第一話 軍人会と二人の再会
銀行を出たヴァンデスは、しばらく街を歩いていた。
ポケットには何もない。
銀行強盗に巻き込まれたせいで、金を下ろすどころではなかった。
そもそも、口座にいくら残っていたかも怪しい。
「……困ったな」
ヴァンデスは立ち止まり、空を見上げる。
酒が欲しい。
煙草も欲しい。
できれば薬も欲しい。
だが、金がない。
「……」
どうしようもない。
そのまましばらくぼんやりしていたヴァンデスだったが、ふと何かを思い出した。
「……そういや」
今日は退役軍人の集まりがある。
戦友会というほど堅苦しいものではない。
退役軍人が集まって酒を飲み、昔話をして、互いの生存を確認する程度のものだ。
参加費は無料。
そして、酒は大量に用意されている。
「……酒」
ヴァンデスの足が少しだけ速くなった。
といっても、本人としては普通に歩いているつもりだった。
傍から見れば、疲れ切った男がふらふら歩いているだけだった。
やがて軍人会の会場に到着する。
「おっ」
「来たか」
「ヴァンデスじゃねえか」
何人かが声をかけてくる。
ヴァンデスは軽く手を上げただけだった。
「……酒ある?」
「あるぞ」
「じゃあいい」
ヴァンデスは会場の隅に置かれた酒を手に取る。
一杯。
二杯。
三杯。
周囲を気にすることなく、バカバカ飲んでいく。
「おいおい……」
誰かが苦笑する。
「相変わらずだな、あいつ」
そんな中、一人の男がヴァンデスの姿を見つけた。
「……お前」
ヴァンデスが振り返る。
「ん?」
「久しぶりだな」
「……おう」
男はかつて同じ部隊にいた戦友だった。
ヴァンデスは一瞬だけ目を細める。
「生きてたか」
「お互い様だろ」
二人は軽く笑った。
男はヴァンデスの手元を見る。
「しかし、お前は相変わらず酒が手放せそうもないな」
ヴァンデスはグラスを眺める。
そして、少しだけ口元を上げた。
「いや」
「ん?」
「酒が俺を離してくれないんだ」
「……ははっ!」
男が吹き出す。
「お前、そういうところだけは昔から変わらねえな!」
「そうか?」
「そうだよ」
二人はしばらく昔の話をした。
戦争中のくだらない失敗。
部隊の連中。
今では名前すら思い出せないような上官。
そして、もう戻ってこない仲間たち。
誰も深くは語らない。
酒を飲みながら、笑える話だけを笑う。
ヴァンデスも珍しく何度か笑った。
ほんの少しだけ。
それでも、会場を出る頃にはすっかりほろ酔いになっていた。
「じゃあな」
「ああ。また来いよ」
「……酒があるなら」
「お前はそればっかりだな」
ヴァンデスは手を振り、夜の街へ出た。
足取りは相変わらずだるい。
だが、先ほどよりは少しだけ軽かった。
「……酒」
小さく呟きながら歩いていく。
その頃。
少し離れた道路では、一人の少女がランニングをしていた。
金髪を揺らしながら、軽快に走っている。
ヒーロースーツは着ていない。
普通の運動着姿だ。
ジェシカだった。
「はぁ……はぁ……」
ヒーローとして飛んでばかりいると、身体の使い方が偏る。
だから最近は、普通に走ることも心掛けていた。
「もうちょっと……」
前方から男が歩いてくる。
痩せている。
疲れ切った顔。
目が窪んでいる。
少しふらついている。
「……」
ジェシカの足が止まった。
「……え?」
すれ違う。
一瞬。
それだけだった。
しかしジェシカは振り返った。
「……あの人」
見覚えがある。
銀行で会った男。
爆弾を解除してくれた男。
自分の肩を叩いて、
『俺の預金、頼んだぜ。ヒーロー』
そう言った男。
「ヴァンデス……?」
ジェシカが振り返る。
男もこちらを見る。
「……ん?」
ヴァンデスは少し酔った目でジェシカを見る。
「……どっかで見たな」
「やっぱり!」
ジェシカは駆け寄った。
「あなた、銀行にいた人でしょ!」
「……銀行?」
「そう! 爆弾を解除してくれた!」
「ああ……」
ヴァンデスは思い出した。
「ねぇちゃんか」
「ねぇちゃんじゃなくてジェシカ!」
「……そうか」
「そうだよ!」
ジェシカは笑う。
ヴァンデスは彼女をぼんやり見つめた。
「……ヒーローって、私服だと普通だな」
「普通で悪かったわね!」
「いや」
ヴァンデスは少しだけ笑った。
「その方がいい」
「……?」
ジェシカは首を傾げる。
ヴァンデスはそのまま歩き出す。
「じゃあな、ヒーロー」
「ちょっと待って!」
ジェシカが追いかける。
「あなた、どこに住んでるの?」
「家」
「そうじゃなくて!」
「じゃあどこだ?」
「……もう!」
ジェシカは呆れながら、それでもヴァンデスの隣を歩き始めた。