第五話 人質役
「――その上でだ」
ヴァンデスは教壇からヒーローたちを眺めた。
「お前らの中で、一番勇気のある奴はいるか?」
突然の問いに、講義室が静まる。
「手を挙げろ」
「……」
誰も動かない。
先ほどの訓練の一件が、まだ全員の頭に残っている。
それでも、何人かがおっかなびっくり手を挙げた。
「……よし」
ヴァンデスがニヤリと笑う。
「手間が省けて幸いだ。前に来い」
「え?」
「早く」
手を挙げた数人が、恐る恐る教壇の前へ出てくる。
ヴァンデスは工具箱の横に置いてあった、先ほどとは明らかに違う大型の訓練用爆弾を取り出した。
「お前ら、運がいいなぁ」
「……何が?」
「実物に近い訓練ができる」
ヴァンデスは人質役のヒーローたちに、ずしりと重そうな訓練用爆弾を装着していく。
「ちょ、ちょっと重いんだけど……」
「我慢しろ」
「これ、本当に訓練用だよね?」
「さあな」
「さあなじゃない!」
全員に装着し終える。
ヴァンデスは満足そうに頷いた。
「よし」
今度のホワイトボードに表示されたのは――。
01:00:00
「一時間?」
ジェシカが呟く。
「ああ」
ヴァンデスは装置を操作する。
ピッ。
タイマーが動き始めた。
「さっき外に出ただろ?」
「うん……」
「あの時、爆破処理待ちの実物があってな」
「……え?」
「せっかくだから持ってきた」
ヴァンデスは笑う。
「臨場感たっぷりだろ?」
「笑い事じゃない!」
「ははは」
ヴァンデスは楽しそうに笑う。
そして今度は、先ほどまでとは違う講義を始めた。
実際の事件では、人質がどんな心理状態になるのか。
どれほど恐怖で判断力を失いやすいのか。
犯人がどんな言葉で人質を追い詰めるのか。
そして、救助する側が何をすべきなのか。
「まず、覚えておけ」
ヴァンデスは人質役のヒーローたちを見る。
「実際の人質は、こんなふうに教室で爆弾をつけられるわけじゃない」
声が少し低くなる。
「散々脅されて、目隠しされて、訳も分からないまま爆弾をつけられる」
ヒーローたちの表情が変わる。
「そんな状態で『落ち着け』と言われても無理だ」
ヴァンデスは肩をすくめる。
「だからこそ――まず大事なのは、落ち着いたふりをすることだ」
「……ふり?」
「ああ」
人質役の一人を見る。
「人質に言うんだ」
ヴァンデスは穏やかな声を作った。
「『俺は爆弾のプロだから、こんなの余裕だよ』ってな」
ジェシカが目を瞬く。
「それだけ?」
「それだけでも違う」
ヴァンデスは頷く。
「自分が冷静なふりをすれば、相手も少し落ち着く。相手が落ち着けば、自分も少し落ち着く」
「そうやって、まず冷静に話ができる状態を作る」
タイマーが進んでいく。
23:47
ヴァンデスは構造について説明を続ける。
危険な状態をどう判断するか。
どんな情報を専門家へ伝えるべきか。
現場で何をしてはいけないのか。
そして、どうしても時間が足りない場合に、人質の生命を最優先するための判断について。
「最悪の場合は――」
ヴァンデスが言葉を選ぶ。
「爆弾そのものより、人質の命を優先しなきゃならん場合もある」
講義室が静かになる。
「現場じゃ、教科書通りにいかない」
タイマーを見る。
09:48
「……おぉ」
ヴァンデスが初めて時計を気にした。
「やばいな」
「お前が言うな!」
「まあまあ」
ヴァンデスは工具を手に取った。
「じゃあ、実演するか」
人質役のヒーローたちの顔が強張る。
「本当に解除するんだよな!?」
「ああ」
「絶対だな!?」
「多分な」
「多分!?」
ヴァンデスは笑った。
そして、さっきまでのふざけた態度が嘘のように消えた。
手が動く。
迷いがない。
タイマーを確認しながら、訓練装置を順番に処理していく。
08:12
06:39
05:02
人質役たちが固唾を飲んで見守る。
ヴァンデスは焦っているようには見えなかった。
むしろ、時間が減るほど落ち着いていく。
04:18
「……」
カチャ。
最初の爆弾が無力化された。
「一つ」
続いて二つ目。
03:27
「二つ」
そして三つ目。
02:41
「三つ」
最後の一つ。
01:56
カチッ。
「よし」
ヴァンデスが手を離した。
全員の爆弾が無力化されていた。
講義室に、しばらく沈黙が流れる。
「……拍手」
ヴァンデスが言った。
「人質役に拍手」
ぱらぱらと拍手が起こる。
ヴァンデスは人質役の一人の肩を軽く叩いた。
「どうだ?」
「……怖かった」
「そうだろ」
ヴァンデスは頷く。
「緊張しただろう」
「うん」
「実際の人質は、これよりずっと酷い状況にいる」
ヴァンデスは教壇へ戻る。
「だから、まず落ち着いたふりをしろ」
ジェシカも真剣に聞いていた。
「俺は爆弾のプロだから、こんなの余裕だよ――ってな」
「そう演技してりゃ、自分も相手も落ち着いて、冷静に対処できる」
ヴァンデスは一度、全員を見渡す。
「後は専門家の指示に従うのもいい」
「自分で知識を積んで、経験を積んで、扱えるようになるのもいい」
そして、少しだけ皮肉な笑みを浮かべる。
「もし勉強するなら――俺たちみたいな爆弾魔に聞きな」
ヒーローたちが顔を見合わせる。
「自分で爆弾を作る奴が、一番爆弾に詳しい」
「……それ、本人が言うと説得力があるな」
「だろ?」
ヴァンデスは満足そうに笑った。
そして、何事もなかったかのように教壇へ戻る。
「さて」
コーヒーを一口飲む。
「次の話に移るぞ」
ジェシカはヴァンデスを見つめた。
最初はただの、やつれた退役軍人にしか見えなかった。
だが今は違う。
この男は、爆発物そのものだけではない。
爆発を前にした人間の心を知っている。
それこそが、ヴァンデスが「ハートロッカー」と呼ばれていた理由なのかもしれなかった。