朝食や洗濯を終えてから、今日は制服を仕立てにクリス姐と出掛ける。
護衛も付くため、大人数にならないよう二人でパパッと済ませる予定だ。
「私も行く」
「昨日も言ったでしょ。採寸したらすぐ帰るから」
「アリス姉も一緒じゃだめ?」
自然と口から出た。普段なら事前に決めたことにゴネるアリス姉を宥める場面なのに。
クリス姐も驚いてる。
本当になんでだろう。一緒に来てほしい。
僕がいいならと、みぃちゃんが遊びに出るのを見送ってから5人で向かった。
車は何故か護衛車のセダン、運転は司紗さん。
乗る前は窮屈かなと思ったけど、後部座席に女性と僕の三人ならそうでもなかった。
買い物は桜蘭学園がある文京区。
僕らの引越し先のマンションも文京区らしいので見ていくか聞かれたけど、遠回りになるそうなのでやめておいた。
学校は区内の北側にあり、今日の買い物はさらに南の方、後楽園近くの百貨店で買い物。だから東京ドームが見えるはずなんだけど。
「…あれはなんですか?」
「東京ドームよ」
やっぱりそうなのか。
確かにドームの形状だけどかなり小さい。一万人は入りそうなサイズではあるけど。
「あの大きさじゃ、野球はできませんよね?」
「野球?それは何?」
あー。そうだった。
野球どころかサッカー、ラグビー、相撲、ボクシングもないんだった。似たような遊びはあるけどスポーツとしては存在しない。なんだか寂しい。
東京ドームで見れるのはコンサートとバスケが多く、バレーボールは前世と変わらず、代々木体育館の方が聖地だった。
「あれ、もしかして僕がいた病院ってこの東側ですか?」
「そうよ、ここからだと近いわね」
なるほど、帝都医療大は東大の置き換わりか、それに近しいものか。
「アリス姉が推薦で受けてた、大正大学もこの辺なんですよね?」
「通り過ぎたわね。少し西の方よ」
やっぱり明治っぽい感じかな。
ならアリス姉も学力半端ないな。前世では僕も国立を出たけど下も下、レベルが全然違う。入ってしまえば卒業は誰でもできたし。
この地区なら確かに子育てや学びに関して最適か。…お金を気にしなければ。
クリス姐が安心できる場所と言ってたのも納得だ。
ただ馴染みはほぼないので、向こうとの比較はできそうにない。
鳳仙百貨店。
他の建物と違って石造りで古臭いのに驕奢だ。ヴェルサイユ宮殿を縦長にした感じ。
こういう建物ってルネッサンス様式って言うんだっけ。バロック様式だったかな。
内装も圧巻。前世の建築物に引けを取らない。
「すご…」
「ふふ、初めてよね。こんな大きな店は」
中央が6階まで吹き抜けの作りで、ど真ん中には2階まで達する大きなモニュメントが飾られている。
鳥、鳳凰かな?
壁には至る所に鳳仙花の細工もある。
昨日のことがあったので流石にわかる。これは鳳仙グループの建物なのだろう。
買い物に向かうのを少し待ってもらい、一階をウロウロして見せてもらう。
大聖堂のようにステンドグラスとか、天井に絵画がびっしりとかそういったゴテゴテしたものはない。和と近代が調和していて落ち着く空間になっている。
モニュメントの近くにグランドピアノが置かれていて、若い女性がラ・カンパネラみたいな曲を優雅に演奏している。多分玄人が聞いたら全然違うのだろうけど、なんかこうクラシックっぽいやつだ。
パチパチパチパチ
数人が拍手してるので僕も混ざって拍手をしていると、演奏した方がこっちを見て小さく手を振って笑ってくれた。キャーと叫ぶ女性の気持ちがちょっと分かった。なんか嬉しい。
「今のってショパンの曲?」
「ショパン?フランツィスカ・リストよ」
知らんな。ほな別人か。
「ラ・カンパネラ、聞いたことあるの?」
あれ、合ってるじゃん。前世の曲もあるんだ。
公衆の面前でもアリス姉は当然のように僕の手を握って歩いている。一人でブラブラはさせてくれない。
言っても離してくれないだろうし諦めてるけど、周囲の目は気になる。
たまにチラ見はされるけど、変な物を見る目ではないからいいのかな。
一階は化粧品関連とジュエリーや高級ブランドらしきテナントが多い。
「ん?」
明らかにこちらを見ている女子高生風の二人組が目に留まる。
僕…じゃないな。
「アリス姉、あの人達お友達?」
「………。知らない」
立ち止まって見つめるも、アリス姉は無表情でそう答える。
いや、めっちゃ見てるじゃん。ガン見だよ。
あ、寄ってきた。
「天内先輩、こんな所で会えるなんて…」
「きょ、今日はお買い物ですか?私服もすっごく綺麗です」
「あぁ、委員の子達ね。見ればわかるでしょ。邪魔しないで」
「ご、ごめんなさい…」
「すみません…」
二人とも冷たくあしらわれてシュンとして謝ってしまった。
「ダメだよそんな言い方しちゃ。学校の方ですよね?いつも姉がお世話になってます」
代わって僕がペコリと頭を下げる。
「…え?お、男の子?」
「そうですけど?」
「お、弟さん???」
何その反応。
スカートは履いてないし、どこからどう見ても男でしょ。
あ、前髪のヘアピンのせいかな?
一言二言挨拶を交わすと二人はサッと散っていってしまった。
「そろそろ髪切りたいな」
「そのままでいいの。もう少し伸ばして」
結構鬱陶してくなってきてるのに、何故か美容室に行かせてもらえない。
クリス姐もそうした方がいいと言っている。
それにしても、アリス姉ってこんな無愛想なのに慕われてるんだ。
根は優しいから学校でも面倒見がいいのかな。
綺麗な横顔の姉を見ながら、クリス姐達と合流した。
「何階ですか?」
「6階をお願いします」
おお、知らんお兄さんに話しかけられた。
男じゃん。生の男じゃん。男の肉声を初めて間近で聞いた。
感動してついジロジロと見てしまう。
制服っぽいから休憩時間か、社会人だよな。僕ほどじゃないけど結構肌艶が良い気がする。テレビを見てて感じた通り、こっちの男性は少し女性寄りなのかも。
紳士服売り場は最上階の6階。
着いたのに、お兄さんは僕らを見送って降りてはこない。乗ったまま、また下に行ってしまった。
「何がしたかったんですかね、あの人」
「エレベーターボーイよ」
「? 変な趣味ですね?」
「? お仕事よ?」
「仕事?? 何かしてました?」
「エレベータの昇降をしてたでしょ?」
そんなわけあるかい。
意味不明だが、護衛の二人に聞いても本当にあれが仕事だと言う。意味がわからん。
男ってエレベーターのボタン押すだけでお給料もらえるの?甘やかし過ぎだろ。
人手不足なんだからちゃんと働かせろ。むしろそのバイト僕にやらせて欲しい。
気を落ち着かせて辺りを見渡す。
近所の買い物くらいだと全然男がいなかったけど、ここにはかなりいる。
半分近い密度で男がいる空間なんて初めてでまた感動する。
ガチムチはここにもいないけど、引き締まってて良い体つきの人もちゃんといるようだ。
中性的な顔立ちが多めかな。
イケメンとイケオジの2人には護衛っぽい人が付いてる。なんか服装も良さげだし、見た目がいいとお金持ちの女性とくっつくのだろうか。
何人か髭を生やしている人もいる。生えるんだ。僕は髭どころかすね毛すら生えないんだけど。
スカートのおじさんもいるけど、やっぱりちょっと変質者に見えてしまうな。
「光琉。行くよ」
「あ、うん」
こちらの世界で大量の男を見るのは初めてだったので、つい見渡して観察してしまった。
目的は学生服売り場のはずなんだけど、クリス姐もアリス姐も全てのテナントを見る勢いで寄り道をする。アリス姉は僕の手をしっかり繋いだまま。
サクッと採寸して帰るって言ってたのに、やはりこちらの女性もウィンドウショッピングが好きなのか。
「これなんてどうかしら?」
「僕の私服は足りてますよ」
そのシャツのタグ見えちゃったよ。桁1個おかしいって。オカラ1年分買えるじゃん。
「これとこれも着てみて」
「今日の目的は制服でしょ?」
「そうだったわ。先に採寸してしまいましょう」
なんとか着せ替え人形は回避する。
外を歩ける私服は5着くらい。クリス姐かアリス姉が用意してくれてた物を着ている。
これも生地が良い気がするしもう十分だ。
服飾に関しては前世と変わらないレベルでお洒落な気がする。
制服の採寸にはわざわざ男性スタッフが来て対応してくれた。
身長は最後に病院で測った時よりも伸びてる。5ミリだけど。
チビガリで止まったらどうしようと思っていたけど、もう少し伸びてくれそう。
母さんもみぃちゃんも小さいから180cmとかは無理そうだけど、なんとか170cmまでは伸びてほしい。
桜蘭学園の制服は上がベージュ、下は朱色と真紅というのか濃い赤のチェック柄のスカート。
男女ともにリボンタイというもので桜のブローチが付いていた。
ネクタイとスカートの色で学年が分かれていて、一年生は赤。
ピンで止めれるのは楽だけど、気崩せないのがちょっとな。崩すなって事なのだろうか。
「…どうかな?」
「とっても似合うわよ」
「可愛い」
どうせなら格好良いが嬉しいです。
Aカップの試着着を着ているので、胸囲も変に生地が余ってなくて悪くない。
「一目で男か女が分からないと不便じゃないですか?」
「学外での痴漢やストーカー被害に遭いにくくする配慮よ」
痴漢しにくくなるかな?
これは一般的ではなく桜蘭学園の方針らしい。
前世基準で考えると、手を忍び込ませて股を触ったら、ちんこがついてる感じか。…絶望だな、ならアリなのか。
「普段家で履いてる靴下じゃ駄目なんですか?」
「駄目よ。だらしないでしょ」
「駄目。それでも短い。素足を見せないで」
試着用に持ってきていたアリス姐のハイソックスを履いているけど、少し大きいからダボついている。
僕はスニーカソックスが履きたい。
クリス姐はハイソックス以上を希望。
アリス姉はタイツかオーバーニーを要求している。
僕のお股はただでさえ湿度が高い。かぶれるのが怖いのでタイツは勘弁してほしい。
そう言うと、お股に穴が空いてるタイツとガーターストッキングも勧められた。
「なにこれエロ…寧ろ履いて欲しい…」
「「え?」」
「あ、いや…僕はどれでも良いです」
正直どれがいいのかなんて全く分からない。
クリス姐は暫くはローテーションで履き心地を試した方がいいと、何種類も2足ずつ店員に頼んでいた。
アリス姉がガーターストッキングを、クリス姐はそっと穴あきタイツを1足追加していた。
見てない。僕は何も見てない。
「ブルマにスク水…。これ、僕が着るんですか?」
手に持って広げたまま、思わず固まる。
「皆同じよ?」
マジかよ。
股下のパンツスタイルはないのか。女性だってこれ、チンチンどう収めるんだよ。
ビジュアル的にスク水は良いとしてもブルマはしんどいぞ。暑くても年中ジャージを着るか。
「…やっぱり学校行くのやめよう?光琉も着たくないでしょ?」
嫌なのが相当顔に出ていたようで、アリス姉が心配そうに言ってくれる。
「今更我儘言わないの。昔からこれなんだから」
「だってこんなの、変態の大人達が男の子に着せたいだけじゃない」
「っ、アリス姉声が大きいって」
周りの視線を集めてしまった。
クリス姐が宥める様子を、店員のおじさんも苦笑いで見守る。
このオジサンもブルマを履いてたのか…。