※この作品はR-18です。

退役軍人のヒーロー生活   作:山門門山

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25.バディ初日

第二十一話 朝食と空の通勤

 

 翌朝。

 

 ヴァンデスは、いつも通り最悪の目覚めを迎えた。

 

「……っ」

 

 目を開けた瞬間、全身に嫌な汗が浮かんでいることに気づく。

 

 心臓が妙に速い。

 

 喉が渇いている。

 

 頭の奥が重い。

 

「……朝かよ」

 

 ベッドから身体を起こす。

 

 時計を見る。

 

 まだ朝の八時前。

 

「早すぎるだろ……」

 

 誰に文句を言うでもなく呟き、ヴァンデスは額の汗を手の甲で拭った。

 

 昨夜は眠れなかった。

 

 眠ったと思えば妙な夢を見て、何度も目を覚ました。

 

 そのたびに煙草を吸い、水を飲み、また横になる。

 

 結局、まともに眠れたのかどうかも分からない。

 

 ヴァンデスはふらふらと浴室へ向かった。

 

「……風呂入って酒でも飲むか」

 

 朝から酒。

 

 本人にとっては、もはや珍しいことでもない。

 

 シャワーを浴び、汗を流す。

 

 鏡を見る。

 

 窪んだ目。

 

 痩けた頬。

 

 伸びかけの髭。

 

 ツーブロックの髪も、寝癖で少し乱れている。

 

「……ひでぇ顔だ」

 

 自嘲気味に呟く。

 

 戦争に行く前の自分が、今の自分を見たら何と言うだろう。

 

 そんなことを考えると面倒になり、ヴァンデスは頭から追い払った。

 

 風呂から出て、適当に服を着る。

 

 そして冷蔵庫を開ける。

 

「……」

 

 何もない。

 

 昨日も何もなかった。

 

 その前もなかった。

 

 冷蔵庫の中にあるのは、水のボトルが一本と、いつ買ったのか分からない調味料くらい。

 

「……酒」

 

 ヴァンデスは冷蔵庫の隅を探す。

 

「酒くらい……」

 

 ない。

 

「……」

 

 しばらく冷蔵庫を見つめる。

 

「マジか」

 

 朝食どころか酒までない。

 

 最悪の朝だった。

 

 ヴァンデスは大きくため息をつき、冷蔵庫を閉めた。

 

 その時――。

 

 ピンポーン。

 

「……?」

 

 チャイムが鳴った。

 

 ヴァンデスの眉が動く。

 

「誰だよ……」

 

 朝っぱらから訪ねてくる人間など、まともな相手とは思えない。

 

 ヴァンデスは玄関まで歩いていく。

 

 そして覗き穴を確認する。

 

「……」

 

 金髪。

 

 明るい表情。

 

 ヒーロースーツではなく、普通の服装。

 

 その手には大きなバスケット。

 

「……帰れ」

 

 即座に呟く。

 

 しかし。

 

 外から声がする。

 

「ヴァンデスさん?」

 

「……」

 

「起きてますよね?」

 

「寝てる」

 

「覗き穴から見てますよね?」

 

「……」

 

「開けてください」

 

「嫌だ」

 

「朝食作ってきました!」

 

 ヴァンデスの目がバスケットへ向く。

 

「……」

 

「サンドイッチです!」

 

「……」

 

「いろいろ作りました!」

 

「……」

 

 ヴァンデスはしばらく考えた。

 

 そして。

 

「……チッ」

 

 鍵を開ける。

 

「おはようございます!」

 

「朝から元気だな……」

 

 ジェシカが満面の笑顔で立っていた。

 

「朝食作ってきました!」

 

「聞こえてた」

 

「どうぞ!」

 

 バスケットを見せる。

 

「……入れ」

 

「いいんですか?」

 

「外に突っ立たせとくのも面倒だ」

 

「ありがとうございます!」

 

 ジェシカが嬉しそうに家へ入る。

 

 ヴァンデスはその後ろ姿を見ながら、ぼそっと呟いた。

 

「……やっぱり面倒だ」

 

「何か言いました?」

 

「何も」

 

 ジェシカは気にせずテーブルにバスケットを置いた。

 

「じゃーん!」

 

 蓋を開ける。

 

 中には様々なサンドイッチが並んでいる。

 

 卵。

 

 ハム。

 

 チーズ。

 

 野菜。

 

 チキン。

 

 それぞれ丁寧に包まれている。

 

「……」

 

 ヴァンデスはしばらく眺めた。

 

「朝からよく作ったな」

 

「はい!」

 

「お前、料理できたのか」

 

「最近練習してるんです」

 

「最近かよ」

 

「大丈夫です。ちゃんと食べられます」

 

「自分で言うな」

 

 ヴァンデスは一つ手に取る。

 

 卵サンドだった。

 

 一口。

 

「……」

 

「どうです?」

 

「……普通にうまい」

 

「本当ですか!?」

 

「嘘ついてどうする」

 

 ジェシカの顔が明るくなる。

 

「よかった!」

 

 ヴァンデスはもう一口食べる。

 

 腹が減っていた。

 

 思えば昨日の夜から何も食べていない。

 

「……」

 

 もう一つ取る。

 

「ヴァンデスさん、そんなにお腹空いてたんですか?」

 

「うるせぇ」

 

 さらに食べる。

 

「ちゃんと食べないとダメですよ」

 

「分かってる」

 

「冷蔵庫、何も入ってませんでしたよ」

 

「勝手に開けるな」

 

「すみません」

 

「……」

 

 ジェシカが苦笑する。

 

「でも、朝食くらいはちゃんと食べてください」

 

「善処する」

 

「絶対しない人の言い方ですよ、それ」

 

「よく分かってきたじゃねぇか」

 

 二人はしばらく黙って朝食を食べた。

 

 ヴァンデスは久しぶりに、まともな食事をしている気がした。

 

 ジェシカはそんなヴァンデスの様子をちらちらと見ながら、嬉しそうにコーヒーを飲んでいる。

 

「……で」

 

 ヴァンデスがカップを置く。

 

「今日は何の予定なんですかね」

 

「今日はパトロールです!」

 

「朝から?」

 

「はい!」

 

「……」

 

 ヴァンデスは時計を見る。

 

 まだ九時にもなっていない。

 

「面倒だな」

 

「でも、その前に!」

 

 ジェシカが人差し指を立てる。

 

「ヴァンデスさんに、私の事務所をご案内します!」

 

「事務所?」

 

「はい!」

 

「……お前、事務所持ってんのか」

 

「ヒーローとして活動拠点を作ったんです」

 

「知らなかった」

 

「これからバディなんですから、知っておいてください」

 

「まだ一晩しか経ってねぇだろ」

 

「でもバディですよ」

 

「……」

 

 ヴァンデスはコーヒーを飲む。

 

「どうやって行くんだ?」

 

「飛んでいきます」

 

「……」

 

「私が運びます」

 

「……は?」

 

 ジェシカが立ち上がる。

 

「飛んでいきましょう!」

 

「いや待て」

 

「何です?」

 

「俺は歩ける」

 

「時間かかりますよ」

 

「車は?」

 

「ありません」

 

「タクシー」

 

「もったいないです」

 

「バス」

 

「混んでます」

 

「……」

 

 ヴァンデスは頭を抱えた。

 

「つまり」

 

「はい」

 

「お前が俺を運ぶのか」

 

「はい!」

 

「……」

 

 ヴァンデスは嫌そうな顔をした。

 

「俺、35歳なんだけどな」

 

「知ってます」

 

「ヒーローに抱えられて空飛ぶ歳じゃねぇだろ」

 

「大丈夫です!」

 

「何がだ」

 

「落としませんから!」

 

「そこじゃねぇよ」

 

 しかし結局。

 

 数分後。

 

 ヴァンデスはジェシカに抱えられていた。

 

「……」

 

「行きますよ!」

 

「……」

 

「大丈夫ですか?」

 

「……もう好きにしろ」

 

「はい!」

 

 ジェシカが地面を蹴る。

 

 一気に身体が浮いた。

 

「――おお」

 

 ヴァンデスの目の前に街並みが広がる。

 

 道路を走る車。

 

 ビル。

 

 人々。

 

 そして朝の街を流れる風。

 

「すごいでしょう?」

 

「……まあな」

 

 ジェシカは嬉しそうに笑う。

 

「空から見ると街が全然違って見えるんですよ」

 

「そうか」

 

「ヴァンデスさんも、たまにはこういうのいいでしょう?」

 

「……」

 

 ヴァンデスはしばらく黙っていた。

 

 そして、小さく呟く。

 

「……悪くないな」

 

「ですよね!」

 

「ただ」

 

「はい?」

 

「お前、飛ぶの速すぎる」

 

「え?」

 

「もう少しゆっくり――」

 

「大丈夫です!」

 

「人の話を聞け!」

 

 朝の空に、ヴァンデスの怒鳴り声が響いた。

 

 ジェシカは笑いながら飛び続ける。

 

 その姿を地上から見上げる人々の中には、ヒーローの姿に気づいて手を振る者もいた。

 

 ジェシカはそれに手を振り返す。

 

 ヴァンデスはそんな彼女の腕の中で、呆れたように街を眺めていた。

 

「……なぁ」

 

「はい?」

 

「バディってのは、こんな騒がしいもんなのか?」

 

「これからもっと騒がしくなりますよ!」

 

「……」

 

 ヴァンデスは遠い目をした。

 

「……弁護士に相談しときゃよかった」

 

「もう遅いですよ!」

 

「そうかよ……」

 

 そんな会話をしながら。

 

 二人は、ジェシカの活動拠点へ向かって飛んでいった。

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