可能な領域の超高速往復運動が、露出した粘膜を情無用に削り、震わせる。それは愛撫による官能などではなく、電気的なデジタルノイズそのものの形をした「刺激の暴力」だった。神経の末端がダイレクトに焼き切られ、過電流でショートしていくような狂気的な感覚が、一瞬で私の全身の脊髄を駆け抜ける。

 

「ひ、あああッ! やめ……壊れる、脳が……融けるッ、あ、が……ッ!!」

 

「壊れません。あなたの神経回路(ニューラル・ネットワーク)は、我々が独自の焼き入れを施して強化した『特注品』ですから。この程度の高周波パルスで破綻するように設計していません」

 

限界域のフリクション(摩擦)特性

エンジニアはデータモニターから視線を一切外さないまま、冷淡にそう告げると、手元のコンソールのダイヤルをさらに右へと捻った。

 

「周波数を 65Hz へ引き上げ。振幅を 1.5mm に絞り、局所的な熱変換(ヒート・ジェネレーション)を最大化させます」

 

「コピー。摩擦面の油膜、臨界点に到達」

 

ジィィィィィィィィィィィィィ――ッ!!!!

 

振動のピッチがさらに高まり、もはや音の壁を突き抜けたかのような不可視の刺激が私の楔を蹂躙する。熱い。摩擦によって発生した物理的な熱が、皮膚の表面だけでなく、バックプレッシャーで充血しきった海綿体の最深部までを限界まで加熱していく。

 

出そうで出せない、しかし絶頂の境界線(レブリミット)を強引に跨がされ、そのまま引きずり回されるような、あまりの機能的興奮。私の脳内は、時速 300km/h を超えた瞬間に周囲の風景がすべて一本の線となって後方へ消え去る、あの恐怖と恍惚の「トンネル・ビジョン」と完全に同化していた。

 

視界の飽和(デジタル・ノイズ)

視界の端で、デバイスを固定し、私の肉体を冷酷にグリップし続ける彼女たちの白衣の袖が、激しい振動の残像を伴って上下にブレて見える。天井の非常灯の光すらもが、私の狂乱した脳内テレメトリーの上でデジタルノイズのように明滅していた。

 

「ターゲットの脳波、完全に同期(シンクロ)状態を維持。自己点火のインジケーターが点滅していますが、クランプ(拘束具)の圧力勾配によって排出は完全にロックされています」

 

「よろしい。このまま限界域での定常摩耗テストをあと600秒継続。パーツの限界硬度を限界まで絞り出しなさい」

 

「あ、が、あ……ッ!!」

 

私の叫びは、喉の奥に突き入れられた指と、スピーカーから流れる高回転エンジンの金属悲鳴にかき消され、ただの無機質な排気音として闇に消えていく。私は、自分が人間であることを完全に剥奪され、彼女たちの手によって極限まで摩耗特性を試される、ただの「高性能なシリンダー」として、その超高周波の地獄の中でひたすら焼き付けられ続けていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。