明日、この身体の母である
クリスティナさんが母に、僕の存在と、
その後でここへ連れて来てくれるそうだ。
上手くいけばここで一緒にお昼ご飯も食べられるように、食事も手配してくれるらしい。
「もう外出できるし、僕が向こうへ行きますよ」
「駄目!絶対に行かないで!」
「…え?」
九条先生に物凄い剣幕で止められて、呆気にとられる。
「あ…」
この表情、隠し事だろうか。
だとしてもナイーブな問題だろうし、根掘り葉掘り聞く気はないのだけど。
「その…、あのね…、来てくれるから病室で待とう。そう思わせてはいけないの」
「???」
「病院なんて長く居ては駄目なの。自分で会いに行こう、家に帰ろうって気力を取り戻して欲しいのよ」
「なるほど、確かに」
少し言い訳くささは感じたが、理にはかなっている。
会う場所一つに、そこまで考えているのならばと、その場は頷いておいた。
言いたくない事まで聞き出すのも野暮だしね。
──────
翌日、9時を過ぎた頃、姉のアリスさんが病室に訪れた。
葵衣さんへの説明はクリスティナさんが行うので、アリスさんは僕とここで二人が来るのを待つ。
室内の静寂が気まずさを後押しする。
「姉さん学校はいいの?今日は平日だよね?」
「いいの」
「そろそろ伝えてますかね」
「また敬語。ねえ光琉、私がお姉ちゃんなのが嫌なら、ちゃんと言って?」
「違うよ、癖でつい。気を付けるよ」
「うん」
「葵衣さん、大丈夫かな」
「大丈夫、光琉は私が守るから」
「? 僕は守られなくても大丈夫だよ?」
「ちゃんと頼って。私は光琉のお姉ちゃんだから」
「抱っこする?」
「なんで???」
「光琉、不安そうだから」
「大丈夫、手を繋いでくれてるし心強いよ。ありがとう姉さん」
「うん」
手を繋いで欲しいとは頼んでいない。
動きづらいし、手汗もかくし、お股も疼いてくるから離して欲しい。
本でも読もうかなという素振りで立ち上がり、自然に、さりげなく手を離す。
「あっ…。……光琉?嫌ならちゃんと言って?隠し事はしないで?」
「違うよ。ちょっとトイレに、緊張しちゃって」
「そっか。良かった」
「…あの、トイレに行くから。手はもういいよ?」
「距離があるから」
まあ、うん。
5m位ね。
アリス姉は僕の前に立ち、トイレに誰もいないことを確認してから、入っていいよと手を離した。
いないよ。
いる訳ないでしょ?
そうは言わずにトイレに逃げ込んで、目を閉じて姿勢を正し、ビデで性器と煩悩を清める。
シャーーー
困惑していた脳が、ふわふわしてきてリラックスできる。
まるで修行僧の気分だ。ビデ行と名付けよう。
どうしてこうなったのか、全く心当たりがない。
アリスさんは至って普通の高校生だ。むしろ知性的でしっかりしていて綺麗だ。
女性比の高いこの世界では、見た目だけなら女性からもかなりモテると思う。
これまでの面会で、彼女とは距離が縮まるようなイベントは起きていないし、フラグのような会話も一切ない。クリスティナさんがいる時は距離を詰めてこないし、粘度も高くない。
なのに二人きりになると、ピタリと側に寄り添う。
二度目の面会でお菓子を大量に持ってきた。
間食は良くないからと遠慮すると、絶望の表情をしたので一つだけ貰った。
三度目の面会では本を何冊か持ってきた。
この世界で初めて見る青年誌や漫画に感謝すると、次は大量に持って来たので自制をお願いした。
それと手を長く握られた際、少しだけ射精してしまった。
それが匂いでバレたのか、険しい表情を見せてめちゃくちゃ気まずかった。
四度目の面会で二人きりになった際、こうなった。
押し問答もしたが、お姉ちゃんらしく頑張りたいとの言葉に負けた。
邪険にするのもどうかと譲っていくうちに、ズルズルとこんな感じになっている。
コンコン
「光琉、大丈夫?」
「入ってるよ」
心配そうな声でアリス姉が声をかけてくる。トイレの外で立ったまま待っているのだろう。
アリスさんは一度も勃起させていないし、僕に情欲を向けている様子も全くない。
なら過保護なのかと言えば、それもまた違う。食事を食べさせる、物を取ってくれる、何でも望みを叶えようとか、そういった溺愛行動は取らない。
単純に僕の役に立とうとしたり、側でずっと見ている。
彼女が考える、『姉とはかくあるべし』がこれなのだろうか。
世間一般のお姉ちゃんが知りたい。
コンコン…
コンコンコン
コンコンコンコンコンコンッ
「大丈夫だよ、もう出るから」
「そう…、良かった」
タイミリミットだ。
うんこを宣言していない今、僕がここに居られるのはせいぜい5分。粘りすぎるとナースコールされて、緊急解錠するかしないかの大事になる。
トイレから出てソファーに戻され、時計に目を向けてもまだ9時半にもなっていない。
これだけ濃厚な時間を過ごして、まだ15分かそこら。
長い。長すぎる。
「部屋の鍵、閉めようか」
「え…、な、なんで?」
アリス姉の顔が赤くなり、ぎゅっと握る手のひらの発汗が強まったのを感じる。
「人が入ってこれないようにした方が安心でしょ?ずっと手を繋いでたら流石に動きにくいし」
「そう、そうだよね…」
言った。
言ってやったぞ。
そして受け入れられた。
アリス姉が珍しく僕の意見をそのまま受け入れた。
僕は心の中でガッツポーズをした。
湿度の高まった手を繋いだまま扉に向かい、鍵を握って捻る。
ガチャリ
ごくり
手を離して解放された僕は、定位置のベッドに腰を下ろして大の字に寝転んだ。
あー、楽だ。すごく肩が凝った。開放感が凄い。
「あの、ひかる、私…」
自由を堪能していると、足元からアリス姉の声がする。側にいたい欲求は、完全には消しきれなかったようだ。
上体を起こすと、アリス姉は頬を赤く染め、やや中腰でお股のテントを押さえつけていた。
あるぇぇえええ?
何でぇええええ!?
「私、まだした事なくて…。勉強は、してるんだけど…」
「いやいやいや、しないよ!?姉さんとはしないよ!?」
しかも、なぜ今だし。
これから母親を迎えようというこの時に。
「なんで!?私じゃ嫌なの?直すから、嫌なところは直すから言って!」
なんでは僕の台詞だ。
なんでそ~なるのっ。
…なんだっけこれ。
現実逃避してる場合じゃなかった。
「待って、近い!一旦離れて!」