第九話 五分間の選択
翌日の講義室。
ヴァンデスは、昨日までより一回り大きな箱を教壇へ運び込んだ。
ドスン。
「今日は大型爆弾だ」
蓋を開ける。
中から出てきたのは、金属製の大型装置だった。
ヒーローたちの表情が一斉に強張る。
「こいつに爆薬が入ってれば――」
ヴァンデスは装置を眺めながら、まるで天気の話でもするように言った。
「この建物は吹き飛ぶな」
「…………」
「先生」
ジェシカが恐る恐る手を挙げる。
「それ……本当に大丈夫なやつですよね?」
「さあな」
「またそれですか!」
ヴァンデスは笑った。
「冗談だ」
そう言いながら箱の中から、四角い粘土ブロックのような物体を取り出す。
「これを見ろ」
「……C4?」
「そうだ」
ヴァンデスは淡々と言った。
「本物だ」
講義室が静まり返った。
「本物……?」
「軍用のC4だ」
誰かが息を呑む。
ヴァンデスはそれを手に持ったまま、装置の前へ移動する。
「この装置は、水平を検知する仕組みと圧力を検知する仕組みを持ってる」
ホワイトボードに簡単な図を描く。
「だから、下手に動かせない」
「持ち上げて運ぶなんて論外だ」
「こいつが地下鉄や人口密集地に仕掛けられてたら、お前らどうする?」
ヴァンデスは砂時計を置いた。
「五分やる」
砂が落ち始める。
ヒーローたちは必死に考え始めた。
「まず避難!」
「爆発物処理班を呼ぶ!」
「犯人が人質を取っていたら?」
「……」
「じゃあヒーローが――」
議論は次第に白熱していった。
その間、ヴァンデスは黙っている。
やがて五分が経った。
「時間だ」
砂時計を倒す。
「正解は?」
「状況による」
ヴァンデスは即答した。
「場所、人質、犯人、装置の状態。全部見なきゃ判断できない」
そして、再び装置へ目を向けた。
「さて」
C4を手に取る。
「じゃあ、実際に見せるか」
「え?」
ヴァンデスは淡々と作業を進める。
C4を装置へ組み込む。
ヒーローたちは固唾を飲んで見守っていた。
「これで完成」
ヴァンデスは装置を閉じる。
「……」
そして、装置を起動させた。
電子音が鳴る。
ピッ。
表示が切り替わった。
10:00
「…………」
誰も喋らない。
ヴァンデスはその表示を確認すると、満足そうに頷いた。
「よし」
そして、平然と告げる。
「これでここは吹き飛ぶな」
「…………は?」
ジェシカの顔が青ざめる。
「ちょっと待ってください!」
「なんだ?」
「起動させたんですか!?」
「ああ」
「止められるんですよね!?」
「どうかな」
「どうかなじゃない!」
ヒーローたちが一斉に立ち上がる。
「全員落ち着け!」
ヴァンデスが怒鳴る。
その声に全員が止まる。
「まだ十分ある」
「でも――」
「だから考えろ」
ヴァンデスは腕を組んだ。
「爆弾が仕掛けられている」
「時間がない」
「しかも動かせない」
「さあ、どうする?」
ヒーローたちは互いに顔を見合わせた。
ジェシカも必死に考える。
ヴァンデスはそんな彼らを眺めながら、内心では――。
笑いを堪えていた。
もちろん、誰にも言わない。
彼らが本物だと思っているC4。
実は――ただの偽物だった。
爆発することなど、最初からない。
だが、それを教えるつもりはない。
講義に必要なのは、爆発ではない。
「もし本物だったら」という緊張感だ。
ヴァンデスは腕時計を見る。
「あと九分だぞ」
「……!」
「ぼさっとしてる暇はない」
ヒーローたちが慌てて動き始める。
ヴァンデスはその様子を眺めながら、口元だけを僅かに歪めた。
「……さて」
小さく呟く。
「お前らなら、どうする?」
誰も知らない。
この部屋にある「爆弾」が、最初から爆発することなどないということを。
そしてヴァンデスは、その秘密を最後まで教えるつもりもなかった。