「F1・ピットクルー」:0.1秒を削る究極のピット作業 作:坂本太郎
口腔内を灼く予熱プラグの熱が引かぬうちに、私の背骨のラインに沿って、精密な医療用チタンの微細電極が等間隔で正確に打ち込まれていく。パチン、パチンと皮膚を貫く冷徹な機械音が、ガレージの静寂を規則正しく刻んだ。
それは、最先端レーシングマシンのシャシー各所に配置された歪みゲージや温度センサーが、過酷な路面からの入力を車載ECUへ超高速で伝達するデータ経路を、私の生体神経網を用いて模倣するプロセスだった。
初期導通とパルス入力
「各センサー電極のインプラント、完了。ニューラル・マッピングを同期します。……パルス電圧、上昇。ベースライン、10mV(ミリボルト)から走査(スキャン)開始」
チーフ・エンジニアがコンソールのフェーダーをゆっくりと、指先で押し上げる。
その瞬間、私の指先が、そして爪先が、自分の意志とは完全に切り離されたところでピクリと大きく跳ね上がった。脊髄の芯を直接太い針で叩くような、鋭く、それでいて全身の全細胞が強制的に平伏させられるような抗いがたい「電気的恍惚」が、私の背割れに沿って垂直に突き抜ける。
「ん、あ……っ、あ……」
私の喉から漏れるのは、もはや人間の言葉としての体をなしていない、ただの駆動エラー音だった。自らの肉体の主権を完全にECUへと明け渡していく恐怖と、それに伴う工学的な快感が、脳の処理能力を急速に奪っていく。
スルーレート(伝達効率)の修正
「応答特性(レスポンス)を測定中。……入力に対するシナプスの伝達効率(スルーレート)に0.02秒の遅延(レイテンシー)を確認。前回の過負荷走行による肉体的疲労が、神経伝達物質の分泌を阻害しているようです。これでは次なる高回転セッションの過渡特性に対応できません」
エンジニアは冷淡にモニターの波形を一瞥すると、躊躇なくコンソールのリミッター設定を書き換えた。
「制御のシャープさを取り戻すため、定格最大電圧による『焼き入れ(強制リフレッシュ)』を実行します」
「やめ……、それ以上は……、私の脳の回路が……焼き切れる……ッ!!」
「黙りなさい。ドライバーの主観的恐怖は不要です。あなたは今、我々の手によって次なる限界を超えるための『最高傑作』へとリビルド(再構築)されている最中なのですから」
脳裏の極彩色(デジタル・ノイズ)
バチリ――ッ!!! と、青白い電弧が私の脳裏の暗闇で激しく火花を散らした。
最大電圧のパルスが脊髄のメインシャフトを一気に駆け上がり、私の全神経細胞を一度に最大出力で強制点火(スパーク)させる。一度は完全に放出し尽くし、絶頂の余韻のなかで眠ろうとしていた肉体を、物理的な電気信号の暴力によって無理やり叩き起こし、引きずり回す。
「ひ、あ、がああああああーーーーーッッ!!!」
私の絶叫は、再び最大回転数へと向かうV12エンジンの過給音と完全にシンクロしていた。
あまりの過電流に、私の視界は限界まで解像度を上げたデジタルノイズのように、赤や青、緑の極彩色の光の奔流によって埋め尽くされ、破綻していく。自らの肉体がただの導線となり、彼女たちの描く工学的なマッピングの通りに、ただ激しく明滅し、鳴り響くパーツへと塗りつぶされていくのだった。