※この作品はR-18です。

退役軍人のヒーロー生活   作:山門門山

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17.感想戦

第十三話 明日は実地訓練

 

 その後の講義は、意外なほど真面目なものになった。

 

 少なくとも――爆発音が鳴り響くことも、ヴァンデスが突然「死ぬぞ」と脅し始めることもなかった。

 

 ……今のところは。

 

「さて、ここからは座学だ」

 

 ヴァンデスはホワイトボードに資料を書き込みながら説明を続けていた。

 

「爆発物ってのは、爆薬そのものだけ知ってりゃいいってもんじゃない」

 

「同じ種類の爆薬でも、どういう目的で使われたかによって意味が変わる」

 

 スクリーンには過去の事件の資料が映し出されている。

 

 爆発物の種類。

 

 事件の発生場所。

 

 犯人の要求。

 

 犯人が残した声明。

 

 そして、警察や爆発物処理班がどう対応したか。

 

 ヴァンデスはそれらを一つずつ説明していった。

 

「こいつは過去のテロ事件で使われたものだ」

 

「見た目だけなら単純そうに見えるだろ?」

 

 ヒーローたちは頷く。

 

「だが実際には、処理する側が『単純そうだ』と思った瞬間が一番危ない」

 

 ヴァンデスは資料を切り替える。

 

「犯人は当然、処理する側がどう考えるかまで考えてくる」

 

「だから解除する時は、装置そのものだけを見るな」

 

「犯人の癖を見ろ」

 

「過去の事件を見ろ」

 

「犯人が何を恐れているのか、何を望んでいるのかを考えろ」

 

 ジェシカは必死にメモを取っている。

 

 周囲のヒーローたちも同じだった。

 

 最初の頃は、ヴァンデスの講義を「変人退役軍人による危険な授業」程度に思っていた者も多かった。

 

 だが、三日、四日と講義を受けるうちに、その認識は少しずつ変わっていた。

 

 ヴァンデスの知識は本物だった。

 

 そして何より、実際の事件を知っている。

 

 単に教科書を暗記している専門家とは違う。

 

「先生」

 

 一人が手を挙げる。

 

「はい」

 

「過去の事件で、犯人が自分で爆弾を作っていた場合と、誰かから入手していた場合で違いはありますか?」

 

「ある」

 

 ヴァンデスは即答した。

 

「かなりある」

 

「自作する奴は、自分の癖が出る」

 

「市販品や他人から手に入れたものなら、その癖が薄い」

 

「逆に言えば、爆発物の知識がある奴ほど、自分の作ったものに妙なこだわりを持つことがある」

 

「見た目だったり、構造だったりな」

 

 ヴァンデスは少し笑う。

 

「犯人ってのは案外、性格が出るんだよ」

 

「几帳面な奴は几帳面」

 

「雑な奴は雑」

 

「臆病な奴は安全策を何重にも入れる」

 

「自信過剰な奴は余計な仕掛けを入れたがる」

 

「……先生は?」

 

 ジェシカが聞いた。

 

「俺?」

 

「はい」

 

「俺は――」

 

 ヴァンデスは少し考える。

 

「面倒くさがりだな」

 

「……」

 

 教室中から微妙な視線が集まった。

 

「何だその顔は」

 

「いや……」

 

 ジェシカが苦笑する。

 

「否定できないなって」

 

「お前、最近俺に対して遠慮がなくなってないか?」

 

「そうですか?」

 

「そうだよ」

 

 そんなやり取りをしながらも、講義は続いていく。

 

 過去の爆発事件。

 

 犯人の心理。

 

 警察の初動。

 

 現場での判断。

 

 解除作業の失敗例。

 

 そして、何より重要な「焦らされないこと」。

 

 ヴァンデスは何度もそこを強調した。

 

「現場では、時間制限があるように見えても、焦って勝手な判断をするな」

 

「でも、時間が本当にない場合は?」

 

「その時は判断する」

 

「つまり?」

 

「焦るな」

 

「でも急げ」

 

「……矛盾してません?」

 

「してない」

 

 ヴァンデスは真顔で言った。

 

「頭は冷やせ。手は動かせ」

 

「それができる奴が生き残る」

 

 ヒーローたちは真剣に頷いた。

 

 やがて時計を見る。

 

 講義終了まで、もうそれほど時間は残っていない。

 

 ヴァンデスは資料を閉じた。

 

「よし」

 

 ヒーローたちが少しだけ安堵する。

 

「今日はここまでだ」

 

「……終わった」

 

 誰かが小さく呟いた。

 

 しかしヴァンデスは、何かを思い出したように顔を上げた。

 

「あ」

 

「……」

 

 嫌な予感がした。

 

「そういや明日だが」

 

 ジェシカの顔が引きつる。

 

「明日は別の場所でやる」

 

「……どこですか?」

 

「外のシミュレーションルーム」

 

「シミュレーション?」

 

「人質救出訓練とかに使うところだ」

 

 その瞬間、教室の何人かの顔が曇った。

 

 ヴァンデスはそれに気づいていないのか、気にしていないのか。

 

「実地で少しやる」

 

「……何を?」

 

「まあ、色々だ」

 

「色々って?」

 

「明日になれば分かる」

 

 ヴァンデスは平然としている。

 

 ジェシカが恐る恐る聞いた。

 

「爆弾……使います?」

 

「当然だろ」

 

「…………」

 

「何だその顔は」

 

「いえ……」

 

「安心しろ」

 

 ヴァンデスは笑った。

 

「明日は部屋を汚す予定だから」

 

「安心できる要素が一つもないです!」

 

 教室に笑いが起こる。

 

 ヴァンデスはそれを無視して資料を片付け始めた。

 

「あと、汚れてもいい格好で来い」

 

「汚れるんですか?」

 

「たぶんな」

 

「何をするんです?」

 

「明日のお楽しみ」

 

 それだけ言うと、ヴァンデスは教壇の上に残っていた道具を箱へ戻し始めた。

 

「さて、帰れ帰れ」

 

「先生、片付け手伝います」

 

 ジェシカが立ち上がる。

 

「いい」

 

「でも――」

 

「いいって」

 

 ヴァンデスは机を拭きながら言う。

 

「お前らは休め」

 

「明日は今日より疲れるぞ」

 

 その言葉を聞いて、ヒーローたちは顔を見合わせた。

 

「……今日より?」

 

「今日より?」

 

「今日より疲れるって……」

 

 不安が広がっていく。

 

 ヴァンデスはそんな彼らを横目に見て、ニヤリと笑った。

 

「期待してろ」

 

「その言い方やめてください!」

 

 ジェシカの声が響く。

 

 やがて講義室の掃除も終わり、ヒーローたちは一人、また一人と退室していった。

 

 最後まで残ったジェシカが振り返る。

 

「ヴァンデスさん」

 

「なんだ?」

 

「……明日、本当に大丈夫ですよね?」

 

「何が?」

 

「私たち」

 

「死にゃしないよ」

 

「その言い方が一番怖いんですよ……」

 

 ヴァンデスは苦笑した。

 

「じゃあ、明日な」

 

「……はい」

 

 ジェシカは渋々、講義室を出ていった。

 

 扉が閉まる。

 

 ヴァンデスは一人になった教室を見回した。

 

「……さて」

 

 小さく息を吐く。

 

「明日はどうするかな」

 

 そして、残った道具を片付けながら、ぼそりと呟いた。

 

「少しくらい楽しませてもらうか」

 

⸻

 

翌日・いつもの喫茶店

 

 講義が終わったあと。

 

 ヒーローたちは、もはや定番となりつつある近くの喫茶店へ集まっていた。

 

 最初は数人だけだった。

 

 今では講義を受けるヒーローのほとんどが、自然とここへ集まるようになっている。

 

 テーブルの上にはコーヒー、紅茶、軽食。

 

 そして――。

 

「明日、絶対ろくなことにならないよ」

 

 誰かが言った。

 

「俺もそう思う」

 

「俺はもう、あの男が『安心しろ』って言った時点で信用しないことにした」

 

「分かる」

 

 笑いが起こる。

 

 ジェシカもコーヒーを飲みながら苦笑していた。

 

「でも、講義そのものはすごく勉強になりますよ」

 

「それは認める」

 

「悔しいけどな」

 

「知識量は本物だよ」

 

「爆弾を見る目が変わった」

 

 最初の頃とは、明らかに空気が違っていた。

 

 ヴァンデスに対する警戒心は残っている。

 

 むしろ以前より強い。

 

 だが同時に、彼の講義を楽しみにしている者も増えていた。

 

「ただ……」

 

 ジェシカが窓の外を見る。

 

「明日は実地訓練なんですよね」

 

「そう」

 

「人質救出訓練用のシミュレーションルーム」

 

「……」

 

「絶対何かあるよね」

 

「ある」

 

「絶対ある」

 

 全員が頷く。

 

「問題は何があるかだ」

 

「爆弾」

 

「それは確定だろ」

 

「人質役」

 

「それもありそう」

 

「罠」

 

「ありそう」

 

「偽物の爆弾」

 

「ありそう」

 

「本物の爆弾」

 

「……」

 

 全員が黙った。

 

「先生ならやりかねない」

 

 ジェシカが苦笑する。

 

「でも……」

 

 少しだけ嬉しそうに続ける。

 

「明日はもっと、ヒーローとして役に立てるようになりたいな」

 

 その言葉に、周囲のヒーローたちも静かに頷いた。

 

 この数日間、彼らは爆弾の恐ろしさだけを学んだわけではない。

 

 焦らないこと。

 

 犯人の意図を考えること。

 

 相手の思惑に乗らないこと。

 

 そして――。

 

 自分自身が冷静でいること。

 

 ジェシカはカップを置く。

 

「明日、頑張ろう」

 

「……おう」

 

「やるしかないな」

 

「ただし」

 

 誰かが真剣な顔で言った。

 

「ヴァンデス先生の『安心しろ』だけは信用しない」

 

「それは賛成」

 

 全員が頷く。

 

 その様子を見て、ジェシカは思わず笑った。

 

「じゃあ明日は、絶対に先生の思い通りにはならないようにしよう」

 

「おう!」

 

 こうしてヒーローたちは、それぞれ明日の訓練に備えて店を後にした。

 

 誰も知らない。

 

 翌日、ヴァンデスがシミュレーションルームに何を用意しているのか。

 

 そして――。

 

 ヴァンデスが今日の講義終了後、シミュレーションルームの鍵を受け取った時に、意味ありげな笑みを浮かべていたことも。

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