体格貞操逆転世界のパラレル平成を生きてみた。 作:貞操院逆転子
過分な評価だと思いつつ、たいへん嬉しく思います。ありがとうございます。
感想の方でもお答えしましたが、基本的にライブ感で書き進めており、今後もマイペースで書くと思いますので、それでも良ければ引き続きお楽しみ頂けますと幸いです。
需要があるかわかりませんが、需要があるなら区切りのいいタイミングで、名前の登場していないモブも含めて、登場人物紹介(スリーサイズなど含む)の回とか書こうと思います。
***
目が覚めると、頭を締め付けるような痛みと、酷い吐き気と、全身を覆う不快な虚脱感と、喉に絡みつくイガイガとした酸味のある粘液と。
そんなものが、一斉に襲ってきた。
それだけは覚えている。
逆にその日は、それ以外のことをよく覚えていない。…ということにしたかった。
酒の勢いで。という、そんな言葉を思い出す。
それが、まさか自分がその言葉通りの事態を引き起こしてしまうなんて思いもしなかった。
今でこそ、俺は大学をサボり続けてきたカス野郎となっているが、だからって危険な薬やタバコなんかに手を出したり、誰かに乱暴に振る舞うなんてことはしなかった。
そもそも、俺は自分で言うのも何だが、奥手な方だ。
高校までは…一郎、ギリギリ陽気なキャラだった自覚はあるが、高校になって彼女ができても手を握ることすら恥ずかしがり、俺が受験浪人になったと同時に関係が霧散した。そのくらい、甲斐性のない男である。
だが、そんなちっぽけな結末をむかえるほどの、最低限の良識はあるタイプの人間だと、そう自認していた。
それなのに、酒のせいというべきか。
それともやはり、俺には潜在的に爆乳に対する性癖が奥深くに根付いていたからなのか。
それとも単に、俺は自分が思っていた以上に、もっともっとドクズだったからなのか。
俺はこんなに、無責任な乱暴者になるまで落ちぶれていたのかと、今更ながらに思い知った。
「高校の頃までは真面目だった」という記憶の中の自分の姿に縋って支えられていた、自分自身の心の中の鏡像が、自認のメッキが、ベリベリと音を立てて剥がれ落ちた気がした。
剥き出しの自分を直視している。
今、そんな気分だ。
自責の念に背中を押されるようにして、思い出したくもないことを振り返ってみる。
一夜の過ち。
大変お世話になっているはずの人を、…どう表現すべきか、率直に表すなら、抱き潰した。そんな言葉が当てはまる。
より正確に言うなら、中出ししまくった。何度も。何度も。チンコの疼きが続く限り、いつまでも。
思い返すまではただの夢だと思っていたことが、冷静になってから振り返ってみれば、それがすべて現実だったのだと、はっきり思い出せてしまう。最悪だった。
あの時は酔いが回りすぎていて、フワフワと、夢見心地だった。
いいや、というより、まさしく夢だと思っていた。
ベッドの上で、仰向けになって寝転がっていたはずなのに…ただの感覚でしかないが、ふわあっと宙に浮いたり、ベッドに沈み込んだり。急に身体が火照ったり、突然スゥッと冷える感覚があったり。
ともかく、現実感を喪失していた、そんな気がする。ともすればあれこそが、酩酊感とでも言うのだろうか。
あんなに変な状態になったのは初めてのことで、自分でもよくわからないが、ともかくあの時は夢見心地に思うほど、何もかもに現実味を感じなくなっていた。不思議な感覚だった。
だから、そう。いいや、言い訳でしかないが。
だからだとしか言えないが、アレも夢の一部だと、そう思っていたのだ。あの時は。
……責任。
この場合、どうすればいいのか正直よくわからないが、ともかくとして。
まともな倫理観を持つ人間であるならば、何かしらの形で責任を取るべきでは…少なくとも、今の俺には同頑張ったって責任を取るなんて無謀だとわかっていたとしても、だから謝罪をするのだとしても、誠意は見せるべきだろうと、そう思う。
胃が急激に縮み上がり、冷や汗がじわじわと、そのままダラダラと溢れ出してくる。
眼の前の現実から逃げたい。
そう思いながらも、まるで死刑執行をまつ死刑囚のような気持ちで…実際に当事者の気持ちがどうなのかなど知らないが、そのくらいの緊張を身にまとって。
今日という日に、ひとり静かに思考を続ける。
今日は、11月1日・水曜日。
予定通りなら、真咲さんが面談のためにやってくる日である。
今の俺には、それはまさに死刑執行に等しかった。
***
面談は、いつも通りの進捗報告から始まった。
今回はかなり進展があり、9月時点で行っていた骨年齢鑑定と歯牙鑑定とやらに想定よりかなり時間がかかったが、それ以外は順調に手続きが進み、鑑定結果は「20歳~22歳」ということになったらしい。
特に指定がないなら、21歳ということで就籍手続きが進むという話になったが、自認が20歳であるため、そこがズレるとなんだかややこしいなと思い、20歳として手続きを進めてもらえるように伝えた。
この後も順調なら、おそらく11月20日頃までには、就籍許可の審判が下り、その審判書を持って役所へ行って新戸籍を得ることで、晴れて就籍手続きの完了となるらしい。
今日は、就籍が完了してからの、その後の手順についてをみっちりレクチャーしてもらう流れとなった。
就籍できたら、その新戸籍の住民票を発行してもらい、続けて同役所で国民健康保険課へ向かい、「国民健康保険証」を即日交付してもらう。
交付してもらってから1ヶ月は、保護期間中の保証を受けられるため、保険料の支払いに関する計算は、その次の月から数えられるはずだという。
続けて、「国民健康保険証」を顔写真なし身分証として扱い、銀行口座の開設を行う。
保護期間内での手続きについては、引き続き真咲さんがサポートのためについてきてくれると言うので、素直に甘えさせてもらうことにした。
すべてが順調に進めば、俺に対する保護の扱いは、2000年12月31日に解消となる。
ただし、保護施設からの退去・転居については、3月末まで…つまり、3ヶ月先までの猶予をもらえる形となっている。
それまでは、引き続き宿泊費や備品の費用もかからない。まことにありがたい話である。
これまでの下見などの成果もあるので、転居についてもスムーズに進めば、2月末までに…本格的な引っ越しシーズンに突入する3月より以前に完了するのが良いだろう、という話で纏まった。
もちろん、引っ越し作業には真咲さんが立ち会いなどに協力してくれるという。
至れり尽くせりと言うか、どこまでも親切な真咲さんに、ひたすら感謝の念しか無い。
…そう、感謝しかない。そのはずだ。
どこかで、切り出すべきだ、謝るべきだ。
謝ってから、その後にどうすれば良いのかは何もわからないが、ともかくとして。
責任など、今の俺に取れるはずがない。
今の俺に出来ることなど、真咲さんが35歳という年上の立場であることに甘え、弁護士という社会的信用の高い地位に甘え、温情をいただけないかと乞うことくらいしか無い。
誠意を示すと言うなら、わかりやすい形は金銭になるだろうが、それもせいぜいが500万円ぽっちである。
なんらかの慰謝料にするのだと考えたとき、この金額は正直言って端金も良いところだろう。
それでも、このお金を失ったら…そしてもし、慰謝料などが払いきれずに破産手続きをすることにまでなってしまったら、今度こそ俺の人生は完全に詰むだろう。
だから、甘えるしか無い。
どうか、温情を掛けてもらえないかと、それが相手にとってとてつもない迷惑になるとわかっていても、俺にはもうそれを望むしか生きる道がない。
そんな苦しんでまで生きるべきか、それよりすべてを諦めて死んだほうが良いんじゃないか。
…就籍後の対応についてのレクチャーが一段落し、いったん小休止となったところで、脳内で静かにそんな考えが巡り始めたとき、不意に真咲さんから声が掛けられる。
「…一郎くん、休憩ついでに、ちょっと世間話なんだけど、いいかしら?」
「…は、はいっ」
先程の思考のこともあって、変な緊張が言葉に滲み出る。
ゴクリと喉を鳴らしながら、何の話だろうと思い、静かに次の言葉を待った。
続く会話は、少しドキッとする内容ではあったが、絶妙に俺の懸念していた問題に触れようとしない、ひたすらジクジクとした酸味の込み上げる内容であった。
端的に言えば、次の「ジャパンカップ」のための旅行計画の話である。
次も開催地が東京で、ここから最も近い馬券売り場も東京であるため、日帰りよりは宿泊旅行が良いと…そうでないと目的のレースの馬券が買えるかどうか怪しくなると、そういう話だ。
俺は、切り出すなら、謝罪するなら、このタイミングのはずだと、そう思った。
思いながら、結局話しの終わりまで、俺から何かを切り出すことはなかった。
ただ、真咲さんから「部屋は分けたほうが良いかしら?」と尋ねられた。
返事をした後に気づいたが、よく見れば真咲さんの顔が緊張で強張っているような気がした。
俺は、そうとは気付かずに、ただ話の流れで「前回と同じで大丈夫です」と言ってしまった。
謝るにしても、絶好のタイミングだったはずなのに、俺はそれを無意識なのか意図的なのか…自分でもわからないままに、その機会を手放した。
真咲さんからは、最後まで何も指摘されなかった。
乱暴を働いたことについて、思うことがあるはずだ。
しかし、これが年長者の余裕とでもいうのだろうか、真咲さんは一瞬強張ってみせたこと以外は、ずっと平然としたままである。
真咲さんは、弁護士だ。
問題があれば、キチンとその点に触れてくると、人柄から考えてみてもそう思う。
なのに、触れてこない。
これは、つまり、どういうことか。わからない。温情なのか、何かしらの打算なのか。
ただ、はっきりしていることがある。
俺は結局、その問題について謝らなかったし、責任を取ることも示さなかったということだ。
逃げ出したい。
そんなことを思いながら、どこにも逃げ場など無い今の俺の境遇・状況を恨む。
その日の夜は酷い欝により、思考がマイナスの果てまで沈み込んだ。
***
日が明けると、俺のマイナス思考はずいぶんとマシになってしまっていた。
我ながら、都合の良い鬱病だなと思う。
その後も、いつものように真咲さんと毎週水曜に顔を合わせ、話しをし、何度も機会があったにも関わらず結局1度も謝らず、問題を有耶無耶にしたままにしている。
なんなら今では、あの日のことを謝るべきだとは思いつつも、慰謝料の請求があったときに支払えるだけのお金が手元にあったほうが良いだろうと考えついて、それなら謝るとしてもジャパンカップでの結果を見てからにした方が良いだろうと、そんな都合の良い結論すら抱いていた。
11月22日・水曜日。
その面談日で、真咲さんから「家庭裁判所から就籍許可の審判書が届いた」という知らせを聞いた。
就籍の手続きは、その後に届く確定通知と言うやつを持って役所に行くことになるのでまだ先になるが、保護施設には先んじて就籍が決まった旨を伝え、予定通り保護期間は12月末までという扱いになるそうだ。
おさらいしてもらったが、保護期間内であれば、病院にかかる費用が無償である。
つまり、2001年1月からは医療費に関しては自費になるので気をつけるようにと、あらためて教えてもらった。
話の流れで、真咲さんが不意に、「ところで、あの日にセックスしてしまった件なのですが…」と切り出してきた。
あまりにも不意打ちすぎて、口から心臓が飛び出るかと思った。
なんとなく、ジャパンカップの日まで有耶無耶のままに出来るんじゃないかと思ってしまっていた。
だが、そんなことはなかった。
真咲さんから切り出される前に、自分から切り出して誠意を示すべきだった。そのチャンスは、もう無い。
唇が、喉が、緊張で一気に乾くのを感じた。
唾を飲む動きすらできずに、蛇に睨まれた蛙のように、ただ次の言葉を待つことしかできなかった。
「…ごめんなさい。もっと早くに謝るべきだったんですけど、私にそれを口に出す勇気がなかなか持てなくて…。あの日のことなんだけど、どのくらい覚えているのかしら…その、本当は次の旅行も嫌なんじゃないのかなって、聞くなら今日しか無いって思ったから…」
…真咲さんの言葉を、ゆっくりと、頭の中で噛み締め、転がす。
その言葉通りに、意味を汲み取って良いというならば、真咲さんはまるで、俺と同じように悩み、今日まで過ごしていたと、そんなニュアンスに聞き取れた。
俺は、自分のことばかり、自分ばかりが苦しんで逃げていると思っていたが、実はそうではなかった。
真咲さんも、自分のせいだったのだと悩んでいたのだと、そんな考えに思い至るだけの余裕が無かった自分に、酷い嫌悪を抱いた。
それからは、堰を切ったように、俺の口から濁流のようになって言葉が流れ出ていった。
そんなことはないと、真咲さんは悪くないと、あれは俺が酒の飲みすぎでやらかした失態だったのだと。
真咲さんにはいつもお世話になっているのに、とても酷いことをしてしまったと。
だというのに、今日までそのことに触れようともせず逃げてしまっていたと。
俺が、俺こそが悪かったのだと。真咲さんは、本当に素敵な人なのだと。そう訴えた。
心の痛みにたえられなくなって自分勝手に涙を流しながら、ただひたすらに自分を責める言葉を吐き流し続けた。
ひとしきり、泣いて、吐き出して、すっきりしてしまった。
あとは野となれ山となれという心持ちですらあった。本当に身勝手なカスだと思う。
そんな俺に対し、意外なことに真咲さんは「お互いに、あの日のことは忘れましょう!お酒の飲み過ぎにだけ気をつけるってことで、ね!?」と、無理矢理に締めくくってしまった。
真咲さんは、弁護士である。
当然、あの日のことに何かしらの法的問題が有ることには気づいているはずだ。
それなのに、本当に問題ないのか?なにか責任を取るべきなんじゃないか?そう聞き迫る。
それでも、真咲さんは「お互いに酔ってたから、ノーカンってことにしましょう」と、先ほどと殆ど変わらないことしか言わない。
俺は、何かしらの責任を取るべきなんじゃないか?そう訝しみつつも、弁護士の真咲さんがそう言うなら…と、恐る恐るに納得した。
いや、俺の立場を思えば、そう言ってもらえるのは喜ぶべきことなのかもしれない。
ただ、そうだとしても素直に喜ぶべき話ではないはずだと、心のなかで自分を引き締めるだけにして…。
そうして、あの日に起きてしまった問題については、一旦の幕引きを得た。…ということになった。
***
11月26日・日曜日。
ジャパンカップ、当日。
この日も、やはり予定通り、前日からホテルに泊まり、余裕を持って当日のレース会場・馬券売り場にやってきた。
1番人気は、8番・テイエムオペラオー。
2番人気は、10番・ファンタスティックライト。
意外なことに、前回2番人気でしっかり2着に入ったメイショウドトウは、この日は5番人気なのだそうな。
本物の競馬について全く詳しくない俺にとっては意外としか思えなかったが、それだけの実力や成績が、メイショウドトウより上の馬たちに有るということなのだろう。
なんなら、3番人気のエアシャカールは、流石に俺でも名前くらいは知ってる。ただのソシャゲでの知識でしかないが。
「へっへっへっ、あんた前のレースの時にも居た、イイ男じゃないか。ええ?」
真咲さんが、お手洗いのために少しだけ俺の側を離れていた。その隙のことである。
何者かが俺に肩を組むように首周りを抱き寄せ、そのまま耳元で囁くような、しかし力強い音圧が注がれる。
聞き覚えのある、不敵な笑い声。
そして、見ずともわかってしまう、逞しい体躯。
「今日の予想を聞かせてやるよ。1着はテイエムオペラオーで、2着はファンタスティックライト。これで決まりさね!」
身長182cmの俺を、余裕で上から抑えつけてしまうことが出来る体躯に加え、俺の首を巻き取るその腕から感じる肉厚は、明らかに鍛え方が常人のそれではない。
そう、見ずともわかる。
だが念のため…よもや似たような怪人がもう1人居たりしないよな、いや居ないでくれと願いながら、その顔を確かめる。
案の定、予想屋のババアがそこに居た。
予想屋のババアの顔立ちは、「お前の方こそ世紀末覇王だろ」と言ってやりたいほど、力強かった。
というより、ほぼ世紀末救世主伝説・北斗の拳のラオウであった。
ちなみに、この世界に世紀末救世主伝説・北斗の拳のラオウというキャラは存在しない。
まともなネット環境がない俺が調べることができた範囲でしか無いので、恐らくとしか言いようがないが。
世紀末救世主伝説・北斗の拳というタイトルの漫画もアニメも存在するが、相変わらずキャラクターは俺の記憶にあるものとまるっと違ってしまっている。
ラオウというキャラの立ち位置にいるのは、ラオウなんかよりもっと線が細目というか、シンプルにイケメンな凄まじい体躯の美女だった。名は、ギョクヨウという。最後の文字が「ウ」というくらいしか合っていない。
そんな、若干の現実逃避も含めて思いを馳せていたら、予想屋のババアは俺の首を絡め取った右腕をそのまま伸ばし、俺の右胸を…なんというか、下品な手つきで撫で回してきた。
そのくすぐったいような、なんとなく受け入れがたいような感覚により、意識が無理矢理現実に引き戻される。
「…あの、ちょっと、やめてください」
「へっへっへっ、良いじゃないか、減るもんじゃないんだ。そんなことより、予想してやったんだから金を払いなよ、前回の分と含めて10万でいいよ?ひひひ…」
予想屋のババアは、横柄な態度を崩さぬまま、俺に予想した代金を支払えと言う。
前回は、真咲さんが機転を利かせて追い払ってくれたが、咄嗟のことで俺は何をどうすれば追い払えるのか思い出せない・思い浮かばない。
俺が見るからにヤバいババアに恐れおののいていると、ババアはそんな俺の様子を無視して、左手に持っていた酒瓶を俺の前に持っていて、そのまま右手の指で酒瓶のネック部分にデコピンを放ち、そのネック部分をパキンッと綺麗に切り飛ばした。
蓋を開けたのではない、ガラス瓶の首の部分を切り飛ばしたのである。どう見てもバケモノだった。
ババアは、首が切り飛ばされた酒瓶を掲げ、そのまま浴びるように口内へ中の液体を注いでいった。
ガブッ、ガブッ、と喉音が鳴り響きながら、ザブザブとババアの腹の中に吸い込まれていく。
掲げられた瓶のラベルが、ババアのデカぎる手指の隙間から少しだけ見えた。
見間違いでなければ、恐らく「VODKA」と書いてある。そして、俺の記憶が正しければ、それの読み方は「ウォッカ」のはずだ。
バケモノだ。このバケモノはババアだ。いや逆だ、このババアはバケモノだ。俺は戦慄することしかできなかった。
ババアが酒瓶の中身を飲み干すまで、俺は右胸をババアの逞しすぎる手指で揉まれ続け、子リスのように震えた。
そうして、ババアが酒瓶の中身をすっかり平らげたところで、ババアが「ぷふぅーっ」と凄まじくアルコール臭い息を俺の顔面に吹き付けてきた。
自慢じゃないが、俺はそんなにアルコールに強くない。
味は好きだが、アルコールには弱いのだ。なんなら、その自覚がつい先日に芽生えたばかりである。
だから、だろうか。
ただ凄まじいアルコール臭のする息を吹き付けられただけだと言うのに、俺の鼻腔はすっかりアルコール臭で充満し、すぐに頭がふわふわとし始めてしまった。
「へっへっへっ、可愛い反応だねぇ~。そうさね、払うもん払えないって言うなら、アタシのスケにしてやっても良いんだよ?お前さんみたいなスケベな色男なら、身体で払ってくれたって構わないさ、なあ坊や?」
「うっ…!」
ただでさえ、先日に大失態を犯したばかりなのだ。
それに加えて、こんなラオウみたいなババアに身体で支払うって、何をされるかわかったものじゃない。ケツの穴に剛掌波でも叩き込まれるのではなかろうか?
そこでやっと、俺の中の危機感というものが全力で警鐘を無らしはじめ、モヤつく思考をフル回転させて、どうにかサイドバッグから10万円だけを引っ張り出して、ババアの前に突き出した。
「あん?…なんだ、ちゃあんと持ってるじゃないか。持ってるんならさっさと出しゃあいいんだよ、へへへ…」
ババアは下卑た笑みを浮かべ、左手に持っていた空の酒瓶をその場に捨て落とし、その空いた手で10万円を握り込む。
お金を数えるためだろう、俺の首を絡め取っていた右腕もこの時に解放し、俺はやっとババアの密着から解き放たれた。
ババアが紙幣の大きさに対してデカすぎる手指を器用に操り、「ひい、ふう、みい…」と枚数を数えている間に、俺は脱兎のごとく逃げ出した。
こうなると、元いた場所から俺の姿が消えてしまって、後でここに戻ってきた真咲さんを驚かせてしまうことになるかもしれない。
ああ、携帯電話を持っておいて良かったと、この時初めて、心の底からそう思った。
逃げている最中、携帯電話の契約の際の話で、真咲さんからは「危ない人に絡まれたら、写真を取ってね」と言われていたことを思い出した。
だが、あのババアにこれ以上一瞬でも隙を見せたら、次こそどうなるかわかったものではない。写真を取るだけの心の余裕など、俺にはなかった。
***
いつまでも鼻の中に居座り続ける酒気を消し飛ばしたいため、俺は競馬場内の…改装・解放されたばかりだというパークウインズとやらのフードエリアにまで移動し、そこで軽い食事をすることにした。
ともかく、酒気を帯びているのに、何も食べていないのはヤバいと、何となくそう考えてのことである。
一応、一息ついてから真咲さんにはメールで居場所を共有しておいたが、気づいてくれるだろうか。
注文したのは、醤油ラーメンとチャーハンと餃子である。
ハンバーガーやらカレーうどんやら、他にも気になるメニューが並んでいたが、その時はとにかく早くなにか腹に入れたいと思い、客が全く並んでいない店で注文した結果、こうなった。
料理の味については、空いていた割にかなり美味しかった。
チャーシューが肉厚で、濃いめの味が俺好みである。
麺は普通の中太麺のやや縮れといったところで、ゾバババと麺を吸い上げると風味のキレが際立つスープが口の中に一緒に吸い上げられていき、そのまま噛めば噛むほど口と鼻いっぱいに美味い香りが広がって、素晴らしいという他無かった。
ラーメンに使われていたものと同じチャーシューがチャーハンの具にも使われていて、しっかり効いた胡椒の風味と絶妙にマッチして、ひとくち食べ始めてからはレンゲを口に運ぶ動作が一切止まることはなかった。
餃子については、可もなく不可もなくといったところか。
いや、先にラーメンとチャーハンを味わってしまったせいで、感動が薄れているだけという可能性もある。
あえて良い点を上げるとすれば、皮が片面パリパリ、その他がモッチモチで、2つの食感を楽しめるというところだろうか。
俺は餃子の皮は両面パリパリにしてくれた方が好みなので、そういう点でもちょっと好みに合わなかったと、そういう言い方もできる。
そんな風に料理を味わっていたところ、慌てた様子の真咲さんが俺のいるテーブルにやってきた。
真っ先に俺の無事を確かめた真咲さんに、「そういう時は、1人でふらふらとせず、まずは警備員の居るところに行くようにしましょうね…」と半分呆れ気味に教えてくれた。
…確かにその通りである。呑気に食事などしている場合ではなかった。
流石に判断力を失いすぎていると反省し、それと同時に自分のアホさに恥ずかしさが込み上げて、少し首をすくめた。
…余談だが、実のところ、このときの大木一郎の行動は、半分間違いだったが、半分正解でもあった。
2000年の某競馬場のフードコート…1期スタンドと呼ばれるパークウインズエリアは、この頃はまだ解放されたばかりの場所だったため、それなりに警備がしっかりしていた。
真新しさ・物珍しさから、レース開催当日だったというのに、パークウインズエリアであっても人がそこそこ盛んに居たのだ。
この、そこそこ盛んに居たというのが功を奏し、いっそ過密であったほうがババアも悪目立ちしにくいというのに、これではちょっと騒ぎが起きてしまえば一斉に注目の的になってしまう。
ババア側にはそういった読みがあり、ババアの接近を遠ざける役割を担っていたのだ。
ただ、そうやってババアが遠巻きに大木一郎の様子を伺っていたことを、偶然にもその当人の元へ向かう道中だった最上真咲に目撃されていた。
その目撃は、本来はババアの想定していないものである。
調子に乗ってウォッカをガブ飲みしてしまったがゆえの、ババアの注意不足による失態である。
それは最上真咲が、あの下品な予想屋のババアに大木一郎がすっかり執拗に付け狙われていることを察し、もう二度と彼を東京競馬場に連れてこないようにしようと決めるには、十分な光景・出来事であった。
***
その後は、マサキさんがボディガードのように俺の身辺に常にひっつき・目を光らせながら、レースの開始を待つことになった。
今回、俺が賭けたのは、前回と同じくテイエムオペラオーとメイショウドトウの馬連である。
予想屋のババアは、人気順をそのままに1着・2着を指定していたが、この時代は…もし俺の世界と同じ結果が生まれるというのなら、ひたすらにこの2頭が最強の時代なのだ。そう信じて、この着順予想である。
賭けた金額は、500万円。
予想屋のババアに10万円を差し出していなかったら、510万円を賭けるはずだったところだが…もういい、もうあのバケモノのことは忘れよう。
馬連のオッズは、8.1倍。
これで勝ったら、4050万円が入ることになる。
まあ、そこから税金が引かれるわけだが。だとしても、2000万円以上は手元に残るはずである。
…厳密な計算は、今度の機会に…真咲さんの知人でもあるという、税理士さんに相談しなければわからないが。
いざ、500万円を賭けるという、その前に。
真咲さんから「そんなに賭けて、本当に大丈夫なの?」と、かなり引きつった顔で尋ねられた。
まあ、ドン引きされても仕方ない額だと、俺でも思う。
思うが、大丈夫かどうかは関係ない、良いも悪いもない。俺はここで賭けて、勝てることに望みを託すと決めたのだ。
そういった、期待とも諦念とも言えるような決意を胸に秘めつつ、「大丈夫です」と返事をする。
真咲さんは、引き続き少し引きつった笑みを浮かべながら、それでも自身も100万円を取り出し、俺と同じ馬連を買ってみせた。
後がないと言うか、これで勝てなきゃ俺にはまともな未来がないから仕方ないという気持ちで賭けた俺と違い、真咲さんは普通にまともどころか超エリートな職についている身分である。こんな大博打に大金を投じる理由なんてそうはないと思ったのだが…。
俺が驚き混じりの顔で訝しんでいると、真咲さんは「これも淑女の嗜みと言うやつです」と、少しだけ調子を取り戻したような感じで、凄まじく大きな胸部をムンッと張って見せてくれた。
人生に先も後も無いであろう俺と違って、真咲さんには安定した職と、恐らくしっかりとした貯金も有るはずである。
それを、俺に付き合うような形で100万円をポンと投じるとは、前回も思ったが、相変わらず剛毅な人だ。
さあ、馬券を持って、レース会場に脚を運ぶ。
今回も、元の世界の歴史通りになってくれるだろうか。そんな小さな不安を抱きながら。
それと、あの予想屋のババアと鉢合わせしないようにと、切実に願いながら。
***
*爆乳弁護士・最上真咲
(…妊娠検査薬が使えるのは、1週間が経ってから。まだ、わからない。でも、そんな、まさか。前の夫とだって、今まで1回も妊娠したことがないのよ?あの日だけで妊娠するなんて、そんなまさか…)
(ともかく、一郎くんが深酔いして記憶が全部飛んでることを祈るしか無い…あんまり私からは触れずに…かと言って、競馬の話題に触れないのも変だし、なんでも無い風に装って……)
(…妊娠、してる。まずい。いや、良いことなのよ、妊娠は。でも、一郎くんと結婚するの?本当に?…いや、いやいや、まずは一郎くんにそんな気が本当に有るのかどうか、確かめてみなきゃね…ハハ…ほら、こんな35のオバサンなんて、一郎くんの趣味じゃないかもしれないし…)
(ぐ、ぐぬぬ…思っていたよりかなり、一郎くんの私に対する好感度が高い…!ちょ、ちょっと…いや、結構嬉しい…!やっぱり、表面的な部分というか、素の性格とか身体つきは本当に私好みなのよね…むふ♡)
(いやでも、初めて競馬をやるって言ってるくせにどこから集めてきたもわからない100万円をポンと賭けちゃった、頭のネジがほとんど抜け落ちてるみたいなヤバイ男よ?…結婚はなぁ…やっぱりなぁ……)
(…よし、無かったことにしましょう!とりあえずね、とりあえず!お腹の子は、このあと人工授精施術をすぐに予約して、今からでも精子バンクの精子を注入してもらってごまかしましょう。正直、黒寄りのグレーだけど、DNA検査をするくらいじゃなければどうとでも誤魔化しが効くはず…!)
(…妊娠したってことは、逆に言えば、もうセックスし放題ってことでもあるんじゃないかしら?…念のため次の宿泊旅行ではセックスは我慢して、その次でセックスして…あわよくば愛人にでもできたら…むふ♡)
(ぎゃあ!!あのクソババア!!私が居ない隙を狙って一郎くんに近づきやがったな!?油断も隙もないババアだな本当に…ダメだこりゃ、もう完全に一郎くんはマークされていると思うべきね…次は場所を変えるしか無いわ…!)