全裸のダンジョンマスター〜わたし魔物のお母さんになります〜 作:やばい性癖
吐き気で目が覚めるなんて、生まれて初めてだった。
瞼を開くより先にみぞおちの奥から酸っぱいものが込み上げてきて、硬い床に横向きに丸まったまま、わたしはとっさに口を手で押さえた。
喉の奥から押さえた口に向けて圧力がかかり苦しくなる。無理やり唾を飲み込んでも、胸のむかつきは引いてくれなかった。
……気持ち悪い。風邪とは違う、乗り物酔いになった時の吐き気に近い気がするけど、それよりもっと苦しくて、丸まったまましばらく動けなかった。
吐き気の波が引いていくのを待って、わたしはゆっくりと深呼吸をした。頬の下にはざらざらとした煉瓦の感触があって、寝る前と変わらず、獣臭と性臭の入り混じった湿った空気がわたしを包んでいる。
どれくらい眠っていたのだろうか、依然として膜の外は静止したままで、膜の内側ではわたしの呼吸と鼓動だけが唯一の音だった。
身体を起こそうとして、胸の重さに思わずよろけてしまった。
おっぱいが内側からぱんぱんに張っている。いつもより重い。そして、痛い。
起きあがった拍子に二の腕が胸の先端を掠めただけで、びりびりと痺れが走り、胸を抱えたままわたしは動けなくなってしまった。
生理前になるとおっぱいが張ってくることはあるけど、こんなになったことはあったかな?
ただでさえ大きくて重いわたしの胸は、皮膚の下に何かが詰まっているかのように重く、鼓動に合わせてじんじんと脈打っていた。
わたしの身体はどうなっちゃったんだろう……?見たこともないくらい大きなネズミに無理やり……犯されて、硬い煉瓦の床に裸で寝てしまったのだ。体調を崩してしまってもおかしくはないと思う。
でも、きっとそれだけじゃない……
顔を上げるとあたりはうっすらと明るかった。膜自体が光を放ち、半球状の空間全体が曇りの日の昼間くらいの明るさで満ちていた。
膜の向こう、アーチの外に広がる森は、世界が止まったあの瞬間から葉っぱの一枚も動かず静止したままだった。
「これが時の箱庭…」
ナナリア様が言うには、周りの時間を止めてわたしだけの空間を作ることができる能力なんだっけ。
でも、とっさに発動したこの力は結局わたしを救うことはなかった。
そこまで考えたところで、みぞおちの奥がまたうねった。
横になっている方が辛くなり、煉瓦に手をついてなんとか上半身を起こす。口元を押さえ、浅い息を繰り返しながら、顔を上げてふと横を見たところで——全身が凍りついた。
ネズミがいた。
膜のすぐ向こう、ほんの十メートルくらい先に、あの黒い巨体がわたしに覆い被さっていた姿勢で、赤紫のおちんちんを大きく張り詰めさせたまま、静止していた。
喉がヒュッと鳴り、腰が勝手に後ろに逃げて、ついた手のひらが煉瓦を擦った。
うなじを噛んだ前歯、腰骨に食い込んだ黒い爪、背中に浴びた生臭い鼻息、そしてわたしの中に突き立てられた硬いもの、全身にその感触が鮮明に蘇ってくる。
だけどネズミは動かなかった。白い長い髭の一本一本がぴんと張ったまま、胸も横腹も呼吸の膨らみひとつない。剥製のようにただそこにあるだけだった。
ネズミは止まっている。
この膜がある限り襲われることはない。そうわかると、わたしは少しずつ落ち着きを取り戻していった。
でも、ネズミから目を逸らそうとしても、何度も見てしまう。その腹の下、後ろ足の間にぶら下がる赤紫のおちんちん。ネズミとわたしの体液で濡れている。
あれが、わたしの中に何度も……
「うっ……」
胃の底から重いものが競り上がってきた。
今度こそ耐えられなかった。ネズミから顔を背けるように、反対側に顔を向けて、煉瓦に両手をついてえずいた。
喉が押し出され、目尻には涙が浮かぶ。それでも出てくるのは少量の胃液と涎だけだった。何も食べていないお腹は空っぽのままで、わたしの胃は縮んだり緩んだりを繰り返していた。
よだれで汚れた口元を拭い、できるだけネズミから離れるように、膜の際にわたしは座り込んだ。
煉瓦の上に座り直すと、お尻の奥が鈍く痛む。内腿は擦れてひりひりするし、割れ目は触ってもいないのにズキズキしている。身体中が悲鳴を上げているようだった。
全身からあのネズミの匂いがする気がする。おまんこからは注ぎ込まれた精液が垂れてきて、内腿を濡らしていた。とにかく身体を洗いたかった。
えずいたせいで、口の中はずっと酸っぱいままで、水で口をゆすぎたかった。
膜越しの森を眺めながらぼーっとしていると、おかしなことに気づいた。
わたしはここに来てから一度も水を飲んでいない。食べ物もそうだ。最後に口にしたのは学校の給食で、それっきりのはずだった。
それなのに、喉は全然渇いていないし、お腹も全然空いていなかった。今のわたしのお腹はむかむかと騒ぐだけで、空腹を全く感じていなかったのだ。
「ななみちゃんにはダンジョンマスターとしての権能が与えられます。最初は不老になることぐらいしか効果はありませんが……」
ナナリア様の言葉を思い出す。今のわたしはダンジョンマスターで、歳を取らなくなっているらしい。お腹が空かないのもそのせいなのだろうか?
勝手にわたしの身体は作り変えられている。正直たくさん文句を言いたいところだけど、都合は良かった。狭い膜の内側を見回しても食べられそうなものは一つも見当たらないし、ご飯の心配をしなくてもいい身体はむしろありがたかった。
ほっとしたのも束の間だった。おへその下あたりにじんわりとした圧迫感がある。おしっこだ。何も飲んでいないはずなのに、すでに下腹部は重く、かなりの量が溜まっているのを感じる。
渇きも空腹も消えた身体で、どうしておしっこだけが溜まっていくんだろうか……?意味がわからないけど、考えている暇はなかった。
ここには当然トイレなんかない。一面の煉瓦の床に張られた半球状の空間には隠れる場所も何もない。こらえてもトイレは出てこない。
そうこう考えているうちにお腹の圧迫感は増していき、内腿をもじもじとこすり合わせないと我慢ができなくなってきた。
わたしは立ち上がってできるだけ膜の隅の、地面が低くなっている部分を探した。せめて寝起きする場所からは離れたかった。
誰も見ていないことはわかっている。すでに裸で歩き回っているのに、いざ腰を落とすと頬がかあっと赤くなる。外で、トイレ以外でおしっこをするなんて、本当にちっちゃい頃以来だと思う。
しゃがんで膝を開く。当然脱ぐものもたくしあげるものもない。かかとで煉瓦をふみしめて、お尻を浮かせ、膝の間から床を見下ろす。
つるつるのお股と、白い内腿が嫌でも視界に入る。
足の付け根には、白っぽいかさかさしたものがこびりついていて、所々にネズミの精液やわたしの体液と血が混じり合った薄茶色の筋が張り付いていた。
それなのに割れ目そのものはいつもと同じ色、形をしていた。無理やり広げられて、まだずきずきと痛むのに、腫れても切れてもいなくて、ちょっとはみ出したひだの形や、少しだけ大きい割れ目のてっぺんの一番敏感な部分も、いつものわたしのままだった。
出さなきゃと自分に言い聞かしても、しばらく身体がこわばっておしっこが出てくることはなかった。深呼吸をしてお腹の力をゆっくり抜いていく。
ちょろ、と最初のひと筋が漏れた。そうなるともう止められなかった。
じょろろろろと温かい尿が勢いよく迸って煉瓦を濡らしていく。何も聞こえない空間の中でじょろじょろという水音だけが反響している。この世界で一番大きな音はわたしのおしっこの音だった。わたしは恥ずかしくなり耳たぶまで真っ赤になっていたのに、一度決壊した流れは押し留められなかった。
それだけじゃなかった。大きく開いた割れ目から、白く濁った粘液がどぷどぷと音を立てて落ちていく。ネズミがわたしに吐き出したものは、お腹の奥底にまだたくさん残っていたのだ。
煉瓦の窪みに透き通った水溜まりが広がっていき、ところどころ白い粘液が浮かんでいた。薄明かりの中で湯気がほのかに立ち上っている。おしっこの匂いはあまりしなかった。おしっこというよりほとんど水だったのだろう。その代わり、ネズミの精液の青臭さだけが強く残っている。
おしっこも精液も自分でもびっくりするほどたくさん出た。流れがやっと細くなって、だんだん途切れ途切れになり、最後の一雫が内腿を伝っていく。ぶるっと小さな震えが腰に走ると、これで最後というようにネズミの精液の塊がどろっと床に落ちた。
拭くものはなかった。ティッシュなんてもってのほかで、葉っぱも膜の外にはたくさん見えるのに、この空間の中には一枚もなかった。
わたしはしばらくそのまま固まっていたけど、諦めて立ち上がった。残った雫が内腿を濡らしていく。
これからずっとこうなのかな……?こういうことにも慣れていかないといけないのかな?
ちゃんとトイレでおしっこをしたい。お風呂に入りたい。ご飯をたくさん食べて、お布団で寝て、朝になったらみんなと一緒に学校に行きたい。
どうしようもなく帰りたかった。
この世界に連れてこられて何度も思っていた。口に出すときっと泣いてしまうから、耐えられなくなってしまうから、頑張って喉の手前で留めておく。
水たまりを避けて、元の場所へ戻る。軽くなったお腹は嘘みたいにスッキリしたのに、わたしの心は暗く澱んだままだった。
その日からわたしの一日は吐き気から始まるようになった。
不思議なことに膜の内側の光は、夕方になるとゆっくりと暗くなって、朝になるとまた明るくなるようだった。外の時間が止まったままでも、この空間は一定のリズムを刻んでいた。
夜が来てもわたしは全く眠くならなかった。お腹が空かないのと同じで、この身体は眠りも欲しがらないみたいだった。それでも暗くなると硬い煉瓦に横になって目を閉じる習慣はやめられなくて、できるだけ何も考えないようにしているうちに、気づけば明かりが戻っていた。そんな日を三度、四度と繰り返していた。
わたしを包み込むこの膜、時の箱庭を解くことができないか考えてみたこともあった。
なんとなくだけど、わたしが念じればこの膜を解き放って、膜の外側に出ていくことはできそうだと感じた。
でもできなかった。
アーチの手前で固まっているネズミを見ると身体の震えが止まらなくなる。
ガラス玉のような赤い目、黄ばんだ大きな前歯、黒くて鋭い爪、凶悪な赤紫のおちんちん、あれがまたわたしに襲いかかってくる。そう考えると、時の箱庭を解除しようという気持ちは霧散してしまう。
トイレもお風呂もない、硬い煉瓦に横になるしかないとしても、わたしはこの膜に閉じこもっていたかった。
相変わらず何も飲んでいないのに、おしっこの回数はどんどん増えていった。膜の隅の窪みには一日に何度も通うことが当たり前になっていた。
おっぱいの張りは全然引かなかった。それどころか日ごとに重みを増していき、自分の腕がその先っぽを掠めただけで身体がびくりと反応してしまうほど敏感になっていた。
おへその下にはまだ何か残っているような感じがしていた。それは毎日少しずつ輪郭をはっきりさせていた。手のひらをお腹に当てると、ずっと奥に確かに何かが存在している。
うまく説明できないけど、熱のようなものがお腹の奥に宿っているようだった。
何日めかの朝、吐き気が続く中でさすがにわたしも気づき始めていた。
認めたくなかった。わたしはまだ中学生で、しかも相手は人間ですらない。
ぶんぶんと頭を振って、その考えを追い出そうとするけど、追い出そうとすればするほど、思い当たることが頭に浮かんできてしまう。
おっぱいはずっと張っていて痛い。お母さんになる人の胸は赤ちゃんにおっぱいをあげる準備で大きくなっていくって……
毎朝の吐き気もつわりってやつなんじゃ……?
「ななみちゃんには魔物たちとセックスをして、お腹に赤ちゃんを宿して生んでもらいます」
「ななみちゃんには特別な力をふたつ授けました。一つ目が万種の母胎という力です。どんな魔物とも子を成すことができるすごい力なんですよ……」
ナナリア様の言葉が頭の中で反響する。
きっとわたしのお腹の中には赤ちゃんがいる。
ネズミの赤ちゃんが。
嫌だ、嫌だ。産みたくない。まだわたしは中学生で結婚もしていなくて、好きな人と手を繋いだことだってないのに。赤ちゃんはもっと大人になってから、結婚して、お嫁さんになって、大好きな人との間に授かりたいとそう思ってた。
なのに、それなのに初めてはネズミで、初めての赤ちゃんもネズミの子だなんて、そんなの絶対に嫌だ。
「帰りたいよ…元の世界に帰してください、ナナリア様……」
あのときわたしを包み込んだ白い光はどれだけ待っても、迎えにきてくれることはなかった。
その夜わたしはこの世界に来て初めて声を上げて泣いた。
暗くなった膜の内側で横向きに丸まって、膝を抱えようとしたら、お腹がつっかえて抱えられなかった。そのことがなんだか決定的に感じて、涙が止まらなかった。
「怖いよ……帰りたいよ…誰か…助けて……」
声は誰にも届かない。止まった世界ではどれだけ泣いても声は広がっていかない。聞いているのはわたしだけだった。
ひとしきり泣いて、喉も涙も枯れる頃になっても、膜の内側はまだ夜のままだった。
お腹の底に感じる温かさがはっきり感じられる。泣きすぎて熱くなった身体の中でもそこだけは別の温かみを持っていた。
「あなたは何も悪くないんだよね……」
ぐずぐずと鼻を啜りながら自分のお腹を撫でる。それからわたしは、自分がお腹に向かって話しかけていることに気づいた。
赤ちゃんがいるとわかった日から、わたしは毎日自分の身体を点検するようになった。お腹がどんどん膨らんでいくんだろうと思っていたら、先に変わってきたのは胸の方だった。
あの日からずっとおっぱいが張っていたけど、重みもどんどん増していった。立ち上がった拍子にゆさ、と重力に引っ張られる。歩くと一歩ごとに揺れたときの重みが胸の付け根にかかり、ひどく肩がこるようにもなってきた。
もともとわたしの胸はクラスの誰よりも大きかった。体操服の時に男の子たちにジロジロ見られるのも、走ると痛いのもとっくに慣れている。でもこんなに重たくなるなんて思ってなかった。
見下ろすと、胸の膨らみで下半身はまったく見えなくなっていた。手のひらで下から持ち上げてみると、ずっしりとした重みが手首にのしかかり、指の間から白い肉がはみ出した。
肌はあいかわらずパンパンに張り詰めていて、つやつやとしていた。そして、薄い皮膚の下に青い血管が薄らと透けている。こんなものは今まで見えたことはなかったと思う。
そして乳首だけど、ぷっくりと盛り上がった薄いピンク色のそれは見た目こそ変わっていないのに別物みたいになっていた。
あの朝も、寝起きの髪を手櫛で直そうとして、肘の内側がほんの少しだけど掠めた。
「んあっ⋯⋯!」
びりっとした痺れが胸の先から背骨まで走り抜けて変な声が出てしまった。誰かに聞かれるわけでもないのに、口を押さえてしばらく固まる。
どうしちゃったんだろう……これ……おそるおそる人差し指の腹の部分で、乳首にそっと触ってみる。じんと熱を持った疼きが触れた一点から広がっていく。前から乳首は敏感にはなっていたけど、ちょっと触っただけでこんなになるとは思っていなかった。
きっと生まれる赤ちゃんのためなんだろうけど、おっぱいをあげる準備をしているんだろうけど、わたしの身体は勝手にお母さんの身体に作り変えられていく。
それがどうしても怖かった。
おっぱいの次はお腹に変化がはじまった。
ある朝、お腹を見ると小さな違和感があった。おへその下の部分が僅かに前に出ている。
気のせいかと最初は思って、お腹を引っ込めようとしたり、しゃがんで確かめてみたりしたけど、気のせいじゃなかった。
手のひらを当てると恥骨の少し上のあたりに今までになかった硬さが生じていた。皮膚の下のさらに奥から押し返してくるような、芯のある手応えだった。
ここに赤ちゃんがいるんだ……
気配だけだったものが初めて形になり、手のひらに触れていた。鼓動が速くなり、恐ろしいのか嬉しいのか自分ではよくわからなかった。
そして、それからは毎日急速に変化していった。
次の朝には明らかに膨らみがもう一回り大きくなっていた。さらに次の朝には、視界を遮っていた大きな胸の間から、お腹の丸みが見えるようになっていた。毎日、目に見えてお腹は前に迫り出してきていた。
いくらなんでもおかしい……赤ちゃんは十月十日かけてゆっくりと大きくなるはず……だと思う。それなのにわたしのお腹はたった数日でどんどん大きくなってしまっている。
きっとネズミの赤ちゃんだからなんだろう。ネズミの赤ちゃんが人間と同じ速さで育つなんて、よく考えてみたらそっちの方がおかしいのかもしれない。
生まれてくるのはきっとネズミなんだろう。純粋な人間の赤ちゃんが生まれてくるとはわたしも思っていなかったけど、改めてその事実を突きつけられて悲しくなった。
この子はあとどれくらいで生まれてくるのだろうか……?
わたしはちゃんと育てることができるんだろうか……?
愛することはできるのだろうか……?
ある日、ふと内腿の付け根がしっとりとしていることに気づいた。
おしっこ漏らしちゃったのかな、と一瞬どきっとしてしまった。頻尿は相変わらずで、この頃はくしゃみをするだけで漏れてしまいそうになることもある。
指で触って確かめると、その液体はおしっこよりも粘ついていて糸を引いていた。わたしの中から滲んでくるもの、おりものの量が増えているみたいだった。
胸が張り、お腹は迫り出してきて、お股はいつも湿っている。それなのに手足は前と同じで細いままだった。膝を抱えて座ると骨ばった膝小僧と重たいおっぱいと膨らんだお腹が同じ視界に並んでなんだかチグハグに見える。
子供の身体のまま、わたしはお母さんになろうとしている。
さらに数日が経ち、見下ろした胸の先っぽの色が変わっているのに気づいた。
ぷっくりとした乳輪は淡いピンク色だったのに、濃いピンクを通り越して濃い茶色に変わっていた。こころなしか、もともとより広がっているようにも見え、小さいぶつぶつがたくさんできていた。
おまんこも見てみた。だんだんお腹が大きくなって確認することが難しくなってきているけど、膝を立てて覗き込んだら息が止まった。ちょっとだけはみ出していたひだが、今は肉厚になって左右にぷりっと張り出している。色も乳輪とおんなじで、濃い茶色に変わっていた。奥にある充血したピンク色との境目がくっきりとしていた。
これがお母さんの色なんだ……
お腹が大きくなって、どんどん見た目が変わっている。
はじめに気づいたのはかゆみだった。お腹の横の部分、腰骨の辺りがむずむずして、手で掻こうとして気がついた。白い肌に赤い筋が何本も走り、ひび割れになっている。赤ちゃんの成長にお腹の皮が追いつけなくて悲鳴を上げていた。
深かったおへその穴は日ごとに浅くなっていき、ついには裏返るように飛び出してしまった。
一番驚いたのはお乳だった。
その日の夕方、おっぱいの張りがいつにも増してきつくて、下から支えるように手を添えた時だった。乳首の先っぽにぷくりと、黄色っぽい雫が盛り上がっていた。
指の腹でそっと拭うと、とろりとして濃いクリーム色の液体だった。そのまま伸ばすとぬるっと糸を引き甘いような生臭いような匂いがした。
お乳が出ている……
まだ生まれてもいないのに、まだお腹の中にいるのに、わたしのおっぱいからお乳が出ている。身体はもう生まれた後の用意を整えている。
身体が作り変わっていく怖さはまだちゃんとある。でも、それとは別のところで、生まれた子供たちにお乳をあげる想像をして、それを少し楽しみだと思ってしまった。
その晩から、お乳はじわじわと滲み続けるようになった。わたしは硬い煉瓦の床で、敏感な胸と、お腹を守るように横向きに丸くなって寝た。
お腹は両腕で抱えるほどの大きさになった。
仰向けに寝ると、お腹の重みで苦しくなるし、立てば足元が全く見えない。床に座るのも一苦労で、片手でお腹を守りながら、もう片方の手を床について、よいしょと声を出して座るようになった。
ちょっとおばあちゃんみたいでおかしかった。
何もすることがないのもあって、わたしは一日のほとんどを座ってお腹を撫でて過ごすようになっていた。
気がつくと手のひらが勝手にお腹の上にあり、丸みに沿ってゆっくりと円を描いている。引き伸ばされた皮膚はつるつるしていて、ひび割れの部分だけ少しだけざらついている。
撫でていると痒みも和らぐし、何よりも手のひらの下の気配がよくわかる。
ぽこっ……
手のひらの下で何かが内側から押した。
息が止まる。思わず手を止めてお腹を見つめてしまった。
気のせい……かな?
いや、違う。確かに押されたと思う。お腹の内側から、まだとっても小さいけど、何かがわたしの手のひらを……
優しくお腹を撫で続けながら動くのを待つ。一分か五分か、それとももっとか、永遠とも思える時間を待ち続ける。あきらめかけた頃に、ぽこっぽこっと続けて二回、今度はおへその右下辺り、内側から跳ねた。
動いた。動いている……!
わたしのお腹の中で生きていて、動いている!
「…どうしたの?」
自分でも聞いたことのないくらい優しい声が勝手に漏れ出ていた。
「…もう外にでたいの?それとも…」
お母さんに会いたいの……?
返事の代わりみたいに、今度は左の方で何かがゆっくりと動いた。それも一つじゃない。右と左の別々の場所で、それぞれに動いているのを感じる。
そっか、ネズミの赤ちゃんだから一匹とは限らないんだ……
近所の猫は一度に四匹も子供を産んでいた。わたしのお腹には今何匹の子ネズミがいるのかな……?
それからわたしは毎日お腹に向かって話しかけるようになった。
「おはよう。今日も元気だね」
「みんなも起きてる?」
「あんまりお腹の中で動かれると、おしっこ漏れちゃうんだけど」
「あなたたちは、何人兄弟なのかな?」
お腹を撫でていると自然と優しい声が出てきてしまい、その度に自分でびっくりする。だって相手はネズミの赤ちゃんで、わたしを襲ったあのネズミの子供達だ。本当なら、嫌がって、怖がって、恨んだっておかしくないはずなのに。
お腹を撫でる手はどんどん優しくなっていく。胎動が返ってくるたびに、釣られて頬が緩んでしまう。
わたしはおかしくなってしまったのだろうか。
お腹のてっぺんに手のひらを重ねて、まだ膜の外に固まっているネズミを眺めながら考える。怖いものは、今でも怖い。あの日のことを思い出すと身体の芯から冷えていくような感じがする。
でも、お腹の中のこの子達は、あの日の恐怖とはすでに切り離されているんだと思う。お腹の中で、蹴ったり伸びをして、わたしの手のひらに応えてくれる。この子達の命の温かさが弱いわたしを支えてくれている。
そして、もう一つ気づいたことがある。以前ほど強く帰りたいと思わなくなっていた。
毎晩毎晩、あんなに帰りたいと泣いて、ナナリア様に恨みごとを言っていたのに、いつのまにか、泣かなくなっていた。
帰りたい気持ちがなくなったわけじゃない。でも、お腹の中でこの子達が動くたびに、前の世界のことを考える隙間がなくなっていったんだと思う。
この子達に早く会いたい。
いまでは本心からそう思っている。本当のお母さんみたいなことを考えている。
いやちがう。これから本当のお母さんになるんだから。
お腹がぐっと固くなり、腰からそこにかけて強い痛みが走った。
胎動とは違ってお腹全体が内側から絞られるみたいに固く張り詰めて、しばらくしてから緩んだ。
なに……今の……?
確かめるまもなく次の痛みが襲ってきた。
下腹の奥で、鈍くて重いものがめきめきと軋んでいる。熱した鉄の棒のようなものが、お腹の底から腰へと真っ直ぐに突き抜けていったみたいだ。
視界が白み、膝が崩れる。手のひらが煉瓦をつかみ、うまく息ができなくなる。
こうしてわたしは産気づいたのだった。