第十話 爆弾魔の性格
電子音が鳴り続ける中、ヴァンデスは突然、顔色を変えた。
「……まずいな」
「え?」
さっきまで平然としていた男とは思えないほど、露骨に怯えた表情を浮かべる。
手が震えている。
「これは……ちょっと、まずい」
そして、諦めたように肩を落とした。
「まあ、運良く吹き飛ばなければ役に立つかもしれん」
「運良くって何!?」
「……早々に遺書でも書くか」
ヴァンデスは教壇の引き出しから紙とペンを取り出した。
「先生!?」
ヒーローたちがざわめく。
「いやぁ……短い人生だった」
ヴァンデスは神妙な顔で紙に何かを書き始める。
「おいおい……」
「本当に大丈夫なのか!?」
「さあなぁ」
ヴァンデスは肩をすくめる。
そして、ニヤニヤしながら顔を上げた。
「さぁ、みんなで一つの肉片になろうぜ」
「自爆テロかよ!!」
誰かが叫んだ。
教室が一気にパニックになる。
「落ち着け!」
「無理だ!」
「まだ九分ある!」
「九分しかないんだぞ!」
椅子が倒れ、何人かが立ち上がる。
そんな中――。
「みんな!」
ジェシカが声を張り上げた。
「落ち着いて!」
「ジェシカ! でも――」
「昨日の講義を思い出そうよ!」
全員が止まった。
「ヴァンデスさんが言ってたでしょ!」
ジェシカは深呼吸する。
「爆弾を扱う時に一番やっちゃいけないのは、パニックになること!」
「……」
「今、私たちができる最初のことは――」
ゆっくり息を吸う。
「落ち着くことだよ」
ヒーローたちは互いに顔を見合わせた。
そして、一人。
また一人。
深呼吸を始める。
「……そうだ」
「昨日、同じことをやった」
「焦ったら解除できるものもできなくなる」
少しずつ、騒ぎが収まっていく。
ヴァンデスはそれを眺めていた。
「…………」
そして心の中で呟く。
――つまらん。
だが、すぐに表情を改めた。
「……そうだ」
ヴァンデスも深呼吸する。
「落ち着け。落ち着け……」
今度はヒーローたちに合わせて、落ち着いたふりをする。
ヒーローたちは装置を囲み、慎重に観察を始めた。
「不用意に触るな」
「まず構造を見る」
「昨日の話を思い出せ」
時間だけが過ぎていく。
「……あれ?」
一人が呟いた。
「これ……思ったより単純じゃないか?」
「本当だ」
「複雑な仕掛けじゃない」
ヒーローたちは慎重に確認を続ける。
そして――。
「これ……外していいのか?」
「待て。昨日の話を――」
「大丈夫。ゆっくりやろう」
恐る恐る、C4に繋がっている電極を外す。
――カチッ。
一瞬の沈黙。
「…………」
誰も動かない。
次の瞬間。
♪パパパパーン!
安っぽい電子音とともに、ファンファーレが鳴り響いた。
「…………」
「…………」
「…………」
全員が呆然とする。
そして――。
ヴァンデスが椅子に座ったまま、ぽつり。
「……つまらん」
「先生!?」
ヴァンデスは深いため息を吐く。
「おめでとう」
コーヒーを一口飲む。
「景品は何が欲しいかね?」
「いや、景品って……」
「よくやったよ。まさか本当に解除するとは思わなかった」
ヴァンデスは完全に開き直っていた。
「君たちも懲りないねぇ」
「……何がですか?」
ヴァンデスはコーヒーカップを置いた。
「爆弾魔との戦いってのはな」
ヒーローたちを見る。
「爆弾そのものだけを見るんじゃない」
「作った人間の性格を考えることが大事なんだ」
全員が黙る。
「その上でだ」
ヴァンデスは自分を指差した。
「俺という爆弾魔と、君たちは昨日からずっと対面している」
「…………」
「少しも考えなかったのかね?」
誰も答えられない。
ヴァンデスはニヤリと笑った。
「昨日から俺が何をしてきた?」
「人を焦らせる」
「怖がらせる」
「パニックにさせる」
「そうだ」
ヴァンデスは満足そうに頷く。
「じゃあ、今日の俺が本当に爆弾を持ってきたとして――」
自分が先ほど書いた遺書をひらひらさせる。
「わざわざ自分まで巻き込まれる場所で、こんな堂々と起動すると思うか?」
「…………」
ヒーローたちは顔を見合わせる。
ようやく気づいた。
「……最初から」
「ああ」
「私たちを試してた?」
「その通り」
ヴァンデスはコーヒーを啜る。
「爆弾魔ってのは、爆弾だけで人を殺すんじゃない」
「相手の頭の中に爆弾を作るんだよ」
ジェシカが目を丸くする。
「……頭の中に?」
「そう」
ヴァンデスは空になったカップを置いた。
「恐怖、焦り、疑心暗鬼」
「それを相手に植え付ければ、爆弾なんて置いてあるだけで仕事をしてくれる」
そして、教壇の上に残された装置を見る。
「今日、お前らが戦ってたのは、あの爆弾じゃない」
ヴァンデスは笑った。
「俺だったんだよ」
講義室に、しばらく沈黙が流れた。
ジェシカは装置を見つめる。
そして、小さく呟いた。
「……ずるい」
「爆弾魔にフェアプレーを期待するな」
ヴァンデスはそう言って、またコーヒーを飲んだ。