※この作品はR-18です。

退役軍人のヒーロー生活   作:山門門山

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10.戦争の残り香

第六話 爆弾を扱うということ

 

「さて、諸君」

 

 ヴァンデスは教壇に立ったまま、講義室を見渡した。

 

 先ほどまで張り詰めていた空気は、まだ完全には消えていない。

 

 ヒーローたちは疲れ切った顔で椅子に座り、誰もが深く息を吐いていた。

 

「一回、深呼吸してみろ」

 

「……深呼吸?」

 

「ああ。全員だ」

 

 ヴァンデス自身がゆっくり息を吸う。

 

「吸って――」

 

 ヒーローたちもそれに倣う。

 

「吐け」

 

 ふぅ、と一斉に息が抜けた。

 

「もう一回」

 

 吸う。

 

「吐け」

 

 また、息を吐く。

 

 すると――。

 

「……あれ?」

 

 ジェシカが自分の喉に手を当てた。

 

「喉……乾いてる」

 

「俺、腹減ってる……」

 

「……なんか、急に疲れた」

 

 さっきまで張り詰めていたせいで気づかなかった。

 

 喉の渇き。

 

 空腹。

 

 身体の重さ。

 

 そして、強烈な疲労感。

 

 緊張が解けた途端、それらが一気に押し寄せてきた。

 

 ヴァンデスはそれを見て、満足そうに頷いた。

 

「どうだ」

 

 誰も答えない。

 

「自分が思ってるより、ずっと疲れてただろ」

 

「……はい」

 

 ジェシカが素直に答えた。

 

「爆発物を扱う現場ってのは、緊張しっぱなしじゃ駄目なんだ」

 

 ヴァンデスは教壇に腰を預ける。

 

「リラックスすること。適度に休憩すること。ちゃんと飯を食うこと。水分も取る」

 

「そんな基本的なこと……」

 

「基本だから大事なんだよ」

 

 ヴァンデスは携帯電話を取り出した。

 

「さて、休憩にする」

 

 電話をかける。

 

「おう、ヴァンデスだ。さっき頼んだ奴、人数分持ってきてくれ」

 

 少し間を置いて、

 

「そう。バカみたいに甘いドーナツとコーヒー」

 

 電話を切る。

 

 しばらくすると、スタッフが大量のドーナツとコーヒーを運んできた。

 

「ほら。好きなの取れ」

 

 ヒーローたちは恐る恐る取りに行く。

 

「……甘そう」

 

「甘いぞ」

 

 ヴァンデスは自分も一つ取った。

 

「頭を使った後はこれくらいでいい」

 

 ジェシカもドーナツを一つ取る。

 

 一口食べる。

 

「……甘っ!」

 

「だろ?」

 

 ヴァンデスは満足そうにコーヒーを飲んだ。

 

「三十分休憩だ。好きにしてろ」

 

 そう言うと、ヴァンデスは教壇の脇に置いてあった先ほどの爆発物へ向かった。

 

 工具を手に取る。

 

「……何してるんですか?」

 

「暇潰し」

 

 ヴァンデスは先ほど解体した訓練用装置を、さらに細かく分解していく。

 

 ヒーローたちはドーナツを食べながら、その手元を眺めていた。

 

 数人は明らかに興味を持っている。

 

「それ、どうなってるんですか?」

 

「ん?」

 

 ヴァンデスが顔を上げる。

 

「興味あるのか?」

 

「ちょっと」

 

「なら休憩が終わったら教えてやる」

 

 そう言って、また黙々と作業を続ける。

 

 やがて三十分が過ぎた。

 

「さて」

 

 ヴァンデスが手を叩いた。

 

「休憩終了」

 

 全員が席に戻る。

 

「今日はもう、爆発物を使うことはない」

 

 ヒーローたちから安堵の声が漏れる。

 

「だからリラックスしろ」

 

 ヴァンデスは教壇に立つ。

 

「最後に、戦場でよく使われた、助けようのない手段だけ説明して今日の講義を終わる」

 

 空気が少し重くなった。

 

「まず、ブービートラップ」

 

 ヴァンデスの表情が変わる。

 

「死体や怪我人を利用して、助けようと近づいた人間を巻き込む」

 

 ヒーローたちは黙って聞いている。

 

「一つ二つ仕掛けておくだけで、敵は怪我人を助けることそのものを恐れるようになる」

 

「助けに行けば危険かもしれない」

 

「そう思わせるだけで、人間は動けなくなる」

 

 ジェシカの表情が曇る。

 

「……酷い」

 

「ああ」

 

 ヴァンデスは即答した。

 

「酷い。だから戦争なんだよ」

 

 淡々とした声だった。

 

「次に、時限式に見せかけた遠隔式」

 

 ヴァンデスは続ける。

 

「爆弾を確認したからって、すぐに大勢で近づくとは限らない」

 

「確認した人間が安心したところで、別の場所から仕掛けを作動させる」

 

「だから爆発物を発見した時は、仕掛けそのものだけを見るな」

 

 ヴァンデスは全員を見る。

 

「周囲全体を疑え」

 

 ヒーローたちは真剣に頷いた。

 

 そしてヴァンデスは――。

 

「それと」

 

 一瞬、言葉を止めた。

 

「これが一番効果的だったな」

 

 口元に、ぞっとするような笑みが浮かぶ。

 

 教室の空気が凍る。

 

「人間そのものを爆弾にする」

 

「……え?」

 

 ジェシカの顔から血の気が引いた。

 

「昔の戦場じゃ、捕虜や人質を薬物で朦朧とさせて、身体の中に爆発物を隠すような、とんでもない手段まで使われた」

 

 ヴァンデスは淡々と語る。

 

「傷を偽装して、敵の基地や陣地の近くに放置する」

 

「助けようとした連中が基地へ連れて帰る」

 

「そして――」

 

 指を鳴らす。

 

「ドン」

 

 教室に沈黙が落ちた。

 

「遠くから監視して、基地に入ったところで作動させる」

 

 ヴァンデスは邪悪な笑みを浮かべた。

 

「これでいくつも基地が吹っ飛んだ」

 

「……」

 

 ジェシカは言葉を失っていた。

 

 他のヒーローたちも同じだった。

 

 ヴァンデスはそんな彼らを見て、少しだけ笑う。

 

「だから覚えとけ」

 

 そして、いつもの気だるい声に戻った。

 

「爆発物ってのは、爆発する物体だけを相手にする仕事じゃない」

 

「それを使う人間」

 

「それを恐れる人間」

 

「助けようとする人間」

 

「そして――」

 

 ヴァンデスは自分の胸を指で軽く叩いた。

 

「それを見てる自分自身」

 

「全部ひっくるめて相手にするんだ」

 

 誰も口を挟まなかった。

 

 しばらくして、ヴァンデスは時計を見る。

 

「……よし」

 

 資料をまとめる。

 

「今日の講義は終わりだ」

 

「ありがとうございました……」

 

 ヒーローたちが、どこか疲れたように頭を下げる。

 

 ジェシカも頭を下げた。

 

 顔を上げると、ヴァンデスと目が合った。

 

「……ヴァンデスさん」

 

「なんだ?」

 

「あなた、本当に……軍人だったんですね」

 

 ヴァンデスは少し黙った。

 

 そして、いつもの疲れ切った顔に戻る。

 

「……まあな」

 

 それだけ答えると、残ったコーヒーを飲み干した。

 

「さて、帰って酒でも飲むか」

 

「またお酒?」

 

「仕事の後くらい飲ませろ」

 

 ヴァンデスはそう言って、講義室を出ていった。

 

 ジェシカはその背中を見送りながら、しばらく何も言えなかった。

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