※この作品はR-18です。

退役軍人のヒーロー生活   作:山門門山

23 / 29
21.ネタバラシ

第十七話 爆弾魔からの合格通知

 

 FBIの車が、夜の港湾地区を走っていた。

 

 車内には妙な緊張感が漂っている。

 

 ヒーローたちは誰もほとんど喋らなかった。

 

 先ほどまで、自分たちが死ぬかもしれない状況にいた。

 

 そして何より――。

 

 ヴァンデスがまだ生きているのかどうか、それすら分からない。

 

 ジェシカは助手席から何度も後部座席を見る。

 

「……本当に、ここなんですよね?」

 

「ああ」

 

 運転しているFBI職員が答える。

 

「調査官から渡された住所だ」

 

 ジェシカは膝の上に置いた紙を見る。

 

 港の倉庫。

 

 古びた建物が並ぶ一角。

 

 周囲には人の気配がない。

 

「先生……」

 

 小さく呟く。

 

 すると隣のヒーローが言った。

 

「生きてるさ」

 

「え?」

 

「俺たちがあれだけ頑張ったんだ」

 

「先生なら、きっと――」

 

 言葉を止める。

 

 車が倉庫の前で停車した。

 

「着いたぞ」

 

 ドアが開く。

 

 ヒーローたちは一斉に降りた。

 

「ヴァンデスさん!」

 

 ジェシカが倉庫の扉へ駆け寄る。

 

 鍵はかかっていない。

 

「先生!」

 

 勢いよく扉を開けた。

 

 ――パンッ!

 

「お疲れさーん!!」

 

「うおおおお!!」

 

「よくやったなヒーロー!!」

 

「合格だ!!」

 

「おめでとう!!」

 

「……え?」

 

 クラッカーの音が倉庫いっぱいに響き渡った。

 

 ジェシカは固まった。

 

「…………」

 

 後ろにいたヒーローたちも。

 

「…………」

 

 全員が口を開けたまま動かない。

 

 倉庫の中には、先ほどまでFBI本部にいた職員たちがずらりと並んでいた。

 

 拍手。

 

 口笛。

 

 笑い声。

 

 そして――。

 

 大量の料理。

 

 テーブルの上には肉料理、サンドイッチ、ピザ、サラダ。

 

 さらに大量のコーヒーと酒。

 

 完全にパーティ会場だった。

 

「……」

 

 ジェシカはゆっくりと周囲を見渡す。

 

 そして。

 

「…………は?」

 

 間の抜けた声が漏れた。

 

「いやぁ、よくやった!」

 

 FBI職員の一人が拍手をしながら近づいてくる。

 

「最高だったぞ!」

 

「いや、待ってください」

 

 ジェシカの顔が引きつる。

 

「最高って……」

 

「見事だった!」

 

「いや……」

 

「特に最後の判断は良かった」

 

「いやいやいや!」

 

 ジェシカが両手を振る。

 

「ちょっと待ってください!」

 

 後ろのヒーローたちもようやく我に返った。

 

「……俺たち」

 

「騙された?」

 

「まさか……」

 

「全部……?」

 

 そして、倉庫の奥。

 

 テーブルの横に置かれた椅子に、誰かが座っている。

 

 ぼさぼさのツーブロック。

 

 窪んだ目。

 

 痩せこけた頬。

 

 くたびれたシャツ。

 

 煙草を指に挟み、コーヒーを飲んでいる男。

 

「よう」

 

 ヴァンデスだった。

 

「……」

 

 ジェシカの目が見開かれる。

 

「ヴァンデス……さん?」

 

「そうだよ」

 

「生きて……」

 

「死ぬわけないだろ」

 

 ヴァンデスはケラケラ笑った。

 

「……」

 

 ジェシカの拳が震える。

 

「…………」

 

「どうした?」

 

「…………」

 

「お前、顔怖いぞ」

 

「ヴァンデスさん!!」

 

「おう」

 

「――このっ!!」

 

 ジェシカが飛びかかろうとした。

 

 しかし、他のヒーローたちに止められる。

 

「待て!」

 

「ジェシカ!」

 

「先生!」

 

「まあまあ」

 

 ヴァンデスは笑っている。

 

「落ち着けって」

 

「誰のせいですか!!」

 

「俺」

 

「開き直らないでください!!」

 

 ヴァンデスは楽しそうに煙草を吹かす。

 

「残念だったなぁ」

 

「……」

 

「お前ら」

 

 ヴァンデスは部屋を見渡した。

 

「ここに爆弾があったら、全員死亡だ」

 

「……」

 

 その言葉に、ヒーローたちは再び固まった。

 

「お前らはさっきまで『爆弾がある』って思ってたろ?」

 

「……はい」

 

「『ヴァンデスが捕まった』って思ってたろ?」

 

「……はい」

 

「『FBI内部に裏切り者がいる』って?」

 

「……はい」

 

「全部、俺たちが用意した」

 

「…………」

 

 ヴァンデスは満足そうに笑った。

 

「今回の講義は、これで終わりだ」

 

 ヒーローたちは唖然としている。

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 ヴァンデスはそんな彼らを見て、少しだけ真面目な顔になった。

 

「まあ」

 

 コーヒーを一口飲む。

 

「よくやった」

 

 その一言で、ヒーローたちの表情が少し変わった。

 

「今回、お前らは最後まで逃げなかった」

 

「爆弾を目の前にしてパニックになりながらも、役割を分けた」

 

「情報を集めた」

 

「そして、最後には自分たちで考えて答えを出した」

 

「特に――」

 

 ヴァンデスは、最初に爆弾を持ち上げたヒーローを見る。

 

「お前」

 

「……俺?」

 

「よく気づいた」

 

「爆弾そのものだけじゃなく、『どこから持ってきたものなのか』まで考えた」

 

「そういう視点は大事だ」

 

 そしてジェシカを見る。

 

「それからお前」

 

「私?」

 

「最後まで俺を探そうとしただろ」

 

「……はい」

 

「悪くない」

 

「……」

 

「ヒーローとしてはな」

 

 ジェシカは少しだけ胸を張った。

 

「……ありがとうございます」

 

「ただし」

 

 ヴァンデスが人差し指を立てる。

 

「今回、一番重要だったのは爆弾を解除したことじゃない」

 

「え?」

 

「最初に俺が教えただろ」

 

「爆弾魔との戦いで重要なのは、作った人間の性格を考えることだ」

 

「今回、お前らは最後まで俺を疑わなかった」

 

「……」

 

「そこが課題だ」

 

 ヒーローたちは顔を見合わせる。

 

「犯人の言葉を信じるな」

 

「味方の言葉も鵜呑みにするな」

 

「状況そのものを疑え」

 

「今回、お前らは俺が攫われたって情報を完全に信じた」

 

「でも、俺は今まで何度もお前らを騙してきたよな?」

 

「……」

 

「なのに、今回は『本当に攫われた』って信じた」

 

「……確かに」

 

 ヴァンデスはニヤリと笑った。

 

「だから今回の講義は七十点だ」

 

「七十……」

 

「合格なのか不合格なのか分からない点数ですね」

 

「俺は甘いからな」

 

「どこがですか!」

 

 笑いが起こった。

 

 ようやく、ヒーローたちの緊張も少しずつ解けていく。

 

 ヴァンデスはテーブルの料理を指差した。

 

「まあ、そんなわけで」

 

「今日は打ち上げだ」

 

「FBIとヒーローの懇談会」

 

「今回の件で、お互い少しは仲良くなっただろ?」

 

 ヒーローたちは顔を見合わせる。

 

 確かに。

 

 この数日間、彼らはFBI職員と何度も協力した。

 

 最初は互いに距離があった。

 

 だが今は、少なくとも以前ほどの壁はない。

 

「……まあ」

 

「確かに」

 

「一緒に死にかけましたからね」

 

「それはそう」

 

 笑いが起こる。

 

「だから今日は飲め」

 

 ヴァンデスが酒を掲げる。

 

「食え」

 

「騒げ」

 

「明日のことは明日考えろ」

 

 その時だった。

 

 倉庫の入り口から、一人の人物が入ってきた。

 

「……」

 

 先ほどまで一緒にいたFBIの調査官だった。

 

 だが――。

 

 その顔は、明らかに申し訳なさそうだった。

 

 ヒーローたちの視線が集まる。

 

「……あ」

 

 調査官は小さく頭を下げた。

 

「その……」

 

「すまなかった」

 

 ジェシカが眉を寄せる。

 

「……」

 

 調査官は苦笑する。

 

「かなりやりすぎた」

 

「かなりどころじゃないです!」

 

 ジェシカが即座に叫んだ。

 

「私、本当に先生が死んだと思ったんですよ!?」

 

「……それは、その」

 

 調査官はヴァンデスを見る。

 

「こいつが『本気でやれ』って」

 

「おい」

 

 ヴァンデスが煙草を咥えたまま睨む。

 

「俺のせいにするな」

 

「いや、お前のせいだろ」

 

「……」

 

 倉庫に笑い声が広がる。

 

 ジェシカも怒りながら、少しだけ笑ってしまった。

 

 そして――。

 

 その夜。

 

 ヒーローたちは、初めてヴァンデスを囲んで酒や料理を楽しんだ。

 

 もちろんジェシカは酒を飲まなかった。

 

 ヴァンデスは相変わらず酒を飲み、煙草を吸い、料理をつまんでいる。

 

 そんな彼を見ながら、ジェシカは思った。

 

 ――この人は本当に変な人だ。

 

 怖い。

 

 意地悪。

 

 性格も悪い。

 

 でも。

 

 自分たちに本気で生き残るための知識を教えてくれている。

 

「ヴァンデスさん」

 

「あ?」

 

「……ありがとうございました」

 

「何が?」

 

「講義」

 

「そうか」

 

 ヴァンデスはそれだけ言った。

 

 そして、少しだけ笑う。

 

「なら次の講義も来い」

 

「……」

 

「まだまだ教えることはある」

 

「……はい!」

 

 ジェシカは笑った。

 

 その返事を聞いて、ヴァンデスは煙草を吹かしながら、ほんの少しだけ満足そうに目を細めた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。