第十一話 爆弾魔の考え方
安っぽいファンファーレが鳴り終わったあとも、講義室には妙な沈黙が残っていた。
ヒーローたちは誰も席を立たない。
先ほどまで「爆発する」と信じ込んでいた装置を、改めて見つめている。
ヴァンデスはそんな彼らを眺めながら、教壇の上に置かれた大型爆弾を指差した。
「ちなみに」
「……はい」
何人かが警戒したように返事をする。
「これを使った事件、どんなのだったと思う?」
「え?」
ヒーローたちは顔を見合わせた。
「これと同じような爆弾が使われた事件があったんですか?」
「同型な」
ヴァンデスは頷く。
「実際に使われた事件だ」
すると、さっきまで緊張で疲れ切っていたヒーローたちが、少しずつ考え始める。
「……銀行?」
「さっきまで銀行強盗の話をしてたから、それじゃないか?」
「いや、銀行ならもっと金庫とかを狙うんじゃない?」
「政治家を脅迫したとか?」
「政府施設じゃないですか?」
「空港とか?」
「いや、ああいう場所は警備が厳しいだろ」
さんざんに意見が飛び交う。
ヴァンデスは腕を組んだまま、黙って聞いていた。
「……病院」
ジェシカがぽつりと言った。
「ん?」
「病院とか……人がたくさんいる場所じゃないですか?」
「ほう」
「犯人が何かを要求するなら、人質が多い場所のほうが警察も無視できないと思って……」
「まあ、悪くない」
ヴァンデスが頷く。
「他には?」
「学校」
「政府機関」
「駅」
「大きな商業施設」
次々と意見が出てくる。
ヴァンデスは一人ずつの答えを聞きながら、時折、
「なるほど」
「それもあり得る」
「面白いな」
などと相槌を打っていた。
やがて、全員が一通り意見を出し終えたところで、ヴァンデスが口を開いた。
「正解を教えてやる」
ヒーローたちが顔を上げる。
「昔、これの同型が十個使われた事件があった」
「十個……」
「設置された場所は、病院、小学校、道路。それからニューヨーク市内の複数の場所だ」
「……十個も?」
ジェシカの顔が曇る。
「犯人は何を要求したんですか?」
「仲間の解放と金」
ヴァンデスは淡々と答えた。
「ありがちな要求だ」
「でも……」
ジェシカが爆弾を見る。
「十個も仕掛けたんですよね?」
「ああ」
「じゃあ、かなり大きな事件だったんじゃ……」
「大きかったよ」
ヴァンデスは少しだけ遠くを見るような目をした。
「警察も軍も、それに俺たちみたいな爆発物の専門家も、総動員だった」
ヒーローたちは黙って聞いている。
「街は大混乱」
「報道は連日その事件を取り上げる」
「犯人は要求を繰り返す」
「警察は一つずつ確認する」
ヴァンデスは指を折っていく。
「病院」
「学校」
「道路」
そして最後に、
「市内のいろんな場所」
指を広げた。
「ところがな」
ヴァンデスはニヤリと笑った。
「実際に爆薬が入っていたのは、二つだけだった」
「……え?」
全員が固まる。
「二つ?」
「ああ」
「じゃあ、残りの八個は……」
「ただの脅しだ」
ヴァンデスは肩をすくめる。
「もちろん、当時はそんなこと分からん」
「十個全部が本物かもしれない」
「一個でも見落とせば大惨事になる」
「だから警察は全部を本物として扱うしかない」
ヒーローたちが顔を見合わせる。
「つまり……」
一人が言った。
「犯人は、爆弾そのものよりも『爆弾があるかもしれない』という恐怖を利用した?」
「その通り」
ヴァンデスは満足そうに頷いた。
「よくできました」
だが、その直後。
「ただしな」
ヴァンデスの表情が少し変わる。
「犯人には一つ、大きな問題があった」
「問題?」
「度胸がなかった」
何人かが眉をひそめる。
「……どういうことですか?」
「俺がこの事件に協力した時に分かった」
ヴァンデスは爆弾を指差した。
「実際に爆薬が入っていた二つは、確かに人通りのある道路だった」
「でもな」
ヴァンデスは笑う。
「病院でも小学校でも、地下鉄でもなかった」
「……」
「つまり、あいつらは要求はする」
「街を脅す」
「警察を振り回す」
「大勢の人間を怖がらせる」
そこで一拍置く。
「でも、本当に人を殺すところまでは踏み込めなかった」
「……玉無しどもだったってことだ」
あまりにもあっさり言うので、何人かが苦笑する。
「先生……言い方」
「事実だろ」
ヴァンデスは平然としている。
「爆弾を仕掛けるだけなら、誰でもできる」
「問題は、それを本当に使えるかどうかだ」
その言葉に、教室が静かになる。
ヴァンデスは爆弾を眺めた。
「脅すことと、殺すことは全然違う」
「爆弾を作る奴の中には、派手なことを言うくせに、最後の一線を越えられない奴もいる」
「逆に、最初から人間を殺すことに何の抵抗もない奴もいる」
ヴァンデスはヒーローたちを見渡す。
「だから爆弾処理ってのは、装置を見るだけじゃ駄目なんだ」
「犯人を見るんだ」
ジェシカが頷く。
「犯人の性格を……」
「そう」
ヴァンデスは指を一本立てる。
「臆病なのか」
「冷静なのか」
「金が目的なのか」
「注目を浴びたいのか」
「仲間を助けたいのか」
「それとも、本当に殺したいのか」
「そこまで考えれば、同じ爆弾でも意味が変わる」
ヴァンデスは教壇を軽く叩いた。
「だから、この事件で一番重要だったのは爆弾の数じゃない」
「犯人が十個も仕掛けた理由だ」
ヒーローたちは黙って考える。
昨日までの彼らなら、爆弾を見たら爆弾そのものにしか意識を向けなかっただろう。
だが、ヴァンデスの講義を受けて二日目。
少しずつ視点が変わってきていた。
「先生」
若いヒーローが手を挙げる。
「じゃあ、その事件の犯人は最初から人を殺すつもりがなかったんですか?」
「さあな」
ヴァンデスは首を傾げる。
「本人に聞いてみなきゃ分からん」
「でも、実際には二つしか本物じゃなかった」
「そうだ」
「だったら……」
ヒーローは少し考える。
「犯人の目的は、爆発そのものじゃなくて、爆弾を使って街を混乱させることだった?」
「たぶん、その辺りだろうな」
ヴァンデスは頷いた。
「だから捕まった時も、実際に爆発させた二つについてはかなり揉めたらしい」
「……」
「人を殺すつもりがなかったのか」
「たまたま被害が少なかっただけなのか」
「そこは犯人本人しか知らん」
ヴァンデスはコーヒーを飲む。
そして突然、笑った。
「さて」
ヒーローたちを見る。
「じゃあ、ここで問題だ」
「またですか……」
誰かが疲れた声を出す。
「そうだ」
ヴァンデスは爆弾を指差した。
「もしお前らが爆弾魔だったら、どこに仕掛ける?」
「…………」
全員が黙った。
「いや、待ってください」
「なんだ?」
「私たちに爆弾魔になれって?」
「違う」
ヴァンデスは笑う。
「犯人の考えを読む訓練だ」
「自分が犯人だったら何を狙うか考える」
「そうすりゃ、実際の犯人が何を考えてるのか理解しやすくなる」
ジェシカが首を傾げる。
「でも……それって、やりすぎたら危なくないですか?」
「もちろん危ない」
ヴァンデスは即答した。
「やりすぎると、本当に爆弾魔になっちまうがな」
「先生!」
教室に笑いが起こる。
ヴァンデスもケラケラ笑った。
「冗談だ」
「……冗談ですよね?」
「たぶんな」
「たぶん!?」
また笑いが起きる。
しかしヴァンデスは、そこで少し真面目な顔になった。
「いいか」
教室が静かになる。
「これは『どうやって爆弾を仕掛けるか』を考える授業じゃない」
「『犯人なら何を考えるか』を考える授業だ」
ホワイトボードに大きく、
犯人の目的
と書く。
「金が目的なら?」
「政治的な要求なら?」
「復讐なら?」
「注目を集めたいだけなら?」
「仲間を助けたいなら?」
その下にいくつかの言葉を書き足していく。
「目的が変われば、犯人の行動も変わる」
「そして、犯人の性格が分かれば――」
ヴァンデスは自分の頭を指で叩いた。
「次に何をするか予想できる」
ジェシカは真剣な顔で聞いていた。
「つまり……犯人と同じ考え方をすることで、犯人の先回りをするんですね」
「そういうこと」
「でも、それって結構嫌な感じですね」
「まあな」
ヴァンデスは苦笑する。
「犯罪者の頭の中を覗く仕事だからな」
そして、教室を見回す。
「だから覚えとけ」
「犯人を理解することと、犯人に共感することは違う」
その言葉に、ジェシカが少し驚いた顔をする。
「そこを混同するな」
「犯人が何を考えているか理解できたとしても、それを肯定する必要はない」
「むしろ理解できた方が、止めやすい」
ヴァンデスはそう言って椅子に腰を下ろした。
「さて」
「今日はここまでにするか」
「え?」
ヒーローたちが驚く。
「今日はまだ――」
「頭が疲れてる」
ヴァンデスはコーヒーを啜る。
「昨日からずっと俺の相手をしてるんだ。そろそろ休め」
「先生自身は?」
「俺は慣れてる」
「何に?」
ヴァンデスは少し考える。
「ろくでもないことにな」
そう言って、疲れたように笑った。
ヒーローたちは何とも言えない顔をする。
昨日までは、ヴァンデスをただの嫌味な退役軍人だと思っていた。
だが二日間の講義を受けて、少しずつ分かってきた。
この男は、爆弾について詳しいだけではない。
爆弾を使う人間が何を考えるのかを、嫌というほど知っている。
そして、その知識を今はヒーローたちに叩き込んでいる。
ジェシカは教壇の爆弾をもう一度見た。
「……ヴァンデスさん」
「ん?」
「次は何を教えてくれるんですか?」
「明日のお楽しみだ」
ヴァンデスはニヤリと笑う。
「ただし――」
箱を閉じながら付け加えた。
「明日もちゃんと来いよ」
「はい!」
ジェシカだけは元気よく返事をした。
他のヒーローたちは、少し嫌そうな顔をした。
ヴァンデスはそれを見て、満足そうに笑った。
「よしよし」
「先生?」
「ちゃんと怖がるようになってきた」
その言葉に、ヒーローたちは一斉に顔をしかめた。
そして誰かが小さく呟く。
「……この人、本当に性格悪いな」
「聞こえてるぞ」
「すみません」
「いい。褒め言葉として受け取っとく」
ヴァンデスはそう言って、残ったコーヒーを飲み干した。