第八話 「先生の実体験」
翌日。
講義室の扉が開いた。
「おー……」
入ってきたのは、相変わらずやつれた顔をしたヴァンデスだった。
片手には、昨日よりもさらに大きな箱。
中身が何なのかは、誰にも分からない。
ヴァンデスは箱を教壇の横に置くと、講義室をぐるりと見渡した。
「……」
出席者を一人ずつ確認する。
「おぉ」
そして満足そうに頷いた。
「揃ってるな」
口元が少し緩む。
「感心、感心」
「先生、子供の出席確認みたいに言わないでください」
ジェシカが苦笑する。
「全員揃ってるのは偉いだろ」
「まあ……そうですけど」
ヴァンデスは教壇に立つ。
「さて」
時計を見る。
「講義を始める前に、質問はあるか?」
すると、すぐに何人かの手が上がった。
「お」
ヴァンデスが指を差す。
「そこのお前」
「はい」
昨日の講義を受けたヒーローが立ち上がる。
「昨日の、爆弾を発見した時の対応についてなんですが……」
「うん」
「爆弾そのものだけじゃなく、周囲も警戒するという話がありましたよね?」
「ああ」
「その場合、現場の人間はどこまで近づいて確認していいんでしょうか?」
ヴァンデスは頷く。
「いい質問だ」
そして、昨日と同じように具体的な手順を説明するのではなく、まず専門の爆発物処理班へ連絡し、現場を不用意に触らず安全確保を優先することの重要性を話した。
「なるほど……」
「次」
別のヒーローが手を挙げる。
「昨日の人質の話なんですけど、人質がパニックになってる場合は――」
質問が続く。
ヴァンデスは意外なほど真面目に答えていく。
やがて、質問も残り一つになった。
その時。
教室の後ろから、ゆっくりと手が上がった。
「……」
挙げた本人は、どこか躊躇している。
ヴァンデスが気づいた。
「お前」
「……はい」
「言ってみろ」
ヒーローは立ち上がった。
そして、昨日からずっと胸に引っかかっていたことを口にする。
「……昨日の最後の話って」
「うん?」
「その……」
声が小さくなる。
「先生の、実体験だったり……しますか?」
「…………」
講義室が静まり返った。
誰もが気になっていた。
昨日ヴァンデスが語った戦場の話。
あまりにも具体的だった。
あまりにも現実味があった。
そして何より――。
話している時のヴァンデスが、まるで経験者そのものだった。
ジェシカも息を呑んでヴァンデスを見る。
ヴァンデスはしばらく黙っていた。
そして――。
「さぁ?」
ニヤリ。
意味ありげな笑みを浮かべた。
「どうかな」
その笑顔は、昨日以上に邪悪だった。
「……」
教室中の視線が集中する。
ヴァンデスは箱に手を置いた。
「俺は戦争中、非正規部隊にいた」
それ以上は語らない。
「色々と言えないことも多い」
そこで一度、間を置く。
「だから、言えることだけ言うと――」
全員が固唾を飲む。
「敵の基地を……」
ヴァンデスが指を一本立てた。
「十五は潰したな」
「…………」
一瞬の沈黙。
そして。
「十五!?」
「基地を!?」
「一人で!?」
教室がざわつく。
ヴァンデスは楽しそうに笑った。
「まあ、俺一人じゃないけどな」
「……」
「優秀な仲間がいて、材料が揃って、状況が整ってりゃ――」
ヴァンデスはそこで言葉を切る。
「まあ、俺は爆発させるだけだ」
その言い方が妙に軽かった。
だが、誰も笑えなかった。
ジェシカはヴァンデスの顔を見つめていた。
昨日と同じ、疲れ切った顔。
窪んだ目。
痩せた頬。
だが、その口元だけが楽しそうに歪んでいる。
「……」
ジェシカは少しだけ複雑な顔をした。
ヴァンデスはそんなことなど気にせず、箱を教壇の上へ置いた。
「さて」
パン、と手を叩く。
「他にはいないな?」
誰も手を挙げない。
「よし」
ヴァンデスは満足そうに頷いた。
「じゃあ講義を始めるぞ」
「先生……」
「なんだ?」
「その箱……何が入ってるんですか?」
「講義で使うものだ」
「昨日より大きいですけど」
「そりゃそうだ」
ヴァンデスは箱を開ける。
「今日は昨日より面白いことをやるからな」
「…………」
ヒーローたちの顔が、一斉に引きつった。
ヴァンデスはそれを見て、ニヤリと笑った。
「安心しろ」
「その言葉、昨日から一番信用できないんですけど……」
「ははは」
ヴァンデスは笑いながら、講義を始めた。