※この作品はR-18です。

退役軍人のヒーロー生活   作:山門門山

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3.お疲れ

 しばらく歩いたところで、ヴァンデスが足を止めた。

 

「……まだなんか用か、ねぇちゃん」

 

「え?」

 

 ジェシカはきょとんとする。

 

 ヴァンデスは振り返り、面倒くさそうに頭を掻いた。

 

「いいか、ねぇちゃん」

 

「うん」

 

「退役軍人はな、ヒーローと関わりたくねぇんだよ」

 

「……どうして?」

 

「厄介ごとを抱えたくない」

 

「厄介ごと?」

 

「ヒーローが首突っ込む事件なんて、だいたいロクなもんじゃねぇだろ」

 

「それは……まあ」

 

「それに、俺はもう軍人じゃねぇ」

 

 ヴァンデスは小さく息を吐く。

 

「戦争も終わった。俺は俺で、適当に酒飲んで、仕事して、寝てりゃいいんだ」

 

「でも――」

 

「だから、もういいだろ」

 

 それだけ言うと、ヴァンデスはジェシカに背を向けた。

 

「じゃあな」

 

「え、ちょっと……」

 

 ヴァンデスはそのまま歩き出した。

 

 ジェシカはその場に立ち尽くす。

 

「…………」

 

 数秒。

 

「……まあ、いいか」

 

 ジェシカも歩き出した。

 

 ヴァンデスの後ろを。

 

 一定の距離を保ちながら。

 

 ついていく。

 

 ヴァンデスはしばらく気づかなかった。

 

 ふらふら。

 

 ふらふら。

 

 街灯の下を歩いていく。

 

 そして角を曲がったところで、ふと後ろを見る。

 

「…………」

 

 ジェシカがいる。

 

「…………」

 

 ヴァンデスが歩く。

 

 ジェシカも歩く。

 

「…………」

 

 ヴァンデスが少し速く歩く。

 

 ジェシカも少し速く歩く。

 

「…………」

 

 ヴァンデスがさらに速く歩く。

 

 ジェシカも同じようについてくる。

 

「……」

 

 ヴァンデスが立ち止まる。

 

 ジェシカも立ち止まる。

 

「……なんでついてくる」

 

「なんとなく?」

 

「帰れ」

 

「まだ帰りたくない」

 

「俺は帰りたい」

 

「じゃあ一緒に帰ろうよ」

 

「そういう意味じゃねぇ」

 

 ヴァンデスは頭を抱えた。

 

「……ったく」

 

 そして突然、走り出した。

 

「えっ!?」

 

 ヴァンデスが走る。

 

 とはいっても、酔っているうえに日頃から体力が落ちている。

 

 本人は全力疾走。

 

 しかしジェシカからすれば、ちょっと速く歩いている程度だった。

 

「ちょっと、待ってよ!」

 

「来んな!」

 

「待ってって!」

 

「来んなっつってんだろ!」

 

 ヴァンデスは必死に走る。

 

 路地を曲がる。

 

 角を曲がる。

 

 そして――。

 

「……っ、はぁ……!」

 

 突然、足が止まった。

 

「……はぁ……はぁ……」

 

 近くにあったベンチを見つける。

 

 ヴァンデスはそこへ倒れ込むように座った。

 

「……無理だ」

 

 肩で息をする。

 

「もう……無理……」

 

 ジェシカが追いついてくる。

 

 息一つ乱していない。

 

「もう……!」

 

 ジェシカはベンチの前に立つ。

 

「逃げることないじゃない!」

 

「……お前が追ってくるからだろ」

 

「もう少し話すくらいいいじゃない」

 

「……話すことなんかねぇよ」

 

「私はあるよ」

 

「俺にはない」

 

「じゃあ私が話す」

 

「……」

 

 ヴァンデスが嫌そうな顔をする。

 

 ジェシカはそんなことを気にする様子もなく、ベンチの隣に腰掛けた。

 

「私ね、ヒーローになって二年目なんだけど――」

 

「……」

 

「最初は飛ぶだけでも結構大変だったんだよ? 今はかなり速く飛べるようになったんだけど、細かい操作がまだ難しくて」

 

「……」

 

「それで今日も犯人を追いかける時、最初はもっと早く捕まえられると思ったんだけど、車に人質がいるから手が出せなくてね」

 

「……」

 

「でもヴァンデスが爆弾を解除してくれたから助かったんだよ!」

 

「……そうか」

 

「それで警察の人に聞いたら、ヴァンデスって昔すごい爆発物の専門家だったんだって?」

 

「……昔の話だ」

 

「どんな爆弾が一番得意なの?」

 

「……」

 

「軍ではどんな仕事してたの?」

 

「……」

 

「戦争ってやっぱり怖かった?」

 

 ヴァンデスの表情が、一瞬だけ止まった。

 

 ジェシカは気づかずに続ける。

 

「あと、ヒーローってさ――」

 

「……ねぇちゃん」

 

「うん?」

 

「お前、よく喋るな」

 

「そう?」

 

「ああ」

 

 ヴァンデスは疲れ切った顔で空を見上げた。

 

「……疲れる」

 

「じゃあ帰る?」

 

「いや」

 

 ヴァンデスは少し間を置いてから答えた。

 

「……もうちょっとだけなら」

 

 ジェシカは嬉しそうに笑った。

 

「じゃあさ!」

 

「……」

 

「私、ずっと聞きたかったんだけど――」

 

 夜の街。

 

 戦争帰りの男がベンチに座り、その隣で新米ヒーローの少女が一方的に喋り続ける。

 

 ヴァンデスは何度も「帰れ」と言いながらも、結局その場を立ち去らなかった。

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