※この作品はR-18です。

退役軍人のヒーロー生活   作:山門門山

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24.逮捕

第二十話 先生、逮捕します

 

 それから、さらに数日が過ぎた。

 

 街は相変わらず騒がしかった。

 

 戦争が終わってから時間が経ったとはいえ、治安が完全に回復したわけではない。

 

 むしろ、戦争から戻ってきた退役軍人たちの中には仕事も住む場所もなく、犯罪へ流れてしまった者も少なくなかった。

 

 そして――。

 

 ヴァンデスにとって、そんな街は別に珍しいものではなかった。

 

 夜。

 

 人通りの少ない裏路地。

 

 街灯の明かりも届きにくい場所で、ヴァンデスは壁にもたれながら煙草を吸っていた。

 

「……遅ぇな」

 

 疲れたように呟く。

 

 しばらくすると、路地の向こうから男が現れた。

 

「待たせたか?」

 

「別に」

 

 ヴァンデスは煙草を咥えたまま答える。

 

「ブツは?」

 

「ある」

 

 男が周囲を確認する。

 

「金は?」

 

「ある」

 

 ヴァンデスがポケットから金を取り出す。

 

 短いやり取り。

 

 余計な会話はない。

 

 ヴァンデスは渡されたものを確認すると、ため息を吐いた。

 

「……相変わらず高ぇな」

 

「嫌なら買わなきゃいい」

 

「それができりゃ苦労しねぇよ」

 

 男が鼻で笑う。

 

 ヴァンデスが煙草を灰皿代わりの缶に押しつける。

 

 その時だった。

 

「――そこ!」

 

 上空から声が響いた。

 

 二人が同時に顔を上げる。

 

「え?」

 

 夜空から、一人の少女が猛スピードで降下してくる。

 

「ヒーローだ!」

 

「ちっ!」

 

 売人が走り出す。

 

「おい!」

 

 ヴァンデスも反射的に走り出した。

 

「待ちなさい!」

 

 ジェシカだった。

 

 ヒーロースーツを着て、空を飛びながら二人を追う。

 

「逃げるな!」

 

「逃げるに決まってんだろ!」

 

 ヴァンデスが叫ぶ。

 

「ヴァンデスさん!?」

 

「違ぇ!」

 

「その声、ヴァンデスさんですよね!?」

 

「知らねぇよ!」

 

 路地を曲がる。

 

 売人が別方向へ逃げる。

 

 ヴァンデスも反対方向へ走る。

 

 ジェシカは一瞬迷った。

 

「どっち!?」

 

 その一瞬で、二人は路地の奥へ消えてしまった。

 

「……!」

 

 ジェシカは空へ飛び上がり、上空から周囲を見渡す。

 

 だが、もう見つからない。

 

「……逃げられた」

 

 悔しそうに拳を握る。

 

 そして――。

 

「……」

 

 ジェシカは先ほどの男の後ろ姿を思い出した。

 

 痩せた身体。

 

 妙に疲れた歩き方。

 

 あの声。

 

 そして何より。

 

「……ヴァンデスさんだったような……」

 

 ジェシカは首を傾げた。

 

「いや、でも……」

 

 あの人が?

 

 自分たちに爆発物について教えてくれた。

 

 ヒーローとしての心構えまで叩き込んでくれた。

 

 時には厳しく、時には意地悪で、それでも最後には必ず自分たちに考えさせた。

 

 そんな人間が――。

 

「……まさかね」

 

 ジェシカはそう呟いた。

 

 しかし。

 

 その疑念は消えなかった。

 

⸻

 

 それから数週間。

 

 ジェシカは、暇があるたびに街の裏路地を見回るようになった。

 

「……いない」

 

 屋上から路地を覗く。

 

 いない。

 

 別の場所。

 

 いない。

 

 さらに別の路地。

 

 いない。

 

「……私、何してるんだろ」

 

 自分でも少し馬鹿らしくなってくる。

 

 ヴァンデスが本当に薬物を買っている証拠などない。

 

 あの時見た男が本当にヴァンデスだったのかすら、確信はない。

 

 それでも。

 

 ジェシカにはどうしても気になっていた。

 

 そしてある夜。

 

「……!」

 

 屋上から見下ろした先。

 

 二人の男が立っていた。

 

 片方は見覚えのある痩せた身体。

 

 くたびれた服。

 

 煙草。

 

 そして――。

 

「……ヴァンデスさん」

 

 ジェシカの顔が強張った。

 

 間違いない。

 

 今度こそ、本人だった。

 

 ヴァンデスは路地に立ち、目の前の男と何かを話している。

 

 ジェシカは息を潜めた。

 

 そして取引が終わる。

 

 ヴァンデスが何かを受け取った。

 

「……!」

 

 その瞬間。

 

 ジェシカは飛び出した。

 

「ヴァンデスさん!!」

 

「――げ」

 

 ヴァンデスが顔を上げる。

 

「お前かよ!」

 

「確保します!」

 

「待て待て待て!」

 

 ジェシカは一気に降下する。

 

 売人は慌てて逃げ出した。

 

 しかしヴァンデスは逃げ遅れた。

 

「はい、確保!」

 

「ちょっと待て!」

 

 ジェシカがヴァンデスの身体を掴む。

 

「うおっ!」

 

「逃がしません!」

 

「お前、俺を誰だと思ってんだ!」

 

「爆発物の講師をしてる怪しい退役軍人です!」

 

「余計怪しくなってんじゃねぇか!」

 

 ジェシカはそのまま上昇した。

 

「おい!」

 

「暴れないでください!」

 

「高い!」

 

「大丈夫です!」

 

「俺は大丈夫じゃねぇ!」

 

 ヴァンデスは情けない声を上げながら、ジェシカに抱えられて空へ運ばれていった。

 

 やがて――。

 

 二人はビルの屋上へ着地した。

 

 ジェシカがヴァンデスを下ろす。

 

「……」

 

「……」

 

 二人の間に沈黙が流れる。

 

 ヴァンデスは屋上の縁から街を見下ろした。

 

「……高ぇな」

 

「話を逸らさないでください」

 

「はい」

 

 ジェシカが腕を組む。

 

「ヴァンデスさん」

 

「はい」

 

「何してたんですか?」

 

「買い物」

 

「何の?」

 

「……」

 

「何を買ったんですか?」

 

「……」

 

「見せてください」

 

「……」

 

 ヴァンデスは黙ってポケットを探る。

 

 そして――。

 

「これ」

 

 取り出したものを見せる。

 

 ジェシカの顔が険しくなる。

 

「……やっぱり」

 

「何がやっぱりだ」

 

「薬物ですよね?」

 

「そうだな」

 

「認めるんですか!?」

 

「見りゃ分かるだろ」

 

「じゃあ、どうして!?」

 

 ジェシカの声が大きくなる。

 

「先生!」

 

 ヴァンデスは何も言わない。

 

「私たちに何を教えたんですか!?」

 

「……」

 

「犯人の思考を読むこと!」

 

「……」

 

「自分を律すること!」

 

「……」

 

「冷静になること!」

 

「……」

 

「なのに、自分はどうなんですか!」

 

 ヴァンデスは煙草を取り出そうとする。

 

「吸わないでください!」

 

「……はい」

 

 ポケットへ戻す。

 

「お酒も飲んでますよね?」

 

「飲む」

 

「煙草も吸いますよね?」

 

「吸う」

 

「薬も使う」

 

「……使う」

 

「なんでですか!」

 

「……」

 

 ヴァンデスは屋上の床に座った。

 

「昔からこうだったわけじゃねぇよ」

 

「……」

 

「戦争が終わってからだ」

 

 ジェシカは黙って聞く。

 

「戦場じゃ、色々やった」

 

「自分が何をしてるかなんて考えずにな」

 

「命令されたからやる」

 

「生き残るためにやる」

 

「それで何年も過ごした」

 

 ヴァンデスは遠くを見る。

 

「戦争が終わった」

 

「なのに、頭の中だけ終わらなかった」

 

 ジェシカの表情が変わる。

 

「……」

 

「寝ても起きても、昔のことが出てくる」

 

「だから酒を飲む」

 

「眠れない時は薬に頼る」

 

「それでも駄目なら別のもんに頼る」

 

 ヴァンデスは乾いた笑いを漏らした。

 

「褒められたもんじゃねぇだろ」

 

「……はい」

 

「だよな」

 

 ジェシカはしばらく黙っていた。

 

 そして――。

 

「じゃあ」

 

「……?」

 

「私とバディになってください」

 

「……は?」

 

「私、前にも言いましたよね」

 

「聞いた」

 

「もう一度言います」

 

 ジェシカはヴァンデスの前に立つ。

 

「私とバディになってください」

 

「断る」

 

「即答……」

 

「前にも言っただろ」

 

「でも今回は違います」

 

「何がだよ」

 

「先生が何を抱えてるか、少し分かったからです」

 

「……」

 

「一人で抱えるの、やめませんか?」

 

 ヴァンデスは顔を背けた。

 

「……お前、ヒーロー向いてねぇな」

 

「なんでです?」

 

「人の面倒に首突っ込みすぎる」

 

「先生に言われたくありません」

 

「……」

 

 ヴァンデスが小さく笑う。

 

「それでも断る」

 

「そうですか」

 

 ジェシカは頷いた。

 

「じゃあ――」

 

 ヴァンデスを見る。

 

「このまま警察に突き出します」

 

「……」

 

「薬物を持ってました」

 

「……」

 

「現行犯で確保しました」

 

「……」

 

「証拠もあります」

 

 ヴァンデスの顔が引きつった。

 

「お前……」

 

「はい」

 

 ジェシカはにっこり笑う。

 

「私、先生に教えてもらったことはちゃんと覚えてます」

 

「相手を追い詰める時は、相手がどう動くか考える」

 

「そうでしたよね?」

 

「……」

 

「先生」

 

 ジェシカが手を差し出す。

 

「私のバディになってください」

 

 ヴァンデスはその手を見る。

 

「……脅迫じゃねぇか」

 

「交渉です」

 

「警察に突き出すって言ってるだろ」

 

「交渉です」

 

「悪質なヒーローだな」

 

「先生に鍛えられましたから」

 

「……」

 

 ヴァンデスはしばらく黙っていた。

 

 そして――。

 

「……はぁ」

 

 深いため息。

 

「分かった」

 

「え?」

 

「分かったって言ってんだよ」

 

 ジェシカの顔がぱっと明るくなる。

 

「本当ですか!?」

 

「ただし」

 

「はい!」

 

「俺はお前の相棒としてヒーロー活動する気はねぇぞ」

 

「え?」

 

「必要な時だけ協力する」

 

「それでもいいです!」

 

「それから」

 

「はい!」

 

「俺の生活に口を出すな」

 

「それは無理です」

 

「即答かよ」

 

「バディですから」

 

「……」

 

 ヴァンデスは頭を抱えた。

 

「最悪だ」

 

 そう言いながらも。

 

 ほんの少しだけ――。

 

 その顔には、笑みが浮かんでいた。

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