※この作品はR-18です。

退役軍人のヒーロー生活   作:山門門山

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1.ファーストコンタクト

第一話 ヒーローとハートロッカー

 

 ヴァンデスは、だるそうに歩いていた。

 

 昼下がりの街。

 

 戦争が終わってから何年も経っているというのに、街にはまだその爪痕が残っている。

 

 義足の退役軍人。

 

 軍払い下げのコートを着た男。

 

 路地裏でたむろする若者たち。

 

 警察車両のサイレン。

 

 戦争は終わった。

 

 だが、戦争の後始末はまだ終わっていない。

 

 そんな街を、ヴァンデスは死人のような顔で歩いていた。

 

「……酒」

 

 ぽつりと呟く。

 

 酒が飲みたい。

 

 煙草も切れかけている。

 

 薬も残り少ない。

 

 何より、今日は朝から何もしていない。

 

 いや。

 

 正確には、何もしたくない。

 

 ポケットから財布を取り出す。

 

 中身を確認する。

 

「…………」

 

 紙幣。

 

 なし。

 

 硬貨。

 

 なし。

 

 レシート。

 

 ある。

 

 ヴァンデスは財布を閉じた。

 

「……終わったな」

 

 何が終わったのかは、自分でもよく分からなかった。

 

 とりあえず銀行に行こう。

 

 講義料の振り込みでも確認すれば、何かしら残っているかもしれない。

 

 そんな程度の考えだった。

 

 そして銀行の自動ドアをくぐった直後。

 

「動くなァッ!!」

 

 怒鳴り声。

 

 続いて銃声。

 

 ガラスが震え、銀行内に悲鳴が響き渡った。

 

「全員床に伏せろ!」

 

 武装した男たちが銀行を占拠していた。

 

 ヴァンデスは立ち止まる。

 

 数秒ほど強盗たちを見る。

 

 そして、ゆっくりと両手を上げた。

 

「……はい」

 

「床に伏せろ!」

 

「はいはい」

 

 抵抗する理由もない。

 

 ヴァンデスは言われた通り床に伏せた。

 

 強盗の一人が近づき、乱暴にヴァンデスの腕を後ろへ回す。

 

 縄で縛られる。

 

「妙に大人しいな、おっさん」

 

「疲れてるんで」

 

「……なんだそりゃ」

 

 ヴァンデスは床に頬をつけたまま、ぼんやり天井を見る。

 

 死ぬかもしれない。

 

 まあ、それならそれでいい。

 

 今の自分にとって、明日も生きることと今日死ぬことに、それほど大きな違いはなかった。

 

 その時だった。

 

 銀行の正面ガラスが轟音とともに吹き飛んだ。

 

「動くなぁっ!」

 

 青空から、一人の少女が飛び込んできた。

 

 金髪。

 

 ヒーロースーツ。

 

 背中に何もないのに、彼女は空中で静止している。

 

「みんな、大丈夫!?」

 

 ジェシカだった。

 

 新人ヒーロー。

 

 ヒーロー歴二年。

 

 彼女は颯爽と銀行内へ降り立つ。

 

「武器を捨てて! あなたたちは完全に包囲――」

 

 そこでジェシカの表情が固まった。

 

 強盗の後ろ。

 

 床に伏せられた人質たち。

 

 その首元に銃口が向けられている。

 

「……っ」

 

 動けない。

 

 飛べる。

 

 速く飛べる。

 

 犯人を追いかけることもできる。

 

 けれど、ここには人質がいる。

 

「ヒーローさんよぉ……」

 

 強盗の一人が笑う。

 

「そのまま動くな」

 

「……」

 

 ジェシカは拳を握る。

 

 何かしなければ。

 

 でも、何を?

 

 飛び込めば撃たれる。

 

 撃ち落とせば人質に当たる。

 

 近づけば人質が危ない。

 

 彼女は動けなかった。

 

「……くそっ」

 

 やがて強盗たちは銀行の裏口から逃走を開始した。

 

「待って!」

 

 ジェシカが飛び出そうとする。

 

 しかし、最後に残った男が笑った。

 

「そうそう、ヒーローってのは人質を見捨てられねえよな」

 

 男の隣には、巨大なパワードスーツを着た強盗がいた。

 

 その装甲が低い駆動音を響かせる。

 

 そして一瞬のうちにジェシカへ接近した。

 

「え――」

 

 次の瞬間。

 

 ジェシカの身体に何かが取り付けられた。

 

「なっ……!」

 

 さらに周囲の人質にも同じものが装着される。

 

 強盗たちは人質の一部を連れ去るため、ジェシカまで拘束した。

 

「じゃあな、ヒーローさん!」

 

 逃走車が銀行前から走り去る。

 

 ジェシカは地面に膝をついた。

 

「……待って……」

 

 車は遠ざかる。

 

「待ってよ……!」

 

 追いかけられない。

 

 飛べば、ここに残された人質が危険になる。

 

 ジェシカは唇を噛んだ。

 

「私……」

 

 涙がこぼれた。

 

「私、ヒーローなのに……」

 

 何もできない。

 

 悔しい。

 

 怖い。

 

 こんな時にどうすればいいのか分からない。

 

 その隣で。

 

「……はぁ」

 

 ため息。

 

 ジェシカが振り返る。

 

 そこには、やつれた男がいた。

 

 さっきからずっと床に転がされていたヴァンデス。

 

 彼は自分の縄を見ていた。

 

「ねぇちゃん」

 

「……え?」

 

「こいつ、外せるか」

 

 ヴァンデスが手を差し出した。

 

 縛られた手。

 

 ジェシカは涙を拭う。

 

「……これ?」

 

「ああ」

 

「できる……!」

 

 ジェシカは腰から小さなナイフを取り出す。

 

 震える手でヴァンデスの縄を切った。

 

「……よし」

 

 自由になったヴァンデスは立ち上がる。

 

 ふらついた。

 

「大丈夫!?」

 

「大丈夫じゃない」

 

「え?」

 

「疲れてる」

 

 ヴァンデスは人質たちを見る。

 

 そして、彼らに取り付けられた爆弾を見る。

 

「……なるほど」

 

 その瞬間だけ。

 

 ヴァンデスの目が変わった。

 

 輝いたわけではない。

 

 笑ったわけでもない。

 

 ただ、さっきまで霧がかかっていたような思考が、静かに整理されていく。

 

「……これなら」

 

 彼は人質の一人の前にしゃがみ込む。

 

 装置を確認する。

 

「大丈夫」

 

「大丈夫って……?」

 

「俺がやる」

 

 ジェシカは不安そうに見つめる。

 

「あなた、何者なの?」

 

「……ただの無職」

 

「無職!?」

 

「今はな」

 

 ヴァンデスは淡々と作業を続ける。

 

 彼の指は震えていた。

 

 それでも動きだけは迷わない。

 

 一つ。

 

 また一つ。

 

 爆弾が無力化されていく。

 

 ジェシカには何をしているのか、ほとんど分からない。

 

 ただ、ヴァンデスだけが理解している。

 

 この装置がどういう思想で作られているのか。

 

 どこが危険なのか。

 

 そして、どうすれば人を傷つけずに止められるのか。

 

「……終わり」

 

 最後の一つを確認する。

 

 ヴァンデスはゆっくり立ち上がった。

 

 銀行内にいた人質全員の拘束と爆弾が解除されていた。

 

「すごい……」

 

 ジェシカが呟く。

 

 ヴァンデスは答えない。

 

 ふらつきながら、窓の外を見る。

 

 逃走車はもう見えない。

 

「……追えるか?」

 

「え?」

 

「ねぇちゃん、飛べるんだろ」

 

「うん……!」

 

「なら、頼む」

 

 ヴァンデスはジェシカの肩を軽く叩いた。

 

 その指は、かすかに震えていた。

 

「俺の預金、頼んだぜ。ヒーロー」

 

「……!」

 

 ジェシカは目を見開く。

 

 涙を拭う。

 

 そして、今度はしっかりと顔を上げた。

 

「任せて!」

 

 ジェシカの身体が浮かび上がる。

 

 そのまま空へ飛び出していく。

 

「待ってなさい、強盗!」

 

 青空へ消えていく金髪を見送る。

 

 ヴァンデスはその場に立ち尽くす。

 

「……俺の金」

 

 ぼそり。

 

「……絶対取り返せよ」

 

 そして彼は、銀行の椅子に座った。

 

 どっと疲れが押し寄せてくる。

 

 煙草を一本取り出す。

 

 火をつけようとして――。

 

 財布が空だったことを思い出す。

 

「……ライターの燃料もねぇな」

 

 ヴァンデスは天井を見上げた。

 

「最悪だ」

 

 こうして。

 

 戦争から帰ってこられなかった男と。

 

 戦争を知らない新米ヒーローの。

 

 奇妙な関係が始まった。

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