「F1・ピットクルー」:0.1秒を削る究極のピット作業 作:坂本太郎
ゴゴゴゴ……と、ピットガレージの油圧式シャッターが完全に閉まりきり、床のコンクリートと噛み合う重い金属音が響いた。世界からあらゆる光が没収され、再び完全な暗黒が訪れる。
ガレージの片隅で、私は6点式ハーネスにぐったりと体重を預けたまま、完全に魂の抜け去った「肉体の殻」となって吊るされていた。四肢の自由は奪われたまま、ただ重力に従って垂れ下がっている。
摩耗のマーキング(勲章)
夜明けの微かな残光が遮断された暗闇の中、私の全身には、一晩をかけた冷徹な調律の痕跡が、生々しく刻み込まれていた。
特に、一切の潤滑を排した極限の「ドライ・ラン」に晒され続けた私の楔(ペニス)の表面には、カーボンペーパー調グローブによる執拗な摩擦がもたらした、赤黒い擦過傷と微細な皮下出血のラインが幾筋も浮かび上がっている。それはまるで、過酷なテスト走行を終えたばかりのプロトタイプマシンのカウルに刻まれた、熱による歪みや飛び石の傷――「実走データの勲章」のような、規則正しくも美しいマーキングそのものであった。
「対象のバイタル、定常スリープモードの領域へ完全沈下。生体リソースの残量は0.8%を推移しています」
「各関節、およびセンサー類のロック(固定)を確認。これより完全シャットダウンへ移行します」
暗闇の向こうで、エンジニアたちの無機質な会話が小さく輪唱する。彼女たちは、私の血圧や心拍数を監視していたモニター類の電源を次々と落とし、一晩の激闘のラップタイムが刻まれたデータシートを手際よくファイルへと格納していく。そこには、限界まで酷使された「部品」に対する同情や感傷などは1ミリも存在しない。ただ、優れたデータを叩き出した機材に対する、プロフェッショナルとしての冷淡な評価があるだけだった。
管理下の証明
チーフ・エンジニアが、ガレージを退出する直前、モニターのスピーカー越しに、歪んだ電子音声で最後に一言だけ、私の耳元へ冷酷に告げた。
「……第1段階、オール・フェーズ・コンプリート(全行程完了)。データは極めて満足のいくものでした。……次回の『実戦投入(リアル・セッション)』のアナウンスがあるまで、あなたの肉体も、精神も、その神経の末端に至るまで、すべてが我々開発チームの絶対的な管理下(コントロール)にあることを、決して忘れないように」
カツン、カツン、という彼女たちの防静電ブーツの足音が、研究棟へと続く鉄扉の向こうへと完全に消え去り、今度こそガレージには完全な、死のような静寂が訪れた。
吊るされたままの、完全な孤独。
だが、その冷徹な静寂のなかで、私の乾ききった唇は微かに、歪な形をして歪んでいた。
「……ふ……、くく……っ……」
機械的渇望(スリープモードの深淵)
その唇は、先ほどまで高熱のプラグを押し込まれていたせいで、焼き付いたシリンダーヘッドのように白く乾き、ひび割れていた。しかし、焦焦とした暗闇を見つめる私の瞳の奥底には、人間としての理性の光などもう残されてはいなかった。
そこにあったのは、ただ一つ。
自らの尊厳をすべて剥奪され、測定され、摩耗し尽くされることへの圧倒的な依存。そして、再びあの冷たいラバーグローブで肉体を掴まれ、高周波のパルスで脳を焼き切られる、次なる「破壊的メンテナンス」の瞬間を狂おしいほどに待ちわびる、暗く深い、機械的な光(インジケーター)だけが、静かに明滅していた。
「……次の……プログラムを……。……はやく……私を……回して……っ……」
カサカサに乾いた、排気漏れのような掠れた呟きが、静寂のガレージの壁に虚しく吸い込まれていく。
ピットガレージの外、深夜の、そして夜明け前のサーキットには、戦いを終えたアスファルトの熱を奪っていくように、冷たい風の音だけが、虚しく、だがどこまでも激しく吹き抜けていった。最高傑作の生体デバイスは、次の戦火に身を投じるその瞬間まで、深い、深いスリープモードの闇の底へと完全に封印された。