※この作品はR-18です。

退役軍人のヒーロー生活   作:山門門山

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20.爆弾解除

第十六話 最後の一時間

 

 残り時間――五十八分。

 

 機械室に設置された大型爆弾を前に、ヒーローたちは完全に追い詰められていた。

 

「……ない」

 

 一人が呟く。

 

「やっぱりない」

 

 装置の周囲。

 

 床。

 

 壁。

 

 制御盤。

 

 配線。

 

 ありとあらゆる場所を調べた。

 

 ヴァンデスが残したと思われるヒント。

 

 コードを推測できるような数字。

 

 文字。

 

 記号。

 

 どこにもない。

 

「本当に何もないのか?」

 

「ない……」

 

「じゃあ、どうやって解除するんだよ……」

 

 誰かの声が震える。

 

 ジェシカも何度も装置を見直していた。

 

 ヴァンデスの言葉を思い出す。

 

 犯人の思考を読め。

 

 相手の意図に乗るな。

 

 爆弾そのものだけを見るな。

 

 だが、何度考えても答えが出ない。

 

「……先生」

 

 ジェシカは呟いた。

 

「どうすればいいの……?」

 

 その時。

 

 調査官が静かに口を開いた。

 

「もういい」

 

「……え?」

 

「君たちは十分やった」

 

 調査官は疲れ切った顔で笑った。

 

「ここまで助けてくれたんだ」

 

「もう逃げろ」

 

「でも……」

 

「時間がない」

 

 調査官は首を振った。

 

「君たちはヒーローだろう」

 

「だからこそ、ここで死ぬ必要はない」

 

「俺たちFBIが責任を取る」

 

 言葉ではそう言いながらも、その顔には隠しきれない絶望が浮かんでいた。

 

「……」

 

 ジェシカは何も言えなかった。

 

 他のヒーローたちも俯く。

 

 逃げれば助かる。

 

 だが、ここに残れば死ぬかもしれない。

 

 そして、ヴァンデスもまだ敵の手の中にいる。

 

「……嫌です」

 

 ジェシカが呟いた。

 

「何?」

 

「私は残ります」

 

「ジェシカ――」

 

「先生を置いて逃げられません」

 

 声は震えていた。

 

 それでも、ジェシカは立っていた。

 

「ここまで先生に教えてもらったんです」

 

「だったら最後までやります」

 

「……」

 

 他のヒーローたちも顔を上げた。

 

「俺も残る」

 

「俺も」

 

「ここまで来たんだ」

 

「最後までやろう」

 

 調査官は苦しそうな顔を作る。

 

「……馬鹿な奴らだ」

 

 そして俯く。

 

「本当に……馬鹿だ」

 

 その声は、わずかに震えていた。

 

 しかしヒーローたちは気づかなかった。

 

 調査官が必死に「諦めろ」と演技していることなど。

 

 彼らは本気で絶望していた。

 

 残り時間は四十分。

 

 三十分。

 

 二十分。

 

 時間だけが過ぎていく。

 

「……駄目だ」

 

 誰かが頭を抱えた。

 

「何も分からない」

 

「コードも分からない」

 

「装置をどうすればいいのかも……」

 

 その時だった。

 

「……待て」

 

 誰かが呟いた。

 

「どうした?」

 

 全員が振り返る。

 

 一人のヒーローが、爆弾をじっと見つめていた。

 

「これ……」

 

「何?」

 

「この爆弾、どこにあった?」

 

「シミュレーションルーム」

 

「そうだ」

 

 ヒーローは立ち上がった。

 

「これ、ヴァンデスさんが講義で使ってた訓練用の装置を流用したって言ってたよな?」

 

「……言ってた」

 

「だったら」

 

 爆弾を見る。

 

「こいつは、もともとシミュレーションルームに置いてあったんだ」

 

「だから?」

 

「人間が持ち運ぶことを想定して作られてるなら――」

 

 ヒーローが息を呑む。

 

「そもそも、動かせるんじゃないか?」

 

「……!」

 

 全員が装置を見る。

 

「待って」

 

 ジェシカが近づく。

 

「もし感圧式なら?」

 

「持ち上げた瞬間に作動する」

 

「水平センサーなら?」

 

「傾けたら危ない」

 

「でも……」

 

 ヒーローは慎重に装置を観察する。

 

「それらしいセンサーが見当たらない」

 

「本当に?」

 

「少なくとも、見えている範囲にはない」

 

「だったら……」

 

 全員が息を呑む。

 

「試すのか?」

 

「誰かがやらなきゃいけない」

 

 ヒーローが一歩前に出た。

 

「俺がやる」

 

「危険だ!」

 

「でも、ここで何もしなかったら全員死ぬ」

 

 ヒーローは震える手を伸ばした。

 

 ゆっくり。

 

 本当にゆっくり。

 

 爆弾の下に手を入れる。

 

「……」

 

「気をつけろ」

 

「分かってる」

 

 そして――。

 

 持ち上げた。

 

「……!」

 

 全員が身構える。

 

 何も起きない。

 

 爆発しない。

 

 タイマーも変わらない。

 

「……持てる」

 

「本当に?」

 

「ああ!」

 

 その瞬間、部屋に希望が戻った。

 

「動かせる!」

 

「だったら防爆室だ!」

 

「急げ!」

 

 ヒーローたちが一斉に動き始める。

 

 しかし――。

 

「待って!」

 

 先ほど爆弾を持ち上げたヒーローが叫んだ。

 

「どうした!?」

 

「……本当に全部のセンサーを確認したのか?」

 

「え?」

 

「これ」

 

 自分が持っている爆弾をもう一度見る。

 

「よく見るんだ」

 

 全員が近づく。

 

「……あ」

 

 装置の奥。

 

 非常に分かりづらい場所に、小さな部品が取り付けられている。

 

「感圧センサー……」

 

「隠してあったのか」

 

「ヴァンデスさん……」

 

 ジェシカが呟く。

 

「最後まで意地悪……」

 

 しかし今は文句を言っている場合ではない。

 

 ヒーローたちは慎重に作業を続ける。

 

 そして、ようやくセンサーへの対処を終える。

 

「よし!」

 

「防爆室へ!」

 

 次々と爆弾を移動させていく。

 

 一つ。

 

 二つ。

 

 三つ。

 

 四つ。

 

 五つ。

 

 六つ。

 

 残り時間――五分。

 

「急げ!」

 

「あと一つ!」

 

「持ち上げろ!」

 

「慎重に!」

 

 最後の爆弾が防爆室へ運び込まれる。

 

 扉が閉まった。

 

「……」

 

 沈黙。

 

 そして。

 

 カウントがゼロになる。

 

 ――何も起こらない。

 

「……」

 

「……終わった?」

 

「終わった……」

 

 ヒーローたちの間から、安堵の息が漏れた。

 

 何人かはその場に座り込んだ。

 

「助かった……」

 

「やった……」

 

 だが。

 

「……ヴァンデスさん」

 

 ジェシカだけは笑わなかった。

 

「先生は?」

 

 調査官を見る。

 

「ヴァンデスさんはどこにいるんですか?」

 

「……」

 

「教えてください」

 

「……」

 

 調査官は俯いた。

 

「ヴァンデスさん!」

 

 ジェシカが駆け寄る。

 

「どこにいるんですか!?」

 

 調査官の表情は沈痛だった。

 

「……」

 

「答えてください!」

 

 ジェシカは調査官の胸倉を掴む。

 

「先生は!?」

 

 調査官はしばらく黙っていた。

 

 そして、ポケットから紙を取り出した。

 

 震える手で住所を書く。

 

「俺の口からは……言えない」

 

「……」

 

「ただ……」

 

 調査官は紙をジェシカに渡す。

 

「ここにいるらしい」

 

 まるで――。

 

 ヴァンデスがもう生きていないかのような言い方だった。

 

 ジェシカは震える手で紙を見る。

 

「……港?」

 

 そこには、港湾地区にある倉庫の住所が書かれていた。

 

「倉庫……?」

 

 ジェシカの顔から血の気が引く。

 

「先生……」

 

 彼女は紙を強く握りしめた。

 

「まだ、生きてますよね……?」

 

 調査官は答えない。

 

 ただ、苦しそうに目を伏せるだけだった。

 

 そしてヒーローたちはまだ知らなかった。

 

 その港の倉庫こそ――。

 

 ヴァンデスが次の「講義」を用意して待っている場所だということを。

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