しばらく歩いたところで、ヴァンデスが足を止めた。
「……まだなんか用か、ねぇちゃん」
「え?」
ジェシカはきょとんとする。
ヴァンデスは振り返り、面倒くさそうに頭を掻いた。
「いいか、ねぇちゃん」
「うん」
「退役軍人はな、ヒーローと関わりたくねぇんだよ」
「……どうして?」
「厄介ごとを抱えたくない」
「厄介ごと?」
「ヒーローが首突っ込む事件なんて、だいたいロクなもんじゃねぇだろ」
「それは……まあ」
「それに、俺はもう軍人じゃねぇ」
ヴァンデスは小さく息を吐く。
「戦争も終わった。俺は俺で、適当に酒飲んで、仕事して、寝てりゃいいんだ」
「でも――」
「だから、もういいだろ」
それだけ言うと、ヴァンデスはジェシカに背を向けた。
「じゃあな」
「え、ちょっと……」
ヴァンデスはそのまま歩き出した。
ジェシカはその場に立ち尽くす。
「…………」
数秒。
「……まあ、いいか」
ジェシカも歩き出した。
ヴァンデスの後ろを。
一定の距離を保ちながら。
ついていく。
ヴァンデスはしばらく気づかなかった。
ふらふら。
ふらふら。
街灯の下を歩いていく。
そして角を曲がったところで、ふと後ろを見る。
「…………」
ジェシカがいる。
「…………」
ヴァンデスが歩く。
ジェシカも歩く。
「…………」
ヴァンデスが少し速く歩く。
ジェシカも少し速く歩く。
「…………」
ヴァンデスがさらに速く歩く。
ジェシカも同じようについてくる。
「……」
ヴァンデスが立ち止まる。
ジェシカも立ち止まる。
「……なんでついてくる」
「なんとなく?」
「帰れ」
「まだ帰りたくない」
「俺は帰りたい」
「じゃあ一緒に帰ろうよ」
「そういう意味じゃねぇ」
ヴァンデスは頭を抱えた。
「……ったく」
そして突然、走り出した。
「えっ!?」
ヴァンデスが走る。
とはいっても、酔っているうえに日頃から体力が落ちている。
本人は全力疾走。
しかしジェシカからすれば、ちょっと速く歩いている程度だった。
「ちょっと、待ってよ!」
「来んな!」
「待ってって!」
「来んなっつってんだろ!」
ヴァンデスは必死に走る。
路地を曲がる。
角を曲がる。
そして――。
「……っ、はぁ……!」
突然、足が止まった。
「……はぁ……はぁ……」
近くにあったベンチを見つける。
ヴァンデスはそこへ倒れ込むように座った。
「……無理だ」
肩で息をする。
「もう……無理……」
ジェシカが追いついてくる。
息一つ乱していない。
「もう……!」
ジェシカはベンチの前に立つ。
「逃げることないじゃない!」
「……お前が追ってくるからだろ」
「もう少し話すくらいいいじゃない」
「……話すことなんかねぇよ」
「私はあるよ」
「俺にはない」
「じゃあ私が話す」
「……」
ヴァンデスが嫌そうな顔をする。
ジェシカはそんなことを気にする様子もなく、ベンチの隣に腰掛けた。
「私ね、ヒーローになって二年目なんだけど――」
「……」
「最初は飛ぶだけでも結構大変だったんだよ? 今はかなり速く飛べるようになったんだけど、細かい操作がまだ難しくて」
「……」
「それで今日も犯人を追いかける時、最初はもっと早く捕まえられると思ったんだけど、車に人質がいるから手が出せなくてね」
「……」
「でもヴァンデスが爆弾を解除してくれたから助かったんだよ!」
「……そうか」
「それで警察の人に聞いたら、ヴァンデスって昔すごい爆発物の専門家だったんだって?」
「……昔の話だ」
「どんな爆弾が一番得意なの?」
「……」
「軍ではどんな仕事してたの?」
「……」
「戦争ってやっぱり怖かった?」
ヴァンデスの表情が、一瞬だけ止まった。
ジェシカは気づかずに続ける。
「あと、ヒーローってさ――」
「……ねぇちゃん」
「うん?」
「お前、よく喋るな」
「そう?」
「ああ」
ヴァンデスは疲れ切った顔で空を見上げた。
「……疲れる」
「じゃあ帰る?」
「いや」
ヴァンデスは少し間を置いてから答えた。
「……もうちょっとだけなら」
ジェシカは嬉しそうに笑った。
「じゃあさ!」
「……」
「私、ずっと聞きたかったんだけど――」
夜の街。
戦争帰りの男がベンチに座り、その隣で新米ヒーローの少女が一方的に喋り続ける。
ヴァンデスは何度も「帰れ」と言いながらも、結局その場を立ち去らなかった。